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ぽかぽかと暖かい日差しが眠気を誘う今日この頃
紅魔館の門番美鈴は、うつらうつらしながら今日も門番を務めていた
「んー・・・ふふ、咲夜さん、もう食べられませんよ・・・・・・」
メイド長達との会食を夢に見ているのか、穏やかな笑みを浮かべてまどろむ美鈴
その様子を見ていた門番隊の一人は、思わずはっと息を呑むと
厳かに合掌を済ませ、艶っぽい吐息で美鈴の肩に手をかけた
「貴樣! よくも其のやうな狼藉を!」
「ふ、副長殿!」
その様子を門番隊副長は見逃す筈も無く
問答無用とばかりに繰り出された手刀を、肘鉄で打ち返す隊員
「私とて・・・私とて、隊長へ愛情を示し度いのです!」
「ならぬ! 門番隊總意、拔け驅けは許さん!」
スペルカード無用の、命を賭した戦闘が目の前で始まろうとしている中
美鈴はやはり笑みを浮かべつつ、寝ていた
「母の日ですか?」
「ええ」
日も高いお昼時
さてお昼ご飯だと弁当を開けようとした頃、館の主から呼び出しがかかり
弁当を包みなおして館の中へと向かった美鈴
ちなみに朝ほどに起きた戦闘は、寝ぼけた美鈴が二人に抱きつきうやむやになった
「まぁ、お前は一応紅魔館でも古顔だし、折角そういう記念日があるならかこつけて祝ってやろうと思ってね」
「はぁ」
台詞だけ聞けば使用人思いの主であるのだが
話しつつ羽をせわしなく動かし、頬を染めながら目線が泳いでいれば愛らしいことこの上ない
「で、こちらから何か用意するのも華が無いし、今回は美鈴が望む事を一つ叶えてやろうと思って呼んだわけよ」
「望む事?」
「ええ。大抵の事はなんでも聞いてあげる」
レミリアは肘かけに肘をつくと、にやりと笑って
「なんなら、紅魔館の一日当主でも考えてあげるわ」
すると、咲夜が一歩前に出て
「丸一日特別休暇を出してもいいのよ?」
それならばと、フランがひょっこりでてきて
「美鈴の嫌いなもの、なんでも一個壊してあげるよ?」
「私を使用人扱いしても、一日ぐらいなら許すわよ」
「旅行にでも行きたいんだったら、すぐに連れてってあげるわ」
「ほしい物なんでも取ってきてあげる」
「なんだったら一日私を眷属にしてても」
「一日だけなら私の時間をあなたに」
「お腹空いたなら、足までだったら食べても」
「蔑んだ目で」
「一晩夜伽を」
「全部食べて」
「世界の半分」
消えるハイライト、僕達は見守った。
徐々に瞳の光を消しつつ迫る三人にも気づかず、腕を組んで悩む美鈴
しばし首を傾けて考え込んだ後、にっこり笑って
「やっぱり、何もいりません」
「へ?」
ぽかんと口をあけ固まる三人
そ、そんな・・・折角この機会にいちゃつけると思ってたのに!
「私は、皆が元気で過ごしていてくれるのが一番ですから」
「うわーん!」
あまりの母親っぷりに、感極まって泣きつく三人
今日も、紅魔館は平和であった
それではなんだから、ということで
とりあえず即席で考えた方法で労わろうと決めた三人
レミリアは考えあぐねた結果、夜食に一品、簡単な料理を披露することにした
「とは言え・・・・・・」
ふむ、と顎に手を沿え悩むレミリア
生まれてこの方、真面目に料理をしたことなど両の指で収まるほどしかしたことがない
折角だから、咲夜に倣ってなにか中華ものを考えているのだが・・・
各々で労うと決めたのだから、咲夜の手伝いは借りたくない
「・・・・・・よしっ!」
悩んでいても仕方が無い
とにかく取り掛かろうと、メニューはなんとなく見た目が簡単そうな餃子に決定
腕をまくって手を洗うと、早速材料を切ろうと包丁を手に持った
甘かった
和三盆程なんてもんじゃなかった
たかが餃子とたかをくくりすぎていた
なによ・・・なんなのよあれ・・・っ!
あんなの中をぎゅっとしてじゅってくっつけてじゃっと焼けばいいんじゃないの!?
