愛しい妹の声で目を覚ました私の視界に飛び込んできたのは、ヨニンの妹だった。
多分、天国だ。何時の間にか祝福されていたらしい。え、私、死んでる?
「「「「きゅっとしてぇぇぇ、ドカーンッ!」」」」
「うー!? 助けて、さとりーん!?」
「「「「あ、ナイフ使わないと……」」」」
『目』を掴まれる寸前で跳躍し、辛くも服の一部が弾け飛んだだけで済んだ。
ヨニンのフランは片手に握っているナイフを見つめ、思い出した様に呟く。
その間に私は自室の扉をぶち破り、凶行の理由が解りそうな場所へと飛ぶ。
向かう先は地下、我が親友のいる図書館。
……どうして直接確認しないのかって?
もうしたわよ。その答えが『どかーん』よ。
訳がわからないにも程がある。私に後ろめたい事はない。
……筈だ。
「「「お姉様! もぅ、逃げないでよ!」」」
「せ、戦略的撤退よ、フラン!?」
妹の可愛らしい三重奏が背に届き、否応なく私の足は止まった。
……『三重奏』?
「ッシャァっ」
「うわぉう!?」
「ち、当たらない……!」
裂帛の気合が込められた一撃を紙一重で避ける。『ッシャァっ』って。
「フラン、ナイフは刺すものよ! 上段から振りかぶるものじゃないわ!?」
「はっ、ゼィっっ」
「うー!?」
『ゼィっっ』て。
鋭い突きをスウェーバックでかわす。
そのまま体を回転させ、フランから距離を取る。
目眩まし用の弾幕を展開しつつ、私は再び駆け出した。
「わぷっ!?」
威力は皆無に等しい。数秒役目を果たせばそれで十分だ。
床を蹴る。
駆ける。
走る。
目的地を図書館にしているのは消去法の選択だった。
咲夜と美鈴は里に買い出しに出かけている。
妖精メイドに説明を求めるのは酷だろう。
そもそも、話している途中に追いつかれる。
「「「「いっけぇぇぇ!」」」」
ほらね。
走る軌道を僅かにずらすと、元いた経路に銀色の鈍い光。加えて大きめの丸弾。危なっ。
「ふ、フラン! ナイフを投げちゃいけません!」
「「「あはははは、そこ、そこ、そこぉぉぉ!」」」
「あ、咲夜は別よってうぉぉぉ!?」
振り向き叫ぶと弾幕がこんにちは。
丸弾が行進するかのように迫りくる。
弾幕の妖力と私自身の妖力が反発して、周囲が煌めく。
ちょっと楽しくなってくるほどの絶望的なグレイズ数だ。
と言うか、あの子はなにがしたいんだ。ナイフでどうにかするのが目的じゃなかったのか。
――思い出したから、意識できた。
煌めく辺りの一筋が鈍くなる。
腹部をめがけ伸びてくる線。
ナイフ。
掌を向け、弾く。
「甘くてよ、フラン」
「ちぃ、やるわねっ!」
「ふふん、狙いは悪くなかったわ。だけど、相手が悪かっがぁ!?」
吹っ飛ぶワタクシ。弾幕が消えたわけではない。痛ぇでやんの。
床に叩きつけられる直前、羽を広げる。
態勢を立て直す寸前、瞳に飛び込むフランの刃。うわ、拙いかも。
「撃てぇぇぇぇぇ!」
――思った刹那、背後から弾幕が飛んでくる。威力はさほどではないが、数はほどほどだ。
「誰!?」
フランが防御陣を展開しつつ、足を止め、叫ぶ。
弾幕は、私とフランの間で交差していた。
全て似たような波長のそれは、けれど均一ではない。
放った術者が複数であることを示唆していた。
好機とばかりにバックステップ。其処に居たのは――。
「我々は!」
「人呼んで!」
「妹様と遊び隊!」
――我が館でも有数の弾幕能力を持つ妖精メイド達だった。主な配置場所は地下。
「……人呼んで?」
「えへへ、メイド長に名付けて頂きましたぁ」
確かに人だ。
「お嬢様! 此処は私達にお任せ下さい!」
先ほど、一斉発射の号令を下したリーダー格の妖精がずいと前に出る。
真っ直ぐにフランへと向ける瞳には爛々とした輝き。
確固たる覚悟が見て取れた。
「ギル! だが、幾らお前達と言えど、フラン相手には!」
「お嬢様。貴女様に頂いたお名前において、私は立ち向かいます」
