Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

夏祭り

2009/06/15 11:05:13
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 夕暮れ時の妖怪の山上空を、一人の鴉天狗が全速力で突き進んでいた。
 その瞳は不安の色を僅かに滲ませながらも確かな希望を湛え、口元にはうっすらと笑みを浮べている。愛しい人の家の方向を真っ直ぐに見つめながら、彼女は脇目も振らず飛び続けた。









 山の神社で夏祭りをやる。そんな情報が飛び込んできたのはつい先刻の事。
 なんでも、山の妖怪とうまくやっているように見える守矢の神社も最近は信仰の集まり具合が悪いらしい。そもそも、山の上に移ってきた頃から参拝客の類はほぼ皆無であり、山で得る信仰は専ら宴会を開いて集まってきた妖怪達から得るという形を取っていた。しかし、毎晩宴会に参加するのも飽きるようで、最近は妖怪の集まりが悪くなった。その結果、山での信仰は少しずつ減り続け、神奈子達としてものんびりしていられなくなったらしい。早苗、諏訪子も交えた話し合いの結果、神社で夏祭りでもやってどんと景気づけよう、という話になったようだ。

 夏祭りの計画が内々に決まりだした日の夕方、文は神社に呼び出された。
 また面倒な役をやらされるのだろうか。まったく、あの方達の人遣いの荒さには困ったものだ。ああ、楽な仕事だといいなあ……
 そんなことを思いながら、文は渋々本殿の裏手の玄関に回る。
「わざわざお呼びしてすみませんね」
「いえ、八坂様のお呼びとあればすぐに駆けつけますよ」
 迎えてくれた早苗の満面の笑みが何やら不穏な予感を告げていたが、文は敢えて気にしないことにした。このくらいで一々構えていたら限がない。今までだって御二柱の思いつきとしか思えないような無茶振りに応えてきたのだ。どうせ今回も碌な事ではなさそうだが、仕事だと割り切れば問題ない。文は早苗に気づかれないように小さくため息をついて、彼女の後に続いた。


「ご苦労、文。今日はあんたに頼みごとをしたくてね。こういうビラを作って欲しいんだよ」
 神奈子は文を見るなりそう言って一枚の紙を差し出した。それを見て、文の頬が微かに引きつる。
















夏祭りin 守矢!

・じめじめしたイヤ~な気候にうんざりしているそこのアナタ!守矢神社で涼みませんか?祭の雰囲気がそんな気分なんて吹き飛ばしてくれますよ♪更に今なら信仰のおまけつき!

・面白い事がなくて退屈だというそこのアナタ!守矢神社でお祭気分を楽しみませんか?露店を見て回るうちに退屈なんてどこかへいっちゃいますよ♪アナタの心がトキメク事間違いなし♪更に今なら信仰のおまけつき!

・意中の人に思いを告げられずにいるそこのアナタ!守矢神社に誘ってみてはいかがですか?縁日の独特の雰囲気が二人を急接近させちゃうかも♪アナタしだいではそのまま…キャー/// 更に今なら信仰のおまけつき!












 うわぁ、これはひどい。

 危うくそう口に出しかけて、文は慌てて口をつぐんだ。
 早苗は妙にニコニコして文のほうを見ている。おそらくは彼女のセンスが前面に押し出された原版なのだろう。色々と突っ込みたいところはあるが、あんな顔をされては駄目出しするのも気が進まない。
「どうだい?早苗が色々考えてくれたんだけど、最高だろ?」
「そ、そうですね。素晴らしいと思いますよ」
「そんな、恥ずかしいですっ」
早苗は顔を真っ赤にしている。その仕草は本当に可愛いのだが、それにしてもこのセンスはいただけない。
「じゃあビラ作り頼んだよ。集客の良し悪しもあんたにかかってるからね」
「はい……ってええっ!?あの、元が悪いのは私のせいじゃ」
「ん?なんだい?」
「な、なんでもないです!それでは!!」
 文は挨拶もそこそこに飛び立った。きっと神奈子もこのビラが最高のものだと思っているだろう。下手に指摘して怒りだされても厄介なので、敢えて文は何も言わない事にした。
 ええい、もうどうにでもなれ。集客率が悪くても私のせいじゃない、このフルーツ(笑)ビラが悪いんだ。
 そう自分に言い聞かせて、文は知り合いの印刷所へ向かった。



 その途中、文は何気なしにビラを見直した。やはり何度見てもひどいもので、こっちが恥ずかしくなってしまう文面に閉口せざるをえない。
 その時、ふと最後の文句に目が留まった。


