注：色々とキャラがブッ壊れてます。それでもよろしければ下へスクロールしてやってください。
冬のある日。珍しく空は晴れ渡り、薄い青色が広がっています。
炬燵に潜り込んでいないと耐えられない程寒いわけでもなく、かといって着物の綿を抜くのは辛い。 そんな少々肌寒い日の出来事です。
「ふぅ……」
息を一つ吐きますと、かたんと筆を置きます。
今日もまた幻想卿縁起を編纂し、ようやく一段落ついたところでした。
さて、これからどうしようか。なんて考えながら、使用人が淹れてくれたお茶に口をつけます。
はぁ、ちょっと冷めてるなぁ。とか思っていますと、なにやらがやがやと玄関の辺りが騒がしくなってきました。
「はて……？」
誰かが大きく足音を響かせて駆け抜ける音。使用人達が、それを引き留めようとする声に続いて悲鳴やら怒声やら、ああ全く、本当に騒がしい。
一体何事が起きているのかと、私は立ち上がりますと、廊下と仕切られた襖を開けようと足を進めます。
誰かが駆け抜ける音は、廊下を此方側に駆け抜けてきて、「あら？」と小首を傾げるよりも早く、がたん！ と大きな音を立てて廊下側から襖が開けられます。
「阿求っ！」
はぁはぁと荒い息を吐きながら、そこに立っていたのは上白沢慧音先生でした。
「……えっと？」
何故どたどたと駆け抜けてきたのか。それほどまでに緊急の用件があるのか。それにしても必死な形相だ。っていうか目、血走ってね？ みたいなことを一瞬考えている間に、いつの間にか慧音先生が目の前に移動してきていました。あっきゅん吃驚。
「阿求、頼みがあるんだっ！」
やけに力強いです。ちょっと怖い。目、血走ってるし。ていうか、肩がっつり掴んで痛いんですけどっ？！
「な、なんですか、慧音先生……」
その勢いに押され、思わず少しどもってしまいます。
「阿求、私とちゅーしてくれっ！」
「…………はあ？」
突然騒いで訪れたかと思えば、何を言い出すんですかこの人。
私の今の顔、絵にしてみれば『(|||ﾟДﾟ)』って感じですよ。焦りまくりですよ。ていうか、本当に意味がわかりませんよ？
「ちゅーだちゅー！ ちゅーしてくれっ」
「意味わかりませんよってやめてやめて顔近づけないで近い近い近いっ！」
迫ってくる顔を、私の小さな掌で押さえますが、なにこのワーハクタク、それでも突き進んできますよちょやめろ真面目にっ！
「いやですよっ！ ていうかキモイキモイキモイ、掌に唇押しあて過ぎって莫迦っ！ 何舐めいやっ気持ち悪いっ！？」
「んんんんんー……ちゅー……」
「掌吸わないでっ？！ 舐めないでっ！？ でもこれ外したら襲われるっ？！！」
戦々恐々。ぬめぬめと舐めるなっ、いやだいやだこのくすぐったい感触がいやだ気持ち悪い悪いよっ！
「誰か助けてぇぇぇぇぇぇっ！」
誰かっ！ 誰か使用人誰でもいいから助けて私を助けてあっきゅん大ピンチっ！
「やめんかこのど阿呆っ！！」
どだどだと再び駆け抜けてくる音、続いてそんな怒声と共に、跳び蹴りをする雄々しき勇姿！
あぁっ、救世主はいました。神様ありがとうっ！
蹴り飛ばされた慧音先生は、あふんとちょっと気持ち悪い声を上げて畳の上に倒れました。
「はぁ……はぁ……かなり怖かった、ですよ……」
なんか顔を押さえていた掌がてかてか光ってるんですけど、これ唾液ですよね……。えんがちょ。
ちり紙を探して、見つからないので倒れてる慧音先生のスカートでふき取ります。ふきふき。
「助かりました。有り難うございます、妹紅さん」
そうやって掌を綺麗にしますと、私の救世主に頭を下げます。本当に有り難うございます。
