冬の強奪物
それはある冬の夕刻のことだった。
八雲邸で藍が夕食の支度をしていると、突如として博麗霊夢が乗り込んできた。
「ここにいたのね……それにしても広すぎよ。探すのに手間取ったわ」
「……霊夢?」
常人には見つける事などできないこの屋敷に彼女がやって来たことも驚きだが、それはそこ、博麗の巫女たる力の所以だろう、それよりどうしてこんな鬼のごとき剣幕でいるのかがまず疑問に浮かんだ。
「どうしたっていうんだ?」
「どうしたもこうしたもないわよ!」
割烹着を着た藍に詰め寄ると、霊夢は怒りに震える瞳のままにまくし立てた。
「紫よ! あいつがまたうちのお茶をスキマで持ってったのよ!」
「紫様が?」
藍はきょとんと首をかしげる。
確かに紫は事あるごとにこの博麗の巫女にちょっかいを出しているが、それも暖かい時の話。
「紫様は今冬眠中なんだから、そんなこと出来るわけないだろう」
「だから冬眠とか言って起きてるのよ。それでうちの湯飲み持っていったのよ!」
「そんな馬鹿な……無くなったって、また別の原因じゃないのか? 妖精の悪戯とか」
妖怪共のうろつく博麗神社ではそういった悪戯をする者が絶えない。後でこっぴどくお灸を据えられるのだが、後先考えない輩はいくらでもいた。
「いいえ」
しかし霊夢は断固として首を横に振る。
「私は見たのよ。空間のスキマから紫が手を伸ばして湯飲みを持ってくのを」
「ええ?」
藍はぎょっとして目を見開いた。主人である八雲紫は確かに現在冬眠中であり、その間は一切起きてはいないはずだ。そんなスキマから物を取るなど、普段ならまだしも今は考えられないことである。
「とにかく、紫に直接会って文句言ってやるわ。あと湯飲み返せ」
「い、いや駄目だ。紫様の冬眠中は何が何でも絶対にその寝室に入ってはならないと言いつけられていているんだ」
「何よそれ。式のあんたも入っちゃいけないの?」
「そうだ。だから紫様の言いつけを破るわけにはいかない」
「だから、紫は冬眠中なんかじゃなくて起きてるって言ってるじゃないの。さっさと会わせなさいよ」
「しかし……」
「こっちは湯飲み取られるのよ! 取り返すのは当たり前でしょう!」
「むう……」
そう言われてはどうにもこちらの分が悪い。彼女の剣幕を考えると主が湯飲みを取ったことは嘘では無さそうだ。
とすると、主は今起きている事になる。ならば冬眠中に部屋に入ってはいけないという言いつけも無効だろう。
「……とにかく、私が話を聞いてみる」
「いいからさっさと案内しなさい」
仕方なく、藍は霊夢を引き連れて紫の部屋の前までやって来た。
「ここがそうね」
「そうだ……紫様! 紫様起きてらっしゃいますか!」
返事は無い。
「いいわ。元々直接会って文句言うつもりだったし」
「ま、待て! 紫様が冬眠中なら部屋に入っては……」
藍の制止も振り切り、霊夢は複雑な結界の施された襖を強引に開け放った。
そして言葉を失った。
「な……」
「え……?」
霊夢と藍が口をあんぐりと開けて見つめる先。
そこには、数々の可愛らしい少女グッズが所狭しと乱雑に置かれていた。
手に乗るサイズのクマのぬいぐるみ、キラキラの刺繍の施された小さなバッグ、若い娘が身に付けるようなピンクのリボン、ウサギのプリントされたリップクリーム、バッヂが無数に取り付けられたふで箱、何やら派手な衣装に身を包んだ女の子のフィギュア……ets。
溢れんばかりの可愛いグッズの数々がそこにはあった。これでは小さなメルヘンランドだ。
そして少女グッズで囲まれたその中心には、布団で横になる八雲紫がいる。
「…………」
この部屋から漂うあまりの少女臭にしばしたじろいでいた霊夢も、やがて我を取り戻したかのように歩き出した。
「ちょっと、紫!」
イルカのぬいぐるみを掻き分け近寄り、枕元に立ってほとんど怒鳴るように呼びかけると、しかし紫はむにゃむにゃと頬を緩めて眠りこけるだけだ。
「……寝てる?」
こんな赤裸々な光景を見られてタヌキ寝入りなどしていられるはずがない。
すなわち、紫は本当にまだ寝ている。
「れ、霊夢。部屋はともかく、紫様が就寝中なのに変わりはない。やっぱり湯飲みが取られたというのも見間違えだったんだ。ここは見なかったことにして外に出よう」
激しく頬を引きつらせてそう言った藍に対し、霊夢は紫の枕元を指差した。
「……?」