 急接近。意中のあの子――椛。つまり、椛と急接近して、それで、その……


 何気なくビラを見直したつもりだった。けれど、気づいたら椛と夏祭りを回る妄想をしていた。なんという破壊力だろう。想像というものは、時として現実を遥かに凌駕する。妄想の中の椛の浴衣姿を心の網膜に焼き付けながら、文は決心した。
 
 椛を夏祭りに誘おう。二人で一緒に祭りを回って、楽しい時を過ごせればそれでいい。
――もちろんその先の展開を望まないわけではないけれど。

 文は印刷所に急いだ。早くこのビラの印刷を頼むために。とにかく早く仕事を切り上げて、椛のところへ行かなければ。





 文が着く頃、印刷所はすでに帰り支度を始めていた。もう時刻は夕方で、日も沈みかかっている。閉まっていなかったのが不思議なくらいの時間だ。
「滑り込みセーフ!!」
 シャッターを閉めていた天狗の下に文は滑り込んだ。
「うわっ!なんだ、文じゃないか。こんな時間に印刷か?頼むから明日」
「山の神様の勅令なのよ。お願いできるかしら?」
 天狗が思わず顔をしかめる。いくら無茶な要求とはいえ、山の神様の依頼を断れるはずもない。彼は渋々原版を受け取ると、機械のほうへ向かった。それを見送って、文は翼を広げる。
「お、おい!出来上がったやつどうするんだよ!」
「置いといて、明日取りに来るから」
「だけど……」
「私は忙しいの!頼んだからね!」
 そう言うと、文は一気に飛び上がった。一瞬で見えなくなるその姿を見送りながら、天狗はため息をつく。
「やれやれ、残業かよ。まったく、忙しいってどういう……ああ、そういうことか。本当にお気に入りだな、あいつ」
 ビラの最後の文句を見て、彼はなるほど、という具合に頷いた。彼女達の関係はすでに関係者には周知の事だったので、特に驚きもしない。もう一つため息をつきながら、彼は思わず洩らす。

―しかし、この文句ひどいな。









「ねえ椛、お祭って興味ある?」
 椛の家に着くなり、文はそう尋ねた。文にお茶を渡しながら椛はどこかうれしそうに答える。
「お祭りですか。いいですよね、なんというか、独特の雰囲気があって楽しくなりますよね」
 子供のようにはしゃぐ椛の様子を見て、文は覚悟を決めた。頬を紅く染めて、椛の目を見つめる。
「そうね。それでね、あの……今度守矢の神社でお祭があるんだけど」
「あ、ご存知でしたか」
「へ!?てことは、知ってたの?」
「はい。当日の警備を今日割り振られまして……文様?どうかなさいましたか?」
「い、いえ、なんでもないわ」
 椛の予想外の言葉に、文は動揺していた。そのせいで、せっかくの誘うチャンスを逸してしまった。
「ならいいんですが……顔も赤いし、なんだか心配です。本当に大丈夫ですか?」
 椛は文の額に手を伸ばす。辛うじてそれをかわしながら、文は火照った頭で状況を整理する。
 どうやら、夏祭りの警備をするのは白狼天狗らしい。椛もそれを割り振られていて、それはつまり――椛と一緒に回れない?
 いや、そんなことはないはずだ。哨戒天狗の数は意外と多いから、交代制にすれば丸一日警備に出る必要はないはずだ。でも、もし遅い勤務だったら?夕方から夜にかけての警備を割り当てられていたとしたら、椛と一緒に露店を回ったりする事は出来ない。
 あくまでも可能性の一つだけれど、もしかしたら椛と一緒に祭に行けないのかもしれない。

 思いもしなかった状況に、文は愕然とした。俯き、黙ってしまった文を見て、椛は少し微笑む。そして、自分も少し頬を紅潮させながら文に言った。
「文様、そのお祭りですが、私と一緒に行ってくれませんか?」
 下を見たままだった文が顔を上げる。その表情は未だぼやけているが、椛の少し恥ずかしそうに微笑む姿を見て笑顔を取り戻していく。
「い、いいけど貴女の仕事は大丈夫なの?」
「もちろんです。運よく午後の準備を手伝うだけで済みそうなので、終わり次第行きますよ」
 椛の返事を聞いて、文はうれしそうに笑う。
「じゃあ、境内前の階段入り口で待ち合わせしましょう?あそこで待ち合わせするのっていいわよね、なんかわくわくしてきて」
「そうですね!ああ楽しみだなぁ」
 椛の尻尾が左右にぴょこぴょこ揺れる。耳もぴくぴくしていて、本当にうれしそうだ。

