「あー。ヒマだぜ」
「…なるほど。人の家にお茶をたかりに来ておいて、茶菓子まで要求したあげくに堂々という言葉がそれなわけね。あなたという人間がよくわかったようで礼を言いたいわ。ありがとう」
テーブルの向こうでのたまった魔理沙に向かい、アリスは裁縫の手を止めずに言った。伏し目がちの青い目と少しクセのある金色の髪、白い指先が、どうにも見る者に人形じみた印象を与えている。
「そうやって些細な言葉につっこむあたりお前もあれだよね。実はヒマだろ」
「そうね」
ふんむ。魔理沙は顎を触って、考える目つきをした。どことなく子供っぽい顔には、言うまでもなくそのような仕草は似合っていなかった。いかにも難しげにしかめた瞳は、幼さを残すようでいて、どこかしらすれているような趣がある。
「―お。いいこと思いついたわ」
魔理沙は不意に言うと、顎をさすった指を立てて、小ずるい笑みを浮かべてきた。
「なあ、ゲームしない? ひまつぶしにさ」
「ゲーム? いいけど。なにをするの?」
「つまらないって言っちゃダメゲーム。先に『つまらない』とか『面白くない』って言ったほうが負け」
「…」
伏し目がちの目を半眼にして、アリスは魔理沙を見た。
「…よくわからないんだけど」
「なーに。かんたんだって。やってみりゃわかるよ。じゃあ、とりあえずはじめな。―実はこの前、霊夢んちに言ってきてさ」
「ええ」
「お茶ごちそうになって、茶菓子食べてきたんだよ。で、帰ってきた」
「ふうん」
「いや。それだけなんだけど」
「…。…ああ。なるほど」
アリスは指を動かしながら、若干億劫そうな色を混ぜて答えた。
「そういえば、こないだちょっと魔界に行ってきてね。神綺様に会ってきたわ」
「へー」
「あの方もそろそろお年なのかしらね。最近、物忘れが激しくなったようだってぼやかれていてね。『またそのようなことを言われて。神綺様は見た目はまだ十分お若いじゃないですか』って言っておいたんだけどね。そしたら、なぜだか拗ねてお部屋に引き籠もってしまってね。あとで夢子に『あなたって空気読めないわね』って言われたんだけど。何故かしら」
「…そりゃあお前、そのまんまの意味だよ」
「そう? まあ、お詫びの意味をこめて神綺様のお部屋の窓に、神綺様モデルの蓬莱人形吊してきたから、きっと大丈夫よね。お元気、出してくれるといいんだけど」
「お前、ひょっとしてわざとやってるんじゃないのか?」
「まあ、それだけなんだけどね」
「ああ、そうなのか。そういえばこのあいだ、パチュリーのとこに行ってきたんだけどさ」
「ええ」
「機嫌が悪くてさ」
「あなたが来たからじゃないの?」
「それはいつもなんだけど。そのときはあからさまに機嫌が悪くてさ。『どうしたんだよ。生理?』って聞いたら、いきなりものすごい目で睨まれてさ」
「あなたって空気読めないわよね」
「そうか? だってかるい冗談だろ。で、『なにそんなに怒ってるんだよ』って言ったんだよ。『べつに。気になるならあなたが帰ればいいんじゃない。そしたら笑ってあげるから』って、パチュリーのやつが言うからさ。そのまま帰ってきたんだけど」
「帰ってきたの?」
「いやまあ帰れって言われたんだし。けっきょくなんで怒ってるのかは、よくわかんなかったな」
「そう」
アリスがそう呟くと、魔理沙もいったんネタが尽きたように黙りこんだ。申し合わせたように沈黙がよぎる。すず、と魔理沙が茶をすすった。
「あ。そうだ。アリス。ちょっと面白い駄洒落を思いついたんだけど、言ってもいいか?」
「ええ。いいわよ。何?」
「布団が吹っ飛んだ」
「それはとても面白いわね」
「だろう? 私もいまそう思った」
「ああ。そうそう。そういえば私、この前すごく面白い話を聞いたわ。聞いてくれる?」
「ああ、なんだぜ?」
「竹林の半獣人が居たでしょう。ほら。上白沢慧音。ちょっとこの間、用事があってね。里に行ったときに偶然会ったのよ」
「うん」
「その慧音の家の、隣の家の人がね。犬を飼っているらしいんだけど、これがおもしろい犬なんだって」
「へえ」
「なんと頭から尻尾の先まで、全身の毛が真っ白なんだそうよ」
「…」
「おもしろい犬でしょう」
「…ああ。おもしろい犬だな」
