Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

母は強し、とはよくいったもので

2009/05/18 15:05:25
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朝の八雲家。
柔らかな日差しが朝を告げる中、紫は布団でごろごろしていた。

目は醒めているのだが、どうにも起きる気がしない。眠いわけではないから、一度布団から出てしまえばすんなり起きられるのだろう。
まあ、そんなことができるなら今こうして布団にくるまっているはずがないわけだが。



ふと、紫は不思議に思った。
味噌汁の匂いがしない。いつもは藍が自分よりも早く起きてきてちょうどこのくらいの時間に合わせて味噌汁を作ってくれる。その匂いに釣られて主は寝惚け眼で台所へ向かう、というわけだ。
しかし、今日は匂いがしなかった。
忘れたのだろうか。…それはないか。
じゃあボイコットでもされたか。いや、それもない。今まで藍は反抗こそすれ強硬手段にでることはなかった。私を本当に困らせる事はしないのだ。あの子は本当に、ほんとうに優しい子だから。

まさか、藍に何かあったのだろうか。
そうだとしたら、こうしちゃいられない。
紫は布団から飛び起き、藍の寝室へ向かった。




「藍ー?どうかしたの?」
藍の部屋の前で、紫は声をかけた。しかし、そこにいるであろう藍からは何の反応もなかった。どうやら本当に何かあったらしい。
紫は慌てて襖を開けた。



藍はまだ布団の中にいた。
なんだ、ただの寝坊か。ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、彼女の荒い呼吸が紫の耳に入ってきた。
藍の顔を覗き込む紫。
顔は赤く、苦しそうにしている。そっと額に触れると、そこから熱が伝わってきた。
どうやら、藍は体調を崩してしまったらしい。


ああどうしよう。
こんな時は何をしたらいいんだっけ…そうだ、葱だ!葱をどうするんだったか…お尻に挿れるんだっけ?違う違う、それはここではできない。そうだ、首に巻くんだっけ?なんかそれも違う気がするし…ええい、こうしていても埒が明かない。まずは人手の確保だ。

ひとしきり混乱した紫は少し大きめのスキマを開いた。
「あいたっ!?」
すると、すぐさま幼い化け猫が落ちてきた。
「あいたた…あ、紫さま。もう、何か御用なら普通に呼んでくださいよ。」
橙は打ったお尻をさすりながら言った。
「橙、大変なの。藍が体調を崩してしまってね。貴女にも看病を手伝ってほしいのよ。」
「ええ、藍さまが!?わ、わかりました!私にできることならなんでもします!」
「じゃあ手拭を濡らして額にあててあげて。私は薬を調達するから。」
そういうと紫はスキマの中に姿を消した。


   *   *   *


ここは永遠亭。兎と蓬莱人の住まう、不思議な屋敷。
その一室で、永琳と鈴仙の二人は薬の調合を行っていた。

「師匠、こうですか?」
「少し比率が違うわね。惜しいんだけどねぇ…それが終わったら里に頼まれていた分配りにいってね」
「はーい…」
鈴仙は師匠に褒めてもらいたかったようだ。少し残念そうな顔をしている。
そこに、急に紫が現れた。
「うわっ!?な、なんですかあなたは!失礼ですよ!」
「あら、これは失礼したわね。なにぶん急ぎの用事なものでね。」
「急ぎ?こっちだって忙しいんだ!いくらあなたが大妖怪だろうと、特別扱いはしませんよ!」
どうやら鈴仙は紫に二人の時間を邪魔されたと思ったらしい。
先ほどの会話を盗み聞きしていた紫は、その様子を見て思わずニヤリとする。
「そうつっかかるもんじゃないわ、うどんげ。貴女はそれ届けちゃいなさい。」
「はーい…」
興奮する鈴仙をよそに、永琳は冷静に言った。
不満そうに部屋を出る鈴仙を見送って、永琳は紫の方に向き直した。

「それで、急患はどなたかしら?貴女の式の狐さん?」
「さすが察しがいいわね。そう、藍が風邪を引いたらしくてね。彼女にも効く薬もらえる?」
「あるにはあるわ。けどこれ、なかなか作れないから貴重なのよねぇ…」
永琳は意地の悪い笑みを浮かべる。それに負けないくらい嫌な笑顔を貼り付けて、紫は言った。
「どうしたら譲ってくれるかしら?」
「そうねぇ…あれが欲しいわ。なんて言ったかしら、あの大きな魚…そうそう、鮪!以前宴会で貴女が振舞った刺身とやらを姫が気に入ってね。あれをもう一度食べられたら本気出す、とか訳のわからない事言い出しちゃって大変なの。だからあれをもう一度いただけたら譲りましょう。」
なんだ、そんなものかと言わんばかりに紫はスキマを開いた。
次の瞬間、活きのいい鮪が落ちてきた。
「そう、これこれ!やっと姫にいうことを聞かせられるわ。じゃあこれ。飲んで一日安静にしていればよくなるからね。」
「ありがとう。では、またいずれ。」
紫は少し照れくさそうにスキマに姿を消した。

