Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

生真面目記者と我儘哨戒天狗

2009/05/29 08:51:22
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 妖怪の山の朝は早い。朝日が昇る頃、多くの動物が目を覚ます。小鳥達は朝の歌を歌い、リス達は寝惚け眼で朝食を探し出す。その心地よい騒がしさで目を覚ますのが椛の日課だ。
 布団の中で一つ伸びをし、すぐに布団を片付ける。こうしないと、どうしても二度寝の誘惑に勝てそうにないからだ。朝の早い哨戒天狗にとって、二度寝は御法度である。
 さて、朝食の用意をしなければ。椛が台所へ向かおうとしたその時、不意に玄関が開いた。


「おはよう椛、今日も早いわね。」
 椛が振り返ると、文が妙にご機嫌な様子で立っていた。それを見て、椛は怪訝な顔をした。
 警備のため時間が制約される椛に対して、文は比較的時間を自由に使える。だから、文は日が昇りきるまで寝ているのが常だ。偶に朝早く起きなければいけないときも、不機嫌そうな顔をしていることがほとんどだ。
 しかし、今目の前にいる文は見るからにご機嫌だ。カメラや手帖など、椛の家に来るときはいつも置いてくるはずの仕事用の道具を全部持ってきているのも気になる。椛は不思議に思いながらも、朝から大好きな人の笑顔が見られてうれしくも思っていた。
「お、おはようございます文様。何か御用…あ、そうだ!朝食、召し上がりますか?文様のことだから、まだ食べてらっしゃらないでしょう?」
「さすが椛ね。いただくわ。」
「はい。では少しお待ちください。」
 椛は尻尾を振りながら台所へ入っていった。二人で朝食を食べるのも久しぶりだったので、喜びを隠せなかったのだろう。文の用件が気になって仕方ないという思いを心の隅に置いて、椛は準備に取り掛かった。


 椛が二人分の朝食を持って戻ってくると、文は警備用の剣や盾を眺めていた。その様子に、椛はまた訝しげな顔をした。文は何度も椛の家を訪れていたが、彼女が仕事用の道具に興味を示した事は今まで一度もなかった。目を離すと勝手に箪笥を漁っていて、椛に絶交だと言われて文が涙目で謝る、というのが日常だった。だから、突然剣や盾に興味を示した文を、椛は不思議に思わずにいられなかった。
 もっとも、日常的に箪笥を漁るのもどうかとは思うが。そんなことをして許されるのは某RPGの世界くらいのものだ。
「朝食できましたよ、文様。」
「ありがとう、椛。ではさっそくいただきまーす!」
 文はうれしそうに朝食を食べ始めた。その笑顔を見て、椛も笑みをこぼす。何か御用みたいだけど、まあ後でいいか。今は二人の時間を楽しもう。椛はそう考えて、味噌汁をすすった。


 朝食が終わり、椛がお茶を淹れてきた。湯呑みを文に手渡し、自分も椅子に腰掛けた。
 本来はもうそろそろ出かけなければいけない時間なのだが、椛はずいぶんリラックスした様子で時を楽しんでいる。どうやら、仕事に行かなければという思いは椛からすっかり抜け落ちているらしい。
「ところで、何か御用だったんですか?」
 椛が何気なく言うと、文ははっとした様子で一瞬固まった。文も伝えるのを忘れていたらしい。
 急に真面目な顔をして、文は口を開いた。
「椛、貴女に大切な話があるの。」
 息を呑む椛。文は自分に、と言った。まさか、もう会えないとか!?いや、それなら悠長に朝食を食べるはずがない。なら、しばらく会えないのだろうか。あるいは、まさかとは思うが…け、結婚しようとかだったらどうしよう!?恥ずかしいな…
 椛が顔を真っ赤にして妄想しているのをよそに、文は続けた。
「私、考えたのよ。このまま二人で過ごすのもいいけど、それじゃあ刺激がなくてつまらない。それでね、色々考えたんだけど――