「ええ。おもしろい犬でしょう」
「ああ。面白い犬だな。そういえば、ついでにこのあいだ、霊夢からおもしろい猫の話を聞いたんだけど。聞く?」
「いえ。いいわ」
「そうか」
「…」
魔理沙は黙りこんで腕組みした。
アリスはちくちくと手元の裁縫仕事に余念がない。喋っているあいだにも、器用に動き続ける指が、淡々ちゃくちゃくと作業をこなし続けている。心なしか、眉間には微妙に皺が寄っているようであるが、悩む魔理沙は意に介した様子もない。
「なあ、アリス」
「ええ」
「幽香がある日、畑に囲いを作ったんだってさ」
「へえ」
「それを見た文がこう言ったんだそうだ」
「『やあ、これはかっこいいですね』?」
「いや。『下手にみすぼらしい人造物を作って景観を汚すのは止めたほうがいいですよ。あなたはともかく、ここの花畑の綺麗さには罪はないんですから』って。」
「あの天狗ってそんなに口悪かったかしら」
「たまたま機嫌悪かったらしいぜ。そのあと殺し合いまがいの喧嘩になったらしくって、せっかく作った囲いは全壊したそうな」
「そう。そういえば、竹林の月の姫がこのあいだ、竹藪に竹をたてかけてたんだって。」
「へえ」
「それで『なにをなさっているんですか?』って、ちょうど通りがかった永琳が、妙に思って聞いてみたらしいわ。そしたら正座して茶をすすりながら、こう答えるのよ。『なにって見ればわかるでしょう。竹藪に竹を立てかけているのよ』。それで、『はあ。どうして竹藪に竹なんか立てかけていらっしゃるんです?』といったら、『竹藪に竹たてかけたかったから、竹藪に竹たてかけているのよ』と言ったらしいわ。『はあ。そうなんですか』といって、永琳は月の姫を放っておいて、その場を去ったらしいわ。結局、謎だったらしいけど」
「無難な対応だな」
「まあそれだけの話なんだけどね」
「ああ、そういやこの前、香霖とこに行ったら、妖夢が来ててさ。最近お嬢様が、我が儘で困るってこぼしてた」
「いつものことじゃないの?」
「いや。なんでも飯を一度に五合ぶん喰ったり、それでも足りないから鰻屋の夜雀が喰いたいから捕まえてこいだの、本で読んだ女同士の恋愛をいろいろやってみたいからってその趣味を妖夢に強要したりだの、最近とにかくひどいらしい。妖夢のやつ、首輪に獣耳と尻尾つけられて、外出するときには必ずこれをつけろって言うんですよ、ひどいでしょうって、突っ伏してぼうだのごとく涙流してたよ」
「どうでもいいけど、息を吐くように嘘つくの止めなさいよ」
「よく分かるな。ああ、毎日ハレなら今日はケの日ってやつか」
「たんに『慣れたのか』でいいじゃない」
「そういえばこないだ、霊夢のやつが食い物なくて、居間で死にかけてたよ。お願い。賽銭入れていってお願い、って泣いてすがりつかれてさ。あれは気まずかった。帰るのが」
「夢の話? 今度会ったときに、霊夢にそれを言えばいいのね?」
「いや。それはまずいだろ。そういや夢の話で思いだしたけど、つい一昨日くらいに香霖とこいったら、あいつが褌一丁の姿で妙にさわやかに、『やあ、魔理沙! よく来たね!』って笑顔で挨拶する夢、見たんだけど」
「…」
「あ、そうそう。夢っていえばもうひとつ思いだしたよ。この前、夢にアリスが出てきたときがあってさ」
「…ええ」
「それがなんだかとっても変なんだよ。夢の中でこう、まず私がアリスの家に来ただろ。それでいつものように、断りもなく扉を開けたんだ。『よう、アリス。遊びに来たぜ』」
「いつも思うんだけど、あなた、いい加減ノックぐらい覚えなさいよ」
「するといつものように、アリスはそこで座ってるんだけど、なんだか反応が変なんだよ。私の顔を見たとたん、こう顔をうっすらと赤らめてだな。『ま、魔理沙!? い、いきなり入ってこないでよっ!』と、慌てたように大声で言うんだ。私は思わずきょとんとしたよ。で、『…なんだよ、なにか悪いもんでも喰ったのか?』『な、なにがよっ』と、私がこう聞くと、顔を赤らめたまま言うわけだ。しかも妙に挙動不審で、さりげにこっちと目をあわせようとしない」
「それはとてつもなく気持ち悪いわね」
「ああ。すごく気持ち悪かった。夢でも見てるんじゃないかと思った」
「夢でしょ」
