※ ※ ※
「はぁ、最近平和だねぇ」
「そうだねぇ」
薄暗い樹海の中の一角でひそひそと話をしている影が2つ。
話……と言っても、俺達毛玉に口があるとか、そこまでの知能があるとかは知らないが。
とにかく、俺達は会話をしていた。
「そういえばさ、最近俺達出番ないよな」
「そうだよな。 最近はほとんど妖精達が出ずっぱりだしな」
「もう忘れ去られたのかな?」
「いや、そんな事はないさ」
ガックリと肩を落としたかの様な影の一つ……俺こと毛玉Aに対して、もう一つの影である毛玉Bがポンポンと元気つけようと肩を叩いた。
いや、俺達に肩があるのかどうかとか、叩く様な手があるとかはこの際どうでもいい。
とにかく、慰めあっていたのだ。
「まあ、平和な事はいいもんだよ」
「そうだよな、俺達一発で死んじゃうしな」
「ま、平和でこうやって厄神様の近くに居ることが一番の幸せなのかもしれないな」
「でも、厄神様も最近『出番がないわ』って言って嘆いていたとか……」
俺達は同じタイミングで「はぁ」と溜息をついてガックリと視線を落とした。
いや、俺達毛玉に目があるのか? とか口があるのか? とか、毛玉なんだからどっちを向いても分からんだろ?
とかそんな事はどうでもいい。 とにかくガックリと視線を落としたのだ。
「まあ、でもこうやって平穏でいるのがなによりさ」
「まあ、そうかもしれないが」
「だって考えてもみろよ。 やられたらもう厄神様の御姿を見ることも出来なくなるんだぞ!」
「そう考えれば……そうだよな」
俺達は明るい表情を浮かべて視線を上げた。
いや、俺達に(以下略)
「まあ、とりあえず我々の楽しみの一つとして、池のほとりで佇んでいる厄神様を遠くから眺めるというのがある訳だが」
「今日も行くのか?」
「ああ、もちろん。 これは俺様の日課なのだ!」
「お前、すごいな」
いくら毛玉とは言え、厄神様の近くへ行く事は滅多な事では出来ないことなのだ。
それは厄神様の周りに漂っている厄によるからなのである。
以前、無謀な毛玉がまるで飼い主に向かって喜んで走っていく子犬の様に厄神様に近寄っていった事があった。
だが、その毛玉はあと数メートルの所でいきなり倒れてきた木の下敷きになって昇天していった。
他の毛玉も、偶然を装って厄神様の上から落ちてみたり、行き倒れの様に厄神様の通り道の途中で倒れてみたりしたが、
どれも厄のせいですべてが失敗に終わっていたんだ。
まったく無茶しやがって。
『厄神様に可愛がられたい』
これがここに住む毛玉の至高の願い。
ああ、ニッコリとこちらを向いて微笑んでくれるだけでもいい。
子犬の様に、「イイ子イイ子」と頭を撫でてくれたら死んでもいい。
俺達はまだ見ぬ天国を思い浮かべ頬が緩む。
いや、俺達毛玉に頭があるとか、頬があるとかそんな(以下略)
「さて、じゃあ行ってくるか」
「行くのか?」
「ああ、もうそろそろ厄神様が池の所へ行く時間だからな」
「じゃあ、俺も一緒に行こうかな?」
こうして、俺達は池へと向かって行った。
池に近づくと、すでに厄神様がいらっしゃる様で、光の差し込んでいる池のほとりの一部分だけが黒い塊で覆われていた。
「チッ、今日は厄が多いなぁ……これじゃあ厄神様の御姿が見えないじゃないか」
「まあ、それだけ厄神様が仕事をしてきたって証拠だよ」
池のほとり脇にある大きな岩の後ろで俺達は息を殺しながらほとりで佇んでいる厄神様に視線を向ける。
厄神様は手頃な大きさの岩に腰掛けて池の中を覗いている様に見える。
といっても、真っ黒な塊が見えているだけなんだが。
「クソッ、もうちょっと近寄れれば……」
「諦めろ、今日は日が悪いんだよ。 あの厄を山の神様達に渡してくれば、もっとよく見えるし近寄れるんだ」
「だけどよぉ……」
