Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

花についての話

2009/05/12 23:48:23
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※百合臭漂ってます。ご注意を。







「咲夜は美鈴のどこが好きなのさ?」


 唐突な問い掛けに咲夜は少しだけ困ったように首を傾げて、どうしたんですか薮から棒に、と私に訊く。まあ、別に私も深い意味があって訊いたわけじゃないんだけど。
 咲夜が淹れてくれた紅茶を飲みながら私は今しがたの自分の発言について考えてみる。今日の紅茶はアッサムのミルクティーに多分一匙のA型の血。そろそろ温かい紅茶じゃ暑い時期だなあと、私は屋外に出るわけでも取り立てて季節を感じているわけでもないのに内心で呟いた。


「パーフェクトメイドこと十六夜咲夜さんが恋してる相手が、あんな甲斐性無しなのはどうしてなんだろうと思いまして」
「妹様がお嬢様を慕っていらっしゃるのと同じようなものだと思いますけれど」
「お姉様はお姉様だもの。性格に色々と難があるのはまあ否めないけど、私と血が繋がってる唯一のひとなんだから、無条件で愛しいわ」
「あら、私は振られてしまったわけですね」
「咲夜も好きだよ」


 私は緩く笑う。嘘じゃあない。優しくて家事炊事が完璧で手際が器用でどこか抜けているこのメイドのことが私はとても好きだったし、そもそもさっきみたいな割に無遠慮な質問を投げ掛けられる程度には、親しい相手だと思っている。咲夜は咲夜で私とは案外砕けた口調で話をしてくれるし、訊かれたくないことに私が触れてしまった時にだってひらりとそれをかわしてにこやかに笑うだけだ。咲夜は私よりも何百歳も年下なはずなのだが、そんなのが全く気にならないくらいに彼女の話は面白いし、何よりこんな私と対等に会話をしてくれる。
 ちなみに先程の物言いで私が美鈴のことを嫌いなんじゃないかと思う人もいるかもしれないが、全くそんなことはない。美鈴のことだって(あえてここでは言わずとも、パチュリーだって、もちろんお姉様は別格としても)咲夜と同じくらい好きだ。咲夜と性格は全く異なっているけれど。
 それでさっきの話なんだけど、と私は以下のことを指を折りながら数える。


「紅美鈴の改善されるべき点。その一、甲斐性が無い。その二、優柔不断。その三、背がでかいくせに弱い。その四、頭から口調から色々と年中緩んでる」
「その五で仕事中に居眠りする、も付け加えておいて下さい」
「よし。その六は明らかに茶葉への冒涜としか思えない紅茶の飲み方をする、で決まり」
「一度本人に言ってやろうと思っていたことを全部妹様に言われてしまいましたわ」
「咲夜にそんなん言われたら寝込むよ、美鈴は」


 私の言葉に咲夜も楽しそうな顔をして、くすくすと微かな笑い声を漏らす。しかし、その笑いを鎮める頃には咲夜の瞳に少しばかり、考えあぐねるような色が浮かんでいた。
 そりゃあ、そうだろうな。先程私がしたのは、咄嗟に答えの浮かんでくるような質問じゃないだろう。私だってお姉様がどうして好きなのかと訊かれた時に、質問してきた相手が望むような答え方を出来るかどうかは分からない。

 緩く癖がかかった薄い青の、柔らかな髪が好き。いつも服からする石鹸の匂いと、私を見つめる優しげな赤い瞳が好き。

 そんなふうにひとつひとつを説明したって、分からない人には永久に分からない。どうしてそんなところが好きなのって、怪訝な顔をするだけの相手もいるかもしれない。ふふん、でもそれでも構わないのだ。私はレミリア・スカーレットという存在を時々ほんのちょっぴりだけ疎ましく思ってもいるし、それ以上に姉として愛してもいる。
 だから、私には咲夜が何と答えるのかが分からなかった。多分私が見ている美鈴と、咲夜の見ている美鈴は違っているだろうから。
 自室のベッドにごろりと寝転がりながら紅茶を啜る行儀の悪い私をお咎めするでもなく(案外咲夜はこういうところは私に甘い。相手がお姉様だったら間違いなく怒られてる)、部屋の掃除に来たはずなのにいつの間にかティーセットを携えていたり私の部屋の本棚から小説を漁ったりしている、割に気軽な態度のメイドはしばし考え込んだ後、ぽつりと「……そうですねえ」という呟きを漏らした。


「特にこれといってはないんですが」
「ないんだ」
「ただ、花を見付けるのが上手いですね、美鈴は」


 花。

 咲夜の言っている意味がよく分からずに、私はぱちりと瞬きをするとカップを傾ける。とりあえず中身が無くなったので、空のカップを咲夜の方へと突き出した。


「おかわり。よし、続けてもらおう」
「はい、どうぞ。……いえ、ずっと昔のことなんですが、私がまだ幼少の頃、たまに美鈴に手を引かれて紅魔館の外へと出ることがあったんです。一応この周囲の地理を知っておかなければいけないだとか、何かあった時の為に人里の場所を知っておいた方が良いだとかで。実際にはただの散歩でしたけれど」


 咲夜はどちらかといえば普段はきびきびとした喋り方をする方だけれど、こういった話をする時の咲夜の口調は緩やかで、耳心地が良い。なんとなく、美鈴に似ているなあと思った。もしかしたら彼女の喋り方は、美鈴に影響を受けた部分もあるのかもしれないなと考える。普段は似ても似つかない二人だけれど。


