当主のレミリアが余暇に人形劇を楽しみたいと言うので、魔法の森の人形使い、アリス・マーガトロイドが紅魔館に招待された。
演目が終わったあと、非常に喜んだレミリアは午後のお茶会にアリスを案内した。
お茶の時間が半ばほど過ぎたころ、アリスは紅茶のカップをソーサーの上に置くと、向かい側の席に座っていたレミリアを見て口を開いた。
「そういえば、門の所に赤毛の女の人がいたのだけど」
「ああ、美鈴のこと? あいつがどうかしたの?」
「ちょっと気になったのよ。あの人って……まさかとは思うけど、中国人ではないでしょうね?」
「美鈴の国籍? 確かに一時期中国中国って呼ばれていたけど……実際はどうなのかしらね、咲夜は知ってる?」
「中国だって言ってましたわよ、確か広東省あたりの出身だとか。中国の家庭料理なども得意ですし」
「くらっ」
アリスが額を押えてよろめいた。
顔が青白くなっている。
「どうしたの、大丈夫? 貧血?」
「……信じられないわ」
「え?」
「あなた達の能天気さにあきれたのよ。まさか中国人だと知りつつ雇っていたなんて」
「……どういう意味かしら?」
発言の意味を理解しかねて、レミリアが眉を捩った。
「お客人の言葉でも聞き捨てならないですね。いささか差別的な発言ではありませんか?」
きつい視線で咲夜が言った。
大昔の英国では東洋人を蔑視する風潮があったと言うが、そんなのは遠い過去の話だ。
見くびられては困る。紅魔館は国籍で人間を区別するような場所ではない。
「その通りよ。紅魔館では人を採用するときは人格と能力だけを見る。人種差別なんて非効率なことをしていたら、スカーレット家五百年の存続はありえなかったでしょうよ」
主のレミリアも顔に不快感を露に出して声を荒げた。
「そういうことじゃないのよ」
アリスはふるふると首を振った。
「あの門番の人が、もし普通の人間の館に雇われていたのだったら、何の問題もなかったでしょうけど。ああ、よりによって!」
アリスはレミリアを一瞥して気の毒そうな顔をした。
「吸血鬼だなんて……」
「いったいなんのことを言ってるのよ」
「少し待ってて」
そいうとアリスは席を立ち、部屋の外へ出て行った。
数分してアリスは戻ってきた。
小脇に分厚い書籍を携えている。
「地下の図書館へ行って借りてきたの。実際に見た方が理解が早いと思って」
アリスが本を机の上に置くと、どすんと音がした。
レミリアは興味深げにその本の表紙を覗き込んだ。
「中国料理大全?」
アリスはレミリア達に見えるように、分厚いその本のページをめくっていく。
どうやら料理集のようだ。写真付きで、中国の多彩な料理の調理法が紹介されている。
ぺらぺらとページがめくれていく。本の中ほどでアリスは手を止めた。
「あった、これよ」
そのページにも、写真付きで料理の詳細な説明がされていた。
最初、写真に写っている奇妙な物体が何なのかわからなくて、レミリアは目を細くした。
やがてそれが何なのか判ってきて、レミリアの表情がこわばった。
動物をまるごと焼いたもの。いや、一度焼いて煮崩したようだ。
手のように見えたものはどうやら羽根が焼かれて縮んだものであるらしい。
顔もついている。邪悪な面構えだ。
焼かれたときの苦しみによるものか、苦悶の表情のまま固まっていた。
「蝙蝠の姿煮よ」
「……!」
絶句するレミリア。
写真とはいえ、同族(?)の無残な死骸だ。
なんと、残酷な。
レミリアの手がかたかたと小刻みに震え出した。
小さな額からつらり、と一滴の汗が流れた。
レミリアの隣にいる咲夜も本のページを見てごくりと唾を飲み込んだ。
「これで解ったでしょう。中国人は好んで蝙蝠を食べるのよ。特に広東省では蝙蝠を丸ごとスープにして食べるらしいわ。それにね」
アリスは今度は咲夜の方を見た。真剣な表情だ。
つられてレミリアも咲夜を見る。
「えっ? 私ですか?」
急に視線を向けられて、咲夜はたじろいだ。
「中国では犬も食べるのよ」
気の毒そうにアリスはつぶやいた。
「なっ!? そんな馬鹿な……だって……犬は可愛いじゃないですか」
あんなに可愛い犬を食べるなんて信じられない。
だいいち、動物愛護団体が黙っていないじゃないかと悲痛な面持ちで咲夜は否定した。
「関係ないのよ。『机と椅子以外の足が付いているものなら、中国人が喰えないものはない』そんな有名な格言があるぐらいなんですから」
そんなはずはない、ありえない、と咲夜は必死で否定し、首をふるふると振った。
だが咲夜の表情には隠しきれない怯えがありありと出ていた。
アリスはそんな咲夜の様子にはお構いなしに、料理集のページをぱらぱらとめくっていく。
「ちょうど良いのがあったわ。ホラ」
目当てのページを見つけると、アリスは咲夜に見えるように本を両手で掲げて広げた。
「……いやあああああ!!」
咲夜が顔を両手で覆って叫んだ。
ガタン、と椅子が鳴った。レミリアが冷や汗を流しながら、立ちあがってその隣で絶句している。
アリスが広げたページには、犬を解体する工程が写真付きで記されていたのだ。
「これでわかったでしょう、中国人の恐ろしさが。生物界は食うものと食われるものの関係で成り立っているわ。そんな中で、生きているものなら何でも食べる中国人は、食物連鎖の頂点に立っていると言える」
「しょ、食物連鎖の頂点?」
レミリアは言葉の大仰さに些か怯んでいるようだ。
「そう、天敵のいない中国人は最強の生物なのよ」
レミリアがはっとした顔を作った。
最強のはずの中国人が、なぜ吸血鬼の下で大人しくしている?
