その日の夜も、魔理沙はアリスの家に来ていた。
「いやあ、すっかり遅くなっちゃったぜ」
「あんたが夕飯までせびるからでしょ?毎日来られても迷惑よ」
「だってアリスの料理おいしいからさ。いっそのことここに住もうかな」
「な!?」
「はは、冗談だよ冗談。ん?どうした、顔赤いぞ?」
「う、うるさい!早く帰りなさいよ!」
「なんだよ、わけわかんない奴だな。ま、いいや。また明日な」
「まったく…」
これが最後の会話になるなど、この時の二人は想像もしなかっただろう。
実験中の事故だった。
アリスの家から帰ったその夜、魔理沙は帰り道で見つけたキノコの実験を始めたらしい。
その途中で起きた爆発で吹き飛ばされた魔理沙は頭を強く打ち、そのまま昏睡状態になってしまった。
次の日、心配に思って家を訪ねたアリスに発見され、魔理沙は永遠亭に運び込まれた。
様々な治療を試みたが効果は得られず、倒れてから三日後、霧雨魔理沙は亡くなった。
それから数日後、人間の里にある霧雨道具店で、魔理沙の葬儀が行われた。
葬儀には人間だけではなく、妖怪や魔女、神様に幽霊まで、様々な種族が参列していた。
「ねえ大ちゃん、しぬってどういうこと?」
「え、えっと…」
妖精は自然から生まれてくるもので、その元がなくなれば消滅こそするものの、所謂寿命に縛られる事はない。
だから、チルノには死という現象が理解できなかった。
なぜいなくなるのか。なぜみんな泣いているのか。
元々考えるのが苦手な彼女は、親友にその疑問を投げかけた。
大妖精も、その答えがわかったわけではない。
ただ、隣で哀しそうな顔をしている吸血鬼を見て、これだけはわかった。
誰かが死ぬというのは、辛い事だ。
「大ちゃんもわかんないかぁ…」
「えっと、あの」
「死ぬとは、いなくなることよ」
妹の隣で話を聞いていたレミリアが口を開いた。
俯いていたフランが顔を上げる。
「生命が死ぬということは、つまりはその存在が消滅すること。もう二度と、その人に会えなくなる。そういうことよ。」
「お姉さま…もう、まりさはいないの?」
「残念だけどね。でも、仕方のない事よ。命あるものは、いつか必ず“死ぬ”ものだから。」
姉の言葉を聞いて、フランは泣き出した。
我慢していたのだろう、声を上げて泣いている。
妹をそっと抱きしめて、レミリアは言った。
「泣きなさい、フラン。魔理沙を忘れないように、心に刻み込むの。涙が出なくなったとき、きっと魔理沙は貴女のここにいるから。」
二人の妖精はすでにそこにはいなかった。
皆がそれぞれの魔理沙との思い出を語る中、アリスは一人で参列席に座っていた。
あいつはあんなやつだった。変な奴だけど、いい奴だったな。
涙を流す者や、泣きすぎて声にならない者もいた。
パチュリーに至っては、気分を悪くして葬儀に参加できなくなるほどだった。
しかし、アリスは泣かなかった。
いや、泣けなかった。
彼女はまだ、魔理沙が死んだという事実を呑み込めていなかった。
あの日の別れ際、魔理沙はあんなに元気だった。
何も、魔理沙がまだ生きていると考えているわけではない。
ただ、魔理沙がもうこの世にいないということが信じられなかった。
「君は泣かないのかい?」
不意に、後ろから声をかけられた。
「霖之助さん。何故か涙が出なくて…変よね。魔理沙が死んだなんて信じられないの。あの時あんなに元気だったのに、もう魔理沙がいないなんて…」
