――モンタージュ――
写真機片手に、私は今、高鳴る鼓動を感じている。
何時以来だろう――思い、苦笑した。
女童じゃあるまいし。
けれど、鏡に映る自身の表情は、まるで初めて恋をした少女の様。
窮屈なその場所で、無理やり頬に触れる。熱い。
思うモノを写真機におさめれば火照りは消えるのだろうか。
……きっと、消えやしない。何度写したって熱は去らないのだから。
少し口を歪める。鏡の中にいる少女は嬉しそうに笑んでいた。
この熱を煩わしく思っていない自身に驚く。
そう、私はこの情熱が消えて欲しくないと思っている。
鼓動さえも狂わせる感情を、楽しいとさえ思っていた。
私を駆り立てるのは仕事だけだった筈だ。
少なくとも、知人や友人にはそう評されていた。
飛びまわる私に、彼女達は苦笑しながら言ってくる――「他に何かする事はないの」。
そんな私が、どうだ。
今はこんな狭い所で身を縮まらせ、その機会を待っている。
大きな黒い翼を折りたたみ、写真機を灯すその時を心待ちにしている。
あぁ、そうか。
いや、そうなのだろう。
きっと、たぶん、私は――。
「疲れた―! やー、毎度毎度だけど哨戒も楽じゃないねぇ」
――来た! 慌てちゃいけない。慌てるもんか。
私は射命丸文。この幻想郷最速の妖怪。
こんな程度の事でミスなんて!
「そう? 今日なんて暇すぎて水浴びしちゃったじゃない」
……あ。
そも、フィルムを入れ忘れちゃってる。
あ、はは……何やってんだかな……はぁ。
「止めたのに……。おフタリとも、明日は真面目にやんなきゃ駄目ですよ!」
――失意に沈む私は、だけど、顔をあげる。
鼓動が更に早くなった。
扉を閉める音と共に聞こえた声を私は知っている。
あどけない顔に、『能力』を象徴するような大きな大きな目。
最後に室内に入ってきたのは、白狼天狗にして哨戒天狗、犬走椛。
「へいへ。椛様はお固いこって。そんなだから浮いた噂もなけりゃ胸も浮かないんだよ」
「わぅん!? そ、それとこれとは、と言うか、浮くお二方が大きすぎるだけで!」
「こーら、可愛いからって後輩を苛めないの。それに、うふふ、ねぇ、椛ぃ」
「な、なんですか、そのにやにやとした笑みは! いやらしい!」
上司と言うよりは先輩。
そんな二匹の同じく哨戒天狗にからかわれ、椛は顔を赤くする。
彼女本人は怒っているつもりなのだろうが、より可愛らしくなったとしか思えない。
未練がましく向けていた写真機を、片手と共に下げた。
「おんや、なんかあるのかね。まさか、私達の可愛い後輩に手を出す奴がいるのかい?」
「違う違う。手を出すのは椛の方。休日のたびに何処に行ってるのかしらぁ?」
「わ、わーわーわー!」
写真機には写せない。
いや。写せたとしても、結局上手く撮れないだろう。
こんなにも、こんなにも、彼女達は可愛らしいのだから。
ふぅ……。
私は、溜息をつい――うん? なんか聞き捨てならない事を言ってたような。
張り付けていた目を耳に変え、声をよく聞こえるような態勢を取る。
ワンスモアプリーズ。
ぷす。
そんな音がした。
……違うな。『ぶすっ』の方がより正しい。
針でつつくと言うよりも、剣で刺す音「あんぎゃぁぁぁぁっっっ!?」
私は、窮屈な、狭い、その中で叫び声をあげた。
「……此処は私達、哨戒天狗の更衣室なんですが。そのロッカーで、何、やってるんですか、あ・や・さ・ま?」
「も、椛さん! 最近突っ込みに容赦が!? あ、違うの、違うんです、貴女達が可愛いから!」