 今回もそうだが、最近椛は偶に文にちょっとした意地悪をするようになった。普段はとても純真で可愛らしいが、こう見えて椛は勘もかなり鋭い。それに対して、文は椛をどこかに誘う時に必ずといっていいほど挙動不審になる。恋も修羅場も百戦錬磨の射命丸とはいえ、こういう純愛の類はやはり恥ずかしいらしい。そういう時、椛は文の想いに全く気づいていないふりをして、文がうまく伝えられずにもどかしく思っている姿を見て楽しむのだ。もっとも、意地悪をする理由が「普段は素敵な文様のかわいい一面を見たいから」だというから、文も怒る気になれないのだが。
 しかし、気に食わないのは事実らしい。人の気持を弄んだというのに悪びれる様子もなく可愛らしい仕草を見せるなんて反則というか卑怯極まりない。文は椛の尻尾に静かに手を伸ばし、毛を一本引っこ抜いた。
 ひゃう、というかわいらしい悲鳴をあげる椛の髪を撫でながら、文は耳元で囁く。


 いじわる。


   *   *   *


 祭当日の午後、文は里の呉服店にいた。やはり祭りには浴衣だと考えた文だが、なにせ着るのがかなり久しぶりなのでどう着るのかさっぱり忘れてしまった。着ないという選択肢もないわけではないが、この日のために薄い水色の浴衣を新調したので着ないのはもったいない。そういうわけで、里で唯一着付けをしてくれるこの店にやってきたのだ。
 早めに来たつもりだったが、すでに着付けを頼む客がちらほら集まっていた。順番を待つ間に客の表情を見たが、やはり皆楽しそうだった。
 祭りとは本当に不思議なものだ。日常とは違う雰囲気の中で、気分が高揚していく。そして、そこで得た何かは日常の生活に影響を与え、更にそれが非日常に爆発するエネルギーとなる。これがハレの日とケの日の関係だと、宴の席で神様に延々聞かされた事があったが、自分達にとってそんなことはあまり関係ないことだろう。
 そんな事より、目の前の友や大事な人、それに自分が笑顔になれればそれでいい。そう笑顔で言い切った椛の姿を思い浮かべて、文はクスっと笑った。




 陽が沈み始める頃、文は待ち合わせの場所へ到着した。少し早すぎた気もしたが、待たせるよりは大分いい。縁石の脇で、文は集まってくる妖怪達を眺めた。
 案の定人間はほぼいなかったが、意外と客足は伸びているようだった。それほど山の連中も退屈しているという事か。




 着いてから半刻ほど経っただろうか。まばらだった階段下の露店も活気付き、境内の外でも十分お祭り騒ぎの様相を呈している。

 けれど、その人混みの中、文は一人俯いていた。
 午後までの仕事だといっていたから、さすがにもう来ていい頃だ。しかし、椛は一向に姿を見せない。この状況で何かあれば少なからず情報を耳にするはずだから、トラブルがあったわけではないようだ。しかし、こう遅いとどうしても心配してしまう。文はついにその場にしゃがみ込み、膝を抱えて地面を見つめた。





「すみません文様!本当にごめんなさい!!」
 それからまた半刻ほど経った頃、聞き覚えのある声が謝るのを聞いて、文は顔を上げた。

 本当は、色々言いたい事があった。なんでこんなに遅くなったのとか、待たせた責任取りなさいとか、そういう皮肉をこれでもかといわんばかりにぶつけてやるつもりだった。
 けれど、椛の姿を見て文は言葉を失ってしまった。


 白地に薄いピンクの花柄が映える可愛らしい浴衣を身に纏うその姿は、まさに文が思い浮かべた姿そのものだった。

 文が驚いていると、椛も「あっ」と言葉を洩らした。きっと彼女の思い描いた姿も見事に的中していたのだろう。互いの思い浮かべた浴衣姿が二人とも的中するなんてただの偶然だとは思えない。互いを結ぶ絆を強く感じられた気がして、文はこれまでに感じたことがないくらいの喜びを感じた。

 文は階段のほうを向いた。真っ赤になっている姿を椛に見られたくなかったから。そして、わざとそっけなく椛に言う。
「これだけ待たせたんだから、責任取りなさいよね」
 椛は文の手をそっと握りながら答える。
「ええ、もちろんです。文様に楽しいと感じてもらえたら、私もうれしいです」
 文は一瞬ビクっとしたが、すぐに椛の手を優しく握り返した。