「ギルガメシュ! ――わかった。……死ぬなよ。今日のおやつをくれてやる。死ぬなよ」
振り向いたギルは、微笑みを浮かべていた――。
「邪魔しないで、皆! 私が刺したいのはお姉様だけ!」
「妹様ぁぁぁ! 大っっっ好きですぅぅぅ!」
「そう。なら、喧嘩の相手はしてあげる!」
弾幕戦の方が目はあるんじゃないかなぁ。あ。殴られてる。殴り返してる。凄ぇ。
「パチェ! フランが私を壊そうとするの!」
「何時もの事じゃない、レミィ」
「うー!?」
どうにか図書館に辿り着いた私を待っていたのは親友の心ない宣告だった。間違っちゃいないけどさ。
「――って、今回は違うの! ぶっすり刺そうとしてくるの! 私の柔らかい肌に固い器物を」
「そこまでよ!?」
「なんで?」
問い返すとそっぽを向かれた。
「パチェ、何がいけなかったの? ねーねー」
袖を掴んで聞いてみるが、やはり応えはない。
何故か額を押さえている。
あ、頬も赤くなった。
いや、あの、なんで?
「お嬢様、その辺で。ご馳走様です」
「お粗末様でした。……小悪魔?」
「はいな。僭越ながらご説明をと」
パチェが小型の杭打ち機を小悪魔の背に押しあてた。何故、そんな物が此処にある。
「小悪魔。言葉はよく考えてお使いなさい。貴女の命は今、私の掌にある」
「お嬢様に妹様の行動の理由を説明したいのですが」
「むきゅー……」
沈むパチェ。
小悪魔は微苦笑。
なんなんだ一体。……って。
「何か知っているのか、小悪魔!?」
「えぇまぁ、その……落ち着いてお聞きくださいね」
言いつつ、小悪魔は胸ポケットから一本のナイフを取り出した。
私がどうこうする前に、自身の指に軽く押し当てる。
当り前のように、赤い血が――うん? 血の匂いじゃないぞこれ。
「ケチャップ? なんでまた……もしかして、フランが持っていたのも」
「はい。まず最初に――」
小悪魔の話を要約すると、こうなる。
地霊殿の主、古明地さとりが妹、‘閉じた恋の瞳‘こと、こいしが、今日の昼頃にフランを訪れた。
寝ぼけ眼のフランにこいしは、自身が午前中に聞いた話を披露する。
話の内容は『喧嘩するほど仲が良い』。そして、――。
「と言うか。何故、お前が知っているんだ?」
頬を掻きながら、小悪魔は返してくる。
「はぁ。どうも、お二方に懐いて頂いているようで。私にも同じ事を話されたんですよ」
「さらりと羨ましい事を……。や、聞いたんなら止めなさいよ、そんな物騒な感情表現!?」
「だ、だってですよ、お嬢様! お二方とも目をキラキラさせてたんですよ! 止めれませんて!」
想像してみる。
……うん。
無理だ。
「……それで、せめてもと玩具のナイフを渡したのね?」
「です。妹様は途中でお止めになると思っていたんですが……」
「寝起きなのが災いしたわね。刷り込みを起こしたんじゃないかしら」
復活したパチェが推測を語り、小悪魔は恐らくと曖昧に肯定した。
わかってみると、なんともまぁ……。
怒ればいいのか呆れていいのか判断がつかず、結局、苦笑いを浮かべた。
「――小悪魔。ナイフは後、何本ある?」
「二本御座います。え、お嬢様、まさか……」
「さて。妖精メイドじゃあ、そろそろ限界だろうしな」
おずおずと差し出された柄を掴み、私は扉の方へと向かう。
「要するに、だ。フランなりのスキンシップなんだろう? なら、応えてやるさ」
足取りは、自身でも驚くほど、軽かった。
《幕間》
「ぱ、パチュリー様! お引き留めしなくてよかったんですか!?」
「貴女と同じよ。レミィ、嬉しそうだったじゃない」
「そうですけど……でも、妹様相手ですよ?」
「……まさか、貴女、レミィを心配しているの?」
「う。そりゃ、ある程度の方でしたら相手の心配をしますが、妹様だと……」
「貴女は勘違いをしているわ、小悪魔」
「――そうね。どうして妹様がずっと地下室に居たと思っているの?」
