「ほらいいから、そこに横になりなさい」
「いやよ!い、一回弾幕ごっこで勝ったからって……」
「何か言うことを聞くって約束だったでしょ?なに、貴女まさか夕食奢るだとかその程度のことを考えてたの?」
「………」
「お子様ね」
咲夜の顔が近くまで迫る、勢いに押され私はベッドに腰掛けてしまった。
「そう、それでいい、ほら横になりなさい」
「………やっぱりやめましょうよ、こんな、もう少し雰囲気を…」
「諦め悪いわね、もういいわ」
「え」
大きくため息をついた後、咲夜は私に覆いかぶさってきた。
無理やりベッドに横に倒され、両手の自由を奪われる。
「あ、ちょっと!」
決してイヤなわけじゃないのだけど、あまりの急展開に私は不安を覚えていた。
その意図が咲夜に伝わらないことが苦しい。
「………咲夜、これ以上は…」
「これ以上は何?」
「これ以上は、冗談じゃ済まないわよ!」
「冗談だなんて思ってるの?」
「こんなやり方で本気なんていわれて、そんなの信じられない」
「………じゃあ、態度で表せばいいのかしら」
私に覆いかぶさっている咲夜が、顔を近づけてきた。
ほぼ確実に、キスをしようとしている。
「まって!やめて!」
「今は嫌いになってもらって構わない」
「ならない!ならないから!」
何を言っても咲夜は聞かないらしい。
私はとっさに足が自由になっていることに気がついた。
次の瞬間、咲夜は少し宙に浮いていた。
私が力任せに蹴っ飛ばした為、後ろの壁に叩きつけられたらしい。
少し普通ではない打撲音とともに、咲夜は壁にもたれかかってうなだれた。
「………あ、あんたが悪いのよ」
「………」
様子がおかしい………
まったく反応を示さない、こいつなら今度は力ずくにパターンを変えると思ったけど……
「………咲夜?」
反応が無い、どうも様子がおかしいぞ。
打ち所が、悪かったのか…?
咲夜に駆け寄る、呼吸はしている、ただ意識があるようには見えない。
「あの、ちょっと………大丈夫?ねぇ」
心配だ、こういうときはどうしたら………詳しいやつはいるだろうか。
「咲夜さん!大丈夫ですか!?」
「………」
とりあえず美鈴を連れてきた、急いで駆け寄って咲夜の様子を確認する。
「………少し気を失っているだけ、みたいですね」
「本当?」
「………ただ、見てください」
「え?」
美鈴が咲夜が激突したと思われる壁を指差した。
そこには時計が引っ掛けられており、下の方が破損している。
つまりここに咲夜が激突したんだ。
「もしかしたら、後頭部を強打しているかもしれません、そうすると………」
「………」
「いえ、今はとにかく体を休めましょう、横にして………どうしよう、タオルもいるかな」
美鈴を呼んできてよかった、適切な処置を施して、仕事に戻っていった。
後ろ髪引かれる思いというやつか、何度か振り返っていたが。
ともかく、私が様子を見なければ。
時間は深夜。咲夜が気絶してから2時間くらい経っただろう。
私は少しぼーっとしながらイスに腰掛けていた。
すると、横になっていた咲夜が突然跳ね起きた。
「えっ!?」
「………?」
「あ………咲夜、大丈夫?」
「………貴女、なんでここに?」
「え、あ、その………私が、大変なことをしちゃって、その………」
「………大変なことって、貴女は確か、私にヒントをくれただけじゃない」
咲夜の表情が少し鋭い。
「え?」