「達、ですか。その感想と、手に持った写真機の関連性をお伺いしたいのですが?」
「ドロチラを撮りたいんですよ。可愛い貴女達の、地に足をつけたドロチラを」
「なるほど。飛ぶ姿では撮り飽きた、と」
その通りだよ、君ぃ。きみぃ。
「『ドロチラ』……あぁ……口にするだけで、頬が火照る。鼓動が高鳴る。ぶっちゃけ、濡あががががっ!?」
刺さったままの切っ先を上下に揺らす椛さん。此方に生命力があるのをわかっているからマジ容赦ない。
「も、椛? 椛さん? あの、どちら様かは知らないけど、その辺りで……」
「そ、そうよぉ。女同士なんだし、私達はそれほど気にしてないけど……?」
可愛らしい後輩の普段見せない態度に顔を引きつらせながら、彼女達は救いの手を差し伸べてくれた。
「む……わかりました。文様! 二度とこのような不埒な事をされないようにお願いしますね!」
不肖不精と言った感じで、椛さんは剣を引き抜く。
拙いなぁ、出来れば後腐れはないようにしておきたい。
しょうがない。情けなくはあるが、ご機嫌をとっておこう。
ロッカーから出た私は、扉の方にいる彼女達の元へと歩み、礼を述べ――。
「ふふ、助けてくれてありがとうね。可愛らしいお譲さん達」
「い、いえ! な、なんか、血をだらだら流してるのに、格好いい……!」
「そんな、貴女様の方こそ……いえ、貴女様は可愛らしいではなく、お美しい……」
――外に出る間際、振り向き、そっぽを向く椛さんへと笑みを浮かべた。
「椛さん、胸囲の事でお悩みならば――」
「へ!? あ、悩んでるとかでは、でも、あの、文様がどうにかしてくださるなら……!」
「――うん? 聞こえないわ。でも、悩んでるなら、そうね、私がどうにかしてあげれない事もないわ」
どうやら機嫌を直してくれたようだ。眩しい笑顔が向けられる。
「具体的に言うと、可愛らしいお嬢さんの写真と合成して差し上げますよ?
やぁ、モンタージュって所謂コラージュも含めるんですよね。
ですから、モンタージュ、写真の中だけでもボインに!」
轟ッ。
「あや、さまのぉ……!」
扉だけでなく、部屋だけでなく、この館、大社さえも揺るがす風。
「ばかぁぁぁぁぁっっっ!」
と言うか、私より強くない? 私に向けられてない? 私を潰そうとし――。
べちゃ。
「あごごごご――ごふ……か、はっ……」
「あ……事切れた……?」
「も、椛さん? 椛様?」
「お二方! さっさと着替えましょう!」
「さ、さー、いえっさー!」
沈む意識の中、私は、思った。
まだ、生きてます……よ……? ……がくり。
――どうしようもない僕に天使が降りてきた――
「どうしようもない総領娘様に私が昇ってきました」
「……喧嘩売ってる、衣玖?」
「はい。偶には、と」
にこやかに頷くと、ぶすくれていた総領娘様は即座にスペルカードを取り出される。
「ふん! じゃあ、偶には買ってあげるっ!」
声高らかに宣言する総領娘様。浮かぶ表情は、私以上の笑顔になっていた。
――Good Morning! Are You OK?――
紅い悪魔が束ねる館、その地下にある大図書館で、今日も今日とて魔女は囁き、悪魔は笑う。
パチュリー・ノーレッジと共に編纂業務を行っている小悪魔の元に、可愛らしいお客さんが現れた。
「小悪魔、小悪魔」
「小悪魔さん、あーそびましょ」
‘悪魔の妹‘ことフランドール・スカーレットと、‘閉じた恋の瞳‘古明地こいし。
「あぁ! どうしようもない仕事中の私にペドい天使が降りてきたっ!」