「どうしてって、……お嬢様が外に出されないようにしたからでは」
「良くできました。その通りよ。そして、答えはその中にある」
「パチュリー様。謎々はいいので答えプリーズ」
「貴女ね……」
「――簡単よ。とてもシンプル。レミィは、レミリア・スカーレットは、フランドール・スカーレットよりも強いの」
《幕間》
地上への階段に向かって歩いていると、捉えた。
莫大な妖力を発しながら此方へと向かってくる。
妖精メイド達はほどほどに善戦したようだ。
困ったな。おやつが全てなくなってしまうじゃないか――歩きながら、笑った。
来る。
見える。
フランが、いる。
「……お姉様。さぁ、ころしあいましょう」
妖力が増す。
「スペルが解けているじゃないか。くく、咲夜にケーキでも焼いてもらおうか」
私は歩みを止めた。
「そのままでいいの、お姉様? 妖力が感じられないわ」
「そのままでいいんだ、フラン。――否。是を受け取れ」
ひゅばっ。
刃先を掴み、投げる。
乾いた音が地下室に響いた。
どうと言う事もなく、柄を掴んだ音。
首を捻るフランに、自身もナイフを握り、私は目を細めた。
「どうかしたか、フラン?」
「……小悪魔から話を聞いたのね」
「あぁ。この通り、私も同じ物を持っている」
「そう。でも、何故? 私は元から三本持っているのよ?」
「元から? 違うだろう。元は四本持っていた。私が一本弾いたからな」
妖力が更に増す。
「そのままでいいのか、フラン」
「どういう……意味、かしら。お姉様」
「スペルカードルールじゃぁないんだ。再びヨニンになっても構わんと言っている」
ふむ。……どうも私は、妹を怒らせやすいらしい。
「ルール通りにやるとなると」
「舐め……るなぁぁぁっっ!」
「――私は、造作なく、お前を刺すぞ」
フランが、床を蹴る。
駆けてくるフランの右手が髪を凪ぎ左手に握られていたナイフが腹部を捉えようとした所で私は右手で弾きそのまま拳を胸へと
あてがい動きを止め自身も左手で持つナイフを額へと
カツン
――当てた。
フランの額を中心にして、赤い液体が飛散する。
ぺちゃりぺちゃりと私の顔にも振りかかった。
……このナイフ、遊びが少な過ぎないか。
苦笑していると、鼻にいい匂い。
ミルクの様なケチャップの様な。
どう考えてもケチャップだな。うん。
フランが、もたれかかってきていた。
「酷いわ、お姉様……」
「え。そんなに強く当てたつもりはないんだけど」
「違うわよ。あんな風に逃げてたのに、いざとなるとこうなんですもの」
そう言われても。
「あー、なんだ、その。そうだ。妖精メイド達はどうした?」
「下手な逃げ方……。皆、一階で目を回し……あ、違った。ギルは階段の所ね」
「お前相手にか。粘ったな。明日のおやつもくれてやろう」
「明日はお姉様が大好きなB型アップルバイ」
「のぉぉぉぉ!?」
赤い涙を流すワタクシ。
しかし、当主に二言はないのだ。
妹相手に善戦した部下に、その程度の褒美は安いものだろう。
ぐぅ。
……ご飯食べてないもん。
おやつの話してたからだもん。
美味しそうなケチャップの匂いを嗅いだからだもん。
「これだもんなぁ……」
匂いの発生源が半眼で言ってくる。
……美味しそうだなぁ。
美味しいだろうなぁ。
舐めちゃえ。
ぺろ。
ぺろぺろ。
ぺろぺろぺろ。
「うん、美味しい!」
「……お・ね・え・さ・ま?」
「ほっぺも弾力があって、うっわ、しまった、フラン大好きよー!?」
抱きつこうとする両肩を手で止められた。
たぶん、『きゅっとしてドカーン』だ。
十中八九そうだと運命が告げている。
――ぺろ。
「……え?」
外れた。いや、こんな方向なら何時も外れてくれていいんだけど。
「フラン……?」
問いかけると、一瞬そっぽを向かれ、また戻ってくる。
私の瞳に飛び込むのは、赤い顔のナイフ。
あれ?