「………貴女、昨日今日のことでしょ?人が春を取り戻して疲れてるときに、何しにきたのよ」
「………咲夜?」
「………」
何を言ってるんだろう、春を取り戻した………って。
もしかして、私が道を急ぐ咲夜に勝負を挑んだ、あの時。
そして春を取り戻して、帰ってきて、寝ていた………。
咲夜はもしかして、ここ何ヶ月かの記憶を失っているんじゃないか。
信じたくは無いが、そんなことを考えてしまった。
「あの、咲夜、それは結構前の話よ」
「なんですって?」
「その後だってほら、宴会の回数が多すぎる謎を解いたり、地震の謎を解明したり、永い夜を………」
「何の話をしているの?」
「………」
「っていうか貴女、よくここに入れたわね、美鈴に攻撃されなかったの?」
「美鈴には、顔パスで通してもらってるから…」
「………?貴女常連だったの?」
「………」
間違いない、咲夜は私のことを………
ほとんど会話をしたことがない状態まで巻き戻っている。
「まぁいいわ、私が仕事があるから」
「あ、うん………」
「じゃあね」
「あ、あの…」
「……何?」
「明日の夜、またきていい?」
「………いいけど」
腑に落ちないという表情。あまり親しくなかった私がそういっているんだ、確かに不信感を持つだろう。
「美鈴」
「あ………どうだった?」
「………記憶障害ってやつ、だったみたい」
「………」
「咲夜の記憶がすごく巻き戻ってるの、私のことをほとんど知らない頃に…」
「………そうですか」
咲夜の視線は冷たかった。
少し前まで、私に向けていてくれた優しくて暖かい笑顔はもう無かった。
よく考えてみれば、咲夜があそこまで積極的に愛情を表現してくれていたことはすごく珍しいことだったんじゃないか。
どうしてあそこで拒絶してしまったんだろう……
「とりあえず様子を見ましょう、咲夜さんも自分が記憶を失っていることに気がつくはずです」
「…ええ」
「話はそれからです、アリス、貴女はもう休んだほうがいいですよ」
「………ええ」
言われたとおり、私は図書館で仮眠をとることにした。
「朝でーすよー」
「………ん」
人が心地よく眠っているときに、耳元でやかましい。
「小悪魔か」
「おはようございます、アリスさん」
「うん………あ、そうだ」
「なんですか?」
「咲夜はきた?」
「ええ、きましたよ」
「どうだった?様子は………」
「………いつもどおりですね、ちょっと記憶が戻ってしまってること意外は」
「………十分大事じゃない!」
「うーん、私たちは、とても長い時間生きていますから、些細な事でもあるんです」
「些細なことですって?」
「思い出がなくなっちゃったなら、また作ればいいんですよ」
「………簡単に言わないでよ」
私が咲夜と仲良くなるのは簡単じゃなかったんだ。
知り合いの一人でも作りたいと思って、宴会でよく見るあいつに声をかけた。
最初はそれだけだった、でも付き合ってるうちに面白いやつだって思えてきて、どこにあそこまで惹かれたかわからないけど、結構親しくなっていって………
「大変だったのよ、あいつの部屋に入れてもらうの、いっつもロビーでお茶飲んで帰れって言われるの、門前払いみたいなもんよ」
「………きっと、咲夜さんに意図が伝わって無かったんじゃないですか?」
「………」
「友達になろうって、言えばいいんですよ」
「………あんたと一緒にしないでよ!」
言えるものか、そんな格好の悪いこと。
恥ずかしすぎて言えるものか!