「あぁいや、大丈夫だったか？」
気遣うように、そっと顔を覗き込んできました。不安そうな表情に、「大丈夫です」とぎこちなくも笑顔を返します。
一見、ぶっきらぼうに見えますが、これでなかなか人を気遣える優しい方なのです。
視線を畳でぴくぴくしている慧音先生に向けます。
「それで、一体何があったのでしょう？」
突然あんなことをするなんて、まぁ、しかねない人だとは思っていましたけれど、それにしても唐突過ぎます。
「解らない。朝から変な様子だったんだよね。今日は慧音のとこでお茶飲んでたんだけど、慧音と来たら、ぶつぶつ何か言っていたかと思うと、突然飛び出してこれだ。むしろ私の方が一体何なのか聞きたいくらいさ」
肩を竦めながら妹紅さん。
はて、何があったのでしょうか。気が荒ぶる満月はまだ遠い筈なんですけれど。
「で、迫られていたみたいだけど、一体何をされていたんだ？」
「ええ。その、ちゅーを」
「……ちゅー？」
「接吻です」
「いや、解るけどさ。……何で突然？」
「私が聞きたいです」
「そりゃそうだよね。全く、何を考えているんだか……」
二人、溜息を吐きます。
そうしてしばらくぴくぴく痙攣している慧音先生を眺めていますと、
「はっ！ あっきゅんらぶっ！」
叫びながら起きあがりました。
意味わかんねー、超こえー。
「阿求っ！ 阿求はっ！」
そしてきょろきょろと周囲を見渡していたかと思いますと、はたりと私を視認しました。
逃げ出したい、全力で。
けれど、蛇に睨まれた蛙といいますか、身動きをとることが出来ません。
こえぇぇよ。
「阿求っ！！」
「だからやめんかっ！」
飛びついてきた慧音先生。怯える私。寸前で蹴り飛ばす妹紅さん。
もうね、妹紅さんへの好感度上がりまくりです。
「な、何をするんだ妹紅っ」
頬を蹴り飛ばされたのか、頬をさすりながら慧音先生。
「そりゃ私の台詞だよ。一体何考えてるのさっ」
腰に手をあてて妹紅さん。私はといいますと、頼もしい妹紅さんの背に隠れます。
「何って、ちゅーだ。ちゅー。解らないか？ ちゅーだ」
「解らないっていうか、なんでちゅーしないといけないのかが解らない。ていうか、ちゅーとか恥ずかしい台詞を言わせるな阿呆っ」
「恥ずかしいなら言わなければいい。私は恥ずかしくない。だから言おう。ちゅーだ。ちゅー。私は阿求とちゅーがしたいっ！」
「したいって……嫌がってるだろうが。しかも突然で、一体何なんだよ本当に」
「この気持ちを伝えたいっ」
「ちゅーでか？」
「ちゅーでだ！」
はぁ？ って顔をしている妹紅さんと、メロンな胸を張る慧音先生。
……とりあえず、頭痛いんですけど？
「でも本人は嫌がってるだろ。そういうことは両者の同意が得れてからにしろ」
正論です。でも、妹紅さん。おそらくそんな正論このワーハクタクには伝わりません。
「気にしないっ！」
「してくださいっ！」
思わず声をあげてしまいます。
いやもうね、ほらね。なんて言う余裕もないですよ。
私・超・必死。
「ああぁあ、あっきゅんあっきゅんあっきゅんあっきゅん」
「壊れてるっ！ この妖怪壊れてますよっ！？」
「ふぅむ。これは、あれだ」
「何か良い案が？！」
「殴ったら直らないかな」
「無理かと！」
「でも、他にどうしようもないぞこれ」
「確かにショック療法というのが最善のような気もしてきましたけどっ」
「いっちょ行ってみよう。なあに大丈夫だ。慧音、頑丈だし」
「なら、行きますか。私、切実に身の危険感じますので」
「おう。任せとけ」
そういうことになりました。
頑丈なら何したっていいよね。って感じです。