「で、私もあまりに気味が悪かったんで、ほっといてさっさと帰ろうとしたんだが、用事があった。どういう用事だったんだかは覚えてないんだけどさ。とにかく頼み事だよ。だから、とにかく面倒そうなところは置いておいて、そっちを先にすましてしまおうと思ったんだよ。まあ、いきなり頼み事を切り出すのもあれだから、とりあえず、茶を馳走になりにきたってことにして、何食わぬ顔をしてさ」
「どうせ面倒な頼み事だったんでしょ。あなたっていつもそうだものね」
「で、私がそういうふうに何食わぬ顔をして言うと、アリスはまた挙動不審になりつつ、『れ、霊夢のところか、パチュリーのところにでも行けばいいじゃない…』と言いながら、お茶の用意に行くんだよ。私も不審に思いながら、これはさっさと用件切り出して帰った方が良いな。変すぎる。と当然のごとく、こう思ってさ。ちなみにアリスが立つ前に、慌てて隠したところをちらりと見ると、なぜか私の人形っぽいものがはみ出してるのが見えてさ。まさか呪いにでも使うんじゃないだろうなって、ちょっと焦ったんだよ。ちなみに聞くけど、本当には作ってないよな?」
「さてね。どうかしら」
「いや。そこははっきり否定しといてよ」
「パチュリーがね」
「…パチュリーが?」
「パチュリーが。いえ。それだけなんだけれどね」
「いや。言えよ。最後まで。パチュリーがなんだよ」
「そういえばこの間、ちょっと用事があって、パチュリーのところに行ってきたわ。そのときに、なにかちょっと変なものを見たんだけどね」
「おいおい。言わないのかよ」
「私が正門の前に行くと、いつもはしっかり起きているはずの門番が、なぜか堂々と居眠りをしていてね。あのしっかり者が仕事中にねむっているのはまあ、いいとしてもよ。その恰好がちょっと尋常じゃないの。なにか形容しがたい―そう。“ヨガ”と言うの?なぜかその門番の体勢を見たとき、私の脳裏にはそんな単語が浮かんだわ」
「ヨガ?」
「まあそれはともかくとして、私は呼んでも門番が起きてくれないものだから、しかたなく門のところから誰か呼ぼうとしたの。いつもならこういうとき、どこで聞いたのか分からないけど、咲夜が来るものでしょう。でもその時にかぎって妖精メイドがやってきてね。私はダメ元と思いつつも、その妖精に、屋敷に用があるから開けてくれないかって言ったのよ。そしたらなんて言ったと思う?」
「なんて言ったんだ?」
「『ああ、アリス様ですね。パチュリー様からうかがっております』って」
「な…んだって!?」
「ええ。それから、なんと『かしこまりました。少々お待ちください。今ご案内いたしますので』と言ったのよ! 瀟洒に微笑みながら、ほれぼれするほどの礼をしてよ。悔しいけれど、私は一瞬みとれて、それからそのことに気づいてはっとしたわ。あまりにも普通のメイドのような振る舞いだったものだから!」
「それは文の新聞が人の役に立つくらいありえないな…!」
「私は戦々恐々としながらも、震えるつま先を堪えて、妖精に案内されながら、館への石畳を歩いていったわ。あのたいして広くもない庭を歩くあいだは、恐ろしくて仕方がなかった。その日の館は、なにかが違って見えていたから。いつもはなんの変哲もないたおやかな花壇も、あのいかにも目と頭に悪そうな赤色の壁も、なにか一種の魔物のようにさえ見えたの。それは私の心を締めつけるような色を伴いながら、私の視界のはしから脳裏へといたる道を埋めつくしていったわ―そう、人はそれをこう呼ぶかも知れないわね。恐怖、と。そう。私は、この私がよ! 怯えていたのよ。ただの、なんの変哲もないけれど、そのなにか、なにかどこかとてつもなく不自然な妖精に…!」
「ああ…、ところでアリス…!」
「なにかしら、魔理沙…!」
「お代わり、もらってもいいか…!」
「ええ、いいわ…!」
「ああ。じゃあ、頼む…!」
がたり、と恐ろしげに血の気を退かせた顔に手を当てていたアリスは、椅子を立っていって、代わりの茶葉を入れにいった。そのあいだ気を落ちつかせるように、魔理沙は茶請けに出された煎餅をのんびりとつまんだ。見た目も住まいも洋風でありながら、アリスは案外和風である。さっさっさ、と渋めの茶筒から茶葉を出す音がして、やがて持って戻ってきた急須から、魔理沙の湯飲みにこぽこぽと注ぐ。