深夜、ずっと本を読んで時間をつぶしていた私は、頃合を見て咲夜の部屋に入った。
咲夜は既に部屋の中にいて、メイド服を脱いで着替えようとしていたところだった。
「あ、ごめん」
「ん…別にいいけど」
「………」
咲夜が着替えるまでまって、改めて部屋に入る。
とりあえず私にお茶を入れようとする咲夜。でも様子がおかしい。
「……?」
「どうしたの?」
「ティーカップがないのよ」
「それなら、ここでしょ?」
「……あ」
私がよく来るようになって、咲夜はティーセットの位置を変えた。
客人がくるならここに置いて置いたほうが出しやすいと言って。
「どうして貴女が………っていうか、そう、今日はめちゃくちゃよ」
「え?」
「起きたら深夜だし、メイドに知らない子がいるし………大体なんでこんなに寒いの?春のはずよ今は」
「………」
「ほんとわけがわからないわ」
「………咲夜、よく聞いて」
「………」
「貴女が春を取り戻しに冥界に行ったのは、もう何ヶ月も前のことなの」
「………」
「だから、貴女は………記憶障害なの!」
「………」
「あの時計、見て、壊れてるでしょ?」
「ええ」
「あそこに、貴女が激突して、頭を打ったの、その時に気を失って、目を覚ましたら…」
「………」
私の話を冷静に聞き続ける咲夜。
わけがわからないことを言われているとは思うんだが、さすが、取り乱したりはしない。
「………確かに妙ね、貴女がティーセットの位置を知ってるし………そもそも、あんな時間に私の部屋にいたのはなぜ?」
「な、何故って…!」
「だって、普通寝る時間よ私は………そんな時間に貴女を入れて私はなにをしていたの?」
「………何をって」
「それほどまでに、私たちって親しくなってたの?」
それを忘れられていることが、一番つらかった。
ずっと仲良くしてくれていて、きっとお互いに愛していたのに。
情けない、私の目から涙が止まらなくなっていた。
必死に覆い隠して、声を漏らさないようにしていた。
「………泣いてしまうほど、私たちは親しかったの?」
「………」
きっと親しかったんだと思う。親しかったのに私は咲夜を拒んだ。
そのことを謝りたいのに、謝る相手がいない。
「………わかった、泣かなくていいから」
咲夜は近づいて、私を抱きしめてくれた。
いつものように優しく、けどしっかり強く捕まえて離さない。
「………」
「なんだか、不思議だわ」
「………?」
「私、こうして抱きしめたこと………あったような」
「………」
「いえ、あるのよね、ごめんなさい」
「………うん」
「教えて、私たちはどこまでいったの?」
「………」
「抱きしめただけ?それともキスもした?」
「………うん」
「そう、わかった………じゃあ私も覚悟を決めないとね」
この咲夜は、昨日まで私の近くにいてくれた咲夜なんだろうか?
答えは、多分否。
時間をかけて、ゆっくり仲良くなっていった咲夜と、今こうして、決められた役割を教えられた咲夜。
元通りになんてなりっこない、一度引いていった涙がまた溢れ出した。
「………アリス、また、私は貴女を悲しませるようなことをしたの?」
「………」
「どうしていいかわからないわ………」
私を抱きしめる力が弱くなっていく。
ここで咲夜を離してしまったら、咲夜はもう私を抱きしめてくれない気がする。
私は今咲夜をまた拒絶してしまった。
「………咲夜」
「……うん」
「ごめんなさい………私のせいなの」
「え?」
「貴女が、記憶障害になった理由」
「………そうなの」
「私が、貴女を拒んだからなの、貴女のこと好きだったのに……恥ずかしいからって………」
「………」
「こんなことになるなら………貴女のこと………」
「貴女に拒まれるような状況で迫った方が悪いのよ」
「違う!貴女は悪くない!」
「………私じゃないわ、貴女を愛していた私はもうどこかにいってしまったんだから」
「………」
「でも、私は」
「そんな愛いらない!貴女は………ついこの間あったやつのこと愛してるなんて言えるの!?」
「………」
「無理しなくていいよ咲夜………私、大丈夫だから……」
もうこれでいい。
あの時のように、咲夜が笑ってくれないなら。
私は自分から咲夜を振りほどいて、走って部屋から飛び出してしまった。
「アリス」
「………美鈴」
紅魔館を飛び出した私を呼び止めた美鈴。
私の様子がおかしいことにすぐ気がついたらしい。
「どうしたんですか?目、真っ赤…」
「………美鈴、ありがとう、私もうきっとここには来ないわ」
「ええ!?」
「もういいの、もう………」
「まってアリス、記憶障害は一時的なものかもしれないでしょ!」
「そんなの待てないよ………一日だって辛いの!あの咲夜を見てると………それに、咲夜に気を使われるのだって辛い………」
「………」
「アリス!」
「………咲夜さん」
「………」
咲夜が私を追いかけてきた。
応える気にはならない、せっかく決めた私の決意を揺るがしに来たのか。
「アリス、待ちなさい、私だって………」
「うるさい!」
目の前に立ちふさがった咲夜を思いっきり跳ね除けた。
そのまま駆け抜け様と思ったのだが……
ガツン!