その時、静かな池の水面から音がして何かがひょっこりと顔を出した。
「雛ちゃん! こんにちわ!」
「あら? にとりじゃない。 こんにちわ」
厄神様はそう挨拶をすると、体の周りにあった厄を背中の方へすべて動かした。
水面から顔を出している『にとり』とかいう河童に厄が当たらない様に。
「よっしゃ! 御顔が見れた!」
「うぉぉぉ!!!」
俺達はガッツポーズをして興奮した。ついでハイ・タッチもしてみた。 毛玉に手が(以下略)
それもそのはず。 今日は無理と諦めていた厄神様の御顔……
しかも毛玉仲間内ではレアとも言える「にこやかな笑顔」を拝むことができたのだから。
「よし! きっと今日はいい日に違いない!」
「ああ、よかったぜ! お前に付いて来て正解だったぜ!」
俺達はさらに興奮しながらも視線を厄神様へ戻す。
厄神様は、突然の来訪者の河童と一緒に手頃な岩へ座り、河童が持ってきた何かを笑顔で食べている。
「クソッ、あの河童! 俺と変われ!」
「パルパル!」
そういや最近、幻想郷で『嫉妬する』という事を『パルパル』というらしいが、なぜだろう?
まあ、いいっか。
俺達は隠れている岩を砕くかの勢いで力一杯岩をつかむ。
いや、だから俺達毛玉に手があるとかどうとか(以下略)
「ま、まあいいさ……我々はあの笑顔さえ見れれば満足だからな……」
「そ、そうなんだが……でも、あの河童が羨ましい」
その時だった。
厄神様に気を取られていてまったく無防備だった我々の後ろにもう一つの毛玉がいた。
「まだまだだな……笑顔だけで満足とは……情けない」
「なんだと?」
急に後ろに現れた毛玉に対して、思わず口調が荒くなる。
笑顔が見えるだけでも貴重な厄神様を目の前にして、まだこれ以上の喜びがあるっていうのか?
思わず喰って掛かろうとした俺を毛玉Bが制した。
「ま、まさか貴方様は……」
何かを知っている毛玉Bの手が小刻みに震えている。
だから、毛玉に手が(以下略)
「お前……何か知っているのか?」
「ああ、このお方は……」
思わず息を呑む。
そういえば、毛玉にしては何か威厳のある様な佇まい。
この毛玉は一体?
少しの沈黙の後、毛玉Bが言葉を発した。
「貴方様は、もしかして……毛玉の中の毛玉……毛王様では?」
「うむ、いかにも」
毛王!
聞いた事がある。
偶然とは言え、厄神様の膝の上で撫で撫でされた事があるという……あの伝説の!
『か……神だ……俺達とは次元が違うっ!』
我々毛玉達がやってのけない事を平然とやってのけた! そこに痺れる憧れるぅ!
「もしよろしければ、あの時の事をお聞かせください」
「まあ、偶然とは言え……あれは至福の一時だった」
毛王は、ゆっくりとした口調で語り始めた。
もちろん、毛王も含めた俺達は岩にしがみついて、厄神様の方へ視線を向けて。
俺と毛玉Bの間に毛王が入り、意識を厄神様と毛王の話の2つに向ける。
「厄神様の膝の上は……天国じゃった」
俺達はその言葉を聞いて、池のほとりで河童と仲良く話しをしている厄神様の膝へ視線を向ける。
と言っても、長いスカートで隠れているので見える訳はないのだが。
「ちょうど、近くにいた別の妖怪に襲われて怪我をしていた私を今河童と話をしている様に厄を動かしてくれてな……」
厄神様の膝から視線を外すと、河童と厄神様の近くには厄はなく、厄神様の背中の方にすべての厄を動かしてあるのが分かる。
「虫の息だった私を膝の上に乗せてやさしく撫でてくれてなぁ……『大丈夫?』などという勿体無いお言葉まで掛けてくれてなぁ……」
ああ、もう爆発寸前だ。
やっぱり人伝いで聞く伝説よりも、当事者から聞いた話の方が何倍もリアルだ。
しかも、厄神様を見ながら聞くと、毛王様が味わった桃源郷がさらにリアルに感じられる。
よし、決めたぜ!