――ねえ椛、私と一日生活を交換してみない?」

「―は?」
 椛は何も言えなかった。というより、先程の妄想で文の言葉が頭に入ってこなかった。固まっている椛に文は話し続けた。
「貴女前言ってたじゃない、一度記者をやってみたいって。初めての体験をするのって面白いでしょ?警備のついでに白狼天狗と知り合いになるのもいいし、貴女の仕事は私がやるから。ね、どう?…あれ、椛?なんで真っ赤なの?」
「へ!?い、いえ、大丈夫です!」
 返答がおかしかった気がしたが、文は流す事にした。
「そう、じゃあ早速今日やってみましょう!はいこれ、カメラと手帖ね。いけると思ったネタをメモして記事にするの。大丈夫、貴女なら出来るわ!じゃあ、頑張ろうね!」
 そう言うと、文は剣と盾を携えて出て行った。椛は未だに固まっている。
 ようやく自分がおかれた状況を理解した彼女は一つため息をついて手帖を開いた。日付を書いて、たった一言記す。


 わけがわからない。


   *   *   *


 哨戒天狗の詰め所で、椛の上司である白狼天狗は苛立っていた。白狼天狗にとって、遅刻は御法度である。椛は今まで遅刻したことがないので、もしかしたら何かトラブルに巻き込まれたのかもしれない。それにしても、彼女が来ない事には自分も戻れない。早く将棋を打ちたいのに、まったく…
 彼がうろうろしていると、後ろから声が聞こえた。
「すみませーん、遅れましたー!」
 彼は胸を撫で下ろしながら振り返る。
 よかった、やっと来たか。しかし遅刻は感心しないな。話を聞いて、場合によっては注意しなければ。ん?待てよ?今の声、聞き覚えがないような…
 そんなことを考えた上司の顔が、声の主を見て引きつる。
「あ、貴女は射命丸様!?ど、どうしてそのような格好を…?」
 そこには剣と盾を構え、ふわりと降り立つ文の姿があった。
「ええ、今日は私が椛の代わりをします!よろしくお願いしますね、隊長?」

 上司の苦笑いが止まらない。
 おそらく、この人の思いつきで仕事を交換したとか、そんなところだろう。まったく、面倒な事をしてくれたものだ。この人の気まぐれには本当に困る。
 色々な思いが彼の中に生まれていたが、ただの部隊長に過ぎない彼が文に逆らう事は許されない。一つ大きなため息をついて、彼は文を連れて中へ入った。








 一方椛は天狗の里に来ていた。文が自分の仕事に行ってしまった以上、自分も記者の仕事をしっかりこなさなければ。とはいえ、一人で家にいても仕方ないので、ネタを探しに街までやってきたのだ。
 ここで、椛は大きな問題に気づく。

取材って、どうすればいいの?

 椛は途方に暮れた。それこそ、その場にしゃがみ込んでしまいたいくらいに。
 いつも無茶苦茶な事ばかりする文だが、それは文の性格上仕方のないことだと椛は考えている。だから、文の思いに応えたい。文のため、立派に記者をやり遂げたい。
 けれど、自分はその方法を知らない。記事のネタになるものを探す観察眼もなければ、その対象への取材の仕方も、記事自体の書き方もわからない。そんな状態で何を書けるというのか。


 悩みながら、椛は歩き続けた。そして、いつの間にかとあるカフェの前に行き着いた。ここは記者たちの交流の場になっていて、部外者が入ると肩身が狭い思いをすると評判の店だった。
 ここの人なら何か教えてくれるかもしれない。椛は決意して、カフェに乗り込んだ。