すさまじい音がした。
門に頭を打ちつけたようだ………
私と美鈴が固唾を呑んで咲夜の様子を見る。
確実にこれは怒られる………
「………ああ」
「そういえば、あの時もこんなだったか」
「………咲夜さん?」
「そうね、今ならちょっとだけわかるかもしれない………雰囲気を大事にしろって、貴女が言ってた理由」
「………え?」
咲夜の表情が柔らかくなっている。
昨日までの笑みを浮かべて。
「………ねぇアリス、貴女はイヤだったかもしれないけど、私は一からだってよかったのよ?」
「………」
「また貴女と一から付き合えば、キスをしようと決めた時や、初めて二人で買い物に行くことにした時の感覚がまた味わえたんだから」
「………私はいや、緊張感なんて要らない、貴女と一緒にいるのが当然の日常がいいの」
「………わがままなお嬢様だこと、ちょっと理不尽じゃない?」
「不思議な話ですね」
「人間の体って、すごいわね」
次の日、咲夜はこのことを小悪魔に話した。
小悪魔はとても客観的にこの事態を見ていた、だから聞きたいことがあった。
「貴女はどう思った?ちょっと前の私」
「んー………少しだけですが、冷たかったかも?」
「そうなんだ」
「あれから結構いろんな人と会ったりしましたよね?そういうこともありますよ」
「………そうね、でも、小悪魔」
「はい」
「私、アリスって名前覚えてたのよ」
「はい」
「あいつ自分から名乗ってなかったのにね」
「これ内緒ね、なんか恥ずかしいし」
「ふふ………そうしてほしいなら……」
小悪魔はいたずらっぽく笑った。
.
「いやよ!い、一回弾幕ごっこで勝ったからって……」
「何か言うことを聞くって約束だったでしょ?なに、貴女まさか夕食奢るだとかその程度のことを考えてたの?」
「………」
「お子様ね」
咲夜の顔が近くまで迫る、勢いに押され私はベッドに腰掛けてしまった。
「そう、それでいい、ほら横になりなさい」
「………やっぱりやめましょうよ、こんな、もう少し雰囲気を…」
「諦め悪いわね、もういいわ」
「え」
大きくため息をついた後、咲夜は私に覆いかぶさってきた。
無理やりベッドに横に倒され、両手の自由を奪われる。
「あ、ちょっと!」
決してイヤなわけじゃないのだけど、あまりの急展開に私は不安を覚えていた。
その意図が咲夜に伝わらないことが苦しい。
「………咲夜、これ以上は…」
「これ以上は何?」
「これ以上は、冗談じゃ済まないわよ!」
「冗談だなんて思ってるの?」
「こんなやり方で本気なんていわれて、そんなの信じられない」
「………じゃあ、態度で表せばいいのかしら」
私に覆いかぶさっている咲夜が、顔を近づけてきた。
ほぼ確実に、キスをしようとしている。
「まって!やめて!」
「今は嫌いになってもらって構わない」
「ならない!ならないから!」
何を言っても咲夜は聞かないらしい。
私はとっさに足が自由になっていることに気がついた。
次の瞬間、咲夜は少し宙に浮いていた。
私が力任せに蹴っ飛ばした為、後ろの壁に叩きつけられたらしい。
少し普通ではない打撲音とともに、咲夜は壁にもたれかかってうなだれた。
「………あ、あんたが悪いのよ」
「………」
様子がおかしい………
まったく反応を示さない、こいつなら今度は力ずくにパターンを変えると思ったけど……
「………咲夜?」
反応が無い、どうも様子がおかしいぞ。
打ち所が、悪かったのか…?