人として間違ってる？ 大丈夫です。慧音先生は妖獣ですからね。
妹紅さんは拳を振り上げますと、そのまま殴りかかります。
「見切ったっ！」
「なにっ？！」
なんですか、このありがち展開。
見切ったと叫んだ慧音先生は、その言葉通り、妹紅さんの拳をかいくぐりますと、そのまましゃがんだ状態で妹紅さんの足を払います。
「なっ！」
「これで阿求は私のものだっ！」
なんですかその台詞。私は誰のものでもにゃいっ！
けれど足を払われた所為で、妹紅さんと慧音先生の立ち位置が入れ替わります。今や目の前に慧音先生っ！ いやぁぁっっ！
「甘いっ！」
私の救世主、妹紅さんが叫びます。倒れそうになっていた彼女は、片手を畳の上についたまま、空を向いてしまった足の指で、器用に慧音先生の襟を掴みました。
「ふがっ」
「はぁっ！」
そのまま襟を引っ張り、体勢の崩れたところで、畳についていた手で跳ね上がります。何この身体能力の高さ。私には絶対無理っ。
妹紅さんは跳ね上がりますと、もう片方の足で慧音先生の首を狙います。
「ぬぅっ」
慧音先生も負けていません。襟で首が絞まって顔を真っ赤にしつつも、襟を掴む足を逆に掴み返します。そしてそのまま腕力で振り回しました。
「なっ……」
勝ちを確信して油断していたのでしょうか。
その行為に唖然とした声を上げますと、ぶんっと振り回されそのまま足を掴んでいた手を離されました。
「っととと……」
それでも足から着地するところは流石です。気付けば、振り回された妹紅さんは再び私の目の前に移動しており、とととと、つんのめりつつも姿勢を正そうとします。
「せいっ！」
その背中を慧音先生が蹴りました。通称ヤ●ザキック。
「ぎゃうっ」
弓なりに背を歪ませて、そのままの勢いで私の方へと崩れ落ちてきます。
「あわわっ」
突然のことで動けない私。崩れてくる妹紅さん。受け止めるべきか避けるべきか、いや受け止めても私潰れますけどねっ！
「にゃうんっ！」
「ぐあっ」
がちんっとぶつかる私と妹紅さん。
「ふっ、勝った」
勝ち誇る慧音先生の声。
それよりも、です。
「って、うぉおぉぉぉぉぉぉおいっ！」
勝ち鬨ではありません。悲鳴です。勝った筈の慧音先生が悲鳴を上げました。
それもその筈。
「んっ」
「ぶはっ」
ぎゅっと衝撃に目を瞑った私。身体と唇に人の感触。
そうです。
倒れ込んできた妹紅さんは、お約束と言わんばかりに、私とちゅーしてしまっていたのです。
「わ、悪いっ！ 大丈夫か？」
慌てて離れる妹紅さんですが、顔真っ赤です。多分私も。
「は、はい。だ、大丈夫です……大丈夫、ですけど……」
そっと唇に手をあてます。
まだ、感触が残ってる……。
「はじめてでした……」
ぽつりと漏らします。はじめて、奪われちゃった。
「んなっ！ 悪いっすまんっごめんっ」
顔を真っ赤にしたまま謝る妹紅さんと、
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁああっ」
世界の終わりとばかりに悲鳴を上げる慧音先生。
「いえ、妹紅さんでしたら、私は……」
「そ、そうなのかっ？！」
「も、もももも妹紅っ！ おま、お前何をっ」
「はい。その……妹紅さん、格好いいですし救世主ですし」
「いや、でもだな。やっぱり最初は好きな人とのほうが良かっただろうに、ほんとすまないっ」
「そこっ、私を無視するなっ、ていうか私を差し置いてちゅーするなっ！」
「あ、謝らないでください。その、事故みたいなものですし」
「だけど、大事なことだからな」
「なんで二人はいい雰囲気作ってるんだっ？！ 私が勝ったのに何か負けたぞっ！？」