それはもうやった。
「何故、貴女はそう私の頭を痛くする言葉を吸って吐くように言えるのかしら」
「……むぅ。確かに、妹様とこいしさんは成長期。ペドと言うよりはロリと」
「そっちじゃない! そっちもだけど! ……妹様は‘悪魔‘の妹なのよ」
半眼で睨みつけてくるパチュリーに、小悪魔は視線を司書室の外、自らを待っている二名へと向ける。
「いやまぁ。……ですが、あの笑顔を見ると、細かい事は置いといて天使でもいいなじゃないかなーとか」
「鼻の下をのばして……。ほら、さっさと行ってきなさいよ」
「無論、天使の上位セラフィムはパチュっきゃー!?」
魔力の渦に飲み込まれ司書室から追い出される。
特殊な登場に、外に居たフランドールとこいしは拍手を贈る。
つまりはその程度のダメージで、叫びの割に傷はなかった。
こほん――空咳を打ちながら立ち上がり、小悪魔はフタリに口を開く。
「はい、惜しみない拍手ありがとうございます。ですが、お二方とも何かをお忘れではないでしょうか?」
両手を脇腹に当て、フタリを覗き込むような態勢を取る小悪魔。
「で、でも、今更だし……」
「うん、そうだよね、フラン。恥ずかしいよね……」
顔を見合わせるフタリに、片腕を向け、人差し指を立てる。‘めっ‘。
「駄目ですよお二方とも。それに、数をこなせば段々気持ち良くなってきますから」
「――小悪魔! 貴女ね、よりによって妹様やその客人に何を!」
「うぁ、パイルバンカーツヴァイ、通称ハルコンネン!?」
もはや‘杭打ち機‘ではない。
しかし、慌てず騒がず小悪魔はフランドールとこいしの後ろに回り込み――。
「ほら、お二方様」
――その肩を柔らかく、叩いた。
「ぱ、パチュリー!」
「パチュリーさんっ」
詰め寄ってくるフタリ。
たじろぐパチュリー。
にこりと笑む小悪魔。
フタリの幼妖は、大きな声で、言った。
「おはよーございます!」
「え、あ、おはよう……って、え?」
呆然自失。
突然の大声に目を白黒させるパチュリーをおいて、フタリは小悪魔の方に振り向く。
幼い容姿に合う純真な笑みを浮かべている。
小悪魔も笑顔のままだった。
「ふふ、ね、言ったとおりでしたでしょう?」
フタリの頭を撫でながら、嬉しそうに問う。
「ええ! パチュリーもちゃんと返してくれたわ!」
「それに、なんだか胸が温かくなった。ありがとう、小悪魔さんっ」
彼女達が忘れてたもの。繰り返すたび、気持ちがよくなるもの。それは、挨拶。
正に、天使の様な笑顔を振りまくフタリに小悪魔も満足げな表情を崩さない。
けれど、そんな彼女にも憂慮する事が一つ。
彼女の熾天使は額を抑えていた。
「ちょっと。来なさい。いいから。そこのこま」
「あぁ!? ‘悪‘が消えてしまっています!」
「喧しい、こ」
‘魔‘も消えた。
「……今のでよくわかったね、小悪魔さん」
「多分、何時か言われると思ってたのよ」
図星。
「貴女ね。曲がりなりにも魔女の使い魔なんだから、教えるにしてもそれ相応の事を教えなさいよ」
「パチュリー様の使い魔です。パチュリー様の使い魔です。んー、じゃあ、サバト?」
「ツヴァイ、イグニションっ! ――ファイアっ!!」
暴っ。
「うっきゃー!?」
「きゃっ?」
莫大な魔力の放出。あげられる二つの悲鳴。
出どころの前者は使い魔。後者は主。
点火時の噴射に耐えきれなかった。
「パチュリー様、大丈夫ですか!?」
尻もちをつくパチュリーに、小悪魔はすぐさま駆け寄った。