咲夜に駆け寄る、呼吸はしている、ただ意識があるようには見えない。
「あの、ちょっと………大丈夫?ねぇ」
心配だ、こういうときはどうしたら………詳しいやつはいるだろうか。
「咲夜さん!大丈夫ですか!?」
「………」
とりあえず美鈴を連れてきた、急いで駆け寄って咲夜の様子を確認する。
「………少し気を失っているだけ、みたいですね」
「本当?」
「………ただ、見てください」
「え?」
美鈴が咲夜が激突したと思われる壁を指差した。
そこには時計が引っ掛けられており、下の方が破損している。
つまりここに咲夜が激突したんだ。
「もしかしたら、後頭部を強打しているかもしれません、そうすると………」
「………」
「いえ、今はとにかく体を休めましょう、横にして………どうしよう、タオルもいるかな」
美鈴を呼んできてよかった、適切な処置を施して、仕事に戻っていった。
後ろ髪引かれる思いというやつか、何度か振り返っていたが。
ともかく、私が様子を見なければ。
時間は深夜。咲夜が気絶してから2時間くらい経っただろう。
私は少しぼーっとしながらイスに腰掛けていた。
すると、横になっていた咲夜が突然跳ね起きた。
「えっ!?」
「………?」
「あ………咲夜、大丈夫?」
「………貴女、なんでここに?」
「え、あ、その………私が、大変なことをしちゃって、その………」
「………大変なことって、貴女は確か、私にヒントをくれただけじゃない」
咲夜の表情が少し鋭い。
「え?」
「………貴女、昨日今日のことでしょ?人が春を取り戻して疲れてるときに、何しにきたのよ」
「………咲夜?」
「………」
何を言ってるんだろう、春を取り戻した………って。
もしかして、私が道を急ぐ咲夜に勝負を挑んだ、あの時。
そして春を取り戻して、帰ってきて、寝ていた………。
咲夜はもしかして、ここ何ヶ月かの記憶を失っているんじゃないか。
信じたくは無いが、そんなことを考えてしまった。
「あの、咲夜、それは結構前の話よ」
「なんですって?」
「その後だってほら、宴会の回数が多すぎる謎を解いたり、地震の謎を解明したり、永い夜を………」
「何の話をしているの?」
「………」
「っていうか貴女、よくここに入れたわね、美鈴に攻撃されなかったの?」
「美鈴には、顔パスで通してもらってるから…」
「………?貴女常連だったの?」
「………」
間違いない、咲夜は私のことを………
ほとんど会話をしたことがない状態まで巻き戻っている。
「まぁいいわ、私が仕事があるから」
「あ、うん………」
「じゃあね」
「あ、あの…」
「……何?」
「明日の夜、またきていい?」
「………いいけど」
腑に落ちないという表情。あまり親しくなかった私がそういっているんだ、確かに不信感を持つだろう。
「美鈴」
「あ………どうだった?」
「………記憶障害ってやつ、だったみたい」
「………」
「咲夜の記憶がすごく巻き戻ってるの、私のことをほとんど知らない頃に…」
「………そうですか」
咲夜の視線は冷たかった。
少し前まで、私に向けていてくれた優しくて暖かい笑顔はもう無かった。
よく考えてみれば、咲夜があそこまで積極的に愛情を表現してくれていたことはすごく珍しいことだったんじゃないか。
どうしてあそこで拒絶してしまったんだろう……
「とりあえず様子を見ましょう、咲夜さんも自分が記憶を失っていることに気がつくはずです」
「…ええ」
「話はそれからです、アリス、貴女はもう休んだほうがいいですよ」
「………ええ」
言われたとおり、私は図書館で仮眠をとることにした。
「朝でーすよー」
「………ん」
人が心地よく眠っているときに、耳元でやかましい。
「小悪魔か」
「おはようございます、アリスさん」
「うん………あ、そうだ」
「なんですか?」
「咲夜はきた?」
「ええ、きましたよ」
「どうだった?様子は………」
「………いつもどおりですね、ちょっと記憶が戻ってしまってること意外は」
「………十分大事じゃない!」
「うーん、私たちは、とても長い時間生きていますから、些細な事でもあるんです」
「些細なことですって?」
「思い出がなくなっちゃったなら、また作ればいいんですよ」
「………簡単に言わないでよ」
私が咲夜と仲良くなるのは簡単じゃなかったんだ。
知り合いの一人でも作りたいと思って、宴会でよく見るあいつに声をかけた。
最初はそれだけだった、でも付き合ってるうちに面白いやつだって思えてきて、どこにあそこまで惹かれたかわからないけど、結構親しくなっていって………
「大変だったのよ、あいつの部屋に入れてもらうの、いっつもロビーでお茶飲んで帰れって言われるの、門前払いみたいなもんよ」
「………きっと、咲夜さんに意図が伝わって無かったんじゃないですか?」
「………」
「友達になろうって、言えばいいんですよ」
「………あんたと一緒にしないでよ!」
言えるものか、そんな格好の悪いこと。
恥ずかしすぎて言えるものか!