 境内は妖怪達で溢れかえっていた。天狗や河童だけではなく、山に住む様々な妖怪が楽しそうに騒いでいる。途中白黒と七色のバカップルを見かけた気もするが、声をかけたところでこちらもからかわれそうなのでやめた。
「やっぱりお祭りっていいですね、文様」
「そうね。ところで、何かあったの?ちょっと遅かったから心配しちゃったわ」
「すみません、仕事は終わっていたんですが着付けに時間がかかってしまって。浴衣で勤務するわけにもいかないですから終わってから店に行ったらもういっぱいで大変でした」
 椛は申し訳なさそうに話す。
 とにかく、何もなくてよかった。文は胸を撫で下ろす。
「そう、大変だったんだ。ん?ふふ、綿飴ついてるよ?」
 椛の鼻の頭には先程から食べている綿飴がくっついていた。
「え?ど、どこですか?あれ?わふぅ……」
 鼻の頭などすぐに気づきそうなものだが、椛は何故か慌てていて気づかない。子供らしさが魅力なのにそう扱われる事を嫌う椛だから、顔のどこかに綿飴をつけながら笑顔ではしゃぐ自分の姿を想像して耐えられなくなったのかもしれない。
 文はニヤリと笑いながら椛についた綿飴をつまむと、自らの口に運んだ。
「文様、ありがとうございまs……えっ!?あ、あの……」
「やっぱりお祭には綿飴ね。私も買えばよかったかな」
 椛は恥ずかしそうに下を向いている。文は頬を染めながら彼女の隣へ行き、手を握った。



 二人が一通り店を回り終えた頃、アナウンスが入ってきた。


 あーあー、テステス。ただいまより、盆踊りを開催します。皆様、是非特設会場へお越しください。

 ご苦労様、早苗。
 上手だったよ、早苗!
 そんな、照れますよぉ。


 マイクを切り忘れているのだろう。こんなやり取りが少し続いた後、早苗の慌てた声と共にブチッという音が聞こえ、アナウンスが終わった。

「相変わらずですね、早苗さん」
「そうね。ドジっ娘というか天然というか……」
「文様、盆踊り行きますか?」
 文は少し気の進まない顔をしている。盆踊りも悪くないが、その後すぐに上がる花火の場所取りをしておく必要があったからだ。
 天狗の情報網を駆使して打ち上げる場所やタイミングを調べ上げ、そこからベストの場所を文は割り出していた。しかし、同じ事をする同業者も少なくないので、早めに場所を確保する必要がある。盆踊りに出ていては準備が遅れてしまう。


「それもいいんだけど、人も減るしちょっと向こうへ行きましょう?」
「えっ……あの、はい……」
 何故か椛は頬を染めている。何をどう勘違いしているのかはわからないが、少なくとも花火の場所取りをするという認識ではないようだ。




 喧騒から離れた森の中を、二人は進んだ。
 椛は不思議そうに文を見ている。こんなに境内から離れて、どこへ連れて行かれるのだろうか。よほど激しいことを要求されるのだろうか。でも、文様になら……
「着いたわよ。ここがベストなの」
 少し開けた場所で、文は歩みを止めた。椛もそれに合わせて止まる。
「座りましょう、椛」
 そう言いながら文は傍の大木の根元に座った。なるほど、確かに座るのに丁度いい高さのようだ。椛は文の隣に腰掛け、紅い顔をしている。
「どうしたの?調子悪いとか?」
「い、いえ、大丈夫です」
 椛の反応に、文は厭な笑みを浮べる。

 そうか、椛はここでそういうことをすると考えたのか。私だって、さすがに外で盛んになるわけない。いや待て、もしかすると彼女はそういうのを望んでいるのだろうか。それはそれで面白い。彼女が望むなら、今度してみよう。さて、今はこの可愛らしい少女をからかってやらねば。

「ほんとに?熱でもあるんじゃないの?」
 そう言って、文は椛の額に自分の額をつけた。椛はビクっとなり、動けずにいる。
「ほら、こんなに熱いわよ?静めるには、どうしたらいいかしらね?」
「そ、それは、その……あ、文様と、そういうことを」
「そういうこと?私にはわからないわ。教えてくれるかしら?」
「えっ!?で、ですからその、つまり……」
 椛の姿を見て、文は思わず吹き出す。それを見て、椛も文の意図に気づいたようだ。
「も、もしかして私、勘違いしてましたか?」
「どう勘違いしてたのかなぁ?」
「そ、それは……もう、文様ひどいです」