 カフェの中では、三人の鴉天狗がなにやら話していた。どうやら彼らもネタに困っているらしく、最近の幻想郷は面白くないとか、中には誰か異変でも起こさないかなぁなどと不謹慎な事を言い出す者もいた。
 椛は意を決してそのグループに話しかけた。
「あ、あの…」
「ん?」
 三人が一斉に椛を見る。元々天狗は排他的な生き物だが、それは種族間にも言えることである。白狼天狗だから駄目だとか、所謂身分差別まがいの考え方はなくなったものの、こういう鴉天狗だけの縄張りに他の天狗が侵入するのはやはり気に食わないらしい。この鴉天狗達も、椛を一目見るなりつまらなそうに視線を外した。
「皆さんにお聞きしたい事があるのですが」
 微かに震えながら言う椛の姿に、一人がわざとらしく舌打ちした。

 なんなんだこいつは。私達の態度で自分が場違いだと気づかなかったのか?いや、そんな馬鹿には見えない。なんにせよ面倒な事はごめんだ。

 他の天狗は態度で示さなかったが、考えは皆同じらしい。椛から視線を外したまま目を合わせようとしない。
「あの、ネタの探し方を教えていただきたくて」
 帰ろうとしない椛に、ついに一人の天狗が不機嫌そうに言った。
「いい加減にしてくれよお嬢ちゃん。私らは忙しいんだ。ネタなんか自分で探s…ネタだって?あんた記者じゃないだろ?」
 天狗はもう一度椛をよく見た。最初は気がつかなかったが、手帖とカメラを持っている。この無駄にご立派な手帖、間違いなく文のものだ。そういえば文が白狼天狗の少女といい関係だという噂を聞いたことがあったっけ。ふふふ、こりゃあ面白くなりそうだ。
 鴉天狗は仲間と顔を見合わせた。仲間も同じ事に気づき、同じ考えを抱いたらしい。三人は厭な笑みを浮かべ、椛の肩に手をかけた。
「いや、すまなかったね、お嬢ちゃん。教えてやるが、その代わりに文との事を話してもらおうかねぇ?」


 椛は一瞬固まった。文の事を聞かれるとは思っていなかったので、返答に困っていた。何も言えない椛に鴉天狗がたたみかけるように言う。
「おっと、誤魔化そうとしても無駄だよ?そのカメラと手帖は文のだろ?あの気まぐれの事だ、あんたと仕事を交換してみたいとか言い出したってとこだね。もう私らにはバレてるんだからさ、言っちゃいなよ。私らもあんたに協力してあげるからさ。ね?」
 これは交換条件の提示ではない。ここまでくると、最早脅迫だ。相手は既に文と椛の関係に気づいているわけだから、椛から何も聞き出せなかったとしても好き勝手に書いてしまえば十分だろう。完全に椛が不利な状況で、椛は頬を染めて言葉を発した。
「私と文様は、その…つ、付き合っているというかなんというか…そういうと語弊があります、私達はそういう関係ではないです、で、でも決して文様が大事じゃないわけでは…わふぅ…」
 真っ赤になり訳のわからない事を口走りだした椛を制止して、鴉天狗が核心をついた。
「わかったわかった、恥ずかしいだろうね、わかるよ、うん。じゃあさ、一つだけ聞かせてよ。あなたは文の事、好き?」
「ええ!?そ、その…好きです。私、文様の事、大好きです。」
はっきりとした口調で言う椛の姿に、カフェ中から拍手が送られる。話を聞いていた三人からは勿論のこと、その場に居合わせた客や店員からも拍手が湧き起こる。どうやらそのカフェにいた皆が椛の言葉を聞いていたようだ。
「よっしゃあ、最高のネタありがとう!最後に名前を教えてくれるかな?」
「あ、はい。犬走椛です。でも最後って」
 椛が言い終わらないうちに三人は飛び去っていった。三枚の名刺を残して。