「ちょっと慧音先生は黙っていてくださいっ！」
「ちょっと慧音は黙っていろっ！」
「…………はい」
私達に叱られて、しょぼんと部屋の隅に座り込む慧音先生。のの字を書いているようですが、静かになったのでいいことです。
「とりあえず、だ。これは事故だし、その、なかったことにしといたほうが」
「む、歴史ならいくらでも弄るぞ。阿求のはじめては私が欲しかったからなっ！」
「慧音先生は喋るな。……その、妹紅さん。確かに事故でしたけれど、私、嫌じゃありませんでしたから、いいんですよ」
「いいって、阿求っ！ お前は間違えてるっ！ 女同士で不潔だっ」
「慧音が最初にしようとしていたことはなんだったんだっていうか喋るな。……じゃあ、その、私もはじめてだったし、おあいこってことでいいかな」
「妹紅もはじめてだったのかっ！？」
「「だから喋るなっ！」」
「………………すみません」
「えっと、はい。その、妹紅さんがそれでいいなら」
「私はいいっていうか、阿求がそれでいいなら」
じっと私達は見つめ合います。お互い顔は真っ赤です。恥ずかしいけれど、でも、なんだか温かい感じ。
「あああああ、あきゅんが穢されたよう。妹紅が汚れちゃったよう」
ぶつくさ慧音先生が言っていますが無視です無視。
「その、妹紅さん。よかったらこれからも家に遊びに来てくださいね」
「うん、その、阿求がいいなら」
「私は全然構いませんよ。むしろ大歓迎です」
「そっか。ん、解った。気が向いたら寄らせて貰うよ」
「はい」
なんだか、突然慧音先生に襲われたかと思うと、妹紅さんと良い雰囲気になって、
よくわからないけれど、
こんな一日があってもいいですよね。なんて。
照れ照れと顔を赤くしながら、私は思ったのです。
――それにしても、どうして慧音先生は襲ってきたのか。
永遠の謎、ですね。
冬のある日。珍しく空は晴れ渡り、薄い青色が広がっています。
炬燵に潜り込んでいないと耐えられない程寒いわけでもなく、かといって着物の綿を抜くのは辛い。 そんな少々肌寒い日の出来事です。
「ふぅ……」
息を一つ吐きますと、かたんと筆を置きます。
今日もまた幻想卿縁起を編纂し、ようやく一段落ついたところでした。
さて、これからどうしようか。なんて考えながら、使用人が淹れてくれたお茶に口をつけます。
はぁ、ちょっと冷めてるなぁ。とか思っていますと、なにやらがやがやと玄関の辺りが騒がしくなってきました。
「はて……？」
誰かが大きく足音を響かせて駆け抜ける音。使用人達が、それを引き留めようとする声に続いて悲鳴やら怒声やら、ああ全く、本当に騒がしい。
一体何事が起きているのかと、私は立ち上がりますと、廊下と仕切られた襖を開けようと足を進めます。
誰かが駆け抜ける音は、廊下を此方側に駆け抜けてきて、「あら？」と小首を傾げるよりも早く、がたん！ と大きな音を立てて廊下側から襖が開けられます。
「阿求っ！」
はぁはぁと荒い息を吐きながら、そこに立っていたのは上白沢慧音先生でした。
「……えっと？」
何故どたどたと駆け抜けてきたのか。それほどまでに緊急の用件があるのか。それにしても必死な形相だ。っていうか目、血走ってね？ みたいなことを一瞬考えている間に、いつの間にか慧音先生が目の前に移動してきていました。あっきゅん吃驚。
「阿求、頼みがあるんだっ！」
やけに力強いです。ちょっと怖い。目、血走ってるし。ていうか、肩がっつり掴んで痛いんですけどっ？！
「な、なんですか、慧音先生……」
その勢いに押され、思わず少しどもってしまいます。
「阿求、私とちゅーしてくれっ！」