「で、なんの話だったかしら」
「黒猫の話だろ」
「黒猫?」
「いや。で、それでパチュリーがどうしたって?」
「ああ。ちょっと研究のと中に気になるところがあったものだからね。本を見せて貰いに行ったのよ。私はそういうのがあると、集中出来なくなるたちなものだから。幸いにも、本を借りるほどのことでもなかったわ。あまり借りも作りたくない相手だしね」
「そりゃあよかったな。ところで妖精メイドはどうしたんだ」
「さあ。知らないけど。気にはなったけど、そう突っこんで聞くほどのことでもないしね。運命でも弄られたんじゃないの? 紅魔の主に」
「そいつはまた黒猫だな」
「黒猫?」
「なんでもないぜ」
魔理沙はさらりと言いつつ、新しく淹れられた茶をすすった。
「そういえば、この前のあれどうした?」
「あれ?」
「ほら、あれだよあれ」
「なによ。あれって」
「ほら、香霖のところからこの前持ってきた本だよ。面白いから読んでみって言ったろ」
「ああ、あれなら―そうね。少々流れが平凡で、話の筋に魅力が感じられなかったわ。結末もぐだぐだだったし。まあ、読んだは読んだけど」
「そうかあ? 面白いと思うんだけどなあ。おかしいなあ」
「人によりけりじゃないの? 私にはとくに面白いと感じられるところがなかったけど」
「そうかあ? あそこなんかあれだったろ。すごく笑えただろ。こうなんていうか、ほらあれだ。わかんないかなあ」
「まずどこを差しているのかがわからないんだけど」
「そいつはひょっとして黒猫ってことか?」
「さっきから何なの? それ」
「頭から尻尾の先まで真っ黒け」」
「…。ああ、なるほど…ねえ、魔理沙」
「なに?」
「止めない?」
「止めるって何を?」
「黒猫だわ」
「そうか? そうだな。じゃあ止めよう。…はい、止めた」
魔理沙が言うと、アリスは音もなくため息をついた。言った魔理沙自身も大げさにため息をついて、肩をもみほぐし少しぬるくなった茶をすする。のどを潤して一息つくと、魔理沙は言った。
「…どれ、それじゃあもう一回やるか」
「面白くないから嫌。やるなら一人でやってよ」
「おいおい、それじゃあ面白くないぜ」
「どっちみち面白くないわよ」
「そりゃあ残念だな。じゃあ勝負は私の勝ちってことでいいか」
「…」
いきなり何を言い出すんだ、こいつ、と言う目でアリスは魔理沙を見た。魔理沙はなんてことない目でそれを見返して、しれっと答えた。
「だって先に言っただろ。面白くないから嫌って」
「その前にあなたが止めようって言ったでしょう?」
「あー。ごめん。あれ嘘」
しれっとした顔のまま言う魔理沙に、アリスは呆れた様子で言った。
「ちょっと待ちなさい。そんなのが通用すると思ってるの?」
「べつに嘘ついちゃいけないとは言ってないぜ。げんにさっきから私、普通に嘘をついてただろ」
「だってそれを言い出したらなんでもありでしょう」
「だからなんでも有りなんだって。とくにこれをしちゃだめとか、アレをしちゃダメとか決めてなかったし。とにかく「『面白くない』って言った」ほうが負けだって、私先にそう言ったよな? で、アリスのほうが先に『面白くない』って言ったわけだ。
なんかおかしいところ、ある?」
いかにも性悪く、にやけつつ言ってくる魔理沙に、アリスはきれいな眉根を寄せ、なんともこう、むらむらとしたような収まりのつかない顔で見た。納得がいかないのだろう。その顔を見るのが楽しくてたまらないというように、魔理沙は面白がる目を返してきている。
いや、実際この硬いところのある友人のこういう顔が、可愛くてしかたがないのだろうが。
「どうする? もっかいやるか?」
「つまらないから、いいわ」
アリスは言い捨てて、ぷい、とそっぽを向いた。指先がちくちくと針仕事の続きを始める横で、茶をすする魔理沙の目が面白がる形のまま笑っている。
その日、魔理沙が帰るまでアリスはずっと不機嫌だったそうな。いや。それはそれだけの話なのだが。
「…なるほど。人の家にお茶をたかりに来ておいて、茶菓子まで要求したあげくに堂々という言葉がそれなわけね。あなたという人間がよくわかったようで礼を言いたいわ。ありがとう」