「私達は美鈴を飼っていたつもりだったけど、本当は飼われていた……?」
アリスは目をつぶり、無言で肯いた。
「そういうことね。……門番の人、毎日の食事はどうなっているの?」
おもむろにアリスは言った。
「え? 食事? ちゃんとパンの耳と角砂糖を与えていますわ」
「たまに良い仕事をしたときは、角砂糖をたくさんあげるわね。私が自分で放り投げてあげると空中で上手にキャッチするわ」
そんな美鈴が? 自分たちを食べようとしているなんて信じられない。
動揺を隠しきれない様子で、レミリアと咲夜はお互いに目配せしあった。
「ああっ」
またアリスがよろめいた。
「どうしたの!?」
「清帝国の皇帝は満漢全席を食べる前は一日絶食したと言うわ。メインディッシュのうまみを増すために、普段はわざと粗食に耐える。それも中国人のやり口なのよ。自分は粗末な食事で、あなた達には十分な栄養を与えて、太らせてきたのね……ちょうどフォアグラのガチョウみたいに」
そう言うとアリスはレミリアの全身を眺めたので、レミリアは両手を回し、自分のふくよかな肩を押さえて縮こまった。
「さっきから聞いていれば、何をバカなことを。私は吸血鬼なのよ? 夜の支配者なのよ? たとえ私を食べようと襲って来たとしても、美鈴程度の妖怪なんぞ、一撃で返り討ちにしてやるわよ」
「そうですよ、お嬢様は実力で紅魔館を支配されておられるのですから」
咲夜も相槌を打った。
「はたして本当にそうかしら?」
「な、なにィ?」
「あの門番と本気の勝負をしたことはあるのかしら?」
「……ッ。……ないわ。でも、たまにおしおきする時もあるし。そう言うときは美鈴も黙って私のおしおきを受けるわよ」
「それも全部芝居だったとしたら?」
いや、まさか……そんな馬鹿な。
そんな遠大な計画だったと言うのか?
そういえば美鈴は武術の達人だというが、模擬試合の時もどこか手を抜いていたようにも見える?
そこでまたレミリアははっとなった。
中国人は虫も好んで食べると言う。館で雇っている妖精メイドたちも、見ようによっては虫に見える。
もしかして、この紅魔館自体が美鈴の牧場だったとしたら?
「ひィ!」
レミリアは頭を押さえてしゃがみこんだ。
「お嬢様、お気を確かに」
「さ、咲夜ッ。ど、どうしたらいいの? このままでは私たち、美鈴に食べられちゃうわ」
「美鈴をクビにする……?」
咲夜がそう呟くと、すぐさまアリスがかぶりを振った。
「だめよ、止めた方がいいわ。刺激しない方がいい。そんなことしたら、すぐに気付かれてあなたたちを食べにくるわよ」
「でも、このままじゃ」
「私に名案があるわ」
「どんな名案!?」
「門番の食事を豪華にするの」
「食事を?」
いったいどういうことなんだろうとレミリアは首を傾げる。
「そう。蝙蝠料理や犬料理以外にも、他に美味しい食事があることを知れば、そっちに気が移って蝙蝠や犬への関心が薄れるんじゃないかしら」
「でも気付かれないかしら」
「もちろん、いきなり豪華な食事に変えたら気付かれるわ。少しずつ、改善……いや、贅沢な料理に変えていくのよ。それとなく」
「なるほど。それでうまくいくかしら……」
しかし他に名案もない。
「わかったわ。咲夜! 今日の美鈴の夕食、献立は?」
「食パンの耳四隅と角砂糖1個です」
「食パンの白いところを増やしましょう」
「いきなり譲歩しすぎではありませんか?」
「うーん。耳を五本の方がいいかしら?」
「いや、白いところぐらい増やしてあげてもいいんじゃないかしら?」
聞きかねてアリスが口をはさんだ。
レミリアと咲夜は言われて一瞬不審な顔を作ったが、やがて
「……じゃあそうしましょう」
「そうするといいわ」
◇
数週間後、アリスが再度紅魔館を訪問した。
門のところで佇んでいる美鈴を見つけて声を掛ける
「や、元気してる?」
「あ、アリスさん!」
ことのほか嬉しそうに美鈴は満面の笑みを浮かべてアリスを歓迎した。
美鈴はアリスに正対すると、ふかぶかとお辞儀をした。
「おかげさまで、毎日の食事が豊かになりました。他にもいろいろ待遇が改善されたんです」
「そう。それは良かったわね」
「ありがとうございました。あなたには本当に感謝しています。これ、約束のお礼です」
