それは優しい赤の夢。
ふわふわと揺れる赤の中は、静かで、歩くたびに小さく芝を踏む音だけが耳に届く。
私たち以外は誰もいないこの空間に、不意に弾けた笑い声が響いて、私はそっと微笑を隠した。
明るく笑うその子は、とても楽しそう。
子犬みたいに、ころころと動き回ったかと思えば、すぐに私の傍に戻ってきて、私の後ろを定位置に、ニコニコしながら付いてくる。
そうっと遠慮するみたいに、スカートを指先で摘んで、くいくいと、ねえこっちを見て? お話をして下さい。と甘えられる仕草をされる度に、私の口元は緩んでしまって、どうにも締まらない。
何とかふやけた顔を引き締めて、求められるがままに振り返ると、「こっち、見てくれないの……?」と泣きそうな顔をしているあの子が、一瞬で顔を輝かせて歯を見せて笑うから、現金で、可愛いと思う。
「えへへ! 四季様、大好きですっ!」
「ええ、私も大好きですよ」
赤い赤い、彼岸花の赤の中。
同じ様に赤い髪を持つ死神は、本当に嬉しそうに笑ってくれる。
向けられる好意が純粋に嬉しくて、私は手を伸ばすと、その小さな頭をゆっくりと丁寧に撫でてあげる。
そうしたら、あの子は目を細めてうっとりと頬を染めるから、その大人しく撫でられる姿が本当に子犬みたいねと、暖かい気持ちになる。
私は、胸の奥から、もっとこの子を甘やかしてあげたくて、もっと可愛いと撫でてあげたくなって、思いが自重できなくなりそうで。
抱きしめたい気持ちを必死に押し込んで、気づかれない様に深呼吸。
私は、あの子にかける声が、自然に、甘く砂糖みたいになりそうなのに気づいていたから、少し意識して、平坦にその名を呼んだ。
「小町」
ふわりと、柔らかく開かれる瞳。
大きなくりくりの瞳が、私の呼び声に「なぁに?」と、とても素直な表情で、私に笑顔を花開かせてくれる。
その笑顔に自然微笑んで、私はそっと名残惜しく彼女の頭から手を離す。
「……そろそろ、お昼にしましょうか」
「はい!」
手にした風呂敷を大事そうに胸に抱えて、小町は待ってましたとばかりに適当に座れる場所を首を一杯に振って探しだす。
それがまた、ついつい構い倒したくなる位に可愛らしいので、私はこほんと咳払いして、あえて小町から視線をそらした。
そうしないと、今度はその頭をくしゃくしゃにしてしまうぐらいに、撫で回してしまうと思ったから。
それは楽しい、ある日の休日の事。
彼岸花が並び咲く丘での、ピクニックの思い出。
◆◆◆
「時の流れとは、本当に残酷なものですよね……」
「? 四季様、あたいの顔に何かついてます?」
ほへ? とお昼のおにぎりを頬につめる小町に、私は間違ってもいなかったので「ええ」と指先を伸ばして、唇の隅っこに付着していた米粒を取ってあげる。
お昼休みに、三途の川の手前で一緒にお昼を食べる事は、いつの間にか二人の約束事になっている。
なので、午前中もさぼり気味の小町を軽く叱りながら、今朝の夢を思い出していたのだけど……
大きくなったなぁ、と。今はいない小さな小町を思い出して、少し寂しくなっていた。
「?」
小町は、そんな私にいぶかしげな顔を向けるけれど、特に何を言うでもなく、そっと私の手首を握りこんで引き寄せ、ちゅう、と先程取ったばかりの米粒を、指先ごと口に含んだ。
「……ん。それで、どうかしたんですか?」
指先から口を離した小町は、特におかしな様子も見せずに、あっけらかんとしていた。
「…………どういうつもり、ですか?」
「いえ、だって勿体無いですし?」
ペロリ、と赤い舌を出す小町はちっとも悪びれない。
急にぬるりと指先を舐められて、それが小町ので、夢の内容が吹っ飛んで……