訝しげに藍が見やると、紫の頭のすぐ上には一つの湯飲みが置かれてあった。中は空である。
「うちの湯飲みよ」
「…………」
唖然とする藍を尻目に、霊夢は紫の隣に立ちはだかった。
「冬眠なんて言って……本当はちょくちょく起きてんじゃないの?」
そうして遠慮なく紫の布団を剥ぎ取る。
「ちょ、ちょっと霊夢!」
藍が慌てるが構うことはない。が、霊夢の乱暴に構うことなく紫は眠り続けていた。
白い寝巻きを着込み、布団が無くなったというのに起きる様子はない。
「まったく……」
霊夢は呆れたように腰に手をあて、次はどうしてやろうかと息巻いていると、それは起こった。
紫の隣にスキマができ、彼女はそこにすっと手を入れると、何やら可愛らしいウサギのぬいぐるみを取り出した。
スキマは消え、紫はそのままぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。頬ずりをし、実に穏やかな笑顔で何やら「うふふー」と寝言まで言っている。
そう、寝ているのだ、完璧に。起きているならば、例え幻想郷を平らにしてでもこんな姿を誰かに見せたりはしないだろう。
普段の彼女ではおよそ考えもつかないその異様な光景を見て、霊夢は一筋の冷や汗を浮かべた。
「…………これってもしかして、寝ぼけてこれだけのものを集めてたってこと?」
「う……」
二人は目元を引くつかせ、どっと疲れたように肩を落とした。
「無意識に自分の好きな物を取り寄せてるってわけね」
「そ……そんな、紫様がこんな……えーと……」
こんな……どう言ったらいいものかと藍は言いあぐねる。
知的で優美、幻想郷の賢者たる八雲紫に実はこんな少女趣味があったと判明し、少なからずショックを受けていた。
寝室に誰も入れるなというのも、寝ている間に勝手に取り寄せてしまう少女グッズを見られたくなかったからなのだろう。
そして乙女グッズだけではなく、食べ物や飲み物も無意識に取り寄せてしかも寝ながら食べているらしい。欲しいものならなんでも取り寄せ、その上しっかり使用しているようだ。
霊夢は叩き付けるように布団を紫にかぶせた。相変わらずぬいぐるみを愛でる紫に起きる様子は無い。
「と、とにかく、湯飲みは返してもらうし」
そう言って枕もとの湯飲みを霊夢は拾い上げた。
「飲んだ分のお茶についても責任とってもらうからね」
「う……わ、分かった」
何はともあれ悪いのはこちらだ。こちらというか妙な寝相のある主が悪い。
「……ここの物は紫様が起きたら元の場所に返すだろうし、既に食べてしまった物についても、まあ、紫様が責任を取るだろう。だからここは一つ、紫様の冬眠を妨害しないでほしいんだが……」
「まあいいけど。起きたらうちに来るよう言っといて。責任取ってもらうから」
「分かった。それから、この部屋で見たことについてはどうか内密に……」
「分かってるわよ。言いふらしたりしないわ」
「ありがとう」
納得できたのか、霊夢は紫の部屋からさっさと出ていった。
後には呆然としたままの藍が残される。周囲を見渡し、忘れろ忘れろと必死に自分に言い聞かせながら部屋を後にした。
その日、霊夢は境内の雪かきをしながらどこか上機嫌であった。
「あいつが起きたらどんなこと要求しようかしら。一ヶ月スキマ使い放題? あれ便利だから一度好きに使ってみたかったのよね。一年がいいかしら。ふふ、私があの部屋に入ったってこと知ったら泡を食うに違いないわ。あいつのそんな表情見たことないし、今から楽しみね」
お茶一杯取られただけで大きな見返りを要求する気満々である。
雪をスコップで掘りつつ、霊夢は悪戯っぽい笑みが込み上げてくるのであった。
少しして、今日も今日とて暇を持て余した霧雨魔理沙が博麗神社にやって来た。
境内に降り立ち、きょろきょろと辺りを見渡す。
「おーい、霊夢ー。中か? スコップ落ちてるけどどうしたんだ。雪かきの途中だろ?……おっかしいなあ、いくら物ぐさでも、あいつ掃除を途中で投げるなんてしたことないのに……おーい、霊夢?………………あっれえ? 中にもいないし、どこ行ったんだ。まったく………………神隠しか何かか?」
了
それはある冬の夕刻のことだった。
八雲邸で藍が夕食の支度をしていると、突如として博麗霊夢が乗り込んできた。
「ここにいたのね……それにしても広すぎよ。探すのに手間取ったわ」
「……霊夢?」