ぷすり。
「目が、目がぁぁぁぁ!?」
「まぁ、大変! ケチャップが飛び散ってしまったのね!」
「そりゃまぁ刺されたのは眉間だけど! って、フラーン!?」
とにもかくにも目を拭おうとすると、すぐに別の物があてがわれた。
湿り気があり、柔らかい。
舌だ。
ぺろぺろぺろ。
ぺろぺろ。
ぺろ。
ぺろ……。
「これで、おあいこよ、お姉様」
「む。フランの方が多かったわ」
「……じゃあ、おあいこにすれば?」
ぺろ。
ぺろ。
ぺろ。
「――経緯は解らないけども。言ったとおりでしょう、小悪魔。レミィを心配するなんて見当違いもいい所よ」
「は、パチュリー様。それはそうと、小悪魔、目覚めました。暫しお花摘みに。具体的に言うとおか」
「照準セット! パイル――」
ドォォォォンッッッ!
「……すっかりパチュリーの道具になっちゃってるなぁ」
「ん? 何の話かしら、フラン?」
「うぅん」
ぺろ。
ぺろ。
ぺろ。
「ねぇ、フラン。‘殺し愛‘よりも、こっちの方がいいと思わなくて?」
ぺろ。
「……一応、理由、聞いていい?」
ぺろ。
「美味しいじゃない」
ぺろ。
「そんな事だと――」
ぺろ、ぺろ。
「――もう、いいわ。ねぇ、お姉様」
「なぁに、フラン?」
「その、……」
ぺろ、ぺろ、ぺろ。
「大好きよ、フラン」
「もう。……いいわ。今はそれで――」
――地下道に、スキンシップの小さな音が、響き続けた。
<了>
多分、天国だ。何時の間にか祝福されていたらしい。え、私、死んでる?
「「「「きゅっとしてぇぇぇ、ドカーンッ!」」」」
「うー!? 助けて、さとりーん!?」
「「「「あ、ナイフ使わないと……」」」」
『目』を掴まれる寸前で跳躍し、辛くも服の一部が弾け飛んだだけで済んだ。
ヨニンのフランは片手に握っているナイフを見つめ、思い出した様に呟く。
その間に私は自室の扉をぶち破り、凶行の理由が解りそうな場所へと飛ぶ。
向かう先は地下、我が親友のいる図書館。
……どうして直接確認しないのかって?
もうしたわよ。その答えが『どかーん』よ。
訳がわからないにも程がある。私に後ろめたい事はない。
……筈だ。
「「「お姉様! もぅ、逃げないでよ!」」」
「せ、戦略的撤退よ、フラン!?」
妹の可愛らしい三重奏が背に届き、否応なく私の足は止まった。
……『三重奏』?