「小悪魔、直撃受けてたわよね、今」
「うん。服も焦げてるし……って、アレが焦げで済むんだ」
心配げな表情を隠さず手を掴んでくる小悪魔に、けれど、パチュリーは視線を合わせない。
「こ。いい加減にしなさいよ。大体、転んだ位で私達妖がどうこうなる訳ないでしょう」
「だったら、早く立ち上がって、あぁ、ツヴァイが重いんですね。んーしょ!」
「軽いわよ。私用だもの――って」
パチュリーの言葉を聞かず、固定観念が故に目一杯手を引っ張る小悪魔。
だが、製作者の言う通り、彼女の背にある重火器は軽かった。
であるからして、勢いが余る。
と言う事はつまり――「うっきゃー!?」――態勢が入れ替わる。
自身より派手な音を立てる小悪魔に、パチュリーはそのまま急いて問う。
「小悪魔!? だ――!」
どうにか。
どうにか言い留まる。
ゆっくりと、口は閉じられた。
しかし、パチュリーの使い魔は、その先が読めていた。
「あいむ、おっけー」
駆けよって来るフランドールとこいしにも繰り返す。
そんな使い魔のする表情に主はもう、何も言わなかった。
彼女もまた、呆れているとは言え、笑みを浮かべていたから。
――印度式――
「すいか! わき! すね!」
「おぉっとその手は喰わないよ、勇儀。処理はばっちし」
「いや、早苗に外のテープを借りて……って、処理……必要だったのか……」
「冗談だよ。あ、でも、真ん中はしっかりとね!」
「生えてんのか、ギャランドゥ」
「いやいや。腹じゃなくてこがはぁっ!?」
「ぜぇはぁ……女性ホルモン、ばっちりじゃないか」
「ぐふ、けはっ……その割には乳ちっちゃいけどね。あ、と言う事はおっきなあんたはもっさぐはぁぁぁ!?」
「女性ホルモン……関係あるんでしょうか……」
「いやさ、キスメ! んな事より、萃香と勇儀は生えふがぁぁぁ!?」
「聞いてんな。ったく。――でも、あの言い方だと……。妬ましいわね……」
あるからか。否か。
どういう意味の『妬ましい』なんだろう。
思ったキスメであったが、セメントを始めようとする二鬼へと急いだ。
平凡な毎日の一コマ。だったが、それはそれで、つまらなくはなかった。
<了>
写真機片手に、私は今、高鳴る鼓動を感じている。
何時以来だろう――思い、苦笑した。
女童じゃあるまいし。
けれど、鏡に映る自身の表情は、まるで初めて恋をした少女の様。
窮屈なその場所で、無理やり頬に触れる。熱い。
思うモノを写真機におさめれば火照りは消えるのだろうか。
……きっと、消えやしない。何度写したって熱は去らないのだから。
少し口を歪める。鏡の中にいる少女は嬉しそうに笑んでいた。
この熱を煩わしく思っていない自身に驚く。
そう、私はこの情熱が消えて欲しくないと思っている。
鼓動さえも狂わせる感情を、楽しいとさえ思っていた。
私を駆り立てるのは仕事だけだった筈だ。
少なくとも、知人や友人にはそう評されていた。
飛びまわる私に、彼女達は苦笑しながら言ってくる――「他に何かする事はないの」。
そんな私が、どうだ。
今はこんな狭い所で身を縮まらせ、その機会を待っている。
大きな黒い翼を折りたたみ、写真機を灯すその時を心待ちにしている。
あぁ、そうか。
いや、そうなのだろう。
きっと、たぶん、私は――。
「疲れた―! やー、毎度毎度だけど哨戒も楽じゃないねぇ」
――来た! 慌てちゃいけない。慌てるもんか。
私は射命丸文。この幻想郷最速の妖怪。
こんな程度の事でミスなんて!