深夜、ずっと本を読んで時間をつぶしていた私は、頃合を見て咲夜の部屋に入った。
咲夜は既に部屋の中にいて、メイド服を脱いで着替えようとしていたところだった。
「あ、ごめん」
「ん…別にいいけど」
「………」
咲夜が着替えるまでまって、改めて部屋に入る。
とりあえず私にお茶を入れようとする咲夜。でも様子がおかしい。
「……?」
「どうしたの?」
「ティーカップがないのよ」
「それなら、ここでしょ?」
「……あ」
私がよく来るようになって、咲夜はティーセットの位置を変えた。
客人がくるならここに置いて置いたほうが出しやすいと言って。
「どうして貴女が………っていうか、そう、今日はめちゃくちゃよ」
「え?」
「起きたら深夜だし、メイドに知らない子がいるし………大体なんでこんなに寒いの?春のはずよ今は」
「………」
「ほんとわけがわからないわ」
「………咲夜、よく聞いて」
「………」
「貴女が春を取り戻しに冥界に行ったのは、もう何ヶ月も前のことなの」
「………」
「だから、貴女は………記憶障害なの!」
「………」
「あの時計、見て、壊れてるでしょ?」
「ええ」
「あそこに、貴女が激突して、頭を打ったの、その時に気を失って、目を覚ましたら…」
「………」
私の話を冷静に聞き続ける咲夜。
わけがわからないことを言われているとは思うんだが、さすが、取り乱したりはしない。
「………確かに妙ね、貴女がティーセットの位置を知ってるし………そもそも、あんな時間に私の部屋にいたのはなぜ?」
「な、何故って…!」
「だって、普通寝る時間よ私は………そんな時間に貴女を入れて私はなにをしていたの?」
「………何をって」
「それほどまでに、私たちって親しくなってたの?」
それを忘れられていることが、一番つらかった。
ずっと仲良くしてくれていて、きっとお互いに愛していたのに。
情けない、私の目から涙が止まらなくなっていた。
必死に覆い隠して、声を漏らさないようにしていた。
「………泣いてしまうほど、私たちは親しかったの?」
「………」
きっと親しかったんだと思う。親しかったのに私は咲夜を拒んだ。
そのことを謝りたいのに、謝る相手がいない。
「………わかった、泣かなくていいから」
咲夜は近づいて、私を抱きしめてくれた。
いつものように優しく、けどしっかり強く捕まえて離さない。
「………」
「なんだか、不思議だわ」
「………?」
「私、こうして抱きしめたこと………あったような」
「………」
「いえ、あるのよね、ごめんなさい」
「………うん」
「教えて、私たちはどこまでいったの?」
「………」
「抱きしめただけ?それともキスもした?」
「………うん」
「そう、わかった………じゃあ私も覚悟を決めないとね」
この咲夜は、昨日まで私の近くにいてくれた咲夜なんだろうか?