「それで、私達が出掛けたその日は冬の終わりだったのですが、道にもまだ雪が残っていて随分と殺風景だったんです。この辺りは針葉樹林が多いですから葉は散ってはいなかったのですけれど。……それで、無感量に道を歩いていたときに、美鈴が急に足を止めて道端にしゃがみ込んだんです。冷たいのに雪に手をついて、身を乗り出すようにして道の端を凝視しているものですから、私が疑問に思って近寄ると、嬉しそうに笑いながら私の方を振り返って言いました」


 ねえ、咲夜さん。


「花が咲いてますよって。多分小さな薄青の花だったと思いますが、その花の名前もその時に教えて貰いましたね。今ではすっかり忘れてしまいましたけど」
「何か話を聞いてる限りじゃ美鈴がただの不審人物のような気がするんですけど」
「今思い返せば確かにそうですね」


 咲夜は苦笑しているが、光景を頭にありありと描くことが出来たのもどうなんだろうなあと私は少し呆れてみる。美鈴だからそんな光景が自然になるんだ。道端で花を見付けて喜んでいるパチュリーやお姉様なんて想像出来ない、というかちょっと薄気味悪い。
 みんなも想像してみればいいんだ。道端にしゃがみこんで小さな花を見つめながら微笑んでるお姉様。ほら、似合わないなんてもんじゃない。
 けれど、そんな私のばかげた考えを勿論咲夜が知るはずもなく、彼女は淡々と言葉を紡ぐ。


「でも、その時にすごいなって思ったんです。普通に歩いていれば絶対に気付かないような雪の影に隠れた場所に咲いていたのに、ふとそんなものを目に留めることの出来る美鈴が。多分、そう簡単に出来ることじゃないんだろうなって」
「だから好きになったの?」
「そればっかりとは言い切れません。でも、美鈴のそういう所が多分私は好きなんだと思います」


 本人が目の前にいたら赤面するような台詞をさらりと口にして、咲夜は笑った。完全でも瀟洒でもパーフェクトメイドでもない十六夜咲夜の笑顔が今までのそれよりもいっとう綺麗だったものだから、話を聞いている私の方は黙って温かな紅茶を飲むしかなかった。

 けれどもなんとなく、咲夜の言いたいことは分かる気もした。私の中においての美鈴と、咲夜の中においての美鈴の多分全く違う。私がお姉様を好きなのと、咲夜がお姉様を好きなのが同一ではないということと同じで。だからこそ咲夜は、道端に咲いている花を見付けることの出来る美鈴を好きになったし、私はそんな場面はこれっぽっちも似合わずとも、優しく私の髪を梳いてくれるお姉様を愛しく思っている。
 そんなところなのだろうか。

 ……参ったな、話を振ったのは私だけどここまで盛大にのろけられるとは思ってもみませんでしたよ咲夜さん。
 いや、しかし。


「咲夜、楽しそうだね」


 私の言葉に咲夜は一瞬、きょとんとした顔をする。しかしやがて悪戯っぽい笑みをその顔に浮かべて、「そりゃあもう」と歌うような口調で言った。まるで大切な秘密を他人に打ち明けようとする少女のように、伸ばした人差し指を自分の唇へと当てる。


「命短し恋せよ乙女というやつです。楽しまなくてどうしましょう」
「なんで自分で乙女とか言っちゃうかなあこの人は」
「今の話は、美鈴には内緒にして下さいね」
「分かってるよ。さすがの私もそこまで野暮じゃあないですー」


 私は半分ほど残っている紅茶のカップを咲夜に手渡し、ごろんと寝返りを打った。咲夜はまだ、楽しくて仕方がないというような笑顔を浮かべたまま私の為のティーセットの片付けを始めている。そんな咲夜の顔を寝転がったままちらりと横目で見遣って、ふと、改めてこの十六夜咲夜という人間が、私よりもずっと幼い少女であったということを思い出せた気がした。
紅き唇の褪せぬ間に。

フランちゃんと咲夜さんの会話は年頃の少女同士の会話だと信じています。二人ともまだ少女なのかはひとまず置いておくとして。

5/26 追記、コメント返信

>>1様
ありがとうございます。

>>2様
温かくなーれと念じながら書いていたのでそう言って頂けて嬉しいです。

>>3様
ごめんなさい私はまだまだ未熟でした

>>4様
ありがとうございます。

>>5様
ほっこりって単語が可愛い。ありがとうございます。

>>7様
なん…だと…。ありがとうございます

>>8様
ぜひ好きになってしまって下さい

>>9様
この二人の会話の可愛さは紅魔館一だと信じています
柚季
http://yuzuhana01.web.fc2.com/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
雰囲気が凄くいい……
2.名前が無い程度の能力削除
温かい話や…お腹一杯になったぜ
3.名前が無い程度の能力削除
幼女モードのお嬢様が花を見つけてはしゃいでる光景が当たり前のように浮かんできた俺はどうすればいいですか
4.名前が無い程度の能力削除
なんとなく表現が綺麗
面白かったです
5.名前が無い程度の能力削除
良いよ、良いよ~
6.名前が無い程度の能力削除
心がほっこりするな
7.名前が無い程度の能力削除
なんだろう…中学か高校の国語の教科書に載ってそうな感じがした
8.名前が無い程度の能力削除
この組み合わせがすごい好きになってしまうじゃないですか。
9.名前が無い程度の能力削除
いい……凄くいい……
フランと咲夜さんの会話いいなぁ
10.名前が無い程度の能力削除
すごく柔らかな雰囲気が漂ってきました