朝起きてすぐメリーに、
「I couldn't sleep very well, but you slept well. Why?」
感心されてるのか呆れられてるのか、それとも皮肉なのか……。何か言われた。ジェスチャーまじえて。でもわからないものはわからない。こわい顔で何か言ってるけど、やっぱりわからない。
とりあえずごめん。
朝食は目玉焼きがひとつとトースターと牛乳。これがけっこうきつかった。本当は目玉焼きを二つ渡されるところだったけど、そこはノーセンキュー。
ふと、ラグビーボールになったわたしが頭を過ぎったのだ。
日本に帰ってから両親に、気まずい顔で「大きくなったねえ」と言われるわたし。
「せ、成長してうれしいわ。む、昔は小さい子だったから……」と両親に言われるわたし。
「あ、あれ、蓮子? 蓮……子……だよね?」と控えめに言われるわたし。
「ミス宇佐美、ユーアーメタボ!」と先生に言われるわたし。
……イヤだ。とくに最後がイヤだ。もしこれらが自殺の原因になっても誰もが納得だろう。かなしい顔をして、「そうだったのね……」と目をハンカチで隠す人々。ありそうだからこわい。
先生は確実にクビにできるだろうけど、自分の命はあげられない。
「あいつを殺して俺も死ぬ」
どっかで聞いたことのあるセリフだ。でもわたしにはそんな勇気はない。
イヤでイヤで仕方のない想像しているうちに時間が経って、もうすぐお昼といったころで。
「Let's go shopping !」
おじさんの大声が家に響いた。
その一言でみんなスイッチがついたかのように動き出した。いきなりのことでちょっと聞き取りにくかったけど、「ショッピング」だけは聞き取れたから、たぶん買い物だろう。
おばさんが着替え、メリーもまた着替える。
わたしは起きたときにすでに着替えていた(さいわい、無地の服を持ってきていた)から、何もすることはなかった。
全員で家を出て、あの青い車にのる。いっきに乗ったせいか車がぐらりと揺れた。わたしのせいじゃないと思いたい。
わたしはラグビーボールじゃない、ラグビーボールじゃないんだから……!
自己暗示はきっと、わたしを助けてくれる。
と言うか今のでわたし、半分認めたよね。
あいかわらず体だけ車の中にのこり、魂を振り落としそうなスピードで車は走る。早送りのテレビ番組みたいに景色が来ては去っていった。
カーブで天才的なドリフトを決めるおじさん、手をあげて『イヤッハアアア!』と叫ぶおばさんとメリー。「More, More」と叫んでいる。わたしは一人、「むりーむりー」とつぶやいていた。
もうついていけない。スピードにもテンションにも。
誰でもいいから助けてください。いっそ、警察官でも結構です。ポリース、カムヒアー。
ようやくスーパーに着いて止まるとき、車が横にゴロッと一回転がって、火花を散らせて起きあがったような気がするけど、たぶん気のせい。気のせいにしてほしい。
車についていた傷のナゾが解けたような気がするけど、永遠のナゾのままでいい。とにかくこの事実を認めたくない。
メリーに二回肩をたたかれて、はっと意識が戻った。目を開けたまま気絶していたらしい。
『――』
なにを言われたのかわからなかったけど、車の外にでたメリーに手招きされたから「降りろ」ということだと思う。
あ、はい今行く。
ふらふらとした足取りのまま、車からおりた。途中でこけそうになった。
日本とはすこしちがうアスファルトのにおいが、わたしの鼻をつんとついた。
そうか、ここは絶叫マシーン下り場じゃなくてアメリカだっけ。
おじさんは適当とも思える手つきで品物をえらんでいた。一回見てかごに入れる。一回見てかごに入れる。
おばさんはどこかへと出かけていった。メリーは商品をじろじろ見ている。わたし、立ち尽くしている。
アメリカのスーパーというのをなめていた。何もかもがでかい。そして日本では想像できない形や色をしている。
にんじん、キロ単位の袋詰め。
紙箱入りのシリアル、ブラウン管。
スポーツ飲料、マッドサイエンティストが作ってそうなえぐい色の薬品。
ソーセージ、大砲の弾。
レモン、これは日本と同じサイズ。あらかわいい。救いはあんたらフルーツだけだよ。
何だこの空間。
おじさんはそれらをすべてカートに詰めこみ、まだ買おうとする。日本人がみたらあ然とする光景だ。現にわたしがあ然としているからまちがいない。
そんなわたしに、うしろから声がかかる。『ちょっと手伝って』という意味だったのだと思う。
うしろを向くと、おばさんが新しく二つのカートを運んでいた。しかもさっきのよりもずっと大きい。牛一匹くらいなら運べそうだ。
誰か止めてあげて。
一袋が両手でないと持てないほどの重さになり、四人で必死に運んだ。もっともわたし以外は慣れているらしく、涼しい顔をしていたけども。