「ッシャァっ」
「うわぉう!?」
「ち、当たらない……!」
裂帛の気合が込められた一撃を紙一重で避ける。『ッシャァっ』って。
「フラン、ナイフは刺すものよ! 上段から振りかぶるものじゃないわ!?」
「はっ、ゼィっっ」
「うー!?」
『ゼィっっ』て。
鋭い突きをスウェーバックでかわす。
そのまま体を回転させ、フランから距離を取る。
目眩まし用の弾幕を展開しつつ、私は再び駆け出した。
「わぷっ!?」
威力は皆無に等しい。数秒役目を果たせばそれで十分だ。
床を蹴る。
駆ける。
走る。
目的地を図書館にしているのは消去法の選択だった。
咲夜と美鈴は里に買い出しに出かけている。
妖精メイドに説明を求めるのは酷だろう。
そもそも、話している途中に追いつかれる。
「「「「いっけぇぇぇ!」」」」
ほらね。
走る軌道を僅かにずらすと、元いた経路に銀色の鈍い光。加えて大きめの丸弾。危なっ。
「ふ、フラン! ナイフを投げちゃいけません!」
「「「あはははは、そこ、そこ、そこぉぉぉ!」」」
「あ、咲夜は別よってうぉぉぉ!?」
振り向き叫ぶと弾幕がこんにちは。
丸弾が行進するかのように迫りくる。
弾幕の妖力と私自身の妖力が反発して、周囲が煌めく。
ちょっと楽しくなってくるほどの絶望的なグレイズ数だ。
と言うか、あの子はなにがしたいんだ。ナイフでどうにかするのが目的じゃなかったのか。
――思い出したから、意識できた。
煌めく辺りの一筋が鈍くなる。
腹部をめがけ伸びてくる線。
ナイフ。
掌を向け、弾く。
「甘くてよ、フラン」
「ちぃ、やるわねっ!」
「ふふん、狙いは悪くなかったわ。だけど、相手が悪かっがぁ!?」
吹っ飛ぶワタクシ。弾幕が消えたわけではない。痛ぇでやんの。
床に叩きつけられる直前、羽を広げる。
態勢を立て直す寸前、瞳に飛び込むフランの刃。うわ、拙いかも。
「撃てぇぇぇぇぇ!」
――思った刹那、背後から弾幕が飛んでくる。威力はさほどではないが、数はほどほどだ。
「誰!?」
フランが防御陣を展開しつつ、足を止め、叫ぶ。
弾幕は、私とフランの間で交差していた。
全て似たような波長のそれは、けれど均一ではない。
放った術者が複数であることを示唆していた。
好機とばかりにバックステップ。其処に居たのは――。
「我々は!」
「人呼んで!」
「妹様と遊び隊!」
――我が館でも有数の弾幕能力を持つ妖精メイド達だった。主な配置場所は地下。
「……人呼んで?」
「えへへ、メイド長に名付けて頂きましたぁ」
確かに人だ。
「お嬢様! 此処は私達にお任せ下さい!」
先ほど、一斉発射の号令を下したリーダー格の妖精がずいと前に出る。
真っ直ぐにフランへと向ける瞳には爛々とした輝き。
確固たる覚悟が見て取れた。
「ギル! だが、幾らお前達と言えど、フラン相手には!」
「お嬢様。貴女様に頂いたお名前において、私は立ち向かいます」
「ギルガメシュ! ――わかった。……死ぬなよ。今日のおやつをくれてやる。死ぬなよ」
振り向いたギルは、微笑みを浮かべていた――。
「邪魔しないで、皆! 私が刺したいのはお姉様だけ!」
「妹様ぁぁぁ! 大っっっ好きですぅぅぅ!」
「そう。なら、喧嘩の相手はしてあげる!」
弾幕戦の方が目はあるんじゃないかなぁ。あ。殴られてる。殴り返してる。凄ぇ。
「パチェ! フランが私を壊そうとするの!」
「何時もの事じゃない、レミィ」
「うー!?」
どうにか図書館に辿り着いた私を待っていたのは親友の心ない宣告だった。間違っちゃいないけどさ。
「――って、今回は違うの! ぶっすり刺そうとしてくるの! 私の柔らかい肌に固い器物を」
「そこまでよ!?」
「なんで?」
問い返すとそっぽを向かれた。
「パチェ、何がいけなかったの? ねーねー」
袖を掴んで聞いてみるが、やはり応えはない。
何故か額を押さえている。
あ、頬も赤くなった。
いや、あの、なんで?