 残された椛は名刺を握り締めながら思う。


――ネタのこと、全然聞けなかった。






「うー…」
「はい王手」
「えぇっ!?あ、ほんとだ…」
「意外と射命丸様って将棋弱いですね」
「ほ、ほっときなさいよ!」
 哨戒天狗の詰め所で打ち合わせをした後、文は数人と共に大瀑布の裏に来ていた。暇なときはここで将棋を打つとは聞いていたが、じっとしているのはどうも性に合わない。それに、文は将棋が苦手だった。相手の出方を待つのが気に食わないから先に勝負を仕掛けてかわされ、相手に対応できずにいつの間にか負けている。それがいつもの敗北パターンだ。
 この日も全員に負け続け、噂を聞いてやってきた河童にも全敗した。
「ねえ、こうしてるよりも外で景色でも見てるほうが面白くない?私は外に行きたいんだけど」
 対局した全員に弱い弱いと罵られプライドをズタズタにされた文は半ば涙目で言った。しかし、同僚の天狗は首を横に振る。
「駄目です。ここに待機していなければいけません。外では気が散ってしまうでしょう?」
 どう考えても将棋をするための言い訳なのだが、天狗は胸を張って偉そうに言う。ここで暴れて我を通してもいいが、それでは椛に迷惑がかかってしまう。


 文が渋々座った直後、外を見回っていた天狗が困った顔をして滝の裏に入ってきた。全員が不思議そうに見ていると、天狗の後ろから少年がひょこっと顔を出した。齢は七・八歳といったところか。泣いている様子もなく、不思議そうに文達を見ている。
「あはは…なんか迷子らしいです。」
 天狗は申し訳なさそうに言った。全員の顔に不満の色が浮かぶ。人間をこのまま山にいさせるわけにはいかないので、誰かが送り届けなければならないだろう。変わり者が多い天狗や河童とはいえ、積極的に人間と関わろうとする者はほんの一握りだ。何度も里に降りた事がある妖怪なんて、それこそ文やにとりくらいしかいないだろう。

 天狗が一斉に文のほうを見た。人間に慣れている文に全て任せようというわけだ。文はニヤリとして少年の前に立った。
「私は射命丸文。少し君の事を教えてくれるかな?」
 どうやら少年の相手を快く引き受けてくれたようだ。周りの天狗がほっと胸を撫で下ろす。一方文は妙に上機嫌で少年に話しかけている。つまらない将棋を打っているよりも人間と関わっていたほうが楽しいのだろう。



 少年は意外と落ち着いていた。薄暗い滝の裏で人外の者に囲まれて詰問されては、普通なら恐怖で泣き出してもいいはずだ。しかしこの少年は恐れる様子もなく、寧ろ初めて見る河童や天狗に興味津々のようだ。羽を触ったり帽子を取ろうとしたり、実に落ち着きがない。
 将棋よりはマシだと考え少年の相手を買って出た文だったが、このやんちゃっぷりには閉口した。
「それで、どこから来たの?やっぱり人間の里かな?」
 少年は黙っている。やはり緊張しないわけではないのだろうか。
 文は立ち上がり、少年を連れて外へ出た。返答がないのなら、話しやすくしてやればいい。二人は滝の傍にある高台へと向かった。

 時刻は既に夕暮れ時。夕日が山の向こうの森に沈む。それを見て、少年は目を輝かせた。
「どう?里からはこうやって沈む夕日なんて見られないでしょ?」
「うん。すごくきれいだね。」
 少年は連れてこられてから初めて言葉を発した。誰かを緊張から解放するには、その心を開かせてやるのが一番だ。
「よし、今日はもっとすごいのを見せてあげる。私の手を掴んで、離しては駄目よ?」
 少年が手を掴むと、文は一気に空へ飛び上がった。少年は文の手を握り締め、絶対に離すまいとしている。無理もない。もう十数メートル以上昇っているのだ。落ちれば確実に命はない。
 恐怖で目を開けられずにいる少年に、文が優しく告げた。
「目を開けて。本当に綺麗だから。」
 少年が恐る恐る目を開けると、そこには見たこともない景色が広がっていた。

 地平線に沈む夕日は紅く燃え、どこか悲しげな表情に見える。
 それを受けて朱に染まる空はえも言われぬ美しさだ。
 陽から遠い空は藍色に変わり、風景に対比を持たせている。
 陽の反対にあたる空は既に暗く、夜の静けさを湛えていた。