テーブルの向こうでのたまった魔理沙に向かい、アリスは裁縫の手を止めずに言った。伏し目がちの青い目と少しクセのある金色の髪、白い指先が、どうにも見る者に人形じみた印象を与えている。
「そうやって些細な言葉につっこむあたりお前もあれだよね。実はヒマだろ」
「そうね」
ふんむ。魔理沙は顎を触って、考える目つきをした。どことなく子供っぽい顔には、言うまでもなくそのような仕草は似合っていなかった。いかにも難しげにしかめた瞳は、幼さを残すようでいて、どこかしらすれているような趣がある。
「―お。いいこと思いついたわ」
魔理沙は不意に言うと、顎をさすった指を立てて、小ずるい笑みを浮かべてきた。
「なあ、ゲームしない? ひまつぶしにさ」
「ゲーム? いいけど。なにをするの?」
「つまらないって言っちゃダメゲーム。先に『つまらない』とか『面白くない』って言ったほうが負け」
「…」
伏し目がちの目を半眼にして、アリスは魔理沙を見た。
「…よくわからないんだけど」
「なーに。かんたんだって。やってみりゃわかるよ。じゃあ、とりあえずはじめな。―実はこの前、霊夢んちに言ってきてさ」
「ええ」
「お茶ごちそうになって、茶菓子食べてきたんだよ。で、帰ってきた」
「ふうん」
「いや。それだけなんだけど」
「…。…ああ。なるほど」
アリスは指を動かしながら、若干億劫そうな色を混ぜて答えた。
「そういえば、こないだちょっと魔界に行ってきてね。神綺様に会ってきたわ」
「へー」
「あの方もそろそろお年なのかしらね。最近、物忘れが激しくなったようだってぼやかれていてね。『またそのようなことを言われて。神綺様は見た目はまだ十分お若いじゃないですか』って言っておいたんだけどね。そしたら、なぜだか拗ねてお部屋に引き籠もってしまってね。あとで夢子に『あなたって空気読めないわね』って言われたんだけど。何故かしら」
「…そりゃあお前、そのまんまの意味だよ」
「そう? まあ、お詫びの意味をこめて神綺様のお部屋の窓に、神綺様モデルの蓬莱人形吊してきたから、きっと大丈夫よね。お元気、出してくれるといいんだけど」
「お前、ひょっとしてわざとやってるんじゃないのか?」
「まあ、それだけなんだけどね」
「ああ、そうなのか。そういえばこのあいだ、パチュリーのとこに行ってきたんだけどさ」
「ええ」
「機嫌が悪くてさ」
「あなたが来たからじゃないの?」
「それはいつもなんだけど。そのときはあからさまに機嫌が悪くてさ。『どうしたんだよ。生理?』って聞いたら、いきなりものすごい目で睨まれてさ」
「あなたって空気読めないわよね」
「そうか? だってかるい冗談だろ。で、『なにそんなに怒ってるんだよ』って言ったんだよ。『べつに。気になるならあなたが帰ればいいんじゃない。そしたら笑ってあげるから』って、パチュリーのやつが言うからさ。そのまま帰ってきたんだけど」
「帰ってきたの?」
「いやまあ帰れって言われたんだし。けっきょくなんで怒ってるのかは、よくわかんなかったな」
「そう」
アリスがそう呟くと、魔理沙もいったんネタが尽きたように黙りこんだ。申し合わせたように沈黙がよぎる。すず、と魔理沙が茶をすすった。
「あ。そうだ。アリス。ちょっと面白い駄洒落を思いついたんだけど、言ってもいいか?」
「ええ。いいわよ。何?」
「布団が吹っ飛んだ」
「それはとても面白いわね」
「だろう? 私もいまそう思った」
「ああ。そうそう。そういえば私、この前すごく面白い話を聞いたわ。聞いてくれる?」
「ああ、なんだぜ?」
「竹林の半獣人が居たでしょう。ほら。上白沢慧音。ちょっとこの間、用事があってね。里に行ったときに偶然会ったのよ」
「うん」
「その慧音の家の、隣の家の人がね。犬を飼っているらしいんだけど、これがおもしろい犬なんだって」
「へえ」
「なんと頭から尻尾の先まで、全身の毛が真っ白なんだそうよ」
「…」
「おもしろい犬でしょう」
「…ああ。おもしろい犬だな」
「ええ。おもしろい犬でしょう」
「ああ。面白い犬だな。そういえば、ついでにこのあいだ、霊夢からおもしろい猫の話を聞いたんだけど。聞く?」
