Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

不死鳥の灯

2009/06/16 05:52:17
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 明々と、砂混じり湖面のような油上で火が踊る。
 天井から降ってきた埃にでも燃え移ったのだろうか。それは二三度大きく跳ねて、また小さく蹲った。丁度今の私のように。

 今日でこの東屋に厄介になってから三日が経つ。人寂れたこの土地で、これだけ立派な造りの建物に遇った事も僥倖だが、何より嬉しかったのは僅かばかりの食料、そして明かりに使える油だった。一月余りの飢えも、闇夜で木々にはべり誤魔化した恐怖も、そのどちらも今は遠い。寒さと乾きはあるが、これはまだ我慢しやすい方だ。
 また灯台を見つめる。ジジジと灯芯が焼ける音が、光に寄せられて羽虫が焦げ落ちている様がただ心地良い。  

 あの壺の薬に手をつけてから三百年程だろうか。私──藤原妹紅は未だに自分の居場所が無い。ただ一人の人間が、これだけの時を賭けて流離うだけの日々だけ続く人の世とは、いかにも侘びしく寂しいものだと思わせる。
 いや、そうではない。最初はそうでもなかった。
 山から下りて、倒れた私を介抱してくれた人達、家族のように養ってくれた人達、思いを交わした人達が居て、それら全てが私の中で大切なものを育ててくれた。貴族の家で育ったというだけの物知らずの私を、優しく撫でるように花芽吹かせ、少しずつ育ててくれたのだ。
 ただ、体の方はその成長にはついてきてくれなかった。同い年くらいだった者は立派に肩を張り、子だった者は私に肩を並べ、見上げていた肩は腰が折れていくと同時に小さくなっていった。
 奇異、の視線を感じるようになったのはその頃くらいだろう。以前は軽く言葉を交わした人達が遠ざかり、影から私を見つめるようになる。
 温かった人の輪は次第に狭まり、それが最後の一線を越えた時、人々が反転するのはあっという間だった。それこそ潮が引くように、思いも退いていく。戻ってきて轢かれる前に私は旅に出た。
 そしてそれを何度か繰り返した。一度知ってしまった密の味は、毛が生えた程度の子供に堪らない渇きを覚えさせた。
 一つの家に居られなくなると、次の集落に、そこに居られなくなると、次の土地に。噂が広まる度、足を大きく広げて歩いていく。世界が段々と狭くなっているような気がした。

 ある時、道を歩いていると男が倒れていた。私はすぐに駆け寄り、あるだけの水や糧食を使って介抱をした。私なら我慢すればいいだけの話だし、昔の自分を重ねていたのかも知れない。甲斐もあって、男はすぐに動けるようになった。
 男は礼を言い、妖怪に襲われ命辛々逃げてきたところ、坂から転げ落ちてしまったのだと、笑い混じりに事情を説明した。私は頷く。闇に潜む者は何度か見た事があった。
 傷口を縛る布を得るため、袖を裂こうと小刀を出したところ、うっかり自分の指先を切ってしまう。血はすぐに止まり、肉も盛り上がり元通りになる。だが、痛みはしばらく残った。相変わらずの自分の迂闊さに苦笑いをして、照れ隠しに男を見たところ──その顔は恐怖と涙で引き攣っていた。
 落とした小刀で体を裂かれる。動けなくなったところで、身ぐるみと荷物を奪われ立ち去られた。しばらくして起き上がり、少し涙浮かべながらも、こういう事もある、と自分に言い聞かせた。あの者は恐ろしい妖怪に遭っていた所為で、余計にこの体に驚いてしまったのだと。今は傷一つ無い綺麗な腹を見下ろして、深く息をついた。