「お嬢様、その辺で。ご馳走様です」
「お粗末様でした。……小悪魔?」
「はいな。僭越ながらご説明をと」
パチェが小型の杭打ち機を小悪魔の背に押しあてた。何故、そんな物が此処にある。
「小悪魔。言葉はよく考えてお使いなさい。貴女の命は今、私の掌にある」
「お嬢様に妹様の行動の理由を説明したいのですが」
「むきゅー……」
沈むパチェ。
小悪魔は微苦笑。
なんなんだ一体。……って。
「何か知っているのか、小悪魔!?」
「えぇまぁ、その……落ち着いてお聞きくださいね」
言いつつ、小悪魔は胸ポケットから一本のナイフを取り出した。
私がどうこうする前に、自身の指に軽く押し当てる。
当り前のように、赤い血が――うん? 血の匂いじゃないぞこれ。
「ケチャップ? なんでまた……もしかして、フランが持っていたのも」
「はい。まず最初に――」
小悪魔の話を要約すると、こうなる。
地霊殿の主、古明地さとりが妹、‘閉じた恋の瞳‘こと、こいしが、今日の昼頃にフランを訪れた。
寝ぼけ眼のフランにこいしは、自身が午前中に聞いた話を披露する。
話の内容は『喧嘩するほど仲が良い』。そして、――。
「と言うか。何故、お前が知っているんだ?」
頬を掻きながら、小悪魔は返してくる。
「はぁ。どうも、お二方に懐いて頂いているようで。私にも同じ事を話されたんですよ」
「さらりと羨ましい事を……。や、聞いたんなら止めなさいよ、そんな物騒な感情表現!?」
「だ、だってですよ、お嬢様! お二方とも目をキラキラさせてたんですよ! 止めれませんて!」
想像してみる。
……うん。
無理だ。
「……それで、せめてもと玩具のナイフを渡したのね?」
「です。妹様は途中でお止めになると思っていたんですが……」
「寝起きなのが災いしたわね。刷り込みを起こしたんじゃないかしら」
復活したパチェが推測を語り、小悪魔は恐らくと曖昧に肯定した。
わかってみると、なんともまぁ……。
怒ればいいのか呆れていいのか判断がつかず、結局、苦笑いを浮かべた。
「――小悪魔。ナイフは後、何本ある?」
「二本御座います。え、お嬢様、まさか……」
「さて。妖精メイドじゃあ、そろそろ限界だろうしな」
おずおずと差し出された柄を掴み、私は扉の方へと向かう。
「要するに、だ。フランなりのスキンシップなんだろう? なら、応えてやるさ」
足取りは、自身でも驚くほど、軽かった。
《幕間》
「ぱ、パチュリー様! お引き留めしなくてよかったんですか!?」
「貴女と同じよ。レミィ、嬉しそうだったじゃない」
「そうですけど……でも、妹様相手ですよ?」
「……まさか、貴女、レミィを心配しているの?」
「う。そりゃ、ある程度の方でしたら相手の心配をしますが、妹様だと……」
「貴女は勘違いをしているわ、小悪魔」
「――そうね。どうして妹様がずっと地下室に居たと思っているの?」
「どうしてって、……お嬢様が外に出されないようにしたからでは」
「良くできました。その通りよ。そして、答えはその中にある」
「パチュリー様。謎々はいいので答えプリーズ」
「貴女ね……」
「――簡単よ。とてもシンプル。レミィは、レミリア・スカーレットは、フランドール・スカーレットよりも強いの」
《幕間》
地上への階段に向かって歩いていると、捉えた。
莫大な妖力を発しながら此方へと向かってくる。
妖精メイド達はほどほどに善戦したようだ。
困ったな。おやつが全てなくなってしまうじゃないか――歩きながら、笑った。
来る。
見える。
フランが、いる。
「……お姉様。さぁ、ころしあいましょう」
妖力が増す。
「スペルが解けているじゃないか。くく、咲夜にケーキでも焼いてもらおうか」
私は歩みを止めた。
「そのままでいいの、お姉様? 妖力が感じられないわ」
「そのままでいいんだ、フラン。――否。是を受け取れ」
ひゅばっ。
刃先を掴み、投げる。
乾いた音が地下室に響いた。
どうと言う事もなく、柄を掴んだ音。
首を捻るフランに、自身もナイフを握り、私は目を細めた。
「どうかしたか、フラン?」
「……小悪魔から話を聞いたのね」
「あぁ。この通り、私も同じ物を持っている」
「そう。でも、何故? 私は元から三本持っているのよ?」