「そうか。わかるよ、その気持ち。僕も魔理沙が死んだのが信じられなくてね。またいつか店にふらっとやってくるような気がして…そろそろ始まりそうだ。僕達も行こうか。」
「そうね、行きましょう。」
アリスは、自分が薄情な奴だと思っていた。
友人…いや、思い人が死んだというのに、涙も流さない。なんて冷たい奴だろう。
実際、二人の事をよく知らない者の中には、アリスを悪く言う者もいた。
だから、霖之助も涙が出なかったと知ってアリスは妙に安心した。
霖之助も、魔理沙の死が信じられないと言った。
きっと二人にとっての魔理沙の存在は、他の人のそれとは違ったのだろう。
魔理沙がいることが当たり前のようになっていたため、魔理沙がいない生活を考えられなかったのだ。
でも、魔理沙はもういない。
もう二度と、あの笑顔を見ることはできない。
それは、誰にも曲げられない事実だ。
* * *
葬儀が終わり、アリスは自宅へ帰ってきた。
どうにも気持ちが落ち着かなかったので、アリスは紅茶を淹れることにした。
葬儀の間、アリスはずっと泣かなかった。
魔理沙の死に、現実味がもてなかったから。
そういえば、最後に何を話したっけ。ああ、ここに住むとか言ったと思ったら、それは冗談だとか言って。
もっと色々な事を話したかった。
あれが最後だってわかっていたら、もっと話が出来たのに。
次第に、アリスの視界が霞んできた。
おかしいな。悲しいなんて思ってないのに…そうだ、紅茶。飲めばきっと落ち着くはずだ。
アリスは食器棚に手を伸ばした。
そして、魔理沙の思い出を見つけた。
二人で選んだ、お揃いのカップ。
いつも家に来ると、二人で紅茶を飲んだ。
話をしたり、一緒に料理したり。
あの日も、これで紅茶を飲んだっけ。
思い返すと、いつもそこに魔理沙がいた。
笑う魔理沙、怒る魔理沙、泣き出す魔理沙。
私のそばには、いつも貴女がいた。
だけど、貴女はもうここにはいない。
今、それがはっきりとわかった。
そうだ。もう魔理沙には会えない。
もうあの子は…
アリスは泣いた。
葬儀に参列した誰よりも激しく泣いた。
会いたい。
それは叶わぬ夢だとわかっている。
それでも、この気持ちはどうすることもできない。
一度でいい。もう一度だけ、魔理沙に会いたい。
いつの間にか、アリスは寝ていた。
泣き疲れて眠ってしまったらしく、目を腫らし、髪も乱れていた。
アリスは気分転換に窓を開けた。
初夏の夜風が部屋に入り込む。
その爽やかさに、アリスの心も少し晴れる。
そうだ。悲しんでいても仕方ない。
きっと魔理沙だって、そんなこと望んでいないはずだ。
私は前を向いて、私の道を歩こう。そうすればきっと――
――うん、やっぱりアリスは笑顔が一番だぜ。
気のせいだと思った。
だって、魔理沙は死んだのだ。この部屋にいるはずがない。
幻聴まで聞こえるなんて、まだ未練があるのだろうか。
そうだ、今日はもう寝よう。ちゃんと睡眠を摂ればこれもなくなる。
アリスは寝室に向かうため、窓を閉めてドアのほうを向いた。
そして、机に腰掛けた人影に気づいた。その人影はやけに見覚えのある姿で、ぼんやりと光っていた。
「無視しなくたっていいだろ?こっちだって時間ないんだぜ?」
魔理沙に似た人影は、アリスを見て言った。
「夢…これは夢よ。だって貴女はもう――」
「ああ、死んだぜ。びっくりしたよ、まさか頭打って死ぬなんて考えてなかったからさ。もうちょっと生きたかったけどなあ」
冗談混じりにそう言う仕草はまさに魔理沙のそれだった。