なんというか、ここに来てからカルチャーショックの連続だ。その中には大変なこともあるけど、いやではない。
アメリカにきてよかった。そう思うことができた。
でもやっぱり、車にはなれない。
無事に家についたものの、今度は二回転だった。やっぱり、気づけば気絶していた。
かえって一時間ほど休んでから、遅めのお昼食をとる。アイスだとかフルーツだとか、スイーツばかりだった。
やはりお腹にくるくらいの量だったけど、おいしかった。口の中が甘ったるくなったけど。
そのあとは、メリーとお話。日本の話をしてあげると、興味ぶかそうに目を輝かせていた。一応もってきた、話題づくりのための写真をとりだす。
わたしの家、学校、ほかにも首都の京都に行ったときにとった紅葉。
清水寺、金閣、銀閣――。
メリーはどれにも興味を持っている。ただ、じっとメリーを観察していると、特に昔に作られた建物――もう中世になるのだろうか、ちょっとわからない――に興味をもっているようだ。
何かいろいろ聞いてきたけど、けどそこまで英語は話せなかったので、適当にごまかした。
ところで、彼女の興味はさっきから歴史的建築物にばかり集中するようになっている。しかし、彼女の興味が突然あるものに移った。
それは、ただの鳥居の写真だ。
どこにでもありそうなくらい普通な、近くの神社をとった写真。ちなみに赤くてキレイな鳥居を強調するように撮影した。
メリーはこの写真をみたとたん「あ!」と言って指差し、何か英語で言っている。相変わらず何を言っているのかわからないけど、はしゃぎっぷりから、『見たことがある』と言ってるんじゃないかと勝手に思った。
「えーっと…… ハブ、ユー、エバー……、ビーン トゥ ジャパン ?(日本に来たことがあるの?)」
「No, but I know it !」
でも、わたしは知っている……? 見たことがあるというのかな?
というかそもそも、アメリカに鳥居なんてあったっけ?
そこまで考えて、自分が馬鹿みたいなことを考えているのに気づいた。
わたしはアメリカに来たのは今回が初めてだ。
だけど、自由の女神を知っている。ホワイトハウスを知っている。グランドキャニオンだってちゃんと頭の中で写真にできる。
そう、今はマスメディアがあるじゃないか。テレビとか写真とかで知っていてもふしぎじゃない。
仏教も多分そうだろうけど、神道は日本固有の立派な文化とも言えるはず。アメリカにだって信者はいるかわからないけど、研究者とか、あるいはマニアとかいるだろう。
よその国って言うのは、案外自分の国にいても見渡せるものなのだ。現代社会では。
ただ、すべてがホントかどうかはわからないけど。
こうして、わたしとメリー、何か会話をしてもおかしくない二人が別々のことを考えると言う、国際的にどうなのかと思える時間は終わった。
さっきまで興奮していたようにみえたメリーもすでに落ち着いていて、金閣の写真にみとれていた。
キレイだもんねそれ。すごいよそれ、でっかい戦争でも焼けなかったんだもん。放火で焼けたけどね。
夕食が終わって、ベッドの中に入る前までメリーはずっと金閣を眺めていた。しかしわたしは、メリーが金閣を見つつも鳥居をちらちら見ていることを知っていた。
金閣を見ることが見せ掛けで、彼女の本当の目的は鳥居にあるようにしか思えないのだ。気のせいだとは思うけど。
「I want to go」
ただ、今こんなことを考えてもおもしろくはない。ほら、メリーが何か言っている。言い返さないと。
「カム ヒアー!」
メリーが笑い出した。とっさのことだったので、何かまちがえたかもしれない。まあいいや。
「OK, I'll go to Japan in the near future !」
きっと来てくれるだろう。もしメリーが日本にホームスティすることがあったら、うちで引きとりたいな。
精一杯の歓迎をしてやろう。ついでに日本語しゃべりまくって困らせてやろう。
まだ決まったわけじゃないのに、わたしの中で黒い野望が生まれつつあった。
……それにしても。
「鳥居、ねえ……」
メリーは何か知っているのだろうか。彼女はマスメディアのおかげで鳥居を見たことがある。それでいいはずだ。
だけど、どこか引っかかることがあった。
けっきょくは、考えなくていいことを考えてしまうわたしだった。
◆ アメリカ旅行日記
アメリカという国は、何もかもが大きいようだ。スーパーなんて巨人の国のお店だとしか思えなかった。いい経験になったけど、あんなところで買い物はできないな、と思った。そして車も怖くなった。
そういえば京都の写真をメリーに見せたんだけど、かなり気に入っているようだ。帰るまえにプレゼントしよう。
<つづく>
「I couldn't sleep very well, but you slept well. Why?」
