一組の主従が、籠編みの内職に精を出していた。
「私、考えたんだけど」
「手を止めないでくださいね。納期が迫ってますから」
輝夜の言葉に、永琳はにべもない。
言われた輝夜も、自分から言い出した手伝いである手前、慌てて手を動かす。
「私は、もっと積極的に妹紅を憎むべきだと思うのよ」
「はぁ」
永琳は、輝夜の言葉にどう応えていいやら解らず、曖昧に相槌を打つ。
なにをいまさら。それが、永琳の感想であった。
週に一度は殺し合い上等の弾幕ごっこを繰り広げ、宴席で出会えば、その場をブラッディパーティーに変えるほどの殴り合い。血祭りとは良く言ったものだ。
そんな二人の仲の悪さは、すでに幻想郷中に知れ渡っている。
ある意味、世間様公認の仲なのだから、そんな所に情熱を注いだところで『今日も元気だね』以上の反応があるとも思えない。
「あんなに一生懸命憎んでくれている妹紅に、こちらがあしらうような態度で臨み続けるのは失礼だと思うの」
「仲良くする、という選択肢は無いんですか?」
「ないわね」
籠を編む手は止めず、輝夜が言い放つ。過去の因縁がなくとも、輝夜と妹紅の相性が悪い事実は変わらない。
出会い方が違っていれば、親友になれたかもしれないくらい本質的には似通った二人であるが。ああなんだ、同族嫌悪か、と永琳は納得する。
「具体的には、どうなさるおつもりで?」
大した興味も無い様子で、永琳が尋ねる。文字通り、殺しても死なない二人を心配するだけ損であるし、輝夜の妹紅に対するアプローチが多少大胆になったところで、迷惑するのは妹紅当人だけである。
「まずは宣戦布告ね。私が妹紅のことをどれだけ嫌っているか、直接アピールしてみるわ」
「姫様。申し訳ないんですが『アホに付ける薬』は現在在庫切れなんですよ」
できる限り遠回しに、お前アホだろ、と指摘する。
しかしそこは、過去に幾人もの男性からの求婚を、無理難題押しつけて袖にしたお姫様。それぐらいの皮肉では堪えません。どうせ薬も効きはしまい。
「大丈夫、妹紅にそんな物必要ないわ。あの子は真性だから」
薬で治ったら苦労しないわよ、と笑うお姫様、嘆息する従者。やはりどこか似ているのかも知れない。
「……この仕事が終わったら、どうぞ存分に宣戦布告してきて下さい。止めませんので」
「うん。そうする」
その後は、二人とも黙々と仕事をこなす。予定より随分早く仕上がった。
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「という訳で、嫌いだと宣言しに来たわ」
「……ああそう」
所変わって妹紅の家。
輝夜はずびしっと妹紅に指を突きつける。妹紅は妹紅で、姫様の奇行に付き合うつもりもないらしく、無視を決め込んで昼飯の支度に勤しむ。
台所から漂う香りに、輝夜の腹が鳴る。不老不死でも腹は空くのだ。
「今日のご飯はなに?」
「もらい物の鶏肉で作った煮物と、筍御飯、漬けておいた大根も出そうかなと思ってる」
「楽しみね」
「言っておくが、お前の分なんて無いからな」
きっぱりと言い切る妹紅の様子に、輝夜が首を傾げる。
「どうして?」
「『嫌いだ』って言いに来た招いてもいない相手に、なんで私が御馳走しなきゃいけないんだ」
「心が狭いのね」
「常識的だと言ってくれ」
会話しながらも、てきぱきと食事の支度を整えてゆく妹紅。並べる食器はしっかりと二人分。
「これは、お礼を言うべきかしら」
「必要ない。腹を空かせた宿敵に見つめられながら食べる食事は、きっととびきり不味いだろうからな。私の事が嫌いなら、そのまま空きっ腹を抱えていてくれ、頼むから」
なるほど、こうやって私の自尊心を試すつもりか。輝夜は、目の前に置かれた食器類を眺めつつ思考を進める。
流石に付き合いが長いだけのことはある。なかなかに効果的な嫌がらせだ。
「嫌うのは、食事の後からにするわ」
自尊心で腹はふくれない。輝夜の結論は至ってシンプルであった。
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「やっぱり妹紅の作る食事は美味しいのよね。不思議だわ」