答えは、多分否。
時間をかけて、ゆっくり仲良くなっていった咲夜と、今こうして、決められた役割を教えられた咲夜。
元通りになんてなりっこない、一度引いていった涙がまた溢れ出した。
「………アリス、また、私は貴女を悲しませるようなことをしたの?」
「………」
「どうしていいかわからないわ………」
私を抱きしめる力が弱くなっていく。
ここで咲夜を離してしまったら、咲夜はもう私を抱きしめてくれない気がする。
私は今咲夜をまた拒絶してしまった。
「………咲夜」
「……うん」
「ごめんなさい………私のせいなの」
「え?」
「貴女が、記憶障害になった理由」
「………そうなの」
「私が、貴女を拒んだからなの、貴女のこと好きだったのに……恥ずかしいからって………」
「………」
「こんなことになるなら………貴女のこと………」
「貴女に拒まれるような状況で迫った方が悪いのよ」
「違う!貴女は悪くない!」
「………私じゃないわ、貴女を愛していた私はもうどこかにいってしまったんだから」
「………」
「でも、私は」
「そんな愛いらない!貴女は………ついこの間あったやつのこと愛してるなんて言えるの!?」
「………」
「無理しなくていいよ咲夜………私、大丈夫だから……」
もうこれでいい。
あの時のように、咲夜が笑ってくれないなら。
私は自分から咲夜を振りほどいて、走って部屋から飛び出してしまった。
「アリス」
「………美鈴」
紅魔館を飛び出した私を呼び止めた美鈴。
私の様子がおかしいことにすぐ気がついたらしい。
「どうしたんですか?目、真っ赤…」
「………美鈴、ありがとう、私もうきっとここには来ないわ」
「ええ!?」
「もういいの、もう………」
「まってアリス、記憶障害は一時的なものかもしれないでしょ!」
「そんなの待てないよ………一日だって辛いの!あの咲夜を見てると………それに、咲夜に気を使われるのだって辛い………」
「………」
「アリス!」
「………咲夜さん」
「………」
咲夜が私を追いかけてきた。
応える気にはならない、せっかく決めた私の決意を揺るがしに来たのか。
「アリス、待ちなさい、私だって………」
「うるさい!」
目の前に立ちふさがった咲夜を思いっきり跳ね除けた。
そのまま駆け抜け様と思ったのだが……
ガツン!
すさまじい音がした。
門に頭を打ちつけたようだ………
私と美鈴が固唾を呑んで咲夜の様子を見る。
確実にこれは怒られる………
「………ああ」
「そういえば、あの時もこんなだったか」
「………咲夜さん?」
「そうね、今ならちょっとだけわかるかもしれない………雰囲気を大事にしろって、貴女が言ってた理由」
「………え?」
咲夜の表情が柔らかくなっている。
昨日までの笑みを浮かべて。
「………ねぇアリス、貴女はイヤだったかもしれないけど、私は一からだってよかったのよ?」
「………」
「また貴女と一から付き合えば、キスをしようと決めた時や、初めて二人で買い物に行くことにした時の感覚がまた味わえたんだから」
「………私はいや、緊張感なんて要らない、貴女と一緒にいるのが当然の日常がいいの」
「………わがままなお嬢様だこと、ちょっと理不尽じゃない?」
「不思議な話ですね」
「人間の体って、すごいわね」
次の日、咲夜はこのことを小悪魔に話した。
小悪魔はとても客観的にこの事態を見ていた、だから聞きたいことがあった。
「貴女はどう思った?ちょっと前の私」
「んー………少しだけですが、冷たかったかも?」
「そうなんだ」
「あれから結構いろんな人と会ったりしましたよね?そういうこともありますよ」
「………そうね、でも、小悪魔」
「はい」
「私、アリスって名前覚えてたのよ」
「はい」
「あいつ自分から名乗ってなかったのにね」
「これ内緒ね、なんか恥ずかしいし」
「ふふ………そうしてほしいなら……」
小悪魔はいたずらっぽく笑った。
.
多少急ぎすぎたようにも感じましたが相変わらず甘い咲アリでよかったです。
共通点の多さゆえに惹かれ合い、たまに相手の見せる相違点(この作品では時間に対する意識の違いなど)にもまた惹かれ合う。
そんな関係が大好きです。二人とも大好き。
もっと長くしてプチじゃない方で見たかったですw
2828できて幸せだー
そして最高!!!!!
>>本当にこれは急展開過ぎますね。もっとゆっくりすればよかったです
>>誤字が……ちょっと焦りすぎました、ありがとうございます!
>>書きながら自分で2828してる俺きめぇって思ってました
>>鉄板になったらすごいなぁw
>>最高!ありがとう!
咲アリっていいな! いいな!!
あなたの咲アリがもっと読みたい