感心されてるのか呆れられてるのか、それとも皮肉なのか……。何か言われた。ジェスチャーまじえて。でもわからないものはわからない。こわい顔で何か言ってるけど、やっぱりわからない。
とりあえずごめん。
朝食は目玉焼きがひとつとトースターと牛乳。これがけっこうきつかった。本当は目玉焼きを二つ渡されるところだったけど、そこはノーセンキュー。
ふと、ラグビーボールになったわたしが頭を過ぎったのだ。
日本に帰ってから両親に、気まずい顔で「大きくなったねえ」と言われるわたし。
「せ、成長してうれしいわ。む、昔は小さい子だったから……」と両親に言われるわたし。
「あ、あれ、蓮子? 蓮……子……だよね?」と控えめに言われるわたし。
「ミス宇佐美、ユーアーメタボ!」と先生に言われるわたし。
……イヤだ。とくに最後がイヤだ。もしこれらが自殺の原因になっても誰もが納得だろう。かなしい顔をして、「そうだったのね……」と目をハンカチで隠す人々。ありそうだからこわい。
先生は確実にクビにできるだろうけど、自分の命はあげられない。
「あいつを殺して俺も死ぬ」
どっかで聞いたことのあるセリフだ。でもわたしにはそんな勇気はない。
イヤでイヤで仕方のない想像しているうちに時間が経って、もうすぐお昼といったころで。
「Let's go shopping !」
おじさんの大声が家に響いた。
その一言でみんなスイッチがついたかのように動き出した。いきなりのことでちょっと聞き取りにくかったけど、「ショッピング」だけは聞き取れたから、たぶん買い物だろう。
おばさんが着替え、メリーもまた着替える。
わたしは起きたときにすでに着替えていた(さいわい、無地の服を持ってきていた)から、何もすることはなかった。
全員で家を出て、あの青い車にのる。いっきに乗ったせいか車がぐらりと揺れた。わたしのせいじゃないと思いたい。
わたしはラグビーボールじゃない、ラグビーボールじゃないんだから……!
自己暗示はきっと、わたしを助けてくれる。
と言うか今のでわたし、半分認めたよね。
あいかわらず体だけ車の中にのこり、魂を振り落としそうなスピードで車は走る。早送りのテレビ番組みたいに景色が来ては去っていった。
カーブで天才的なドリフトを決めるおじさん、手をあげて『イヤッハアアア!』と叫ぶおばさんとメリー。「More, More」と叫んでいる。わたしは一人、「むりーむりー」とつぶやいていた。
もうついていけない。スピードにもテンションにも。
誰でもいいから助けてください。いっそ、警察官でも結構です。ポリース、カムヒアー。
ようやくスーパーに着いて止まるとき、車が横にゴロッと一回転がって、火花を散らせて起きあがったような気がするけど、たぶん気のせい。気のせいにしてほしい。
車についていた傷のナゾが解けたような気がするけど、永遠のナゾのままでいい。とにかくこの事実を認めたくない。
メリーに二回肩をたたかれて、はっと意識が戻った。目を開けたまま気絶していたらしい。
『――』
なにを言われたのかわからなかったけど、車の外にでたメリーに手招きされたから「降りろ」ということだと思う。
あ、はい今行く。
ふらふらとした足取りのまま、車からおりた。途中でこけそうになった。
日本とはすこしちがうアスファルトのにおいが、わたしの鼻をつんとついた。
そうか、ここは絶叫マシーン下り場じゃなくてアメリカだっけ。
おじさんは適当とも思える手つきで品物をえらんでいた。一回見てかごに入れる。一回見てかごに入れる。
おばさんはどこかへと出かけていった。メリーは商品をじろじろ見ている。わたし、立ち尽くしている。
アメリカのスーパーというのをなめていた。何もかもがでかい。そして日本では想像できない形や色をしている。
にんじん、キロ単位の袋詰め。
紙箱入りのシリアル、ブラウン管。
スポーツ飲料、マッドサイエンティストが作ってそうなえぐい色の薬品。
ソーセージ、大砲の弾。
レモン、これは日本と同じサイズ。あらかわいい。救いはあんたらフルーツだけだよ。
何だこの空間。
おじさんはそれらをすべてカートに詰めこみ、まだ買おうとする。日本人がみたらあ然とする光景だ。現にわたしがあ然としているからまちがいない。
そんなわたしに、うしろから声がかかる。『ちょっと手伝って』という意味だったのだと思う。
うしろを向くと、おばさんが新しく二つのカートを運んでいた。しかもさっきのよりもずっと大きい。牛一匹くらいなら運べそうだ。
誰か止めてあげて。
一袋が両手でないと持てないほどの重さになり、四人で必死に運んだ。もっともわたし以外は慣れているらしく、涼しい顔をしていたけども。
なんというか、ここに来てからカルチャーショックの連続だ。その中には大変なこともあるけど、いやではない。