「…………はあ？」
突然騒いで訪れたかと思えば、何を言い出すんですかこの人。
私の今の顔、絵にしてみれば『(|||ﾟДﾟ)』って感じですよ。焦りまくりですよ。ていうか、本当に意味がわかりませんよ？
「ちゅーだちゅー！ ちゅーしてくれっ」
「意味わかりませんよってやめてやめて顔近づけないで近い近い近いっ！」
迫ってくる顔を、私の小さな掌で押さえますが、なにこのワーハクタク、それでも突き進んできますよちょやめろ真面目にっ！
「いやですよっ！ ていうかキモイキモイキモイ、掌に唇押しあて過ぎって莫迦っ！ 何舐めいやっ気持ち悪いっ！？」
「んんんんんー……ちゅー……」
「掌吸わないでっ？！ 舐めないでっ！？ でもこれ外したら襲われるっ？！！」
戦々恐々。ぬめぬめと舐めるなっ、いやだいやだこのくすぐったい感触がいやだ気持ち悪い悪いよっ！
「誰か助けてぇぇぇぇぇぇっ！」
誰かっ！ 誰か使用人誰でもいいから助けて私を助けてあっきゅん大ピンチっ！
「やめんかこのど阿呆っ！！」
どだどだと再び駆け抜けてくる音、続いてそんな怒声と共に、跳び蹴りをする雄々しき勇姿！
あぁっ、救世主はいました。神様ありがとうっ！
蹴り飛ばされた慧音先生は、あふんとちょっと気持ち悪い声を上げて畳の上に倒れました。
「はぁ……はぁ……かなり怖かった、ですよ……」
なんか顔を押さえていた掌がてかてか光ってるんですけど、これ唾液ですよね……。えんがちょ。
ちり紙を探して、見つからないので倒れてる慧音先生のスカートでふき取ります。ふきふき。
「助かりました。有り難うございます、妹紅さん」
そうやって掌を綺麗にしますと、私の救世主に頭を下げます。本当に有り難うございます。
「あぁいや、大丈夫だったか？」
気遣うように、そっと顔を覗き込んできました。不安そうな表情に、「大丈夫です」とぎこちなくも笑顔を返します。
一見、ぶっきらぼうに見えますが、これでなかなか人を気遣える優しい方なのです。
視線を畳でぴくぴくしている慧音先生に向けます。
「それで、一体何があったのでしょう？」
突然あんなことをするなんて、まぁ、しかねない人だとは思っていましたけれど、それにしても唐突過ぎます。
「解らない。朝から変な様子だったんだよね。今日は慧音のとこでお茶飲んでたんだけど、慧音と来たら、ぶつぶつ何か言っていたかと思うと、突然飛び出してこれだ。むしろ私の方が一体何なのか聞きたいくらいさ」
肩を竦めながら妹紅さん。
はて、何があったのでしょうか。気が荒ぶる満月はまだ遠い筈なんですけれど。
「で、迫られていたみたいだけど、一体何をされていたんだ？」
「ええ。その、ちゅーを」
「……ちゅー？」
「接吻です」
「いや、解るけどさ。……何で突然？」
「私が聞きたいです」
「そりゃそうだよね。全く、何を考えているんだか……」
二人、溜息を吐きます。
そうしてしばらくぴくぴく痙攣している慧音先生を眺めていますと、
「はっ！ あっきゅんらぶっ！」
叫びながら起きあがりました。
意味わかんねー、超こえー。
「阿求っ！ 阿求はっ！」
そしてきょろきょろと周囲を見渡していたかと思いますと、はたりと私を視認しました。
逃げ出したい、全力で。
けれど、蛇に睨まれた蛙といいますか、身動きをとることが出来ません。
こえぇぇよ。
「阿求っ！！」
「だからやめんかっ！」
飛びついてきた慧音先生。怯える私。寸前で蹴り飛ばす妹紅さん。
もうね、妹紅さんへの好感度上がりまくりです。
「な、何をするんだ妹紅っ」
頬を蹴り飛ばされたのか、頬をさすりながら慧音先生。