あの大妖怪が他人にお礼とは珍しい。
そういう部分も持ち合わせていたのか。
さしずめ今の紫は子のために奔走する母親というわけか。
しかしあちらの子は手がかからなくていいだろうな。
鮪を捌きながら、永琳は一人呟く。
「えーりん退屈だから何か…ってグロっ!?なによこれ!?」
「鮪ですよ。これを食べたら本気出すんでしょう?」
「え?あ…じ、じゃあね!」
「こら姫、逃げるんじゃありません!」

―こちらの子は、本当に手がかかって困る。


   *   *   *


紫が戻ってくると、橙は藍に抱きつきながら寝ていた。
頬にはうっすらと涙の跡が残っていた。

きっと自分の無力さが耐えられなかったのだろう。藍はこんなに苦しんでいるのに自分は手拭を代えてやることくらいしかできない。もしそんな状態でずっといたら、誰でも辛くなってしまうだろう。
橙に悪い事をしたな。まだ幼いこの子には酷な役目だったか。

紫は布団を一組敷き、そこに橙を寝かせた。
そして薬を飲ませるため、藍を起こした。
「藍、藍起きて。」
「う…ゆかりさま…?」
「薬よ。これを飲んで、ゆっくり休んでね。」
「すみません。私が体調管理をできないばっかりに…」
「私こそ、貴女に気づいてあげられなかったのがいけないの。今はゆっくり休みなさい。」
「はい…ありがとうございます、紫様。」
そういうと、藍は目を閉じた。
薬を飲ませて安心したのか、紫もその場で眠りに落ちた。









紫は夢を見ていた。
気づくと、自分は藍の部屋で添い寝をしていた。
隣には藍の姿。しかしその容姿は今のものではなく、式になったばかりの、未熟な幼い姿だった。

あの頃はよく体調を崩して、その度に私がつきっきりで看病したっけ。
あの子が目を覚ますと、いつもごめんなさい、ごめんなさいと謝るばかりで。
私が理由を聞くと、私に迷惑をかけたことが許せないらしい。
自分が辛いだろうに、私のことを気にして謝り続ける。
そんな健気さがかわいくて、私は彼女をそっと抱きしめてこう言う。

私は貴女が大好きだから、こうやって看病しているの。だから、謝る必要なんてないのよ?今はゆっくり休んで、元気な貴女の姿を早く見せてね。

そうすると、うれしそうに微笑んで、藍はまた眠りにつく。
いつもそんな感じだった。

そういえば今日もあの子は私に謝ったな。人の心は変わらないというが、どうやらそれは本当らしい。彼女はいつも誰かを気遣って、誰かのために頑張っている。
偶には、私を頼ってくれたっていいのに。昔みたいに、甘えてくれてもいいのに。








布団を出す音で紫は目が醒めた。
橙が起きたのだろうか。なんにせよ、こう寝ていても仕方ない。
紫は起き上がって、自分の目を疑った。

布団を出そうとしていたのが藍だったから。

「ちょ、ちょっと藍!?」
「あ、お目覚めですか。なら布団はいいですね。よいしょっと。」
どうやら紫が寝ている事に気づいて、布団を敷こうとしたらしい。
まったく、本当に自分の事を心配しようとしない子だ。
「それより貴女、体は大丈夫なの?」
「ええ、ずいぶん平気になりました。まだ少しふらふらしますが。」
「駄目!無理はしちゃ駄目よ!いいから貴女は寝てなさい!」
紫は思わず大声で言った。
しかし、その一言で藍は全てを理解したようだ。
紫様がどんなに自分を心配してくれているか。
紫様がどんなに温かい心で接してくれているか。

藍は大人しく布団に入った。
「じゃあ、今日は少しだけ、甘えさせてもらいますか。」
その言葉を聞いて、紫は満足そうに微笑んで言った。
「ふふ、そうしなさい。さて、私は夕飯の準備をするわね。貴女は橙と寝てなさい。いい?ちゃんと寝てるのよ?」
「ええ、わかりました。」


いつもは誰かの世話を焼いてばかりだが、誰かの世話になるのもまたいいものだ。
昔みたいで、温かい気持ちになれる。
ただ、橙の世話になるのはどうもなあ…

こう何度も寝起きしていては寝付けないらしく、藍はそんな事を考えるのだった。







それから半刻後、紫が夕飯を持って部屋に入ってきた。
その香りに、藍は昔に引き戻された気がした。

紫が作ってくれたお粥は、いつも体調を崩すと作ってくれた思い出の中のそれと全く同じだったから。


ああ、懐かしい。あの頃は本当に迷惑をかけてばかりだった。紫様の式として何一つ立派な仕事ができず、苦労ばかりかける私を紫様はいつも優しく支えてくれた。
いつも見守ってくれて、体調を崩せばつきっきりで看病してくれた。
今は紫様を支える立場になっているが、本当の事を言えば少し甘えたい気持ちはある。
でも、私はしっかりしなければならない。だって、私は紫様の式だから。あの大妖怪・八雲紫の式が人に甘えるわけにはいかない。
私は、そうやってずっと無理をしてきた。

