幸せな悩み、といえばそうなのかもしれない。
今まで、さとり妖怪として他者の心を読み、憎悪と共に嫌われ続てきた今までの自身を思えば、これは―――
「さとり様、おはようございます」
本当に、
「お姉ちゃん、おはよー」
夢みたいに、
「うにゅ……おはよございます」
幸せな、
くすぐったいぐらいに少しだけ嬉しい、私だけの困り事。
「……おはよう」
そう小さく返したら、燐もこいしも空も、寝起きのふにょっとした可愛らしい顔のまま、笑ってくれた。
眠い……
まだ、体が眠り足りないと抵抗をする。その欲求に更に抵抗しようと首を小さく振り、軽く視線を泳がすと、皆が私を見守ってくれているのに気づく。
「……あ」
四人で寝るにも充分な大きなベッドの上で、最初に見るのが愛しい家族の笑顔だなんて、本当になんて贅沢だろう。
さあ、この幸せな気持ちのまま起きなくては……
眠気はまだ残っているけれど、もう平気。
もぞもぞと、燐の腕の中から名残惜しげに抜け出そうとする。
すると、燐が残念そうに「……にゃぅ」なんて鳴くから、ついつい、私はその少し尖った唇を、無理な体勢のまま首を曲げて、押付ける様にして奪ってしまった。
ふわっとした、柔らかくて弾力があって、うっとりとしてしまう燐の唇。
「……さ、さとり様」
「あ、ごめんなさい」
はっとして我に返る。燐は唇をおさえてみるみると顔を赤く染めていく。
「…………」
嫌だった? 不安になって、僅かに顔を俯かせる燐の顔を追いかけようと、覗き込む様にしてまた燐の腕の中へと潜り込んでいく。
「燐…?」
色違いの皆でお揃いのパジャマ。
燐の色は血を連想させるぐらい赤くて、それを燐は胸元が見えてしまいそうなくらいボタンを外している。
その赤の中に入ると、背中に回された腕が、ぎゅっと抱き寄せてくれて、鼻先が胸の谷間に入ってしまう。
チラリとそのままで視線を上げるてみると、燐の白い首筋が赤い髪で隠れていて、髪を解いた燐に何だか少し大人っぽい、不思議な色気を感じてしまう。
「にゅぅぅぅ……! さとり様ってば、もう、朝から反則すぎです……!」
ごろごろ。ごろごろ。
燐の喉が鳴る音が耳に届いて、そういえば、先程から燐の心は幸福で、怒りとは無縁だと気づく。
「……ふふ」
寝ぼけていると、これだからいけない。
燐のパジャマの裾を握って、心地よい胸に頬ずりしながら苦笑する。
そう。この怒りは燐ではなく、後方からの、つまり心を閉ざして読めないこいしではなく、この場にもう一匹いる、ペットの空だという事に気づかないなんて、本当にどうかしている。
「………………?」
あれ……?
ふと、小骨が喉に引っ掛かるかの様な、小さな、だけど無視できない違和感。
「……うん?」
燐の腕の中は本当に居心地が良すぎて、抜け出す気も起きずにそのままもぞもぞと、燐の腕を両手で挟む様にして方向転換。そうして振り返って、背中にむにゅう。とあたる燐の胸が気持ち良い。
「……空?」
どうしたの? 何を怒っているの?
そう言葉を続けようとした私の目に、すでに身を起こして此方を見ていた空とこいしを見つけて、自然見上げる形になる。
「う、にゅぅぅぅ……!」
「…………………………」
両手をグーにしてシーツを握り締めて、一杯の涙を瞳にこんもりと浮かべている空と、ひたすら影のある笑顔のまま、寒気すら感じる長い沈黙を守るこいし。
「……?」
ポーッと、少し考えて。私はうなじに頬ずりする燐が可愛いわねぇと考えながら、そういえばずっと、第三の目が声を拾っている事を思い出す。
(さとり様、可愛い、好き! 小さくて柔らかくて、あたいの腕を離さなくて、寝惚けてて、朝からキスも出来て、もう。もう! あたい、幸せすぎて気絶しそう……!)
(ずるい! お燐ばっかりずるい! さとり様ってば、お燐にばっかり優しい……! 皆で一緒に寝るって言ったのに、すぐにお燐にばかり抱きしめられてる……。わ、私だって、さとり様を抱きしめたい。甘えて貰いたい。キス、して欲しいのに……! お燐の馬鹿。ばかばかばかばか!)
「……?」
きゅっと、燐の暖かくて私より長い、そして少し大きな腕を抱きながら、私は今にも泣き出しそうな空と見つめあう。
燐はご機嫌で、幸せ。
空はご機嫌斜めで、不幸せ。
可愛いペットが、私の大事な空が、寂しがっている。
胸が、少し苦しい。
私は、本当にどうかしている。空が寂しがっているのに、こんなに気づくのが遅れるだなんて……
「……よいしょ」
燐の腕を握ったまま身を起こす。
燐が「にゃ?」と声を上げて、慌てて一緒に起き上がってくれるけど、少し遅い。私はそのまま、四つん這いになって、空の、黒い色のパジャマの胸元目掛けて抱きついた。
燐と同じくらい、柔らかい感触。
片手は燐を掴んでいるから、もう片手で空の背中のパジャマを掴んで、ぐりぐりと顔を押し付ける。
ぐりぐり。
「う、うにゅにゅにゅにゅー?!」
「お、お空?! 沸騰! 沸騰してるから気をしっかり持って!」
ぷしゅーという音が耳に聞こえるが、頬に当たるものがとても柔らかいので気にもならない。
ああ、空は燐がいつかに言っていた通りに、いつの間にかこんなにも大きなものを持っていたのね……
(さ、さとり様が、さとり様が私の胸ぐりぐりしてるー! って、ふえ? さ、さとり様?! 何を―――)
「……空にも、ん」
おはようの、キス。
欲しかったのよね……?