 人の温もりと体の暖もりを求めて、私は里に下りる。思えば、なんと迂闊な事だったかと自分で自分を罵りたくなるが、その時の私は、ただ親を求める赤子のように、明かりを求める羽虫のように、泣きながら、何も考えず、ただ誰(なに)かに寄り添いたかった。
 人里に下りると、多くの人間が私を心配し世話を焼いてくれた。自分が期待していたものに間違いはなかったと思ったその時に、野次馬の中からあの男が顔を出した。
 男は叫ぶ。荷物を奪ったという後ろめたさもあっただろうが、腹を引き裂き殺した筈の人間が、無傷で目の前にいる事の方が信じられなかったのだろう。前以上の大声で私を妖怪の化物だと罵倒した。私は反論する、が、男の言う証拠は私の体にある。不死の体。傷を得ても、たちまち元通り。人々が男の言うことを真実だと認めるのは、そう難しいことではなかった。
 男にやられた以上の何倍もの勢いと憎悪をもって、親のように求めた人々に体を裂かれ砕かれる。それでも死なない化物(わたし)は最後に里の中心で燃やされた。まるで虫のように。
 炎にまかれながら私は思う。もしかしたら、これでようやく旅立てるのでは無いかと。今まで世話になった人々が、焼け焦げた脳裏に浮かんでは消えた。
 気がついた時、私は闇の中にいた。死とはこういうものかと考えたのはすぐに勘違いだったと解る。まさか全身を縛り付けられたままあの世に逝く者など、強突張りの金持ちですらいないだろう。ぬめる感触の体から、いい匂いの香油が漂い鼻をくすぐった。
 闇の中から、こほぅ、とこもるような息遣いが聞こえる。首だけ動かすと、そこには赤い二つ目。ああ、これがあの男の言っていた妖怪かと気がつく。そしてすぐに悟る。ああ、里の者の身代わりに、死なない化物が生け贄に捧げられたのか。そう他人事のように考える自分が皮肉気に笑い、恐怖で震える私を冷めた目つきで見下ろしていた。

 肝まで食べて満足したのか、それともちっとも無くならなく、味も変わらない食料に喰い飽きたのか、その妖怪は立ち去った。私は血まみれの残骸が元に集まっていくのを見つめながら、これからどうするかを考える。この格好のまま歩くわけにもいかないので、やはり一度は人の居る場所に行かなくてはならない。ただ、今度はこっそりと見つからないように。叱られて飛び出した子供がそうするように、私は近くにあった一軒の様子を遠くから窺い、機会を待った。それだけで流れるように時が過ぎた。
 何も動きが無い事を不審に思うと同時に、恵まれた機会だと感謝して私は家に滑り込む。中には最近嗅ぎ慣れた香り。新鮮な絞りたての赤い水。散らばっている住人の、その姿がつい先程までの自分を彷彿させて、その内元通りになるのではと馬鹿な事を考えた。余計な想像が続く前に必要なものを拝借して、外に出る。気が付くと、血の後は点々と、あの里にまで続いているように見えた。

 手負いの獲物でも追うかのように、ふらふらと歩みを進める。予想と予測が現実となり、私は赤の里に辿り着く。
 あの妖怪に襲われたのだろう。見覚えのある傷口と歯跡がかしこに見える。味見でもするかのように一口ずつ囓られた人々の、虚ろな視線が私を責めた。お前が来なかったらこんな事にはナラナカッタと、陳腐な恨み文句を私にぶつける。もう一人の自分はそれを素直に受け止めすぎて、チガウチガウと泣き喚き、無様にその場に蹲る。そして先程の想像の続きが映される。うぞうぞと蛆のような肉虫が、私の元に戻ろうと集まってくるあの光景。今や里全てまでその規模は拡がっていて、口から目から穴という?から人々が私に混ざりたいと手を這わせ、入りきれなかったモノは肌に張り付いて満足する。やがて巨大な肉団子になった私が里から転がっていった。

 不死の呪いは病苦も忘れられる。それは心の病みも例外ではなかったようで、元に戻った私の心にはただ淡々とした記憶と印象だけが残っていた。ただ、直しにくいものは治しにくいらしく、以来、私は人の里に近寄ることが出来なくなった。

 道を住まいと決め、すれ違う人を家族の代わりにした。そんな中、行き交う人々のなんと逞しき事かと、何年も人に頼るだけの生活を送っていた自分の浅はかさを思い知る。
 特に商売を行う者達の話は面白く、その道程を聞くだけで目が回りそうだった。世界が狭くなっているなどとんでもない。自分の視野が狭くなっていっただけの話である。見るべきものは、知らぬ世界はまだまだあった。
 単純なもので、その影響で私は顔を隠して商いに手を出した。ただ道を巡るだけの日々ならば、行商という仕事はとても都合がよい。体にも無茶が利く私には、これは天職なのだとその時は思えた。
 何度か失敗を重ねつつ、それでも段々と経験を積むにつれ、それは楽しくなっていく。が、一方で辛い経験も重ねていく。山賊に襲われ荷物を全て奪われたり、客に騙され酷い目に遭ったり、顔布が捲れたと同時に態度を豹変させた者もいた。
 自分の上で体を揺する男を見ながら、あの妖怪を思い出す。醜かったあの相貌と、この人間の表情(かお)はそう変わらない。人間そのものが怖くなっていった。
 高いままの声が恨めしい。変わらぬ顔が恨めしい。小柄なままの体が恨めしい。鍛えたつもりでもすぐ元に戻る筋が恨めしい。ああ、本当にこの呪いは恨めしい。
 人間に接すること自体を恐れるようになり、商売もできなくなった。夜に溶けながら、それでも闇に住む者に襲われ苦しむ日々。昼間は光に照らされる人間が怖い。あれほど嫌だった孤独が、いつしか慈愛に溢れているものだと気づくのにそうは掛からなかった。