アメリカにきてよかった。そう思うことができた。
でもやっぱり、車にはなれない。
無事に家についたものの、今度は二回転だった。やっぱり、気づけば気絶していた。
かえって一時間ほど休んでから、遅めのお昼食をとる。アイスだとかフルーツだとか、スイーツばかりだった。
やはりお腹にくるくらいの量だったけど、おいしかった。口の中が甘ったるくなったけど。
そのあとは、メリーとお話。日本の話をしてあげると、興味ぶかそうに目を輝かせていた。一応もってきた、話題づくりのための写真をとりだす。
わたしの家、学校、ほかにも首都の京都に行ったときにとった紅葉。
清水寺、金閣、銀閣――。
メリーはどれにも興味を持っている。ただ、じっとメリーを観察していると、特に昔に作られた建物――もう中世になるのだろうか、ちょっとわからない――に興味をもっているようだ。
何かいろいろ聞いてきたけど、けどそこまで英語は話せなかったので、適当にごまかした。
ところで、彼女の興味はさっきから歴史的建築物にばかり集中するようになっている。しかし、彼女の興味が突然あるものに移った。
それは、ただの鳥居の写真だ。
どこにでもありそうなくらい普通な、近くの神社をとった写真。ちなみに赤くてキレイな鳥居を強調するように撮影した。
メリーはこの写真をみたとたん「あ!」と言って指差し、何か英語で言っている。相変わらず何を言っているのかわからないけど、はしゃぎっぷりから、『見たことがある』と言ってるんじゃないかと勝手に思った。
「えーっと…… ハブ、ユー、エバー……、ビーン トゥ ジャパン ?(日本に来たことがあるの?)」
「No, but I know it !」
でも、わたしは知っている……? 見たことがあるというのかな?
というかそもそも、アメリカに鳥居なんてあったっけ?
そこまで考えて、自分が馬鹿みたいなことを考えているのに気づいた。
わたしはアメリカに来たのは今回が初めてだ。
だけど、自由の女神を知っている。ホワイトハウスを知っている。グランドキャニオンだってちゃんと頭の中で写真にできる。
そう、今はマスメディアがあるじゃないか。テレビとか写真とかで知っていてもふしぎじゃない。
仏教も多分そうだろうけど、神道は日本固有の立派な文化とも言えるはず。アメリカにだって信者はいるかわからないけど、研究者とか、あるいはマニアとかいるだろう。
よその国って言うのは、案外自分の国にいても見渡せるものなのだ。現代社会では。
ただ、すべてがホントかどうかはわからないけど。
こうして、わたしとメリー、何か会話をしてもおかしくない二人が別々のことを考えると言う、国際的にどうなのかと思える時間は終わった。
さっきまで興奮していたようにみえたメリーもすでに落ち着いていて、金閣の写真にみとれていた。
キレイだもんねそれ。すごいよそれ、でっかい戦争でも焼けなかったんだもん。放火で焼けたけどね。
夕食が終わって、ベッドの中に入る前までメリーはずっと金閣を眺めていた。しかしわたしは、メリーが金閣を見つつも鳥居をちらちら見ていることを知っていた。
金閣を見ることが見せ掛けで、彼女の本当の目的は鳥居にあるようにしか思えないのだ。気のせいだとは思うけど。
「I want to go」
ただ、今こんなことを考えてもおもしろくはない。ほら、メリーが何か言っている。言い返さないと。
「カム ヒアー!」
メリーが笑い出した。とっさのことだったので、何かまちがえたかもしれない。まあいいや。
「OK, I'll go to Japan in the near future !」
きっと来てくれるだろう。もしメリーが日本にホームスティすることがあったら、うちで引きとりたいな。
精一杯の歓迎をしてやろう。ついでに日本語しゃべりまくって困らせてやろう。
まだ決まったわけじゃないのに、わたしの中で黒い野望が生まれつつあった。
……それにしても。
「鳥居、ねえ……」
メリーは何か知っているのだろうか。彼女はマスメディアのおかげで鳥居を見たことがある。それでいいはずだ。
だけど、どこか引っかかることがあった。
けっきょくは、考えなくていいことを考えてしまうわたしだった。
◆ アメリカ旅行日記
アメリカという国は、何もかもが大きいようだ。スーパーなんて巨人の国のお店だとしか思えなかった。いい経験になったけど、あんなところで買い物はできないな、と思った。そして車も怖くなった。
そういえば京都の写真をメリーに見せたんだけど、かなり気に入っているようだ。帰るまえにプレゼントしよう。
<つづく>
次も楽しみにしています
続きが気になって来た。
しかし、英語を話すメリーに違和感を覚えてしまうんだぜ。
むしろ、あるべき姿であるはずなんだが…