机に腰掛けるのも、魔理沙の癖だった。アリスが人形の手入れをしていると、机の端に腰掛けて、後ろからちょっかいを出すというのが常だった。
本当に魔理沙なのだろうか。でも、魔理沙は確かに死んだ。
葬儀で遺体も見たし、皆で送ったはずだ。なのにどうして…
言葉を探すアリスを見て、魔理沙が言った。
「実はな、閻魔様に頼んだんだよ。まだやり残したことがあるから、それを果たしてから裁いてくれってさ。そしたら散々説教した挙句なんて言ったと思う?早く行ってこい、だぜ?あの人はほんとよくわからないな」
「ちょ、ちょっと待って!つまり貴女は死んだけど閻魔様に猶予をもらって何かを果たしに来たってこと?」
「そう。さすがアリス、察しがいいな。早速本題なんだけど…ごめんなアリス、こんなことになって。」
「なんで貴女が謝るのよ。あれは事故なんだから、誰も悪くないでしょう?」
「そうだけど…アリスを独りにさせた。私がおばあちゃんになって寿命を全うして死ぬまで、それまでずっと一緒にいようって約束したのに。なのに私は…」
アリスは迷っていた。
ついさっき、自分は一人で生きていこうと決意したはずだ。
でも、魔理沙が現れて、彼女と話すと、自らの心に強い想いが湧き上がってくるのを感じた。
やはり諦められない。魔理沙と離れたくない。もう二度と会えないなんて――
アリスは自分の気持ちに正直になり、魔理沙に尋ねた。もっとも、彼女にとっての“正直”は『素直に想いを打ち明ける』という意味ではないのだが。
「それで、何をしに来たの?謝るだけなら…来てほしくなかったのに。だって、余計恋しくなるもの。」
魔理沙は黙ったままだった。
静寂が流れる。外では夜風に吹かれ、森の草木が泣いていた。
まるで二人の心を表すように。
決心がついたのか、俯いていた魔理沙は顔を上げた。
「―ちゃんと、お別れを言いたかった。あんまり急すぎたから、アリスに何も言えなかったのが心残りで仕方なかったんだ。」
魔理沙の姿を見つけたときから、アリスは泣くのを我慢していた。
泣いてしまったら、魔理沙が心配するだろうから。魔理沙はいつも私を気遣ってくれた。
だから、この時だけは心配させたくなかった。
でも、魔理沙が果たしたかったのが自分との別れだと聞いて、アリスは自分を止められなかった。
蒼い瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
こんなにも自分を思っていてくれたことがうれしくて。
でも、別れを告げなければいけないのが辛くて。
「まりさぁ…」
「泣かないでくれよ、アリス。私のせいで、アリスに辛い思いをさせたままにはしたくないんだ。アリスにはずっと笑っていてほしい。だって、笑顔のほうがずっと素敵だから。」
「…ばか。」
「ああ、知ってる。私は本当に駄目な奴だ。だから、最期の望みくらい聞いてくれてもいいだろ?」
まったく…貴女はいつもそう。
そんな困った笑顔を見せられたら、その想いに答えずにいられないわよ。
アリスは魔理沙を抱きしめた。
触れないのはわかっていた。それでも魔理沙を感じたかった。
しかし意外なことに、魔理沙を抱くことができた。
霊魂か何かなのだろうか。少し冷たい。
しかし、その中の暖かなものを、アリスは確かに感じていた。
私ね、貴女に言えなかったことがあるの。
なんだ?
貴女が大好き。本当に、ずっと一緒にいたかった。
…私もだよ。
でも大丈夫。私は大丈夫だから、安心して?