美鈴は後ろ手に持っていた紙包みを取り出すと、アリスに差し出した。
アリスはそれを受けとる。包みを広げると、かさの広い茸が数本入っていた。
「四川省の桟道に百年に一度生えると言われる、万年霊芝です。老化防止、長寿、延命の効果があります」
「本当にもらっていいの? とても貴重なものなんでしょう?」
「妖怪の私にとっては唯の食べ物ですから。いざと言うときの非常食としてとっておいたんですけど、もう私には必要なくなりました」
「そう。じゃあ遠慮なくいただくわね」
「アリスさんが食べるのですか?」
アリスは言われて茸を一本取っていじりながら顎に当てると、空を見ながら言った。
「……茸狂いの友達にあげたら喜ぶかなと思って」
「良かった。マニアならきっと喜びますよ。少しでも命の恩人のお役に立てて、本当に嬉しいです」
そこまで切羽詰まっていたのかよ。アリスは美鈴の境遇に少なからず同情した。
「これからは良い食事を食べて、滋養を蓄えなさい。それじゃ、私はお茶会に行くわね」
ありがとうございました、ありがとうございました。何度も頭を下げる美鈴を後に、アリスは軽い足取りで館の中へ入っていった。
さすがアリスだ。
>蝙蝠はともかく犬肉は食べたことないんです。
むしろ、蝙蝠がどういう味なのか気になるw
いや、その不老長寿で喜ぶのは他の誰でもないアンタだろが・・・
と思わずつぶやいた俺はジャスティス派
聞いた所によると蝙蝠の肉は鳥のような味らしいそうですよ?
あと、その茸を永遠亭に持っていったら
かなりの値段で取引されそうな気がする
冗談だよね?うん、笑顔だもん……
なんと言う頭脳プレー
蝙蝠の姿煮は想像したくないですねえ
こりゃ本当に喰われても文句言えないヨ!
取引もあったんだろうけど、アリスの頼もしさと友達甲斐にGJでした。
「元」が「元」だっただけに、豊かになったといっても、
一般的にみてどれぐらいのレベルなのかが、
すこし気になりますが…
同じ3ボス同盟の仲間として、アリスは美鈴の境遇を無視できなかったのでしょうねぇ。
という意味でやはりこの配役はアリスが適役だったと思います。
最終的に自分が一番利益を得ているのは魔術師らしいし、
それでいて誰も損せず皆で幸せになってるのはアリスらしい。
ぱっちぇさんはこの顛末を聞いたら先輩としてどう思うか
興味深いですね
お茶ふいたw
このまま美鈴の食生活に幸あれw
蝙蝠なんて食べるとこなさそうだけどなぁ、さすがに犬は食べたくない。
とても読後感がよかったです。
>奇声を発する程度の能力様
蝙蝠は新宿に食べさせてくれる中華料理屋がありました。
鳥インフルエンザの関係で近年は食べられなくなってしまったらしいです。
>2様
本当に中国人は恐ろしいですよね。ゲテモノ食べれる人には敵わないと思います。
>3様
アリスは気付かれないように、魔理沙のためにいろいろしてあげてると思います。
>4様
ありがとうございます。とてもうれしいですw
>腋役様
鳥の味なんですね。意外と食べれそうですね。やっぱり見た目はちょっと抵抗ありますけどw
>6様
一般人が調理法を知っているぐらい中国では犬食が盛んナノカ……
お嬢様も結構引いたと思います。
>7様
アリス、実はかなり友達思いだと思うでんすよねえ、魔理沙とコンビ組んでてもフォロー役に徹しそうだし。名脇役。
>8様
食パンの白いところがだんだん増えて行くと思います。頑張れ! 肉食まであと少し!
>9様
3ボス同盟! それは素敵な発想ですね。きっと慧音さんあたりとも硬い絆で結ばれているんですね。
>10様
適役でしたか! ありがとうございます。三月精でもアリスは結構世話焼きでしたから、友達すると頼もしいのではないかと。
>11様
さすがアリスさんだ、大岡裁きもお手の物! ぱっちぇさんも先輩としてよいこよいこしてくれるかもしれませんね。
>12様
この後お譲様は美鈴の前を通るたびにびくついていたそうです。
>13様
中国人こわい! 蝙蝠は肉少なそうですね。楽しんでいただけたらこれ以上ない幸いです。
だけど、今の中国って犬食べるの禁止してなかったっけ?韓国だったっけ?ちょいとそのあたりが気になりましたです。