「そりゃ私の台詞だよ。一体何考えてるのさっ」
腰に手をあてて妹紅さん。私はといいますと、頼もしい妹紅さんの背に隠れます。
「何って、ちゅーだ。ちゅー。解らないか？ ちゅーだ」
「解らないっていうか、なんでちゅーしないといけないのかが解らない。ていうか、ちゅーとか恥ずかしい台詞を言わせるな阿呆っ」
「恥ずかしいなら言わなければいい。私は恥ずかしくない。だから言おう。ちゅーだ。ちゅー。私は阿求とちゅーがしたいっ！」
「したいって……嫌がってるだろうが。しかも突然で、一体何なんだよ本当に」
「この気持ちを伝えたいっ」
「ちゅーでか？」
「ちゅーでだ！」
はぁ？ って顔をしている妹紅さんと、メロンな胸を張る慧音先生。
……とりあえず、頭痛いんですけど？
「でも本人は嫌がってるだろ。そういうことは両者の同意が得れてからにしろ」
正論です。でも、妹紅さん。おそらくそんな正論このワーハクタクには伝わりません。
「気にしないっ！」
「してくださいっ！」
思わず声をあげてしまいます。
いやもうね、ほらね。なんて言う余裕もないですよ。
私・超・必死。
「ああぁあ、あっきゅんあっきゅんあっきゅんあっきゅん」
「壊れてるっ！ この妖怪壊れてますよっ！？」
「ふぅむ。これは、あれだ」
「何か良い案が？！」
「殴ったら直らないかな」
「無理かと！」
「でも、他にどうしようもないぞこれ」
「確かにショック療法というのが最善のような気もしてきましたけどっ」
「いっちょ行ってみよう。なあに大丈夫だ。慧音、頑丈だし」
「なら、行きますか。私、切実に身の危険感じますので」
「おう。任せとけ」
そういうことになりました。
頑丈なら何したっていいよね。って感じです。
人として間違ってる？ 大丈夫です。慧音先生は妖獣ですからね。
妹紅さんは拳を振り上げますと、そのまま殴りかかります。
「見切ったっ！」
「なにっ？！」
なんですか、このありがち展開。
見切ったと叫んだ慧音先生は、その言葉通り、妹紅さんの拳をかいくぐりますと、そのまましゃがんだ状態で妹紅さんの足を払います。
「なっ！」
「これで阿求は私のものだっ！」
なんですかその台詞。私は誰のものでもにゃいっ！
けれど足を払われた所為で、妹紅さんと慧音先生の立ち位置が入れ替わります。今や目の前に慧音先生っ！ いやぁぁっっ！
「甘いっ！」
私の救世主、妹紅さんが叫びます。倒れそうになっていた彼女は、片手を畳の上についたまま、空を向いてしまった足の指で、器用に慧音先生の襟を掴みました。
「ふがっ」
「はぁっ！」
そのまま襟を引っ張り、体勢の崩れたところで、畳についていた手で跳ね上がります。何この身体能力の高さ。私には絶対無理っ。
妹紅さんは跳ね上がりますと、もう片方の足で慧音先生の首を狙います。
「ぬぅっ」
慧音先生も負けていません。襟で首が絞まって顔を真っ赤にしつつも、襟を掴む足を逆に掴み返します。そしてそのまま腕力で振り回しました。
「なっ……」
勝ちを確信して油断していたのでしょうか。
その行為に唖然とした声を上げますと、ぶんっと振り回されそのまま足を掴んでいた手を離されました。
「っととと……」
それでも足から着地するところは流石です。気付けば、振り回された妹紅さんは再び私の目の前に移動しており、とととと、つんのめりつつも姿勢を正そうとします。
「せいっ！」
その背中を慧音先生が蹴りました。通称ヤ●ザキック。
「ぎゃうっ」
弓なりに背を歪ませて、そのままの勢いで私の方へと崩れ落ちてきます。
「あわわっ」
