「うん?」
彼岸。無縁塚。
霊魂さえこなければ船頭の仕事はないも同然。つまりは今日の仕事はなく、正当な理由で小町はサボっていた。サボるといっても本分を忘れているわけではなく、周りが忙しくなってきたら彼女も仕事をするつもりはあるので無縁塚から出ることはあまりない。もっとも、彼女が仕事をしたとて戦力となっているかははなはだ疑問ではあるが。
その休息を利用して彼岸周辺を練り歩いていた小町が一つの霊魂を見つけた。
こいつぁ丁度いい。話し相手がいなくて困っていたところだと、小町は霊魂に歩み寄る。
「そんなところに引っかかってちゃあの世にはいけないよ。どうした」
どうした口では言うが、相手の話を聞く気はあまりない。
見れば、その霊魂はかなり古いもののようだった。大抵はきちんと見つけ出されて処理されるのだが、運がいいのか悪いのかここに残されたままらしい。せっかく見つけたのだしこのまま船に乗せて送ろうかと小町は考え始めた。
「ま、あの世に行っても四季様がねぇ・・・・・・それにあんたは路銀をもってなさそうだし、行く途中で沈む可能性が高いが。どうだい?格安運賃にしておくからあたいの船に乗っていきなよ」
それで仕事をしつつサボれると小町は内心喜ぶ。あまりサボると四季様に怒られる、それは怖い。
しかし、霊魂は動く気配がない。
「どうした?」
『アイタイ』
「あ、痛い。じゃあがんばれ」
『・・・・・・』
「冗談だって。・・・・で?なんか未練残してるわけと」
この霊魂は相当に古い。それが小町の見立てだった。
死んで間もない霊魂ならもう少しまともに話せる。しかし小町との会話に難渋するほどでは相当だろうが、そのくせ妖怪化することもなくここまで流れてきたらしい。
難儀なことだ。小町の腕にかかれば消滅させることなく対岸へ運ぶことも可能だろうが、こうも未練を残している霊魂では四季様から白の判決はもらいにくい。つまり地獄送りなわけだが、わざわざ地獄に送りがほぼ確定している霊魂を運んでも後味が悪い。
そう、あまりに未練の量も半端ないのでいまさらどうすることもできそうにはないのだが。
「暇つぶしのはずが・・・・で、誰に会いたいんだい。女かい?名前は?出身生没年身体の特徴趣味特技、洗いざらい吐きな」
霊魂にそこまでの記憶があるとは思えないが、とりあえず小町は聞いてみる。案の定ほとんどの記憶は欠落しているようで、その後の小町の質問にもいくつかを除き霊魂はほとんど答えられなかった。己が思念だけでここまで残っていたのだ。
「それだけじゃどうすることもできないね。どう見たって軽く500年以上昔の霊魂みたいだし、会いたいと思っているそいつもとっくに死んでるさ。というわけで彼岸を渡れば会える、会えなくても輪廻転生すればまた機会はある。というわけでさ、こっちに来なよ」
小町は手招きするが霊魂は動かない。この展開はまぁ承知の上。
こんな霊魂を連れて行っても四季様は困るだろう。川の途中で沈むかもわからないし、そんなことになったら気分が悪いし。ならばこの霊魂の満足するようにちょっと働こう。
というまっとうなサボり理由及び外出理由を得た小町は霊魂にこう告げた。
「できるかはかなり厳しいけどさ、やってみるからあんたはここで待ってな。あぁ、あたい以外の船頭に見つかったら無理にでも彼岸渡らされるから、それが嫌ならこの辺で隠れてるんだね。もちろん渡りたくなったんならあたいを待たずに行っていいよ」
その言葉を霊魂は理解できたのかどうか。
いいさ、これも暇潰しだと自分を納得させると小町は鎌を担いで無縁塚を後にした。
霊魂はその場から動くことなく、小町の背中を見つめる。
※
始めの出会いは最悪だった。
なんていうと安いラヴコメに見えるかもしれないがそうではない。無縁塚の死神が鎌なんて持っていったら必然そうなる。
「ひ!死神!?」
「あ~、間違っちゃいないんだけど」
守矢神社。
8割のサボりと2割の使命感しか持っていないが、あたいは何やってるんだろうと小町は嘆息する。
思えば元々ボランティアであるし、別に霊魂のことなど丸無視して遊び飛び回っていていい話なのだ。何百何千の霊魂を運ぶ船頭がただ一つの霊魂にここまでしてやる必要性は皆無。そうだ、霊夢のところにでも遊びに行こう。
そんなことをつらつら考えている間にも相手は必死の形相でまくし立ててくる。
「まだ信仰も集まり始めたところだと言うのに、こんなところでは死ねません。さぁ死神、来るなら来なさい。返り討ちにしてやりますから!」
「うん、とりあえず落ち着いて欲しい。別に魂の取立てにきたわけじゃないし、あたいの仕事じゃないし」
「騙されませんよ!」
「だから落ち着けと」
早苗の脳天に拳骨一発を打ち下ろす。
「あうぅ」