よかった。ふふ、やっぱり笑顔が一番だな。それじゃ、行くよ。
――さよなら、アリス。
魔理沙の人影が消えていく。
世界でたった一人の大切な人に、その想いを遺して。
アリスは笑顔で見送った。
涙は止まらなかったが、それでもその笑顔はとても素敵な輝きを湛えていた。
* * *
その日、アリスは人形の手入れをしていた。
朝起きて、紅茶を飲む。軽めの朝食を摂り、掃除などをする。
昼頃、気が向いたら人間の里へ行き、人形劇を披露する。夕方頃帰宅し、本を読み始める。
なんということはない、いつもの生活。
ただ、もうそこにあの少女はいない。
でも、アリスは泣くのをやめた。
いつも笑顔でいると、あの子と約束したから。
ある日、孫と人形劇を見ていた老人に話しかけられた。
「あんたの笑顔をみていると、あの元気な子を思い出すよ。なんて名前じゃったか、確か…」
「霧雨魔理沙――
――私の、大切な女性(ひと)です。」
「いやあ、すっかり遅くなっちゃったぜ」
「あんたが夕飯までせびるからでしょ?毎日来られても迷惑よ」
「だってアリスの料理おいしいからさ。いっそのことここに住もうかな」
「な!?」
「はは、冗談だよ冗談。ん?どうした、顔赤いぞ?」
「う、うるさい!早く帰りなさいよ!」
「なんだよ、わけわかんない奴だな。ま、いいや。また明日な」
「まったく…」
これが最後の会話になるなど、この時の二人は想像もしなかっただろう。
実験中の事故だった。
アリスの家から帰ったその夜、魔理沙は帰り道で見つけたキノコの実験を始めたらしい。
その途中で起きた爆発で吹き飛ばされた魔理沙は頭を強く打ち、そのまま昏睡状態になってしまった。
次の日、心配に思って家を訪ねたアリスに発見され、魔理沙は永遠亭に運び込まれた。
様々な治療を試みたが効果は得られず、倒れてから三日後、霧雨魔理沙は亡くなった。
それから数日後、人間の里にある霧雨道具店で、魔理沙の葬儀が行われた。
葬儀には人間だけではなく、妖怪や魔女、神様に幽霊まで、様々な種族が参列していた。
「ねえ大ちゃん、しぬってどういうこと?」
「え、えっと…」
妖精は自然から生まれてくるもので、その元がなくなれば消滅こそするものの、所謂寿命に縛られる事はない。
だから、チルノには死という現象が理解できなかった。
なぜいなくなるのか。なぜみんな泣いているのか。
元々考えるのが苦手な彼女は、親友にその疑問を投げかけた。
大妖精も、その答えがわかったわけではない。
ただ、隣で哀しそうな顔をしている吸血鬼を見て、これだけはわかった。
誰かが死ぬというのは、辛い事だ。
「大ちゃんもわかんないかぁ…」
「えっと、あの」
「死ぬとは、いなくなることよ」
妹の隣で話を聞いていたレミリアが口を開いた。
俯いていたフランが顔を上げる。
「生命が死ぬということは、つまりはその存在が消滅すること。もう二度と、その人に会えなくなる。そういうことよ。」
「お姉さま…もう、まりさはいないの?」
「残念だけどね。でも、仕方のない事よ。命あるものは、いつか必ず“死ぬ”ものだから。」
姉の言葉を聞いて、フランは泣き出した。
我慢していたのだろう、声を上げて泣いている。
妹をそっと抱きしめて、レミリアは言った。
「泣きなさい、フラン。魔理沙を忘れないように、心に刻み込むの。涙が出なくなったとき、きっと魔理沙は貴女のここにいるから。」
二人の妖精はすでにそこにはいなかった。
皆がそれぞれの魔理沙との思い出を語る中、アリスは一人で参列席に座っていた。
あいつはあんなやつだった。変な奴だけど、いい奴だったな。
涙を流す者や、泣きすぎて声にならない者もいた。
パチュリーに至っては、気分を悪くして葬儀に参加できなくなるほどだった。
しかし、アリスは泣かなかった。
いや、泣けなかった。
彼女はまだ、魔理沙が死んだという事実を呑み込めていなかった。
あの日の別れ際、魔理沙はあんなに元気だった。
何も、魔理沙がまだ生きていると考えているわけではない。
ただ、魔理沙がもうこの世にいないということが信じられなかった。
「君は泣かないのかい?」
不意に、後ろから声をかけられた。