 油の上で火が踊る。
 ジジジジ、ジジジ。虫が焼け落ちその動きに慰められる。今の自分には何処も居場所がない。だから、こうして儚く何事も無く、ただ死に誘われたい。
 それこそ儚い望みだと解っているので、私は息をついた。何度も使った錆びた小刀を指先で回し、下に墜とした。
 灯影が彩る東の部屋で、膝を抱えて虚ろに燃える。何でこんな事になったのか、と万回繰り返したような自問自答をまた繰り返した。
 ただ、どんな無駄事も万回繰り返せば実になるという誰かの格言の通り、その時の私は答えを出した。
 そうだ。全て妖怪が悪い。人々を苦しめ、余裕を無くし、そのため私も苦しむ。もしあの妖怪がいなかったら、私は未だに流離いながら哀しくも幸せな日々を過ごせていただろう。それが出来なくなったのも、あの人々達を変えたのも、私の居場所を奪ったのも、全て妖怪の仕業である。そうでなかったとしても、もし夜に潜む者全てを一掃できたなら、私にも居場所ができるだろう。こんな片隅で閉じこもっている事もなく、月の元で思いっきり走り回れる日々が続くだろう。それはとてもとても魅惑的な事に思えた。
 全ての妖怪を殺してまわろう。その為には莫大な時間と力が必要になるだろうが、そんなものは問題ではない。時間(いのち)は永遠にある。さしあたっては力が必要だが、妖怪退治を生業にしている輩など、この時代にはごろごろ存在する。肉は鍛えられない私でも、知識は蓄えられる。何かの術を覚えれば、それはそのまま大きな武器となるだろう──とまで、考えた時、私は目の前のモノに気が付く。ああ、そうだ、火が良い。明かりを照らす真っ赤な炎。これこそが私の刃で、伴侶に相応しい。

 東屋が燃えている。灯台ごと倒して、燃え移った火に包まれて、高く尊く業火が猛る。それはまるで翼を広げた火の鳥のようで、私の思いを天に運んでくれている気すらした。
 ふと不死鳥の伝説が頭によぎる。何度死んでも炎の中から蘇る転生と再生の象徴。そんなお伽噺が、ただ愚かで子供のままの私の胸を、熱く強く焦がし尽くすのだった。




















 
 
 赤々と、朝日が昇る中疲れた頭でただ文を連ねる。
 地文のみのSSに挑戦してみようぜ! と意気込んだまでは良かったが、朦朧とした頭でそれはない。
 一応最後まで書き終えて、一つ見直し私は思う。
 ……ああ、こりゃ読めぬ。
 書いた本人が途中で懲りた。最初はともかく、最後までは辛すぎる。
 文を書く者はとかく陰気になりやすい。なにこの負のオーラ。シャドウハーツ。
 ばっさり四分の三を消して、辛うじて読めるかな……という範囲に留めた。すまん妹紅たん。あまりに救いがない途中経過で終わらせて申し訳ない。

 というわけで、妹紅さんの最初の三百年間のSSです。テーマもありがちで、最初開いたら三秒で戻るボタンを押したくなる文章でしたが、もし最後まで読んでくれた方がいたら、土下座で感謝を。本当に有難うございました。

 それにしてもプチはこういったものでも気軽に載せられるのがいいなぁ、とつくづく思いました。蛇足……。
ネコん
コメント



1.岩山更夜削除
ネコん氏は文章がうまいので、こういう暗い雰囲気はさらにこう、欝な……あぅ。
2.名前が無い程度の能力削除
良かったですよ
続きもいつかよろしく
3.名前が無い程度の能力削除
そんな妹紅が今では楽しく暮らせていることを願いたいです。
4.ネコん削除
>>岩山更夜氏
氏の背中に後光……いや、パゼストバイフェニックスが視える……!
読了有難うございます。読者様は神様ですorz

>>2様
なんと!? いや失礼。本当に有難うございます。
お届けできる形のものが仕上がりましたら、是非orz

>>3様
救いがあるとわかるから描ける鬱もある。
有難うございましたorz 幻想郷って本当に幸せな世界です。