「あ、こら、あー」
バッシバッシと音を立てて、タンスが揺れた。もうそろそろ長い間愛用していたタンスともお別れか……そんなことを思って、現実から目を背けようとしたが、むなしく。バッシンバッシン。バッシンバッシン。嬉々とした赤茶色の顔が、褒めて褒めてといわんばかりにこちらを見ている。
「うー……こら」
ついさっき散歩から帰ったばかりで、ブラッシングしたばかりで、掃除したばかりだった。こうも尻尾をぶんぶん振り回されると、打つ手がない。
「あーもう」
アリスは毛むくじゃらの顔を掴んで、だばーっと垂れている赤い舌を見つめながら、鼻先まで顔を近づけた。
「ばか。またブラッシングしなきゃいけないじゃないの」
その言葉が聞き取れたのか、そいつはくぅんと小さく鳴いて、しょんぼり肩を落として、何かしでかしただろうか悪いことをしてしまっただろうかごめんなさいごめんなさい、と目で訴える。
「う……」
アリスはその瞳に弱かった。仔犬の頃から連れ添って、もう七年近くになるが、この瞳に己の理性が打ち勝ったことは一度もない。この毛むくじゃらが仔犬だった頃も、洗濯物に威嚇して唸ってジャンプして飛び掛るのはいいんだけど届かなくてコロンッて落ちたりして、そうしてやっとのことで洗濯物を捕まえたと思ったらちょうどよく洗濯物を取り込もうとしていたアリスに見つかってこっぴどく怒られたときにする瞳だ。うるうる潤んで、こちらを上目遣いで見つめてくる。
いつの間にかうるさいほどの尻尾の振りは止まっていて、うるうるとした瞳だけがアリスのビー玉のようなコロコロした、水色の瞳を見つめている。
「……さすがに言い過ぎたわ。ごめん」
それをきいた毛むくじゃらは嬉しそうにくぅんくぅんと鳴いて、尻尾をぶんぶん振った。
――ああもういいや、ブラッシングなんて何回でもしてやるわよコンチクショウ。
半ばやけっぱちで、アリスは鼻先にある気の良さそうな瞳を見つめると、毛むくじゃらは何が嬉しいのかへっへっへっへと息をせわしなくして、いつも触れると怒ったようにぐぅ、と鳴くふさふさの尻尾を振る回数を増やしていた。今度は埃を舞い上がらせるだけでなく、その舞い上がって下に落ちてきた埃を尻尾が引っ付かせている。アリスはほとほと困ったように溜息をついた。
「ホントもう、せわしないわねアンタは……」
アリスは立ち上がって、部屋にかけてある時計に目を向けると、もう夕餉の時間が近づいていた。自分の分はもちろん、毛むくじゃらのぶんまで作ってやらなければならない。これでおしまいねブラッシングはあとでしてあげる、と言い残して、アリスはキッチンへと向か――
ぼふ
青いアリスのスカートに、何かが当たる。
少し濡れた黒い毛むくじゃらの鼻が、アリスのスカートに突進していた。
「なによ、もう」
先程まで賢そうにお座りをしていた毛むくじゃらは立ち上がってこちらに歩み寄ってきた。いつもより聞き訳が悪いわねなんて思いながら仕方がなくしゃがむと、鼻先が近づいてきて口元をフンフンと嗅いでくる。その次は頬、そして耳元。そのたびに髭が頬に当たってくすぐったくて頬が緩みそうなのをなんとか主人の威厳として堪えていたが、一通りかぎ終わるとその毛むくじゃらはもの言いたげにこちらを見つめて、くり、と小首をかしげた。
――可愛い。
やばい。可愛い。撫で回したい。もう一度ブラッシングするからそのふさふさの毛がぐっしゃぐしゃになるまで撫でてぎゅっと抱きしめたい。
なんとかその湧き上がる衝動を押さえ込んだものの、それを気配かなにかで感じ取ったのだろうか。そいつの冷たく濡れた黒い鼻先がアリスの鼻先にふにゅ、と押し付けられる。
今日になって何度目かの、アリスの顔に笑みがこぼれた瞬間だった。
某所のネタの加筆verですね。他の面々のペットとの日常も呼んでみたいです。
某所のネタは氏が書かれたものなのかな?
ともかくアリス可愛いよ
このアリスはちょっと犬に甘そうだ。
いいよこんなの。大好きだ
犬にメロメロなアリスさんもかわいいですね
これはこの世界の法則だ!!
さあその場面を書く準備に戻るんだ!
他の面々の…ですか。
時間がありましたらまた書かせてもらいます。ありがとうございました。
>>2様
魔理沙=犬は確かに誰もが一度は思うことですから、自分も魔理沙は犬っぽいと思いますし。
ですが今回はゴールデンレトリバーで。本物の犬で。
>>3様
犬にデレデレなアリス可愛すぎる。
>>4様
もうこの犬っころはアホの子ではないでしょうか。
それでもアリスはいいんです。許しちゃうんですよねw
>>5様
ありがとうございます。恐縮です。
>>6様
アリスさんは犬にメロメロで人形たちが犬に嫉妬すればいいよ!……といっても自立してないので人形に感情はありませんが。
>>7様
世界の法則!ヤッホウ!
>>8様
一応上でも書いたように、他の面々の話も書いていこうと思うので、書けるとしたらその後になってしまいそうです。
たくさんのコメントありがとうございました!
続編は未定です。気長にお待ちくださいませ。