「霖之助さん。何故か涙が出なくて…変よね。魔理沙が死んだなんて信じられないの。あの時あんなに元気だったのに、もう魔理沙がいないなんて…」
「そうか。わかるよ、その気持ち。僕も魔理沙が死んだのが信じられなくてね。またいつか店にふらっとやってくるような気がして…そろそろ始まりそうだ。僕達も行こうか。」
「そうね、行きましょう。」
アリスは、自分が薄情な奴だと思っていた。
友人…いや、思い人が死んだというのに、涙も流さない。なんて冷たい奴だろう。
実際、二人の事をよく知らない者の中には、アリスを悪く言う者もいた。
だから、霖之助も涙が出なかったと知ってアリスは妙に安心した。
霖之助も、魔理沙の死が信じられないと言った。
きっと二人にとっての魔理沙の存在は、他の人のそれとは違ったのだろう。
魔理沙がいることが当たり前のようになっていたため、魔理沙がいない生活を考えられなかったのだ。
でも、魔理沙はもういない。
もう二度と、あの笑顔を見ることはできない。
それは、誰にも曲げられない事実だ。
* * *
葬儀が終わり、アリスは自宅へ帰ってきた。
どうにも気持ちが落ち着かなかったので、アリスは紅茶を淹れることにした。
葬儀の間、アリスはずっと泣かなかった。
魔理沙の死に、現実味がもてなかったから。
そういえば、最後に何を話したっけ。ああ、ここに住むとか言ったと思ったら、それは冗談だとか言って。
もっと色々な事を話したかった。
あれが最後だってわかっていたら、もっと話が出来たのに。
次第に、アリスの視界が霞んできた。
おかしいな。悲しいなんて思ってないのに…そうだ、紅茶。飲めばきっと落ち着くはずだ。
アリスは食器棚に手を伸ばした。
そして、魔理沙の思い出を見つけた。
二人で選んだ、お揃いのカップ。
いつも家に来ると、二人で紅茶を飲んだ。
話をしたり、一緒に料理したり。
あの日も、これで紅茶を飲んだっけ。
思い返すと、いつもそこに魔理沙がいた。
笑う魔理沙、怒る魔理沙、泣き出す魔理沙。
私のそばには、いつも貴女がいた。
だけど、貴女はもうここにはいない。
今、それがはっきりとわかった。
そうだ。もう魔理沙には会えない。
もうあの子は…
アリスは泣いた。
葬儀に参列した誰よりも激しく泣いた。
会いたい。
それは叶わぬ夢だとわかっている。
それでも、この気持ちはどうすることもできない。
一度でいい。もう一度だけ、魔理沙に会いたい。
いつの間にか、アリスは寝ていた。
泣き疲れて眠ってしまったらしく、目を腫らし、髪も乱れていた。
アリスは気分転換に窓を開けた。
初夏の夜風が部屋に入り込む。
その爽やかさに、アリスの心も少し晴れる。
そうだ。悲しんでいても仕方ない。
きっと魔理沙だって、そんなこと望んでいないはずだ。
私は前を向いて、私の道を歩こう。そうすればきっと――
――うん、やっぱりアリスは笑顔が一番だぜ。
気のせいだと思った。
だって、魔理沙は死んだのだ。この部屋にいるはずがない。
幻聴まで聞こえるなんて、まだ未練があるのだろうか。
そうだ、今日はもう寝よう。ちゃんと睡眠を摂ればこれもなくなる。
アリスは寝室に向かうため、窓を閉めてドアのほうを向いた。
そして、机に腰掛けた人影に気づいた。その人影はやけに見覚えのある姿で、ぼんやりと光っていた。
「無視しなくたっていいだろ?こっちだって時間ないんだぜ?」
魔理沙に似た人影は、アリスを見て言った。
「夢…これは夢よ。だって貴女はもう――」
「ああ、死んだぜ。びっくりしたよ、まさか頭打って死ぬなんて考えてなかったからさ。もうちょっと生きたかったけどなあ」
冗談混じりにそう言う仕草はまさに魔理沙のそれだった。
机に腰掛けるのも、魔理沙の癖だった。アリスが人形の手入れをしていると、机の端に腰掛けて、後ろからちょっかいを出すというのが常だった。
本当に魔理沙なのだろうか。でも、魔理沙は確かに死んだ。
葬儀で遺体も見たし、皆で送ったはずだ。なのにどうして…
言葉を探すアリスを見て、魔理沙が言った。