人の心境がどれだけ荒れ狂っているのか知りもせずに、小町は指先を惜しむ様に離して、残りのおにぎりを頬張り始める。
「~♪」
「…………」
機嫌が良さそうな小町が憎らしくて、そしてこの濡れた指先をどうしようかでかなり迷いながらも、結局そのままにして、私は小町のプチハムスター状態な片頬の膨らみを見た。 あまり口に詰め込むなと、昔から言っているのにコレだ。
呆れて、でも何だかざわついていた心が落ち着いていくから不思議だった。
「……はぁ」
自然、深い溜息が零れる。
そういう、どこか子供っぽくて、行儀の悪い所はちっとも変わっていないと、僅かに複雑な気持ちになりながら卵焼きを口に運ぶ。
いつもは甘くておいしいのに、今日は何だか味気なく感じてしまう。
「……それにしても、貴方は本当に大きくなりましたよね」
「ふぁい?」
「昔は、私の肩までの身長しかなかったのに……」
現在の小町を、過去と重ねる様にして見る。
愛らしかった幼い小町と、今の成長した手足の長い小町。
平均女性のそれよりも、高い身長。
凹凸のしっかりはっきりとした、肉付きの良い健康的な瑞々しい肌。
見上げる事で尚分かる、ぼいんな迫力感じる胸囲。
「………」
「?」
……何だろう。今までの穏やかな気持ちが霧散して、一息に不愉快になった。
不思議そうな顔をしている小町が、今は少しも心を落ち着かせてくれない。
むー……っと眉間に皺をよせて小町を睨むと、そのすぐ直後。よーしよしと、小町は頭を帽子越しに撫で始める。
「よく分からないけど、機嫌治しましょうよ四季様」
私が落ち込むと、簡単に伸びてくる大きな手。
「……」
それだけで、つい怒りが収まりそうになった私は、ハッとして目を泳がして小町から逃げる。
何だかいい笑顔で頭を撫でる小町の顔を、見ていられなかったから。
「……もう、貴方は少し遠慮が無さ過ぎる」
「? そうですか」
「ええ、昔の貴方なら、少なくとも私をきちんと尊敬してくれていたあの頃の小町なら、こんな上司を上司と思わない行為はしませんでした」
きっぱりと言う。
むしろ、あの頃の小町なら、私に頭を撫でられている立場だった筈なのに、いつの間にか立場が逆転している様で、面白くなかった。
「……あー、でもですよ四季様?」
小町が、一瞬何か言いたげな瞳をしたかと思うと、すぐに逸らして、急に悪戯っぽくニヤリと笑う。
「っ、な、何ですか?!」
「いえ、ですから、子供だと、こういう事も出来ないんじゃないかなーって」
にやけながら、不意に身を乗り出す小町。
私は警戒して身を固まらせて小町の動作を見守り、小町の顔が近づいてくるのを目を見開いて見つめていた。
くすりと、小町が笑った音がして、気づいたら寄せられていた唇。
そのまま、気がついたら唇のすぐ傍を、ペロリと舐められる。
「ん。ご馳走様です」
パンッ! と手を合わせて深く合唱。
ついでにパッ、と異常なぐらい早く、小町は身を引いて私から離れていた。
「あ。ご飯粒ついてましたよ四季様? それでですね、やっぱり小さいより大きい方が、こういう事しやすいですよねぇ、うん」
早口で、うんうん。と小町はしたり顔で頷いて、食べ終えたお弁当をせっせと回収する。
その指先はいつもより不器用で、風呂敷で包んだお弁当の箱は、とてもへんてこだった。
「じ、じゃあ、そういう事なんで、あたい昼寝してきます。お弁当箱は後で返してくれればいいですから。あと、明日は四季様の好物のプリンをデザートに持ってくるんで、楽しみにしていて下さい、そ、それじゃあ!」
そそくさと、そうして小町は去っていった。
ふるふると、怒りで、身体全体を震わせながら、バキンッと握っていた箸を折る私を残して。
「―――――――――――ッッッ!」