まな板の周りをぐしゃぐしゃにしながら、うっすら涙を浮かべて悪戦苦闘するレミリア
結局、満足に焼けたものはほんの一握りで、これではつまみにさえなりはしない
「・・・・・・ふ、ふんっ! もともと主が門番なんかに料理までもてなす義理なんてないわ!」
包丁を乱暴に投げ出すと、腕を組んで鼻を鳴らす
そうとも、別にこんな日だからって一々主人までもがもてなすことはない
いつも通り適当に使って、適当に褒め言葉でもくれてやればいい
こんな料理なんて、わざわざ振舞ってやることもない・・・・・・
「・・ふ・・・・ぅっ・・・」
どうにか虚勢をはりたいのに
次第に唇の線が歪み、目元が下がって喉が震える
「うっ・・・・うぅ・・・っ」
美鈴に食べてもらいたかった
どんな味か聞いてみたかった
美味しい作り方を教えてもらいたかった
一緒に箸をつつきあいたかった・・・・・・
「美鈴・・・・めいっ・・・りん・・・・っ」
嗚咽を漏らしながら、屈みこんでぐすぐすと泣き出すレミリア
こんな事なら、もっと練習しておけばよかった・・・・・・っ
「お嬢様」
ふと後ろを振り返ると
当たり前のようにそこに立つ美鈴
「ごめ・・・なさい・・・うまく、できなかった・・・っ」
主の精一杯な威厳も見せず、その様子はただの幼子で
ひたすら上手く出来なかった事を謝るレミリア
美鈴はじっとその様子を見つめていると
ひょいと餃子一つ、口の中に放り込んだ
「・・・・・・美味しくできてるじゃないですか。どうして泣いてるんです?」
「だって・・・それだけしかできなかった・・・」
「・・・まったく、料理も失敗の積み重ねが大事なんですよ?」
そっとかがみこむと、レミリアの頭を撫でながらにっこり笑う
「これだけ失敗したんだから、これからはもっと上手に作れるようになってますよ」
「・・・・・・本当?」
「ええ。私が保証します」
胸をぽんと叩くと、両手を取って立たせる美鈴
「おやすみになる前に、今度は一緒に作りましょう。美味しい焼き方も教えてあげます」
「・・・・・・うん」
「ほら、もう泣き止んでください」
ハンカチで涙を拭いて、僅かに餃子の乗った皿を持つと
「あったかいうちに食べちゃいましょうか。私の部屋でよろしいですか?」
「・・・・・・そうね」
こっくり頷いて微笑むレミリア
当初とは予定が違ってしまったが、美鈴と一緒に料理できるのならそれはまた楽しいかも知れない
「でも・・・・・・折角の母の日なのに・・・」
「何言ってるんですか」
美鈴は嬉しそうに額にキスをすると
「お嬢様が一生懸命私の為に頑張ってくれただけで、私はすごく嬉しいです」
「・・・・・・ありがとう」
「もう。お礼を言うのは私のほうですよ」
にこにこ笑いながら、レミリアの手を引いて部屋に向かう美鈴
レミリアもまだ涙は乾いていなかったが、嬉しそうに手を握ってついていくのだった
「めいりーん、気持ちいいー?」
「はいー。上手ですよー」
「へへー」
日もすっかり落ちて、吸血鬼も活発になる頃
紅魔館の大浴場では、美鈴の背中をフランがせっせと流していた
「妹様も大きくなりましたねー」
「そうかなー?」
「ええ。ちょっとずつ女性的になってる気がします」
「んー・・・んふふー」
にこにこしながら泡を立てて背中を洗うフラン
「ねー美鈴」
「なんですか?」
「美鈴は、私たちの事好き?」
「はい。皆大好きですよ」
「咲夜とかお姉様に叱られたりしても?」
フランは桶にお湯をためて、思い切り流すと
「私だったら、ずっと優しくしてあげるよ?」
と、肩にころんと顎を乗せ、妖しく微笑みながら尋ねる
美鈴は少し悩む風に眉合に皺を寄せると、小首をかしげて
「やっぱり、私はみんなと一緒がいいですね」
「なんでー?」
「だって、叱ってくれるってことは、みんなに愛してもらってるってことだからです」
美鈴は泡を一掬い、フランの顔にくっつけてやり
「どうでもいいと思われていたら、無視されるでしょうし、必要ないと感じたのなら首を切ってしまえばいいんですからね」
「むー・・・そうなのかなぁ」
「そうなんです」
フランはくすぐったそうに鼻頭の泡を拭うと、わずかに頬を染めて
「・・じゃあ、美鈴が私をたまに怒ったりするのも?」
「もちろん、妹様が大好きだからですよ」
「・・・・・・にへー」
照れくさそうに口元を綻ばせ、美鈴の目の前にまわって強く抱きつき胸に顔を埋める
「美鈴の近く、あったかくて好き」
「ありがとうございます」
抱きつくフランの頭を撫でると、そのまま抱きかかえて湯船につかる美鈴
「さ、20数えてあがりましょうか」
「はーい」
ちゃぷん、と波を立てながらまどろむフランに、微笑みながら思案する
湯浴みを終えたら、湯冷ましのデザートでも用意しておかないと・・・・・・
「なんであなたの髪は枝毛ができないの?」
「さぁ。なんででしょうね」
「まったく、これじゃいつも朝苦労してる私が馬鹿みたいじゃない」
「咲夜さんの髪もすごく綺麗だと思いますよ?」
「・・・・・・もう」
湯浴みを済ませ、会食も和やかに終わり
さあ後は寝るだけかなと部屋に向かうと