「そう? 今日なんて暇すぎて水浴びしちゃったじゃない」
……あ。
そも、フィルムを入れ忘れちゃってる。
あ、はは……何やってんだかな……はぁ。
「止めたのに……。おフタリとも、明日は真面目にやんなきゃ駄目ですよ!」
――失意に沈む私は、だけど、顔をあげる。
鼓動が更に早くなった。
扉を閉める音と共に聞こえた声を私は知っている。
あどけない顔に、『能力』を象徴するような大きな大きな目。
最後に室内に入ってきたのは、白狼天狗にして哨戒天狗、犬走椛。
「へいへ。椛様はお固いこって。そんなだから浮いた噂もなけりゃ胸も浮かないんだよ」
「わぅん!? そ、それとこれとは、と言うか、浮くお二方が大きすぎるだけで!」
「こーら、可愛いからって後輩を苛めないの。それに、うふふ、ねぇ、椛ぃ」
「な、なんですか、そのにやにやとした笑みは! いやらしい!」
上司と言うよりは先輩。
そんな二匹の同じく哨戒天狗にからかわれ、椛は顔を赤くする。
彼女本人は怒っているつもりなのだろうが、より可愛らしくなったとしか思えない。
未練がましく向けていた写真機を、片手と共に下げた。
「おんや、なんかあるのかね。まさか、私達の可愛い後輩に手を出す奴がいるのかい?」
「違う違う。手を出すのは椛の方。休日のたびに何処に行ってるのかしらぁ?」
「わ、わーわーわー!」
写真機には写せない。
いや。写せたとしても、結局上手く撮れないだろう。
こんなにも、こんなにも、彼女達は可愛らしいのだから。
ふぅ……。
私は、溜息をつい――うん? なんか聞き捨てならない事を言ってたような。
張り付けていた目を耳に変え、声をよく聞こえるような態勢を取る。
ワンスモアプリーズ。
ぷす。
そんな音がした。
……違うな。『ぶすっ』の方がより正しい。
針でつつくと言うよりも、剣で刺す音「あんぎゃぁぁぁぁっっっ!?」
私は、窮屈な、狭い、その中で叫び声をあげた。
「……此処は私達、哨戒天狗の更衣室なんですが。そのロッカーで、何、やってるんですか、あ・や・さ・ま?」
「も、椛さん! 最近突っ込みに容赦が!? あ、違うの、違うんです、貴女達が可愛いから!」
「達、ですか。その感想と、手に持った写真機の関連性をお伺いしたいのですが?」
「ドロチラを撮りたいんですよ。可愛い貴女達の、地に足をつけたドロチラを」
「なるほど。飛ぶ姿では撮り飽きた、と」
その通りだよ、君ぃ。きみぃ。
「『ドロチラ』……あぁ……口にするだけで、頬が火照る。鼓動が高鳴る。ぶっちゃけ、濡あががががっ!?」
刺さったままの切っ先を上下に揺らす椛さん。此方に生命力があるのをわかっているからマジ容赦ない。
「も、椛? 椛さん? あの、どちら様かは知らないけど、その辺りで……」
「そ、そうよぉ。女同士なんだし、私達はそれほど気にしてないけど……?」
可愛らしい後輩の普段見せない態度に顔を引きつらせながら、彼女達は救いの手を差し伸べてくれた。
「む……わかりました。文様! 二度とこのような不埒な事をされないようにお願いしますね!」
不肖不精と言った感じで、椛さんは剣を引き抜く。
拙いなぁ、出来れば後腐れはないようにしておきたい。
しょうがない。情けなくはあるが、ご機嫌をとっておこう。
ロッカーから出た私は、扉の方にいる彼女達の元へと歩み、礼を述べ――。
「ふふ、助けてくれてありがとうね。可愛らしいお譲さん達」
「い、いえ! な、なんか、血をだらだら流してるのに、格好いい……!」
「そんな、貴女様の方こそ……いえ、貴女様は可愛らしいではなく、お美しい……」
――外に出る間際、振り向き、そっぽを向く椛さんへと笑みを浮かべた。
「椛さん、胸囲の事でお悩みならば――」
「へ!? あ、悩んでるとかでは、でも、あの、文様がどうにかしてくださるなら……!」
「――うん? 聞こえないわ。でも、悩んでるなら、そうね、私がどうにかしてあげれない事もないわ」
どうやら機嫌を直してくれたようだ。眩しい笑顔が向けられる。
「具体的に言うと、可愛らしいお嬢さんの写真と合成して差し上げますよ?