胸の奥底から溢れてくるそれに気づかない振りをして、私は一息ついてから怒鳴った。
「く、く、口で言いなさい小町の馬鹿ぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!」
熱い、触れられた箇所を抑えて、悲鳴交じりの怒声をあげる。
でも、逃げ足の速い小町は、すでに私の前にいなくて、私はぐちゃぐちゃな気持ちのまま、触れられたのは端っこなのに、唇をぐっと押さえて、へなへなと蹲った。
途中、小町に舐められていた人差し指が唇にしっかりと触れているのに気づいて、一人で馬鹿みたいに真っ赤になって、慌てて周りを見て、私だけだという事に深く安堵した。
という映像を、第三の目で見てしまった私は、内心酷く慌てていた。
「……ッ」
私の名は古明地さとり。妖怪さとりという、心を読む妖怪である。
地上と地下の交流が暗黙の内に再開されて等しく、こうして懐かしい顔に会える喜びを味わっていたのも束の間。
最初の軽い説教から、優雅なお茶の時間と始まり、そうしていつの間にか、閻魔様の愚痴を興味深げに聞いていたのだけど……
「そういう訳で、あの素直で可愛かった小町が、いつの間にか意地悪で、だらしなくて、暢気で、ぐーたらで、とにかく駄目駄目な子になってしまって……!」
「…………………」
どうしましょうか……
興奮のあまり、閻魔様のその時の心に深く残った情景がダイレクトに私に伝わってしまい、閻魔様も知らぬ内に私に伝わってしまった。
私の能力を知っている彼女は、普段は強い精神力の元、特に心を読まれても気にしない、読まれても動じない、そんな話しやすい、理想的な方だった、のだけれど……
これは、多分読んだと知られたら、とても居心地悪く、気まずい事になるだろう。
知った事を話そうかどうか、考えている内にも、彼女の話は続く。
「あ、あの日の無邪気でぷにぷにで、子犬みたいだった小町は、決してあんな事しなかったのに! ん? いえ、そういえばされましたね。ではなくて! どうして、私の小町がいつの間にかあんな子になってしまったのか、私は教育を間違えたのかと、もう心配で心配で……!」
「…………………」
あ、気まずい。
チクチクと胸に罪悪感を覚えて、私は紅茶を飲む事で誤魔化す。
こんな気持ちは久しぶりで、どうしようかと困ってしまう。
なのに、閻魔様の心は、言葉と同時に、痛いぐらい心にも聞こえてくる。
「……っ、あの、閻魔様」
「? どうかしましたか」
「……いえ、その髪飾り、お似合いですね」
これ以上を聞いている事に、ストレスの限界を感じた私は、心の声の熱い想いが、一瞬そがれる隙を髪飾りに見て、話題を代える様に心がけた。
ぱっ、と閻魔様の顔が途端に嬉しそうになり、和んだ。
「ええ、小町に貰いました」
「――――」
地雷だった。
「小町が、あの後に私に似合いますよって贈ってくれたんです。赤い彼岸花の飾りが、あの時の事を思い出させて、偶然かもしれないけど、嬉しいと感じました」
「…………………」
心を読むまでも無い、私はその笑顔の眩しさに、そっと目を伏せた。
「……バカップル、ですね」
少しだけ、迷惑なお方だと思った。
つまり。
彼女は気づいていないが、夢には無意識化の願望が現れるもの。
そして、彼女の心が見せるそれは、私には彼女すら気づかない心の深層が、想いが、簡単に分かってしまう。
そう、それは―――
(小町は、もっと昔みたいに私に甘えてくれればいいのに。……あんな風に遠まわしで分かりづらいスキンシップではなく、もっと昔みたいに、素直に。……そ、そうしたら、私だって…………小町に、少しぐらいは素直に―――)