「あたいは三途の川の一級案内人、小野塚の小町。彼岸で三途のタイタニックったあ、あたいの船の事さ」
「ぜひとも乗りたくありませんね。沈むじゃないですか」
「おぉう、霊夢が突っ込まなかったところに突っ込んでくれた」
「それで」
お払い棒を下げる早苗。敵意がないことは理解してくれたらしい。巷では常識がないだのプライドをかなぐり捨てた女だの言われていたのでどんな人物か気になっていたが、ごく普通の人間にしか見えない。あの噂はなんだったのだろうか。
「船頭さんが何用でしょう?」
「人探しをね。といっても多分死んでるんだが」
小町はその名を早苗に伝えるが、やはりと言うべきか早苗は小首をかしげる。
「いかにも古い名前ですね。外の世界で歴史学もやりましたが、そのような名前は聞いたことがありません」
「だろうねぇ」
むしろ一般人でない確率のほうが明らかに低い。
わかってたことだ。あの霊魂には悪いが、諦めて四季様の元に送ろう。
「神奈子様と諏訪子様にも尋ねてみましょうか?」
「神様がたかが人間の、それも何百年も前の人間の名前なんて覚えているのかい?少なくともあたいは今まで運んだ霊の名前ですら覚えてない。それに、そこまで重要な話でもないのさ。だから別に聞かなくていいよ」
「あなたにとって重要だったからこそ、尋ねてきたのではないんですか?」
真っ直ぐに見つめてくる早苗。
「サボりついでだよ。むしろサボり口実」
鎌を担ぎ直す。霊魂から得た情報から、幻想郷の者ではないことは予測がついていた。そして唯一無二とはいえ、知っていそうなところを当たってみたのだ。こちらとしても後悔はない。
「せっかく来たんですから、お茶、ご一緒しませんか?」
「お、いいの?」
立ち去ろうとする小町を見て、早苗は両の手を合わせてひきとめる。
服装、役職及びこのオプション武器で敬遠されがちな小町にとっては意外でもあり、うれしい申し出。向こうがいいというのなら遠慮なくお邪魔させてもらおう。
「えぇどうぞ」
「うむ、それでは早苗の魂を刈るときはあたいが直々に出てあげよう。船頭だけど」
「知らない方に取られるよりはいいかもしれませんね」
「そこは否定するところだって・・・・」
しかし結論から言おう。
はめられた。
※
「やぁやぁ我こそは三途の川の一級案内人、小野塚の小町。者ども出あえ、出あえ~」
「後半は迎え撃つ側が言うセリフよ」
相手の冷静な突っ込み。小町としてもそんな気はしたが、ここはノリである。
標的、早速発見。
「現れたな下郎、お命頂戴いたす!」
「だから前半は」
「わかってるって。まぁそういうわけで」
相手が警戒する。死神を見て警戒しない奴は同業か、はたまた死と無縁になった奴のどちらかしかいない。
「とうとうお迎えってわけね。でもお断りさせていただくわ、死神を倒したら延命できるのかしら?」
「まぁ慌てなさんな。冥土の土産によい者を見せたいからね、まずは無縁塚までご同行願うよ」
「行かなかったら?」
「あんたは生涯そのままさ」
口端を吊り上げ、小町は彼女に背を向ける。
「・・・・・・いいでしょう」
小町の意図はわからないにしても気にはなったようだ。小町の後に続き、彼女も歩き始めた。
無縁塚につくと、私をここまで連れてきた死神は、
「こっちも用意があるからそこで待っててくれ。ていうか四季様がこっちに来たらどうしよう・・・」
といってどこかへ行ってしまった。
冥土の土産とやらを持ってくるつもりなのだろうか。何にせよここで待つより他はないようだった。
無縁塚というのはこうも寂しいところだったのか。河までいけば渡し守や霊魂がひしめいているのかもしれないが、そこから外れたこの場にはときたま霊魂がやってくる以外には何もない場所だった。きっと、これらの魂が向かう先に河がある。
渡ってしまおうか。
心のどこかでそう考える自分がいる。河に身を沈めることなど何の苦にもならない。渡し守になんかに頼らずとも歩いていけばその先には閻魔がいて、きっと裁いてくれるに違いない。よしんば沈んだとして、それが何だというのだろう。
無意識の中の意識。
彼女は歩き出す。
自分が生まれた場所に。河に吸い寄せられ。河に身を沈めに。
ふと、服が何かに引っ張られる感覚。枝にでも服を引っ掛けたのかと彼女が後ろを振り向いた。
「早苗から名前を聞いて思い当たる節があったんだ。どこかで聞いたことがあると思ったら」
「人間の女が妖怪化したっていうのはよくあるけど、私たちからすればちょっとしたニュースだからね。そして蓋を開けてみればなるほど、橋姫その人だった」
「それでも、さとりさんと文通をしていなければパルスィさんにはたどり着きませんでしたが。ね?物事は聞いてみるものですよ小町さん」