やぁ、モンタージュって所謂コラージュも含めるんですよね。
ですから、モンタージュ、写真の中だけでもボインに!」
轟ッ。
「あや、さまのぉ……!」
扉だけでなく、部屋だけでなく、この館、大社さえも揺るがす風。
「ばかぁぁぁぁぁっっっ!」
と言うか、私より強くない? 私に向けられてない? 私を潰そうとし――。
べちゃ。
「あごごごご――ごふ……か、はっ……」
「あ……事切れた……?」
「も、椛さん? 椛様?」
「お二方! さっさと着替えましょう!」
「さ、さー、いえっさー!」
沈む意識の中、私は、思った。
まだ、生きてます……よ……? ……がくり。
――どうしようもない僕に天使が降りてきた――
「どうしようもない総領娘様に私が昇ってきました」
「……喧嘩売ってる、衣玖?」
「はい。偶には、と」
にこやかに頷くと、ぶすくれていた総領娘様は即座にスペルカードを取り出される。
「ふん! じゃあ、偶には買ってあげるっ!」
声高らかに宣言する総領娘様。浮かぶ表情は、私以上の笑顔になっていた。
――Good Morning! Are You OK?――
紅い悪魔が束ねる館、その地下にある大図書館で、今日も今日とて魔女は囁き、悪魔は笑う。
パチュリー・ノーレッジと共に編纂業務を行っている小悪魔の元に、可愛らしいお客さんが現れた。
「小悪魔、小悪魔」
「小悪魔さん、あーそびましょ」
‘悪魔の妹‘ことフランドール・スカーレットと、‘閉じた恋の瞳‘古明地こいし。
「あぁ! どうしようもない仕事中の私にペドい天使が降りてきたっ!」
それはもうやった。
「何故、貴女はそう私の頭を痛くする言葉を吸って吐くように言えるのかしら」
「……むぅ。確かに、妹様とこいしさんは成長期。ペドと言うよりはロリと」
「そっちじゃない! そっちもだけど! ……妹様は‘悪魔‘の妹なのよ」
半眼で睨みつけてくるパチュリーに、小悪魔は視線を司書室の外、自らを待っている二名へと向ける。
「いやまぁ。……ですが、あの笑顔を見ると、細かい事は置いといて天使でもいいなじゃないかなーとか」
「鼻の下をのばして……。ほら、さっさと行ってきなさいよ」
「無論、天使の上位セラフィムはパチュっきゃー!?」
魔力の渦に飲み込まれ司書室から追い出される。
特殊な登場に、外に居たフランドールとこいしは拍手を贈る。
つまりはその程度のダメージで、叫びの割に傷はなかった。
こほん――空咳を打ちながら立ち上がり、小悪魔はフタリに口を開く。
「はい、惜しみない拍手ありがとうございます。ですが、お二方とも何かをお忘れではないでしょうか?」
両手を脇腹に当て、フタリを覗き込むような態勢を取る小悪魔。
「で、でも、今更だし……」
「うん、そうだよね、フラン。恥ずかしいよね……」
顔を見合わせるフタリに、片腕を向け、人差し指を立てる。‘めっ‘。
「駄目ですよお二方とも。それに、数をこなせば段々気持ち良くなってきますから」
「――小悪魔! 貴女ね、よりによって妹様やその客人に何を!」
「うぁ、パイルバンカーツヴァイ、通称ハルコンネン!?」
もはや‘杭打ち機‘ではない。
しかし、慌てず騒がず小悪魔はフランドールとこいしの後ろに回り込み――。
「ほら、お二方様」
――その肩を柔らかく、叩いた。
「ぱ、パチュリー!」
「パチュリーさんっ」
詰め寄ってくるフタリ。
たじろぐパチュリー。
にこりと笑む小悪魔。
フタリの幼妖は、大きな声で、言った。
「おはよーございます!」
「え、あ、おはよう……って、え?」
呆然自失。
突然の大声に目を白黒させるパチュリーをおいて、フタリは小悪魔の方に振り向く。
幼い容姿に合う純真な笑みを浮かべている。