「いえ。いいわ」
「そうか」
「…」
魔理沙は黙りこんで腕組みした。
アリスはちくちくと手元の裁縫仕事に余念がない。喋っているあいだにも、器用に動き続ける指が、淡々ちゃくちゃくと作業をこなし続けている。心なしか、眉間には微妙に皺が寄っているようであるが、悩む魔理沙は意に介した様子もない。
「なあ、アリス」
「ええ」
「幽香がある日、畑に囲いを作ったんだってさ」
「へえ」
「それを見た文がこう言ったんだそうだ」
「『やあ、これはかっこいいですね』?」
「いや。『下手にみすぼらしい人造物を作って景観を汚すのは止めたほうがいいですよ。あなたはともかく、ここの花畑の綺麗さには罪はないんですから』って。」
「あの天狗ってそんなに口悪かったかしら」
「たまたま機嫌悪かったらしいぜ。そのあと殺し合いまがいの喧嘩になったらしくって、せっかく作った囲いは全壊したそうな」
「そう。そういえば、竹林の月の姫がこのあいだ、竹藪に竹をたてかけてたんだって。」
「へえ」
「それで『なにをなさっているんですか?』って、ちょうど通りがかった永琳が、妙に思って聞いてみたらしいわ。そしたら正座して茶をすすりながら、こう答えるのよ。『なにって見ればわかるでしょう。竹藪に竹を立てかけているのよ』。それで、『はあ。どうして竹藪に竹なんか立てかけていらっしゃるんです?』といったら、『竹藪に竹たてかけたかったから、竹藪に竹たてかけているのよ』と言ったらしいわ。『はあ。そうなんですか』といって、永琳は月の姫を放っておいて、その場を去ったらしいわ。結局、謎だったらしいけど」
「無難な対応だな」
「まあそれだけの話なんだけどね」
「ああ、そういやこの前、香霖とこに行ったら、妖夢が来ててさ。最近お嬢様が、我が儘で困るってこぼしてた」
「いつものことじゃないの?」
「いや。なんでも飯を一度に五合ぶん喰ったり、それでも足りないから鰻屋の夜雀が喰いたいから捕まえてこいだの、本で読んだ女同士の恋愛をいろいろやってみたいからってその趣味を妖夢に強要したりだの、最近とにかくひどいらしい。妖夢のやつ、首輪に獣耳と尻尾つけられて、外出するときには必ずこれをつけろって言うんですよ、ひどいでしょうって、突っ伏してぼうだのごとく涙流してたよ」
「どうでもいいけど、息を吐くように嘘つくの止めなさいよ」
「よく分かるな。ああ、毎日ハレなら今日はケの日ってやつか」
「たんに『慣れたのか』でいいじゃない」
「そういえばこないだ、霊夢のやつが食い物なくて、居間で死にかけてたよ。お願い。賽銭入れていってお願い、って泣いてすがりつかれてさ。あれは気まずかった。帰るのが」
「夢の話? 今度会ったときに、霊夢にそれを言えばいいのね?」
「いや。それはまずいだろ。そういや夢の話で思いだしたけど、つい一昨日くらいに香霖とこいったら、あいつが褌一丁の姿で妙にさわやかに、『やあ、魔理沙! よく来たね!』って笑顔で挨拶する夢、見たんだけど」
「…」
「あ、そうそう。夢っていえばもうひとつ思いだしたよ。この前、夢にアリスが出てきたときがあってさ」
「…ええ」
「それがなんだかとっても変なんだよ。夢の中でこう、まず私がアリスの家に来ただろ。それでいつものように、断りもなく扉を開けたんだ。『よう、アリス。遊びに来たぜ』」
「いつも思うんだけど、あなた、いい加減ノックぐらい覚えなさいよ」
「するといつものように、アリスはそこで座ってるんだけど、なんだか反応が変なんだよ。私の顔を見たとたん、こう顔をうっすらと赤らめてだな。『ま、魔理沙!? い、いきなり入ってこないでよっ!』と、慌てたように大声で言うんだ。私は思わずきょとんとしたよ。で、『…なんだよ、なにか悪いもんでも喰ったのか?』『な、なにがよっ』と、私がこう聞くと、顔を赤らめたまま言うわけだ。しかも妙に挙動不審で、さりげにこっちと目をあわせようとしない」
「それはとてつもなく気持ち悪いわね」
「ああ。すごく気持ち悪かった。夢でも見てるんじゃないかと思った」
「夢でしょ」