突然のことで動けない私。崩れてくる妹紅さん。受け止めるべきか避けるべきか、いや受け止めても私潰れますけどねっ！
「にゃうんっ！」
「ぐあっ」
がちんっとぶつかる私と妹紅さん。
「ふっ、勝った」
勝ち誇る慧音先生の声。
それよりも、です。
「って、うぉおぉぉぉぉぉぉおいっ！」
勝ち鬨ではありません。悲鳴です。勝った筈の慧音先生が悲鳴を上げました。
それもその筈。
「んっ」
「ぶはっ」
ぎゅっと衝撃に目を瞑った私。身体と唇に人の感触。
そうです。
倒れ込んできた妹紅さんは、お約束と言わんばかりに、私とちゅーしてしまっていたのです。
「わ、悪いっ！ 大丈夫か？」
慌てて離れる妹紅さんですが、顔真っ赤です。多分私も。
「は、はい。だ、大丈夫です……大丈夫、ですけど……」
そっと唇に手をあてます。
まだ、感触が残ってる……。
「はじめてでした……」
ぽつりと漏らします。はじめて、奪われちゃった。
「んなっ！ 悪いっすまんっごめんっ」
顔を真っ赤にしたまま謝る妹紅さんと、
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁああっ」
世界の終わりとばかりに悲鳴を上げる慧音先生。
「いえ、妹紅さんでしたら、私は……」
「そ、そうなのかっ？！」
「も、もももも妹紅っ！ おま、お前何をっ」
「はい。その……妹紅さん、格好いいですし救世主ですし」
「いや、でもだな。やっぱり最初は好きな人とのほうが良かっただろうに、ほんとすまないっ」
「そこっ、私を無視するなっ、ていうか私を差し置いてちゅーするなっ！」
「あ、謝らないでください。その、事故みたいなものですし」
「だけど、大事なことだからな」
「なんで二人はいい雰囲気作ってるんだっ？！ 私が勝ったのに何か負けたぞっ！？」
「ちょっと慧音先生は黙っていてくださいっ！」
「ちょっと慧音は黙っていろっ！」
「…………はい」
私達に叱られて、しょぼんと部屋の隅に座り込む慧音先生。のの字を書いているようですが、静かになったのでいいことです。
「とりあえず、だ。これは事故だし、その、なかったことにしといたほうが」
「む、歴史ならいくらでも弄るぞ。阿求のはじめては私が欲しかったからなっ！」
「慧音先生は喋るな。……その、妹紅さん。確かに事故でしたけれど、私、嫌じゃありませんでしたから、いいんですよ」
「いいって、阿求っ！ お前は間違えてるっ！ 女同士で不潔だっ」
「慧音が最初にしようとしていたことはなんだったんだっていうか喋るな。……じゃあ、その、私もはじめてだったし、おあいこってことでいいかな」
「妹紅もはじめてだったのかっ！？」
「「だから喋るなっ！」」
「………………すみません」
「えっと、はい。その、妹紅さんがそれでいいなら」
「私はいいっていうか、阿求がそれでいいなら」
じっと私達は見つめ合います。お互い顔は真っ赤です。恥ずかしいけれど、でも、なんだか温かい感じ。
「あああああ、あきゅんが穢されたよう。妹紅が汚れちゃったよう」
ぶつくさ慧音先生が言っていますが無視です無視。
「その、妹紅さん。よかったらこれからも家に遊びに来てくださいね」
「うん、その、阿求がいいなら」
「私は全然構いませんよ。むしろ大歓迎です」
「そっか。ん、解った。気が向いたら寄らせて貰うよ」
「はい」
なんだか、突然慧音先生に襲われたかと思うと、妹紅さんと良い雰囲気になって、
よくわからないけれど、
こんな一日があってもいいですよね。なんて。
照れ照れと顔を赤くしながら、私は思ったのです。
――それにしても、どうして慧音先生は襲ってきたのか。
永遠の謎、ですね。