小悪魔も笑顔のままだった。
「ふふ、ね、言ったとおりでしたでしょう?」
フタリの頭を撫でながら、嬉しそうに問う。
「ええ! パチュリーもちゃんと返してくれたわ!」
「それに、なんだか胸が温かくなった。ありがとう、小悪魔さんっ」
彼女達が忘れてたもの。繰り返すたび、気持ちがよくなるもの。それは、挨拶。
正に、天使の様な笑顔を振りまくフタリに小悪魔も満足げな表情を崩さない。
けれど、そんな彼女にも憂慮する事が一つ。
彼女の熾天使は額を抑えていた。
「ちょっと。来なさい。いいから。そこのこま」
「あぁ!? ‘悪‘が消えてしまっています!」
「喧しい、こ」
‘魔‘も消えた。
「……今のでよくわかったね、小悪魔さん」
「多分、何時か言われると思ってたのよ」
図星。
「貴女ね。曲がりなりにも魔女の使い魔なんだから、教えるにしてもそれ相応の事を教えなさいよ」
「パチュリー様の使い魔です。パチュリー様の使い魔です。んー、じゃあ、サバト?」
「ツヴァイ、イグニションっ! ――ファイアっ!!」
暴っ。
「うっきゃー!?」
「きゃっ?」
莫大な魔力の放出。あげられる二つの悲鳴。
出どころの前者は使い魔。後者は主。
点火時の噴射に耐えきれなかった。
「パチュリー様、大丈夫ですか!?」
尻もちをつくパチュリーに、小悪魔はすぐさま駆け寄った。
「小悪魔、直撃受けてたわよね、今」
「うん。服も焦げてるし……って、アレが焦げで済むんだ」
心配げな表情を隠さず手を掴んでくる小悪魔に、けれど、パチュリーは視線を合わせない。
「こ。いい加減にしなさいよ。大体、転んだ位で私達妖がどうこうなる訳ないでしょう」
「だったら、早く立ち上がって、あぁ、ツヴァイが重いんですね。んーしょ!」
「軽いわよ。私用だもの――って」
パチュリーの言葉を聞かず、固定観念が故に目一杯手を引っ張る小悪魔。
だが、製作者の言う通り、彼女の背にある重火器は軽かった。
であるからして、勢いが余る。
と言う事はつまり――「うっきゃー!?」――態勢が入れ替わる。
自身より派手な音を立てる小悪魔に、パチュリーはそのまま急いて問う。
「小悪魔!? だ――!」
どうにか。
どうにか言い留まる。
ゆっくりと、口は閉じられた。
しかし、パチュリーの使い魔は、その先が読めていた。
「あいむ、おっけー」
駆けよって来るフランドールとこいしにも繰り返す。
そんな使い魔のする表情に主はもう、何も言わなかった。
彼女もまた、呆れているとは言え、笑みを浮かべていたから。
――印度式――
「すいか! わき! すね!」
「おぉっとその手は喰わないよ、勇儀。処理はばっちし」
「いや、早苗に外のテープを借りて……って、処理……必要だったのか……」
「冗談だよ。あ、でも、真ん中はしっかりとね!」
「生えてんのか、ギャランドゥ」
「いやいや。腹じゃなくてこがはぁっ!?」
「ぜぇはぁ……女性ホルモン、ばっちりじゃないか」
「ぐふ、けはっ……その割には乳ちっちゃいけどね。あ、と言う事はおっきなあんたはもっさぐはぁぁぁ!?」
「女性ホルモン……関係あるんでしょうか……」
「いやさ、キスメ! んな事より、萃香と勇儀は生えふがぁぁぁ!?」
「聞いてんな。ったく。――でも、あの言い方だと……。妬ましいわね……」
あるからか。否か。
どういう意味の『妬ましい』なんだろう。
思ったキスメであったが、セメントを始めようとする二鬼へと急いだ。
平凡な毎日の一コマ。だったが、それはそれで、つまらなくはなかった。
<了>
これからはこの作品に出てきた曲で思う存分ニヤニヤさせてもらいますw
山は無いけれどすらすらーっと読めました。素敵。