うん、喜んでいるようで良かったわ。
ドカンッ!! としてプシューッ!! として、最後にブスブス。
そんな不思議な異音を出す真っ赤な顔の空。
そのパジャマの襟首を掴むと、私はまた「よいしょ」と方向転換。
燐の手と空のパジャマ。手が足りないけど、大丈夫かしら?
ねえ、こいし。
「…………………………………………」
長い長い沈黙。私の大切な妹は、どうしたのか下唇を噛みながら俯いていた。
「……?」
こいしに似合う緑の、明るい色のパジャマ。
なのに、今のこいしは分からないけれど酷く儚くて、孤独を感じさせて、ドキリとする。
私は、だから急いで――――
「こいし!」
こいしの名を呼んで、はっとして顔を上げたこいしに、燐と空と一緒に飛びこんだ。
「お姉―――って、ちょむふみゃんッ?!」
ぼすんぼすんぼすん。ベッドが大きく弾む。
私が飛んだら、一緒に飛んでくれた燐と空にありがとう。
どうして、燐が青い顔で一生懸命「ごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさーい!」を心で何度も繰り返し、空が「い、いいのかなー? 平気かなー?」と不安そうに、大きな羽を震わせてそわそわしているのかは分からないけど、安心して、大丈夫よ。
「お、お姉ちゃん? 今のはちょっと痛かったよ……?」
こいしはとっても丈夫な子だから。
「……あのねお姉ちゃん。私がここで受け止めてなかったら、皆で仲良くベッドから落ちてたんだよ?」
「え?」
「いや、え? じゃなくてね。…………あーもう、お姉ちゃんは寝惚けると本当、しょうがないぐらい可愛いから反則だよ。今の首を傾げて上目遣いって、私なら殺されても許しちゃうよ?」
「? こいし、どうかしたの」
「……うん。どうかしちゃった、お姉ちゃんのせい、だよ?」
チュッ。
気づいたら、こいしの顔がぼやけるぐらいに目の前に。
そして、驚いて声を上げようとしたけど、唇が塞がれていてくぐもった音にしかならない。何だかとても、唇が温かくて、とろんとする。
「……ふふ、おはようお姉ちゃん。ねえ、お姉ちゃんからの『挨拶』も頂戴?」
にこりと、先程の『負』の表情を僅かにも感じない笑顔。
そのこいしの笑顔に、私はよく分からないのに、ふわふわと舞い上がりそうなぐらい幸せな気持ちになる。
そうだ、やはりこいしには笑っていて欲しい。
「ええ、おはよう、こいし」
だから、私はこいしが喜んでくれるならと、こいしがそっと瞳を閉じたのを合図に、ゆっくりと唇を触れさせた。
「寝惚けたさとり様、ご馳走様ですっ!」
「うにゅー、うにゅー、うにゅー」
「お姉ちゃんってば、本当に罪作りなんだからなぁ。お姉ちゃんの無意識は私を越えた!」
「……………………はい?」
朝。起きてきた私に対してのこの反応。
燐はぐっと感涙し、空は真っ赤な顔で声も出せずに両手と羽をぱたぱたとさせ、こいしは上機嫌に鼻歌混じりに笑っている。
「…………?」
分からない。そして眠い。
そして、やっぱりとてもとてもよく分からない。
紫色のパジャマの裾を裸足の足で踏んでしまいながら、私は静かに目を擦る。
朝は苦手。
起きるのが本当に難しいし、何より、この子たちが何を言っているのか分からないから。
でも。
「さとり様、だーい好きです♪」
「わ、私もです! あ、うにゅ、お、お燐よりずっとですよ?」
「ふふっ、お姉ちゃん、私がどれだけお姉ちゃんを大好きか、なんて聞かなくても分かるよね?」
「…………」
それでも。
燐も空もこいしも、目覚めのぼんやりとした瞳で見るのが勿体無いぐらいに、眩しい笑顔を浮かべてくれるから、何だか疑問がどうでもよくなってしまう。
そう、私には悩みがある。
だけど、私の今までの境遇を思えば、とても幸せで贅沢な悩み。
「…………私は、何をしたから、貴方たちにそんな笑顔を浮かべさせられるのかしら?」
とても知りたくて、だけど心を読んでも嬉しいとか、可愛いとか、情報が膨大すぎてよく分からない。
それは、小さな私の悩み。
貴方たちが何を喜んでいるのか分からないという、少し悔しい悩み事。
でも、分からないのに貴方たちは喜んでくれるから、それはそれでいいのかもしれない、なんて思ってしまう。
とりあえず、私は微かにでも笑おうと、頬に力を入れる。
これは大切な、朝の儀式。
「おはよう、皆」
一人だけでは使えない朝の魔法。
さあ、今日は何をしましょうか?
うわ俺マジきめぇとか思うぐらいに甘かったです
これはさとり様のハーレムの話だったのかwww
地霊殿の実地調査に行ってきます。
地霊殿の桃色さは異常。
さとりんかわいいよさとりん。
読んでよかった………あなたの作品、大好きです……!!!
さとり………抱きしめたい!!!!!
ごちそうさまですw
でもやっぱり己は空さとg(ry