 そんなことを言っているうちに、花火が上がった。
 雲一つない夜空に色とりどりの花が咲く。大きく小さく咲くその花に、二人は言葉も忘れ見とれていた。


「すごい……」
 椛が無意識に洩らす。文は彼女を見つめた。
 空に咲く花火を見る瞳は輝き、その横顔はまるで子供のような純真さを放っている。尻尾も耳もぱたぱたと動き、本当にうれしそうだ。

「椛」
 文は愛する人の名を呼んだ。彼女はすぐに振り向く。




 文はすぐさま椛の唇に口づけをした。
 椛は体を震わせたが、すぐに目を瞑る。

 涼やかな初夏の風が森を吹き抜ける。


それがどのくらい続いたのかはわからない。永遠のようで、一瞬のようで。そんなぼやけた時間が幾許か続いた後、二人は寄り添うようにして花火を見ていた。

 ほんとうに、幸せな時間だった。









「ねえ椛、愛ってなんだと思う?」
 唐突に文は椛に尋ねた。幸せな時間に浸っていると、何故かこの時が終わる事を想像してしまう。自分達はそう簡単に消えてしまう存在ではないし、お互いが心変わりする可能性も考えられない。けれど、この日々がいつか遠い記憶になってしまう日が来ないとも言い切れない。漠然とした不安を抱えて、文はその答えを椛に求めた。

 椛は少し考えた後、照れながら答えた。
「難しいですね、私にはよくわからないです。でも、目の前の女性(ひと)が好きで好きでたまらないこの気持は、本物なんだと思いますよ」

 ほんとうにこの子は恥ずかしい事を平気で言う。頬を染めているあたり恥ずかしく思ってはいるようだが、それにしてもこういう台詞が吐けるのはもはや尊敬に値する。
 けれど、彼女のおかげで気持が落ち着いた。確かに未来のことはわからない。でも、二人の気持が本物ならば、ずっと一緒にいられるはずだ。



「椛、私はね、恋が相手と一緒にいたいと願う事ならば、愛は相手を幸せにしたいと思う事だと思うの。恋が自分の幸せを願うのに対して、愛は相手の幸せを願う事よ。互いにそうする事で、互いに幸せになれる。そういうものじゃないかな」
「じゃあ、私の気持は愛ですね」
「私もよ。……ねぇ、そろそろ戻らない?」
「そうですね。冷えてきましたし、それに」
「そういうことはここではちょっと、ね?」
「何言い出すんですか、もう。まあ、そうですけど……」
「じゃあ、今夜は貴女の家で」
「はい」
「愛してるわ、椛」
「私もです、文様」




 二人は手を繋いで椛の家に向かった。彼女達の心に、もはや不安はない。あるのは相手を愛する気持だけだ。
辺りを涼しげな風が吹く。けれども、この二人にとっては、今夜は熱い夜になりそうだ。
最近の暑いんだか冷えるんだかわからない気候にイライラしたのでいっそのこと夏祭りでも書いてしまえというわけで書きました。

夏祭りといえばWhiteberryの歌が印象深いですね。オリジナルもいいですがこう少女っぽさが雰囲気に合うというか……


追記:百合タグを入れ忘れてしまいました。苦手なのに読んでしまった方がいらっしゃいましたら、この場を借りてお詫びさせていただきます。申し訳ありませんでした。
でれすけ
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
なんという破壊力、私のヒットポイントが一瞬で吹き飛んでいった……
色々と反則ですよ、これは
2.名前が無い程度の能力削除
うむ、すばらしい。
砂糖を吐くの意味を再確認できました。
3.火忍削除
貴方の書く甘酸っぱいあやもみが大好物です。このときめき、読了感。
祭りと浴衣が僕のきゅんきゅんポイントに思いっきり刺さりました。
ありがたや。
4.でれすけ削除
>>1さん
いえ、まだレッドカードクラスの反則はしてませんよ。そこはどの位かって?ここでは言えない、とだけ申しておきましょうwそれこそ退場モノですからね

>>2さん
ありがとうございます。楽しんでいただけたようで作者としても本当にうれしいです。

>>火忍さん
気に入ってくださって大変うれしいです。いじらしく爽やかな恋が僕の文椛のコンセプトでして、なんとか伝えられたようでよかったです。

浴衣いいですよね、浴衣。浴衣で縁日とかもうそれだけで素敵すぎますよ、ええ。