パルスィとは直接の面識がない早苗と小町。あの霊魂が2柱からの情報で『橋姫の夫』のものであるとわかったとてここまでたどり着きはしなかったろう。早苗がさとりとの文通で『橋姫=パルスィ』であることを聞き及んでいたからこそ、二人を会わせることができた。
「パルスィと言うのはペルシア人と言ってなかったっけ?人違いの可能性もあるんじゃないか」
「人違いならそれで構いません」
「まぁね。しかし本当に橋姫が見つかるとは驚きだよ。
しかしだ早苗。彼女関連の話を聞く限りだとあの霊魂がまさにそれだった場合、怒りのあまり霊魂を消し飛ばすか、うれしさのあまり彼女も一緒に三途の川を渡ってしまうかどちらかになると思うんだあたいは」
パルスィがどのような人生を歩んできたのかは彼女にしかわからない。神奈子も諏訪子も『人間の女が恨み嫉妬を胸に妖怪化した』と言う話までしか聞き及んでおらず、それ以上のことは二人も知らないのだ。だから夫が彼女を捨てたのかもしれないし、帰るに帰れない状況だったとも、彼女の勘違いだった可能性すらある。
しかしいずれにせよ、パルスィからすれば夫が帰ってこなかったと言う事実しか残らない。ならば彼女が、その夫に会ったのならどういう行動を取るのか。
嫉妬心に身も心も沈めてしまっているなら、パルスィは夫を憎んで殺すだろう。
夫の存在を糧にこれまで生きてきたのなら、パルスィは河を渡るだろう。
しかし幻想郷で新しい何かを見つけたのなら、パルスィは元の縦穴へと戻るだろう。
「いずれにせよ、パルスィの思うとおりに行動するわけだから彼女からすればすべてグッドエンドなわけか。でもま」
「少なくとも私たちは邪魔者ですね」
間違いなくそうだろう。
あの霊魂がさして路銀を持っていなかったのは女を捨てたことによる罪か、帰るに帰れず女を悲しませたことによる罪によるのか。それはあの霊魂と、閻魔である四季様にしかわからないこと。
できれば後者であって欲しいと小町は願う。なれば、「生前の行い」ではないにしろ罪は許されるはずだから。
「あの霊魂は運ばないといけないだろうから、あたいはここで待ってるさ。さとり妖怪との文通の話なんかも気になるしお茶は改めてご馳走になるよ」
結局お茶を一口として飲むことなく地霊殿に向かった小町であった。
「お待ちしています。小町さんもやりますか?」
「文通かい?あたいは直接会って話をするほうがすきなんだ。でも、考えておくよ」
「あら、さとり様」
地霊殿へ向かう方向。その無縁塚の入口で静かにたたずむさとりを見てパルスィは驚き少しだけ緑眼を見開いた。
同時に、一番最初に見たかった顔を見ることができてパルスィは安堵する。
「番人の仕事をサボってもらっては困りますよ、パルスィ」
「それは悪かったわ」
ジト目のさとりにひらひらと手を振るパルスィ。
ここにさとり様がいるということは今回の件は彼女にも伝わっていたはず。
もし私が川を渡り、そのまま帰ってこなかったとしてもずっとここで待つつもりだったのだろうか。
「余計なことは考えなくていいです」
やはり心が読まれていた、妬ましい。
と、さとりがポケットからハンカチを取り出しそのまま突き出してきた。ちょっとだけ乱暴気味に。
「女を泣かせるなんて、なってないですね」
「・・・・・・まったくよ」
受け取り、涙の跡を拭かせてもらう。
「でも私も悪い。わたしもいつの間にか彼と言う存在を忘れてしまっていた、おあいこね」
「嫉妬の妖怪ゆえに、ですか」
それでも過去の記憶は残っていた。
竜神に見初められ、妻を捨てた夫。夫の帰りを待ち続け、鬼と化した妻。
しかし二人は互いを想い続ける。
「見送りは?」
「済ませたわ」
「そうですか」
そんな淡白なやり取りののち、さとりはきびすを返し歩き始める。
「橋姫は不要です。さぁ帰りましょう、パルスィ」
「妬ましいわね」
「・・・・何がですか?」
「決まり文句よ。あぁ妬ましい、妬ましい」
緑眼を閉じ、涼やかな顔でパルスィは口ずさむ。そんな彼女の心の中は――――――――
「まだ、読めませんね」
それにはもう少しばかり、時間が必要なようだった。
でも急ぐ必要はない。これからじっくり時間をかければいいこと。
「待っていてくれて、ありがとう」
ポツリと声が聞こえる。
今この瞬間、パルスィの心の声は聞こえなかった。だからさとりは振り返らない。彼女がどんな顔をしているのかはわかるから。
いつかは自分の手で彼女の心を開きたい。それまでは、あの優しそうな顔を見るのは我慢することにする。
「・・・・私を待たせた罰です。文通は続けてもらいますよ」
「喜んで」
水橋パルスィは、地底への入口を守る。
「ようこそ地底へ。さて、あなたは今幸せかしら?」
今日も彼女はそこにいる。
ところで幻想郷内から外を表すのに「現代」って表記はおかしくないですかね?
指摘ありがとうございます。訂正してみましたが、どうでしょうか??