寝巻きで自分の部屋をノックする咲夜が居た
聞くと、普段あまり手入れしない私の髪を梳いてくれるという
別にこのままでもいいのになぁ、とは思いながら
これはこれでなかなかこそばゆく、中々に心地よいものであった
「あげた化粧品も、あんまり減ってないし・・・ほら、一通り終わったわ」
「ありがとうございます」
ぽんと頭をたたかれ、椅子から腰を上げて自分の髪を撫でる
「・・・・・・おお、なんだかさらさらに」
「そんなはっきりわかるもんじゃないでしょうに」
苦笑しながら軽く髪をかきあげると
「さて。とりあえず私からのささやかなプレゼントはおしまい」
「丁寧なお心遣い、ありがとうございました」
深々とお辞儀をする美鈴に、笑いを交えて息をつくと
「もう今日も終わってしまうけど、あと一つほどならなにかしてあげるわよ?」
「あと一つですか?」
「そ。まあ、精々この部屋の片付け・・・は必要なさそうだし、軽いマッサージぐらいかしらね」
尤も、それもあなたの方が得意そうだけど、と肩をすくめながら提案する咲夜
美鈴はふむぅとベッドに腰掛けて悩んでいたが、ぽんと両手を打ち
「それじゃあ、今晩咲夜さんを抱き枕にします」
「それぐらいならどうって・・・・・・は?」
メイド故の思考か、手間がかからない内容に一瞬頷きかけたが、言われた意味に気付いて目を点にする
「な・・・・・・あなた、私を馬鹿にしてる?」
「滅相もないです」
「じゃあ、もっと働かせるようなことしなさいよ。そんなただ横で寝てるだけでいいような・・・・・・」
「だから、咲夜さんと一緒に寝たいです」
「な・・・・・ぁ・・・・っ!」
今度こそ顔を真っ赤に染め、あたふたと取り乱す咲夜
「え、あ、そ・・・・・・そんなことでいいの・・・?」
「はい。是非に」
「そ、そう・・・・・・」
願ってた状況なのに、いざあちらから来るとあたふたしてしまうのは乙女の特性か
コホンとわざとらしく息をつくと、大きく首を振ってベッドへあがり毛布に包まる
「に、煮るなり焼くなり好きになさい!」
「それじゃあ抱けないじゃないですか」
いつもの平静さを乱している様子に笑みを零しながら、自身もそっと毛布の隙間にもぐりこみ
やさしく薄めの毛布を解くと、耳元まで紅に染めた咲夜と目をあわす
「・・・・・・咲夜さんは抱き枕ですから、文句を言ったりしちゃ駄目なんですよ?」
「わ、わかってるわよ」
「ふふ・・・・・・」
美鈴は少し意地の悪そうな微笑を漏らすと、自分の頬を咲夜のそれに擦り付ける
「んー・・・咲夜さんのほっぺた、柔らかくて気持ちいいですねー・・・」
「・・・・・・っ、っっ!!」
盛大に一言申したくとも、約束した手前なんとも言えず、ただただされるがままになる咲夜
「咲夜さんの腰、ほっそりしてて素敵・・・」
「・・・っ、む・・・・・」
「・・・咲夜さんも、本当に大きくなりましたね」
「え・・・美鈴?」
「前はあんなにちっちゃかったのに・・・・・・本当に、楽しい時はすぐに・・・」
それはただの郷愁か、それともいずれ訪れる惜別の情か
髪を撫でながら慈しむように抱きしめる美鈴は、薄く目尻を滲ませていた
「・・・・・・咲夜さんは、やっぱり人間のままなんですよね・・・」
「・・・そうね。人間として生きてきた以上、私は一生死ぬ人間よ」
「そうですよね・・・それが一番です」
湿った空気を取り払うように、軽く顔を拭って微笑む美鈴
咲夜はしばらく撫でられるがままになっていたが、顔を上げて目を合わせると
「でも、生きている間は、私はここにいる」
いつか主に向けたものに似た言葉を、愛しい門番に向けて囁いた
「・・・咲夜さんも、随分言うようになりましたね」
「何よその言い方は」
「なんでもありませんよ」
くすくすと楽しそうに笑うと、更に強く咲夜を抱きしめる
「ちょっと・・・寝れないじゃないのこれじゃあ」
「今晩だけは、ずっと咲夜さんを抱きしめて寝るんです」
「・・・・・・はいはい」
もう観念したのか、半ば心地よさそうな笑みを浮かべて腕の中におさまる咲夜
美鈴は幸せそうにしばらく咲夜の顔や体を捏ね繰り回した後、明かりを消して目を閉じた
とっくに12時を過ぎている事は、互いに最後まで言わず終いで・・・
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暖かくも切ない、良いお話ですね
デモ ソレイジョウニ オジョウサマ カワイイデス・・・(萌え死
感涙いたしました
美鈴と咲夜の場合通常とは逆になってしまう
切ないながらも温かい。心に残る話をありがとうございました。
何が言いたいかというと、お母さん美鈴最高!
楽しい時はすぐに…のところで息が止まった。
お母さんに、ありがとう。
ほんわかあったかいお話でした。
空気読まず誤字報告。
自分も昔勘違いしていたのですが、夜枷(かせ)ではなく、夜伽(とぎ)なんですよね。
良いものをありがとう!!
修正いたしました
お恥ずかしい限りです・・・・・・ありがとうございました
いや、真面目にありがとうございます!
暖かい家族ですよねぇ