常人には見つける事などできないこの屋敷に彼女がやって来たことも驚きだが、それはそこ、博麗の巫女たる力の所以だろう、それよりどうしてこんな鬼のごとき剣幕でいるのかがまず疑問に浮かんだ。
「どうしたっていうんだ?」
「どうしたもこうしたもないわよ!」
割烹着を着た藍に詰め寄ると、霊夢は怒りに震える瞳のままにまくし立てた。
「紫よ! あいつがまたうちのお茶をスキマで持ってったのよ!」
「紫様が?」
藍はきょとんと首をかしげる。
確かに紫は事あるごとにこの博麗の巫女にちょっかいを出しているが、それも暖かい時の話。
「紫様は今冬眠中なんだから、そんなこと出来るわけないだろう」
「だから冬眠とか言って起きてるのよ。それでうちの湯飲み持っていったのよ!」
「そんな馬鹿な……無くなったって、また別の原因じゃないのか? 妖精の悪戯とか」
妖怪共のうろつく博麗神社ではそういった悪戯をする者が絶えない。後でこっぴどくお灸を据えられるのだが、後先考えない輩はいくらでもいた。
「いいえ」
しかし霊夢は断固として首を横に振る。
「私は見たのよ。空間のスキマから紫が手を伸ばして湯飲みを持ってくのを」
「ええ?」
藍はぎょっとして目を見開いた。主人である八雲紫は確かに現在冬眠中であり、その間は一切起きてはいないはずだ。そんなスキマから物を取るなど、普段ならまだしも今は考えられないことである。
「とにかく、紫に直接会って文句言ってやるわ。あと湯飲み返せ」
「い、いや駄目だ。紫様の冬眠中は何が何でも絶対にその寝室に入ってはならないと言いつけられていているんだ」
「何よそれ。式のあんたも入っちゃいけないの?」
「そうだ。だから紫様の言いつけを破るわけにはいかない」
「だから、紫は冬眠中なんかじゃなくて起きてるって言ってるじゃないの。さっさと会わせなさいよ」
「しかし……」
「こっちは湯飲み取られるのよ! 取り返すのは当たり前でしょう!」
「むう……」
そう言われてはどうにもこちらの分が悪い。彼女の剣幕を考えると主が湯飲みを取ったことは嘘では無さそうだ。
とすると、主は今起きている事になる。ならば冬眠中に部屋に入ってはいけないという言いつけも無効だろう。
「……とにかく、私が話を聞いてみる」
「いいからさっさと案内しなさい」
仕方なく、藍は霊夢を引き連れて紫の部屋の前までやって来た。
「ここがそうね」
「そうだ……紫様! 紫様起きてらっしゃいますか!」
返事は無い。
「いいわ。元々直接会って文句言うつもりだったし」
「ま、待て! 紫様が冬眠中なら部屋に入っては……」
藍の制止も振り切り、霊夢は複雑な結界の施された襖を強引に開け放った。
そして言葉を失った。
「な……」
「え……?」
霊夢と藍が口をあんぐりと開けて見つめる先。
そこには、数々の可愛らしい少女グッズが所狭しと乱雑に置かれていた。
手に乗るサイズのクマのぬいぐるみ、キラキラの刺繍の施された小さなバッグ、若い娘が身に付けるようなピンクのリボン、ウサギのプリントされたリップクリーム、バッヂが無数に取り付けられたふで箱、何やら派手な衣装に身を包んだ女の子のフィギュア……ets。
溢れんばかりの可愛いグッズの数々がそこにはあった。これでは小さなメルヘンランドだ。
そして少女グッズで囲まれたその中心には、布団で横になる八雲紫がいる。
「…………」
この部屋から漂うあまりの少女臭にしばしたじろいでいた霊夢も、やがて我を取り戻したかのように歩き出した。
「ちょっと、紫!」
イルカのぬいぐるみを掻き分け近寄り、枕元に立ってほとんど怒鳴るように呼びかけると、しかし紫はむにゃむにゃと頬を緩めて眠りこけるだけだ。
「……寝てる?」
こんな赤裸々な光景を見られてタヌキ寝入りなどしていられるはずがない。
すなわち、紫は本当にまだ寝ている。
「れ、霊夢。部屋はともかく、紫様が就寝中なのに変わりはない。やっぱり湯飲みが取られたというのも見間違えだったんだ。ここは見なかったことにして外に出よう」
激しく頬を引きつらせてそう言った藍に対し、霊夢は紫の枕元を指差した。
「……?」
訝しげに藍が見やると、紫の頭のすぐ上には一つの湯飲みが置かれてあった。中は空である。
「うちの湯飲みよ」
「…………」
唖然とする藍を尻目に、霊夢は紫の隣に立ちはだかった。
「冬眠なんて言って……本当はちょくちょく起きてんじゃないの?」