「で、私もあまりに気味が悪かったんで、ほっといてさっさと帰ろうとしたんだが、用事があった。どういう用事だったんだかは覚えてないんだけどさ。とにかく頼み事だよ。だから、とにかく面倒そうなところは置いておいて、そっちを先にすましてしまおうと思ったんだよ。まあ、いきなり頼み事を切り出すのもあれだから、とりあえず、茶を馳走になりにきたってことにして、何食わぬ顔をしてさ」
「どうせ面倒な頼み事だったんでしょ。あなたっていつもそうだものね」
「で、私がそういうふうに何食わぬ顔をして言うと、アリスはまた挙動不審になりつつ、『れ、霊夢のところか、パチュリーのところにでも行けばいいじゃない…』と言いながら、お茶の用意に行くんだよ。私も不審に思いながら、これはさっさと用件切り出して帰った方が良いな。変すぎる。と当然のごとく、こう思ってさ。ちなみにアリスが立つ前に、慌てて隠したところをちらりと見ると、なぜか私の人形っぽいものがはみ出してるのが見えてさ。まさか呪いにでも使うんじゃないだろうなって、ちょっと焦ったんだよ。ちなみに聞くけど、本当には作ってないよな?」
「さてね。どうかしら」
「いや。そこははっきり否定しといてよ」
「パチュリーがね」
「…パチュリーが?」
「パチュリーが。いえ。それだけなんだけれどね」
「いや。言えよ。最後まで。パチュリーがなんだよ」
「そういえばこの間、ちょっと用事があって、パチュリーのところに行ってきたわ。そのときに、なにかちょっと変なものを見たんだけどね」
「おいおい。言わないのかよ」
「私が正門の前に行くと、いつもはしっかり起きているはずの門番が、なぜか堂々と居眠りをしていてね。あのしっかり者が仕事中にねむっているのはまあ、いいとしてもよ。その恰好がちょっと尋常じゃないの。なにか形容しがたい―そう。“ヨガ”と言うの?なぜかその門番の体勢を見たとき、私の脳裏にはそんな単語が浮かんだわ」
「ヨガ?」
「まあそれはともかくとして、私は呼んでも門番が起きてくれないものだから、しかたなく門のところから誰か呼ぼうとしたの。いつもならこういうとき、どこで聞いたのか分からないけど、咲夜が来るものでしょう。でもその時にかぎって妖精メイドがやってきてね。私はダメ元と思いつつも、その妖精に、屋敷に用があるから開けてくれないかって言ったのよ。そしたらなんて言ったと思う?」
「なんて言ったんだ?」
「『ああ、アリス様ですね。パチュリー様からうかがっております』って」
「な…んだって!?」
「ええ。それから、なんと『かしこまりました。少々お待ちください。今ご案内いたしますので』と言ったのよ! 瀟洒に微笑みながら、ほれぼれするほどの礼をしてよ。悔しいけれど、私は一瞬みとれて、それからそのことに気づいてはっとしたわ。あまりにも普通のメイドのような振る舞いだったものだから!」
「それは文の新聞が人の役に立つくらいありえないな…!」
「私は戦々恐々としながらも、震えるつま先を堪えて、妖精に案内されながら、館への石畳を歩いていったわ。あのたいして広くもない庭を歩くあいだは、恐ろしくて仕方がなかった。その日の館は、なにかが違って見えていたから。いつもはなんの変哲もないたおやかな花壇も、あのいかにも目と頭に悪そうな赤色の壁も、なにか一種の魔物のようにさえ見えたの。それは私の心を締めつけるような色を伴いながら、私の視界のはしから脳裏へといたる道を埋めつくしていったわ―そう、人はそれをこう呼ぶかも知れないわね。恐怖、と。そう。私は、この私がよ! 怯えていたのよ。ただの、なんの変哲もないけれど、そのなにか、なにかどこかとてつもなく不自然な妖精に…!」
「ああ…、ところでアリス…!」
「なにかしら、魔理沙…!」
「お代わり、もらってもいいか…!」
「ええ、いいわ…!」
「ああ。じゃあ、頼む…!」
がたり、と恐ろしげに血の気を退かせた顔に手を当てていたアリスは、椅子を立っていって、代わりの茶葉を入れにいった。そのあいだ気を落ちつかせるように、魔理沙は茶請けに出された煎餅をのんびりとつまんだ。見た目も住まいも洋風でありながら、アリスは案外和風である。さっさっさ、と渋めの茶筒から茶葉を出す音がして、やがて持って戻ってきた急須から、魔理沙の湯飲みにこぽこぽと注ぐ。
「で、なんの話だったかしら」
「黒猫の話だろ」
「黒猫?」