 少年は、このような風景を見たことがなかった。ありふれた存在である太陽が沈むというだけでこれほど感動することなど知りもしなかったのだ。
 後ろから少年を支えてやりながら、文は囁いた。
「ね?綺麗でしょう。落ち着いたかな?」
「…うん。」
 心を揺さぶられた時、人はうまく言葉を発する事が出来なくなる。心に生まれたときめきを噛み締めて、それを味わうためだ。少年もこの感動を噛み締めて離そうとしない。文は微笑を浮べ、人間の里のほうへと向かった。



 人間の里はちょっとした騒ぎになっていた。夕暮れ時になっても少年が帰ってこないので親が心配して聞いて回ると、少年を山へ行く道で見たという者がいた。これは大変だ、というわけで男達が集まり探しに行こうということになっていた。
 そこに文が少年を連れて颯爽と降り立った。泣きながら親の元へ走り出す少年。それを迎えながら涙を流す両親。それを見守って、文は静かに立ち去ろうとした。
 経験上、このような場合に長居は無用だ。いくら慣れているとはいえ、面と向かって嫌な事を言われるのはやはり気分が悪い。早く帰ってしまおうと文が翼を出そうとしたとき、両親に呼び止められた。
 文は振り向かなかった。意外と顔に出やすいタイプだから、罵声を浴びせられたら嫌な顔をしてしまうかもしれない。これ以上人間との溝を深めないためにも、文は後ろを向いたまま言葉を待った。
 文が受け取った言葉は、単純で素敵な一言だった。

ありがとうございました。

 思いもよらぬ言葉に、文は驚きを隠せなかった。表情が変わってしまう前に、文は空に舞い上がった。
 ありがとう、か。本当に不思議な言葉だ。たった一言なのに、それだけで心が安らぐ。こんな月並みな感想を抱いてしまうなんて記者としてどうかとも思うが、これが真実なのだから仕方ない。文は自嘲気味に笑い、山へと帰っていった。


   *   *   *


 文は椛の家を訪ねた。自分も慣れない仕事や予想外の出来事で疲れていたから、椛もきっと疲れていることだろう。椛を元気づけてやらなければ。
文は勢いよく玄関を開け、布団で泣きじゃくる椛を見つけた。
「も、椛!?何かあったの?大丈夫?」
「うぅ…文様ぁ…」
 椛は涙目で文にすがった。その破壊力は文の理性を破壊するに十分だったが、文はなんとか自分を律して椛に泣いている理由を聞いた。
「うぐぐ…ね、ねえ椛、泣いていてはわからないわ。教えて、何か辛い事があったの?」
「私、文様のお役に立てませんでした…記事なんて書くの始めてで、全然できなくて…ごめんなさい」
 最後まで言葉にならず、椛はまた俯いてしまった。文が机を見ると、何枚か紙が置いてあった。どうやら文のために一生懸命記事を書こうとしてくれたらしい。


 文はそっと椛を抱きしめ、耳元で優しく囁いた。
「椛、頑張ってくれてありがとう。私は貴女がこうして頑張ってくれた事がうれしくてたまらない。だから、記事の出来なんてどうでもいいのよ。そもそも、私が勝手に言い出した事だし。ねえ、泣かないで?貴女が泣いていると私も寂しいわ。」
 椛が顔を上げた。その一瞬を見逃さずに、文は椛の唇に指を当てた。
 これ以上は何も言うなというサインだ。椛もそれを理解し、こくりと頷いた。
 
 二人は唇を重ね、そのまま布団に倒れこんだ。









 翌朝、椛は文の大騒ぎで目が醒めた。寝惚け眼で辺りを見渡すと、新聞らしいものを片手に文が誰かと口論していた。
 いや、口論というと語弊がある。どうやら文が一方的に怒っているらしい。
「なんで勝手にこんな事を!」
「いや、でも好きって言ったのは事実だし…」
「文様ぁ?」
 文に怒られていた鴉天狗は椛に気づくとすぐさま椛の後ろに隠れた。
「あれ?あなたは確か昨日の…」
「ば、馬鹿!今はいうn…ひぃっ!?」
「ほう?やはり昨日あんたが椛を騙して聞き出したと。そして記事を書きましたと。こりゃあとんだ名誉毀損ですねぇ」
 文の笑みがいつも以上に黒く輝く。それは椛でさえも怯えてしまうほどのものだった。