深層の声は、今の怒った顔のそれとは違い、とても素直で弱々しい。
本当に、甘えて欲しいのなら素直にそう言えばいいのに。
きっと、あの死神は目を丸くするだろうけど。それ以上に喜ぶのに。
嬉々として抱きしめてぎゅうっとするだろう。そして膝枕に耳かきもセットで、痒い所はないですかぁ? と、逆に、閻魔様が望むのとは別の方向で、たっぷり甘えてくれるだろう……
何となく、私にはその小町という死神の心が、彼女を通じて分かる気がする。
彼女はきっと、この方を甘やかしたいのだ。
見た目と同様に、少し幼い所が残る閻魔様に、心を預けて、癒されて欲しいのだ。
でも、閻魔様は閻魔様で、死神に昔の様に、ただ素直に甘えてきて欲しいと願っている。
さぼったりするのは、もしかして寂しいからじゃないかと、そう心配している。
甘やかしたくて甘えたい、そんな同じベクトルで悩む二人の、焦れったくてどうしようもない、他者は見守るだけの口出し厳禁の物語。
「………………」
私は、赤い顔で死神を語る閻魔様を見る。
可愛い、と思う。
きっと彼女は、私に愚痴を吐き出したら少しすっきりとして、死神の所に行くのだろう。
そこで、どんな会話をするのか想像をして。
「……ぅ」
うっかりと、想像をした為に、糖分過多な意味で吐き気を起こして、私は小さく己に呆れながら微笑む。
彼女たちは、とても可愛らしい。
そして、とてもこの先が気になる。――――――でも。
お願いだから他所でやって下さい。
語りだす、閻魔様と死神の初めてのお泊り話を聞きながら、しかもその後、初めてのお使い編を聞かせてくれるらしい閻魔様に、私は本気でそう思った。
私の第三の目が受信するそれは、とっくに私の限界値を越えていた。
新着の作品群へと目を通す中、無意識の内にこの作品をクリックしていた。
そして私は飲んでいたリプトンレモンティーを窓から投げ捨て、此処に感想を書き記した。
その後、画面に映った二ヤケ面との戦いを終えた私は、赤チン塗れの凄惨な笑みを浮かべながら、夜空に輝く夏星さんへとサムズアップを捧げるのだった――
小さい小町がかわいいと思ったらなんだ大きな小町も可愛いじゃないかって思ってそしたらふと映姫さまの異常なまでの愛らしさに気が付きさとり様の心労を慮ってたらあとがきで古明地姉妹に悶えました。
何が言いたいかってぇとなんでこんなに甘甘で頬が緩むお話をかけるのかとほんとにパルパルごちそうさまでした!
初めてのお使いの最中、買うべき物を忘れてしまい、行くも戻るも出来なくなっておろおろするちびっこ小町と、それをこっそり影から見守りながら、手助けするべきか悩み続ける映姫様希望。
さとり様は怒っていいと思うんだ。きっと。
甘甘な良いお話でした。
初めてのお泊まりからお使いまで、何でも聞くから是非とも聞かせてほしいよ映姫様。恋人自慢のノロケ話でもOKですんで。
古明地姉妹かわいいよ
映姫さまと小町が可愛かった…さとりは逃げた方が良いと思う。
そして何気に古明地姉妹も甘い‥‥‥。
だがこんなに素晴らしいものを読んだのだから後悔のこの時すら思い浮かばないぜ。
しかしそれでも続きが見たくて堪らない私は既に末期の様です。
あとさとり様頑張った、ちょーがんばった。
もう、戻れないや……。
糖分たっぷりの二人に悶えました。こまえーきは我が悲願。
そして四季様よりもちっちゃい小町に目覚めました。ありがとうございます。
さとり様にとってはある意味地獄だなww
……もとから地獄でした。
ああ、こまえーきの人だ………!!!
さとりんはさとりんで、こいしとちゅっちゅすればいいんじゃないかな!
ニヤニヤしすぎで顔がやばいし、口の中は甘いし
ああ、もうすぐ糖尿病だ