「いや。で、それでパチュリーがどうしたって?」
「ああ。ちょっと研究のと中に気になるところがあったものだからね。本を見せて貰いに行ったのよ。私はそういうのがあると、集中出来なくなるたちなものだから。幸いにも、本を借りるほどのことでもなかったわ。あまり借りも作りたくない相手だしね」
「そりゃあよかったな。ところで妖精メイドはどうしたんだ」
「さあ。知らないけど。気にはなったけど、そう突っこんで聞くほどのことでもないしね。運命でも弄られたんじゃないの? 紅魔の主に」
「そいつはまた黒猫だな」
「黒猫?」
「なんでもないぜ」
魔理沙はさらりと言いつつ、新しく淹れられた茶をすすった。
「そういえば、この前のあれどうした?」
「あれ?」
「ほら、あれだよあれ」
「なによ。あれって」
「ほら、香霖のところからこの前持ってきた本だよ。面白いから読んでみって言ったろ」
「ああ、あれなら―そうね。少々流れが平凡で、話の筋に魅力が感じられなかったわ。結末もぐだぐだだったし。まあ、読んだは読んだけど」
「そうかあ? 面白いと思うんだけどなあ。おかしいなあ」
「人によりけりじゃないの? 私にはとくに面白いと感じられるところがなかったけど」
「そうかあ? あそこなんかあれだったろ。すごく笑えただろ。こうなんていうか、ほらあれだ。わかんないかなあ」
「まずどこを差しているのかがわからないんだけど」
「そいつはひょっとして黒猫ってことか?」
「さっきから何なの? それ」
「頭から尻尾の先まで真っ黒け」」
「…。ああ、なるほど…ねえ、魔理沙」
「なに?」
「止めない?」
「止めるって何を?」
「黒猫だわ」
「そうか? そうだな。じゃあ止めよう。…はい、止めた」
魔理沙が言うと、アリスは音もなくため息をついた。言った魔理沙自身も大げさにため息をついて、肩をもみほぐし少しぬるくなった茶をすする。のどを潤して一息つくと、魔理沙は言った。
「…どれ、それじゃあもう一回やるか」
「面白くないから嫌。やるなら一人でやってよ」
「おいおい、それじゃあ面白くないぜ」
「どっちみち面白くないわよ」
「そりゃあ残念だな。じゃあ勝負は私の勝ちってことでいいか」
「…」
いきなり何を言い出すんだ、こいつ、と言う目でアリスは魔理沙を見た。魔理沙はなんてことない目でそれを見返して、しれっと答えた。
「だって先に言っただろ。面白くないから嫌って」
「その前にあなたが止めようって言ったでしょう?」
「あー。ごめん。あれ嘘」
しれっとした顔のまま言う魔理沙に、アリスは呆れた様子で言った。
「ちょっと待ちなさい。そんなのが通用すると思ってるの?」
「べつに嘘ついちゃいけないとは言ってないぜ。げんにさっきから私、普通に嘘をついてただろ」
「だってそれを言い出したらなんでもありでしょう」
「だからなんでも有りなんだって。とくにこれをしちゃだめとか、アレをしちゃダメとか決めてなかったし。とにかく「『面白くない』って言った」ほうが負けだって、私先にそう言ったよな? で、アリスのほうが先に『面白くない』って言ったわけだ。
なんかおかしいところ、ある?」
いかにも性悪く、にやけつつ言ってくる魔理沙に、アリスはきれいな眉根を寄せ、なんともこう、むらむらとしたような収まりのつかない顔で見た。納得がいかないのだろう。その顔を見るのが楽しくてたまらないというように、魔理沙は面白がる目を返してきている。
いや、実際この硬いところのある友人のこういう顔が、可愛くてしかたがないのだろうが。
「どうする? もっかいやるか?」
「つまらないから、いいわ」
アリスは言い捨てて、ぷい、とそっぽを向いた。指先がちくちくと針仕事の続きを始める横で、茶をすする魔理沙の目が面白がる形のまま笑っている。
その日、魔理沙が帰るまでアリスはずっと不機嫌だったそうな。いや。それはそれだけの話なのだが。
逆にそれが二人の日常の一コマという感じで、
話の雰囲気はいいと思いました
なんだかんだで一緒に過ごす二人の雰囲気が好きです。
楽しく読めたんですが、会話だけで進行すると少し読むのがつらくなってくる
ところがありました。
話の内容はおもしろかったです。クスッと笑えました。