「元から? 違うだろう。元は四本持っていた。私が一本弾いたからな」
妖力が更に増す。
「そのままでいいのか、フラン」
「どういう……意味、かしら。お姉様」
「スペルカードルールじゃぁないんだ。再びヨニンになっても構わんと言っている」
ふむ。……どうも私は、妹を怒らせやすいらしい。
「ルール通りにやるとなると」
「舐め……るなぁぁぁっっ!」
「――私は、造作なく、お前を刺すぞ」
フランが、床を蹴る。
駆けてくるフランの右手が髪を凪ぎ左手に握られていたナイフが腹部を捉えようとした所で私は右手で弾きそのまま拳を胸へと
あてがい動きを止め自身も左手で持つナイフを額へと
カツン
――当てた。
フランの額を中心にして、赤い液体が飛散する。
ぺちゃりぺちゃりと私の顔にも振りかかった。
……このナイフ、遊びが少な過ぎないか。
苦笑していると、鼻にいい匂い。
ミルクの様なケチャップの様な。
どう考えてもケチャップだな。うん。
フランが、もたれかかってきていた。
「酷いわ、お姉様……」
「え。そんなに強く当てたつもりはないんだけど」
「違うわよ。あんな風に逃げてたのに、いざとなるとこうなんですもの」
そう言われても。
「あー、なんだ、その。そうだ。妖精メイド達はどうした?」
「下手な逃げ方……。皆、一階で目を回し……あ、違った。ギルは階段の所ね」
「お前相手にか。粘ったな。明日のおやつもくれてやろう」
「明日はお姉様が大好きなB型アップルバイ」
「のぉぉぉぉ!?」
赤い涙を流すワタクシ。
しかし、当主に二言はないのだ。
妹相手に善戦した部下に、その程度の褒美は安いものだろう。
ぐぅ。
……ご飯食べてないもん。
おやつの話してたからだもん。
美味しそうなケチャップの匂いを嗅いだからだもん。
「これだもんなぁ……」
匂いの発生源が半眼で言ってくる。
……美味しそうだなぁ。
美味しいだろうなぁ。
舐めちゃえ。
ぺろ。
ぺろぺろ。
ぺろぺろぺろ。
「うん、美味しい!」
「……お・ね・え・さ・ま?」
「ほっぺも弾力があって、うっわ、しまった、フラン大好きよー!?」
抱きつこうとする両肩を手で止められた。
たぶん、『きゅっとしてドカーン』だ。
十中八九そうだと運命が告げている。
――ぺろ。
「……え?」
外れた。いや、こんな方向なら何時も外れてくれていいんだけど。
「フラン……?」
問いかけると、一瞬そっぽを向かれ、また戻ってくる。
私の瞳に飛び込むのは、赤い顔のナイフ。
あれ?
ぷすり。
「目が、目がぁぁぁぁ!?」
「まぁ、大変! ケチャップが飛び散ってしまったのね!」
「そりゃまぁ刺されたのは眉間だけど! って、フラーン!?」
とにもかくにも目を拭おうとすると、すぐに別の物があてがわれた。
湿り気があり、柔らかい。
舌だ。
ぺろぺろぺろ。
ぺろぺろ。
ぺろ。
ぺろ……。
「これで、おあいこよ、お姉様」
「む。フランの方が多かったわ」
「……じゃあ、おあいこにすれば?」
ぺろ。
ぺろ。
ぺろ。
「――経緯は解らないけども。言ったとおりでしょう、小悪魔。レミィを心配するなんて見当違いもいい所よ」
「は、パチュリー様。それはそうと、小悪魔、目覚めました。暫しお花摘みに。具体的に言うとおか」
「照準セット! パイル――」
ドォォォォンッッッ!
「……すっかりパチュリーの道具になっちゃってるなぁ」
「ん? 何の話かしら、フラン?」
「うぅん」
ぺろ。
ぺろ。
ぺろ。
「ねぇ、フラン。‘殺し愛‘よりも、こっちの方がいいと思わなくて?」
ぺろ。
「……一応、理由、聞いていい?」
ぺろ。
「美味しいじゃない」
ぺろ。
「そんな事だと――」
ぺろ、ぺろ。
「――もう、いいわ。ねぇ、お姉様」
「なぁに、フラン?」
「その、……」
ぺろ、ぺろ、ぺろ。
「大好きよ、フラン」
「もう。……いいわ。今はそれで――」
――地下道に、スキンシップの小さな音が、響き続けた。
<了>
まさか本当に続きが投稿されるとは。ディモールトですよ。
かっこいいやら可愛いやらお強いやら情けないやら
変態で純粋で優しいレミリアにしてやられた。してやられた。
あとなんとなくこのナイフを作ったのは小悪魔の気がする
フランちゃんエロイよフランちゃん