「実はな、閻魔様に頼んだんだよ。まだやり残したことがあるから、それを果たしてから裁いてくれってさ。そしたら散々説教した挙句なんて言ったと思う?早く行ってこい、だぜ?あの人はほんとよくわからないな」
「ちょ、ちょっと待って!つまり貴女は死んだけど閻魔様に猶予をもらって何かを果たしに来たってこと?」
「そう。さすがアリス、察しがいいな。早速本題なんだけど…ごめんなアリス、こんなことになって。」
「なんで貴女が謝るのよ。あれは事故なんだから、誰も悪くないでしょう?」
「そうだけど…アリスを独りにさせた。私がおばあちゃんになって寿命を全うして死ぬまで、それまでずっと一緒にいようって約束したのに。なのに私は…」
アリスは迷っていた。
ついさっき、自分は一人で生きていこうと決意したはずだ。
でも、魔理沙が現れて、彼女と話すと、自らの心に強い想いが湧き上がってくるのを感じた。
やはり諦められない。魔理沙と離れたくない。もう二度と会えないなんて――
アリスは自分の気持ちに正直になり、魔理沙に尋ねた。もっとも、彼女にとっての“正直”は『素直に想いを打ち明ける』という意味ではないのだが。
「それで、何をしに来たの?謝るだけなら…来てほしくなかったのに。だって、余計恋しくなるもの。」
魔理沙は黙ったままだった。
静寂が流れる。外では夜風に吹かれ、森の草木が泣いていた。
まるで二人の心を表すように。
決心がついたのか、俯いていた魔理沙は顔を上げた。
「―ちゃんと、お別れを言いたかった。あんまり急すぎたから、アリスに何も言えなかったのが心残りで仕方なかったんだ。」
魔理沙の姿を見つけたときから、アリスは泣くのを我慢していた。
泣いてしまったら、魔理沙が心配するだろうから。魔理沙はいつも私を気遣ってくれた。
だから、この時だけは心配させたくなかった。
でも、魔理沙が果たしたかったのが自分との別れだと聞いて、アリスは自分を止められなかった。
蒼い瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
こんなにも自分を思っていてくれたことがうれしくて。
でも、別れを告げなければいけないのが辛くて。
「まりさぁ…」
「泣かないでくれよ、アリス。私のせいで、アリスに辛い思いをさせたままにはしたくないんだ。アリスにはずっと笑っていてほしい。だって、笑顔のほうがずっと素敵だから。」
「…ばか。」
「ああ、知ってる。私は本当に駄目な奴だ。だから、最期の望みくらい聞いてくれてもいいだろ?」
まったく…貴女はいつもそう。
そんな困った笑顔を見せられたら、その想いに答えずにいられないわよ。
アリスは魔理沙を抱きしめた。
触れないのはわかっていた。それでも魔理沙を感じたかった。
しかし意外なことに、魔理沙を抱くことができた。
霊魂か何かなのだろうか。少し冷たい。
しかし、その中の暖かなものを、アリスは確かに感じていた。
私ね、貴女に言えなかったことがあるの。
なんだ?
貴女が大好き。本当に、ずっと一緒にいたかった。
…私もだよ。
でも大丈夫。私は大丈夫だから、安心して?
よかった。ふふ、やっぱり笑顔が一番だな。それじゃ、行くよ。
――さよなら、アリス。
魔理沙の人影が消えていく。
世界でたった一人の大切な人に、その想いを遺して。
アリスは笑顔で見送った。
涙は止まらなかったが、それでもその笑顔はとても素敵な輝きを湛えていた。
* * *
その日、アリスは人形の手入れをしていた。
朝起きて、紅茶を飲む。軽めの朝食を摂り、掃除などをする。
昼頃、気が向いたら人間の里へ行き、人形劇を披露する。夕方頃帰宅し、本を読み始める。
なんということはない、いつもの生活。
ただ、もうそこにあの少女はいない。
でも、アリスは泣くのをやめた。
いつも笑顔でいると、あの子と約束したから。
ある日、孫と人形劇を見ていた老人に話しかけられた。
「あんたの笑顔をみていると、あの元気な子を思い出すよ。なんて名前じゃったか、確か…」
「霧雨魔理沙――
――私の、大切な女性(ひと)です。」
作者の趣向からして当然の扱いなんだろうけど
ただネタがありきたりとは言わないけど、特にひねりもないし…。
心に魔理沙を刻み込んで…