俺、今度ちょっとだけ怪我をしてここに横たわっていようっと。
「あ、俺もやるぜ!」
「しかし、気をつけなされ……我々は毛玉だという事を……怪我の度合いを間違えれば、即刻『死ぬ』という事を……」
サンキュー! 毛王様。
でも、毛王様が味わった究極の世界を俺達も体験してみたいんだ。
体験出来るなら……俺は死んでも構わない!
「ムッ、何かが高速でこちらに来ているぞ」
その時、毛王様が後方から迫ってくる何かの気配を感じた様だ。
俺達もその気配を感じ取る。
「本当だ……何かがこちらに向かって高速で向かってきている」
「もしかしたら、厄神様に危害を加える者?」
「こうしちゃいられない! 全力で厄神様をお守りしなければ」
「しかし、我々は毛玉……いわゆる『雑魚』だ……」
「諦めるな! 時と場合にも寄るが偶にあの赤白の巫女を倒せる時だってあるじゃないか!」
「そ……そうだな」
「そうと決まれば! 行くぞ」
毛王と俺達は、高速でこちらへ向かっている者へ突撃していった。
持てる力のすべてを掛けて、厄神様を守るため!
「うぉぉぉぉぉ!!」
その高速で向かってくる者の姿が見えた! あれか!
そして、俺達が攻撃態勢を取ったその瞬間だった。
「マスター・スパーク!」
物凄い光に包まれて消えていく我々の耳には確かにこう聞こえた。
申し訳ありません、厄神様。
我々は貴女様をお守りする事が出来ませんでした。
む、無念です。
※ ※ ※
「お、いたいた! しかもにとりも一緒か」
「あら、どうしたのこんな所に?」
「よっ、魔理沙じゃないか」
「にとりの所に寄る手間が省けたな。 ああ、今日博麗神社で宴会があるって伝えにきたんだぜ」
「あら、わざわざありがとう。 じゃあ夕方頃にお邪魔するわ」
「お、じゃあ家に漬けておいたキュウリの漬物を持ってこないと!」
「じゃ、椛と文にも教えに行ってくるぜ」
「ええ、お気をつけて」
※ 厄 ※
「さてと、じゃそろそろ博麗神社の方へ行かないと」
にとりが荷物を取りに家に一度戻っていった後で、私も自宅へ戻る。
家にあったちょっとした食べ物とお酒を籠に入れて博麗神社へ向けて飛び立つ。
樹海の上を飛んでいた時に、下に何か焼け焦げた後の様な物が見えたの。
その焼け焦げた部分はまるで一本の大きな道の様に見えたわ。
「何かしら……これ?」
気にはなったけど、もう急がないと宴会が始まってしまうわ。
さあ、急がないと……
その焼け野原に、厄神様を守ろうとして散って行った毛玉達がいるなんて事も知らずに……
魔理沙が毛玉視点で見ると鬼畜だな
可哀想な毛玉
この毛玉達に敬礼!
毛玉の人生って……まぁこんなものよねぇ~w
彼らの勇姿は忘れません。その意志を受け継ぎ、清潔で美しくなることを目指しますw
やばい、マジで泣けてきた…
うん、僕にはまだまだリハビリが必要な様だw