でも、この香りで全てを思い出した。
紫様はいつも私を優しく見守ってくれた。
それは私に立派になってほしかったからではない。
私を愛してくれていたからだ。
だから、私がしなければいけないのは立派になる事ではない。
私の目標、それは紫様の愛に応えることだ。それが、私の本当の恩返しだから。





「どうしたの、ぼーっとしちゃって」
気がつくと、紫は藍の隣にいた。
「いえ、なんでもありませんよ。――紫様、本当にありがとうございます。私は本当に迷惑ばかりかけていました。でも、こんな私を紫様は愛してくださいました。そのおかげで、私は今立派な式になることができました。」
「どうしたの急に。珍しいわね、こんなこと言うなんて」
そう答えた紫の口元は緩んでいた。
やっと互いの気持ちが素直に伝わりそうなのだ。
喜びを抑えられないのも無理はない。
「私、これからも頑張ります!ですから、その…た、偶には甘えても」
「うわあ、おいしそうな匂い!」

びっくりして、藍は後ろを振り返った。
いつの間にか橙が目を覚ましていたらしい。
お粥の匂いに釣られたのか、目を輝かせてお粥を見つめている。
「橙も食べる?ちゃんと用意してあるわよ」
「はい、いただきます!」
「じゃあちょっと待っててね」
そう言って立ち上がった紫はほんの少し悲しそうな顔をしていた。

藍は困惑していた。
やはりきちんと伝えた方がよかったのだろうか。
でも、あんなことを橙の前で言うのは気が引ける。私と橙の関係は、紫様と私との関係と同じなのだから。


けれども、その心配は杞憂に終わる。
紫は藍の肩をポンと叩き、微笑んでみせた。
その笑顔で、藍は紫の気持ちを理解できた。

紫様が私達の関係を微笑ましく見守ってくれている事。
そして、本当はもっと甘えて欲しいと思っている事。

だから藍は強く決心した。
頑張って、もっと頼れる式になろう。
橙には寂しい思いも、心配もさせないようにしよう。
そして、偶には紫様に甘えてみよう。








いくら子供が成長しようと、親にとって子供はいつまでも子供だとよくいわれる。
藍にはいまいちこの感覚が理解できなかった。
一人前に成長すれば、ましてや自分も親になれば責任が生じる。子供はいつまでも守られる存在である子供ではいられない。だから、『いつまでも子供』という概念を把握できなかったのだ。

しかし、この日の経験から藍は少しだけこの気持ちを理解した。
たとえ子供が成長しても、その親との関係は切れる事はない。子供が一人前になっても、親にとってはいつまでも愛おしい子供のままだ。
藍が式を持てるほど成長しても、紫にとって藍は愛する娘のまま。

いつまでもいつまでも、藍の母親は紫なのだ。






その日は布団をくっつけ、三人で寝た。
川の字の真ん中で寝る藍は両脇から抱きつかれて大変だ。

やれやれ、これが病人に対する態度か。
夜中に起きてしまった藍は思わずそう呟く。
藍は二人の様子を見た。
二人とも看病で疲れたのか、ぐっすり眠っている。

紫様も橙も、本当にありがとう。私はほんとうに幸せ者です。
寝ている二人にそう告げて、藍は再び目を閉じた。
私事ですが先日風邪を引きました。その時、子供の頃は風邪引くとよく母親が看病してくれたなぁと思いまして。それが懐かしくて、気づいたら書いていました。
尚ゆかりんと藍さまの関係に焦点を当てていますので橙の絡みが弱いです。ごめんよ橙
でれすけ
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
ひゃっほう!
2.名前が無い程度の能力削除
>お尻に挿れるんだっけ?違う違う、それはここではできない。
一瞬期待してしまったじゃないか!!


ともあれ、短いようでよくまとまっていたと思います。
欲をいえば橙の看病シーンが見たかった。
3.名前が無い程度の能力削除
>それはここではできない
メタww
4.奇声を発する程度の能力削除
目から心の汗が・・・・
感動しました!!
5.名前が無い程度の能力削除
>それはここではできない
さぁ、早く夜伽で葱バージョンを書く作業に戻るんだ
6.でれすけ削除
>>1さん
ひゃっほう?ひゃっほう!

>>2さん
残念その期待には応えられない
やっぱりもう少し書き込んだほうがよかったですね。

>>3さん
か、書きたくて書いたんじゃないんだからねっ!ゆかりんが慌ててる感じを出すためで、しょうがなかったんだから…

意外とツンデレ口調で文字打つの難しいですねw

>>奇声を発する程度の能力さん
心の汗…まさかあなたはジャイアニズムを伝承するあの伝説の漢!?
ともあれ、感動していただけるなんて筆者冥利に尽きますね。ありがとうございます。

>>5さん
ヨトギ?ギシアン?ナンノコトカナー?
と、ふざけるのは大概にして、僕にはネチョは無理ですw
どうにも人に見せられるようなものにならないのですよ。特に声がw