そうして遠慮なく紫の布団を剥ぎ取る。
「ちょ、ちょっと霊夢!」
藍が慌てるが構うことはない。が、霊夢の乱暴に構うことなく紫は眠り続けていた。
白い寝巻きを着込み、布団が無くなったというのに起きる様子はない。
「まったく……」
霊夢は呆れたように腰に手をあて、次はどうしてやろうかと息巻いていると、それは起こった。
紫の隣にスキマができ、彼女はそこにすっと手を入れると、何やら可愛らしいウサギのぬいぐるみを取り出した。
スキマは消え、紫はそのままぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。頬ずりをし、実に穏やかな笑顔で何やら「うふふー」と寝言まで言っている。
そう、寝ているのだ、完璧に。起きているならば、例え幻想郷を平らにしてでもこんな姿を誰かに見せたりはしないだろう。
普段の彼女ではおよそ考えもつかないその異様な光景を見て、霊夢は一筋の冷や汗を浮かべた。
「…………これってもしかして、寝ぼけてこれだけのものを集めてたってこと?」
「う……」
二人は目元を引くつかせ、どっと疲れたように肩を落とした。
「無意識に自分の好きな物を取り寄せてるってわけね」
「そ……そんな、紫様がこんな……えーと……」
こんな……どう言ったらいいものかと藍は言いあぐねる。
知的で優美、幻想郷の賢者たる八雲紫に実はこんな少女趣味があったと判明し、少なからずショックを受けていた。
寝室に誰も入れるなというのも、寝ている間に勝手に取り寄せてしまう少女グッズを見られたくなかったからなのだろう。
そして乙女グッズだけではなく、食べ物や飲み物も無意識に取り寄せてしかも寝ながら食べているらしい。欲しいものならなんでも取り寄せ、その上しっかり使用しているようだ。
霊夢は叩き付けるように布団を紫にかぶせた。相変わらずぬいぐるみを愛でる紫に起きる様子は無い。
「と、とにかく、湯飲みは返してもらうし」
そう言って枕もとの湯飲みを霊夢は拾い上げた。
「飲んだ分のお茶についても責任とってもらうからね」
「う……わ、分かった」
何はともあれ悪いのはこちらだ。こちらというか妙な寝相のある主が悪い。
「……ここの物は紫様が起きたら元の場所に返すだろうし、既に食べてしまった物についても、まあ、紫様が責任を取るだろう。だからここは一つ、紫様の冬眠を妨害しないでほしいんだが……」
「まあいいけど。起きたらうちに来るよう言っといて。責任取ってもらうから」
「分かった。それから、この部屋で見たことについてはどうか内密に……」
「分かってるわよ。言いふらしたりしないわ」
「ありがとう」
納得できたのか、霊夢は紫の部屋からさっさと出ていった。
後には呆然としたままの藍が残される。周囲を見渡し、忘れろ忘れろと必死に自分に言い聞かせながら部屋を後にした。
その日、霊夢は境内の雪かきをしながらどこか上機嫌であった。
「あいつが起きたらどんなこと要求しようかしら。一ヶ月スキマ使い放題? あれ便利だから一度好きに使ってみたかったのよね。一年がいいかしら。ふふ、私があの部屋に入ったってこと知ったら泡を食うに違いないわ。あいつのそんな表情見たことないし、今から楽しみね」
お茶一杯取られただけで大きな見返りを要求する気満々である。
雪をスコップで掘りつつ、霊夢は悪戯っぽい笑みが込み上げてくるのであった。
少しして、今日も今日とて暇を持て余した霧雨魔理沙が博麗神社にやって来た。
境内に降り立ち、きょろきょろと辺りを見渡す。
「おーい、霊夢ー。中か? スコップ落ちてるけどどうしたんだ。雪かきの途中だろ?……おっかしいなあ、いくら物ぐさでも、あいつ掃除を途中で投げるなんてしたことないのに……おーい、霊夢?………………あっれえ? 中にもいないし、どこ行ったんだ。まったく………………神隠しか何かか?」
了
いいオチです参考になるなる
食欲的な意味ならホラーですし
この場合、どちらなのか…
というか持ち物先に盗むとか思春期の男子生徒かw
ついに無意識拉致か。というよりこれこそが妖怪の本性なのか?
あれ?俺のお気に入りのくまの○ーさんが…
まあ、私は分の悪い方に賭けますけどねぇ
きれいにストンと終わりました。お見事です。
ストンと綺麗に落ちた!!
ものすごくいい作品でした。ごちそうさまです。
かわいいもの=霊夢
ですね。わかります。