 二人の関係は以前から度々鴉天狗の話題に挙げられていたが、確証がないので記事にはされていなかった。しかし、昨日椛がカフェで堂々と宣言してしまったため、その内の一人の天狗が記事に書いてしまったというわけだ。
 出来るだけ周りには知られたくないと考えていた文は、今朝彼女の新聞を見て怒りを抑えられず、まだ寝ていた彼女を椛の家まで引っ張ってきた。


「そ、そんな怖い顔しないでよ文。勝手に記事にしたのは悪かったとは思ってるよ?でもさ、考えてもみてよ。あれだけ売れたってことは、それだけ世間から求められてたって事でしょ?仕方ないんだって。私がやらなくてもいつか誰かgいででででっ!!!」
 文のアイアンクローが見事に友の顔面にはまる。彼女は手足をばたつかせ、声にならない声をあげている。
「文様、やりすぎですよ!」
「え?まあ椛がそういうなら…」
 文は友人を解放した。友人は息も切れ切れに逃げ出していった。


 二人きりになった後、文が椛を見つめて言う。
「まったく…話しちゃったの?」
「ごめんなさい。どうしても記者の心得を知りたかったんです。文様のお役に立ちたかったから…」
 椛の言葉を聞いて、文はわざとらしく肩をすくませた。反省しているのだろうか、椛の耳はへたっと倒れ、いかにも元気がなさそうにしている。
 そんな様子を見て、文は椛の額を指でコツンと叩いた。びっくりしている椛に、文は優しい笑顔で言った。



 気にしてないわ。――ありがとう、椛。



 椛はうれしそうに笑って台所へ向かった。文は伸びをしながら色々と考えを巡らせていた。
 もう世間にばれてしまったのだから、こそこそと付き合う必要もない。今日は二人とも休みだから、一緒にどこかへ出かけよう。そして、思い切って手を繋いでみようかな。
 居間で椛の朝食を待ちながら、文は顔を赤くして一人妄想に耽るのだった。
ちゃっかり創想話デビューしていました、でれすけです。

今回はただ慣れない記者の仕事を一生懸命頑張るけど出来なくて泣いちゃう椛とそれを見てニヤニヤする文ちゃんが書きたかっただけです、はい。
でれすけ
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
これがあやもみもみか……
2.名前が無い程度の能力削除
あまりの甘さに緩みっぱなしの頬どうしてくれようか。
3.名前が無い程度の能力削除
でれすけさんの文椛はいいものだー。
さらに糖度アップなお話をもっとぷりーづ!
4.名前が無い程度の能力削除
あやもみさいこう
5.名前を思い出せない程度の能力削除
これはよい甘さのあやもみですね。たいへん美味しゅうございました。
糖度は増量でも構いませんので、是非とも後日談をよろしくw
6.でれすけ削除
>>1さん
椛が可愛くて仕方ないけど手をこまねいていた文ちゃんが思い切って行動に移すのをニヤニヤして眺める、それが僕のジャスティスですからね!

>>2さん
ニヤニヤしていただけてうれしいです!でも早く頬を引き締めないと文ちゃんに引っ叩かれますよ

>>3さん
これはまたうれしい事を言っていただけてもう感無量です。でも糖度はこれ以上上げると色々とまずい事に…

>>4さん
文椛は最高。これは揺らぐことのない真実。

>>名前を思い出せない程度の能力さん
お粗末様でした。糖分調整はこれ以上上げると色々抵触しかねないのでこの甘さで書いてみようかと思いますw
7.名前が無い程度の能力削除
イイ! いいなぁ。
でれすけ氏の文椛をもっと読みたい