「千年以上も一人暮らししてるからな。どうせ食べるなら美味しい方がいいだろ? 研鑽の結果だよ」
「専属料理人として雇いたいくらい」
「死ね」
食後のお茶を楽しみながら、物騒な言葉を交わす。ちなみに、お茶を入れたのは輝夜である。
妹紅は、箪笥から針道具とズボンを取り出してちくちくちくちくやっている。
「繕い? 貸してごらんなさいな」
「断る。私を嫌ってるお前なんかに渡したら、次の瞬間引きちぎられてもおかしくない」
「それは浅慮というものよ。妹紅を嫌っているからといって、身につけられる衣服にまで罪はないわ。可哀相に、とは思うけど」
「やっぱり死ね」
「すぐに生き返るんだから時間の無駄よ。ほら」
手を差し出す輝夜。妹紅は、一瞬迷ったが渋々といった様子で針道具を渡す。
「手先は器用なんだよな、お前は」
「部屋で出来ることなら一通りね。これも研鑽の結果よ」
すいすいと進んでゆく針を眺め、感心する妹紅。そのうちに輝夜は縫い端を纏めて、くいっと八重歯で噛み切った。
「はい、おしまい」
「礼は言わないぞ」
「そう、残念。まぁ、妹紅が恩を素直に表現できないほど拗くれ曲がっていると確認できただけ収穫かしらね」
「……ありがとう」
「痛快だわ」
「その痛みで、今すぐ死ね」
まったく面倒くさい二人であった。
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「聞きたいことがあるんだが」
「答えられる範囲でも、答えてあげたくないけれど、なにかしら」
「なんで、お前と一緒に風呂に入らなくちゃいけないんだ」
当然と言えば当然な疑問を妹紅は口にする。
輝夜はといえば、もうちょっと捻りの利いた質問をしなさい、と言わんばかりの顔で。
「本音と建前、どっちが聞きたい?」
などと言い出す始末。
「どっちも聞きたくない」
妹紅も負けてはいない。だが、些か甘い。なよ竹の姫がその程度の拒絶に傷つくはずもなかった。
「建前は『薪の残りが少なかったから』。しばらく雨続きだったものね」
なぜウチの薪の残りを知っている、とは聞かない。無駄だから。
「で、本音は?」
妹紅は諦めて残りを聞く。にやり、と底意地の悪い笑みを浮かべて輝夜が言う。
「『見せびらかしたかったから』」
何を、とは書けない。健全だもの。
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夜も更けたので二人揃って就寝。残念ながら布団はふたつ。
「ねえ、妹紅」
「あー?」
寝返りも打たずに背中で答える。明日も早いのだ、これ以上輝夜に付き合ってなどいられない。偽らざる本音であった。
「貴女にもっと嫌われるためにはどうしたらいいのか考えたんだけど」
「安心しろ。すでにこれ以上無いくらい嫌ってるから」
「もっとよ、もっと。私も妹紅を全力で嫌うべきだし、妹紅にも全てを捧げるくらい私を嫌って欲しいわ」
さっくりと新難題を突きつける姫様。
「それなら殺し合うか? わりと眠いんだけど」
「それじゃ、代わり映えしないじゃない。……こういうのはどうかしら」
こっそりと妹紅の布団に忍び込み、ごにょごにょと耳打ちする。
明くる日の永遠亭。
静かな朝は、手紙を持って飛び込んできた一匹の妖兎によって打ち破られた。
「師匠、大変です!!」
「どうしたの優曇華。また、竹林が燃えでもしたのかしら?」
「それどころじゃありません。さっき烏天狗が姫様からの手紙を持ってきて……」
息も整わない優曇華から手紙を受け取る永琳。封が開いている事に関しては、後でお仕置きしなければなるまい。
そこにあるのは、手紙と、一枚の写真。
それを見た永琳は、苦笑いと共に呟いた。
「今までと、何も変わらないってことよね」
悩みに悩んで、考えに考えて出てきた最高の嫌がらせ。
妹紅の家を背景に、強引に妹紅の腕を掴みVサインをする輝夜。
ふて腐れた様子で、そっぽを向く妹紅。そんな写真。
手紙には一文、こう記してあった。
『私たち、結婚します』
というか所帯じみてるなぁ
むう。
こういう輝夜と妹紅は大好きです。
>健全だもの
つまり、イカロへ進出ですね?