食事の時、私が密かに机の下にいる美鈴にニンジンをあげていることが咲夜にバレておやつ抜きという拷問を食らってしまった。世も末だ。
「だから美鈴はやめとけって言ったのにー」
お姉様はもくもくと咲夜お手製のパウンドケーキを口に運びながらそう言う。何なんだその台詞は、聞き方によっては違う意味に取れなくもないと思うんだけど。
「ていうかお姉様、これ見よがしに私の前でおやつ食べるのやめてくれないかなあ」
「飢えている妹の、せめて視覚と嗅覚を潤してあげようっていう姉心じゃない」
「味覚を潤せ、味覚を」
この悪魔!と叫びたくなる衝動をぐっと抑える。お姉様は今までに見たこともないようなくらい美味しそうに、かつゆっくりとパウンドケーキを頬張っていた。まあ元々は私が悪いということは分かっている、今の私が何を言おうがいくら駄々をこねようが結局それは八つ当たりにすぎないのだろう。そんな格好の悪いことはしたくないから、私は黙ってベッドに頬杖をついた。
きっかけは、まあさっきも言ったように私が悪い。
ニンジンが嫌いな私はどうにかしてこれを食べなくて済むようにと色々画策して、その結果思い付いたのが「机の下に美鈴を忍ばせて犬に餌やるみたいにニンジンを放り投げればいいじゃん、勿論咲夜にバレないように作戦」なのだが当たり前のように咲夜はそんなことに騙されてはくれなかった。というか身長の高い美鈴がテーブルの下なんて狭いところに余裕を持って隠れられるはずもなく、食事中にごん、という鈍い音と「あだっ」という悲鳴が聞こえてきたのだ。今まで何かのネタだと思って美鈴の存在を完全にスルーしていた咲夜もさすがにこれには堪忍袋の緒が切れたらしい。
咲夜がキレた。
目が紅かった。
そんなわけでテーブル下の美鈴に殺人ドール叩き込んだ後、咲夜は怯えて震えている私に三日間おやつ抜きという実刑を突き付けてきた。あの時私が感じた恐怖はちょっと筆舌に尽くしがたい。ゆらりとこちらを振り返った咲夜の笑顔は目が全く笑っていないわ、美鈴の返り血を浴びて銀髪がちょっと赤くなってるわ。小説の中に出てきた「殺人鬼」という単語が脳をかすめたのはあながち間違いではなかったと思う。
というか、なんだか言っていて一番被害を受けたのは私じゃなくて美鈴のような気がしてきた。ちなみにその後美鈴は、「同罪」と称する咲夜によって血まみれの姿のままパチュリーの実験室に放り込まれてしまいましたとさ。南無。
「美鈴がパチェの部屋から出てきたらどうなってるでしょうねえ。幼児化?犬化?」
「前者だったら咲夜は喜びそうな気もする」
「まあね。でも、貴女は運が良い方だと思うわよ。私が前にグリンピース捨ててるのがバレた時には一週間紅茶に血抜きだったから」
「うわ。おにちくだ」
「咲夜は貴女に甘いもの」
その言葉は嬉しいのだが如何せん目の前でこれ見よがしにおやつを頬張っている相手に言われたくはない。私は溜め息をついて、せめてそちらから気を逸らそうとお姉様からふいと視線を背ける。
ああ、本当なら私も今頃咲夜の作ったおやつを食べていたさ。今日咲夜が焼いたこのパウンドケーキだってとても美味しいに違いない。今まで当たり前のように毎日食していた、ティラミスやタルトやスコーンが恋しい。私が今までどれほど幸せな環境にいたのかということが、今更になって分かった気がした。
異常な程甘い物が恋しくなって、私は仕方なしに自分の紅茶に角砂糖を九つ落とし、ミルクを溢れるくらいたっぷりと注いだ。美味しくも何ともない、ただ甘ったるいだけのその紅茶を、私はそれでも黙って啜る。お姉様がそんな私を見て笑う。
「そんな調子であと二日耐えられるの?」
「耐えるしかないじゃん……くそ、自分が恵まれてるからって良い気になるな阿呆姉」
「自業自得って言葉知ってる?」
「知ってる」
我ながらむすりとした口調でそう返事をして、私は半分程一気に飲み干した紅茶のカップを無造作にソーサーに戻す。とにかく甘ければいいやなんて考えて砂糖を入れすぎたせいで、せっかく咲夜が淹れてくれた紅茶の風味や味が台無しになってしまっていた。美鈴はよくこんなものを日常的に飲んでいられるなあなどとベッドに横たわりながら考えていると。
「ほら、おいでフランドール」
不意にお姉様の声が近くで聞こえたので、私は寝返りを打つようにして振り返る。先程までテーブルでケーキを食べていたお姉様が私の顔を覗き込むような位置にいた。何、とぶっきらぼう気味に呟くと、お姉様がフォークに刺さったケーキのかけらをこちらに向ける。
「からかってごめんごめん、はい、あーんして」
「……いいよ、別に」
それはお姉様の分だもの。しかしお姉様は私の返事などおかまいなしに、差し出したフォークを下ろそうとしない。人の話を聞け。
「妹が苦しんでる時に手を差し伸べるのは姉の仕事よ」
「いいよ。それに咲夜にバレたらお姉様だって怒られるでしょう?」
「バレないわよ、これくらい」
「壁に耳あり障子に目ありだわ」
「じゃあ、バレたら一緒に謝りましょうか」
お姉様はそう言って、開いている片方の手で私の髪にそっと触れる。やわやわと、私の金髪を絡めるようにそっと指で梳いた。紅い瞳を細めて、花のように笑っている。その笑顔がとても優しくてきれいで、私は思わず頷いてしまう。お姉様は一層に満足そうに微笑んだ。
「ほら。あーん」
「……ん」
ぱくり。
差し出されたケーキを口に入れると、先程の紅茶とは全く違う、上品な甘みが口の中に広がった。一日ぶりのおやつの味に、私は思わず涙を流しそうになる。これだ、これだよ。やっぱり咲夜のおやつは最高だ。
……しかし、何だろう。このどことなく見覚え(?)のある風味は。いや、味はもう文句の付けようがなしに美味しいはずなのだが、どこか、なにかが引っかかる。鼻につんと充満するこの風味、匂い。
……何だか、昨日の夕飯でも味わったような、この味は……。
「まあ、ニンジンのケーキなんだけどね。これ」
私は盛大にケーキを吹き出した。
やはり紅魔館はいい
でもおにちくが一番頭から離れんwww
おにちくのインパクトが一番大きかったwwwww
のんびりしつつも殺伐とした雰囲気、楽しまさせて頂きました。
フランちゃんも食べようよ、500年くらい生きてるんだから。
フランちゃんも食べようよ、500年くらい生きてるんだから。