Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

紅き館の小さなメイドSIDE:美鈴(4)

2009/05/06 00:11:38
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 この物語は「赤き館の小さなメイドSIDE:美鈴(3)」の続編となっております。

※この物語はオリジナル設定が多分に含まれております。それがダメな方はこの場で回避することを推奨いたします。
 大丈夫な方は↓へどうぞ。
 













































 夜も深まり、燭台の火がゆらゆらと宿舎の私の部屋を照らす。
 本来この時間は私はお嬢様の紅茶と食事の用意をしている頃だ。
 しかし、今の私はそのようなことをする気にはなれなかった。かといってベッドに潜り込みそのまま眠ってしまうという気にも、到底なれない。
 今、私の目の前で小さな少女がベッドにその身体を横たえている。
 少女が、時折苦しそうに呼吸を繰り返す。
 額には水で濡らし、絞ったタオルが当てられている。

「咲夜……」

 私は少女の名を呼ぶ。
 返ってくる言葉は無い。





 咲夜とメイドの仕事を始めて2ヶ月あまりが経ち、簡単なものならば一人でもこなせる様になった咲夜に仕事を任せ、私は一人で館内の清掃を行っていた。
 咲夜が倒れた。
 その報告を私が受けたのは昼を少し過ぎた頃。
 慌しく掛けてきた妖精メイドからその報告を受けて私が咲夜のもとに駆けつけると、咲夜の意識はすでに無かった。
 私は急いで咲夜を自室へと運び、ベッドに寝かせた。
 それから直ぐに、咲夜を診てもらうためにパチュリー様を呼びに図書館へと走った。
 パチュリー様の診察の結果は一言だった。

「――風邪ね」
「風邪、ですか」
「結構無理をしていたんじゃない? 倒れるなんてよほどのことよ。とりあえず私は図書館に戻って風邪薬を調合してくるから、あなたはこのまま咲夜の事を診ていなさい。レミィには私から言っておくわ」

 私にそう言い残すと、パチュリー様は部屋から出て行った。
 人間は私達妖怪と違い弱く、脆い。病気で簡単に死んでしまうことだってある。
 紅魔館に住む者達は皆病気というものにはほぼ無縁な為、その事実はすっかり頭の中から抜け落ちていた。

「馬鹿だな、私は……」

 今朝も咲夜はいつもと変わらず振舞って、調子の悪い素振りなんてまったく見せていなかった。
 けれど、今回のことは咲夜の一番近くにいた私が真っ先に気が付かなくてはいけなかった。
 体も出来上がっていない人間のこんなに小さな少女が、妖怪である私と同等の仕事をこなしていたのだから、いくら簡単な仕事内容とはいえ朝から深夜まで働いていれば何処かで無理が出るのも当たり前のことだ。
 少し考えれば分かるはずのことに気が付かなかった自分自身の愚かさに私は顔を覆った。




 
 控えめのノックの音が響いた。

「咲夜の様子はどうかしら?」

 ドアを開けて顔を覗かせたのはお嬢様だった。

「まだ目を覚ましません」
「パチェから薬を預かって来たわ」

 そう言うとお嬢様はベッドの脇に移動させた机の上に小瓶を置く。
 小瓶の中には赤黒い液体が入っていた。

「……それ、本当に風邪薬ですか?」
「パチェがそう言っていたしそうなんじゃない」
「随分と適当ですね。 ――薬の使用法に関してパチュリー様から何か伺っていますか?」

 私の質問にお嬢様は顎に手を当て少しだけ上を向く。

「確か、一日二回の服用で、そのまま飲ませるのは人間には効果が強すぎるから、コップ半分の水に3滴ほど垂らして飲ませるとか言っていたわね」
「コップ半分の水に3滴ですね。分かりました」

 私はお嬢様に頷いてみせる。

「……美鈴、今夜は咲夜に付いていなさい」
「どうしたんですか、お嬢様? 今日は何時に無く優しいじゃないですか」
「まるで普段の私は優しくないみたいな言い様ね」
「いえいえ、そんなことありませんよ」
「……まあいいわ。とにかく、あなたは今日はメイドの仕事は休んで構わないから、咲夜に付いていなさい」

 お嬢様に私は頷いてみせる。

「それじゃ、私は戻るわ」
「もう戻られるんですか?」
「パチェと紅茶を飲む約束をしているからね。 ――それに、何時までもそんな辛気臭い顔なんて見ていたくないわ」

 じゃあね、とお嬢様はヒラヒラと手を振るとさっさと部屋を出て行った。
 部屋に私と咲夜の二人が残された。






 パタパタと水の滴る音が響く。
 私は水で濡らしたタオルをギュッと絞る。桶に満たされた水に、また水が滴り落ちる。
 絞ったそれを咲夜の額に乗せる。
 咲夜が目を覚ます気配はまだ無い。
 時折苦しそうに表情を歪ませる咲夜の顔を見ながら、何も出来ない自分に歯がゆさを感じる。
 せめて、手の一つでも握ってやることが出来れば、と思う。
 けれど、それも叶わない。
 咲夜自身がそれを嫌うからだ。
 これまで、何度か手を繋ごうとした事があった。けれど、咲夜は頑なにそれを拒むのだ。
 手と手が触れるという行為に、恐怖にも似た反応を私に示すため、私もこれまで咲夜と手を繋ぐことをしたことが無かった。

「……おかあさん……」

 小さくか細い声が聞こえた。
 見ると、咲夜のには涙が一筋零れ落ちている。
 これまで咲夜が寝ている間に幾度か耳にしたその言葉。起きている時には決して口にしないその言葉。
 咲夜にも当然両親がいるだろう。これほどに小さな少女が両親のことが愛おしくない筈が無い。
 けれど、この少女は一人、この館でメイドを務めている。何か事情があるのだろうということは、初めて出会った時から察してはいる。
 気になることに変わりはないが、本人が話してくれるまでは私は何も聞かない。
 ポケットからハンカチを取り出し、咲夜の頬を流れ落ちる涙を拭う。
 
「……おかあさん……おとうさん……」

 少女の小さな手が、そこにいる誰かの手を掴もうとするように天井へと伸ばされる。
 涙がまた頬を伝い落ちる。
 迷いは一瞬だった。
 私は咲夜の手をそっと握り締めた。
 平常よりもやや高い体温が掌から伝わってくる。
 弱弱しい力が、私の手を握り返してくる。
 拒絶することなく握り返してくるその手に、私は涙が溢れそうになる。

「行っちゃやだ……ここにいて……」
「私はここにいる……咲夜の傍に付いているから」

 恐らくは聞こえてはいないだろう。だが私は咲夜に語り掛ける。
 今だけは私に縋るこの少女の手を、離してしまいたくはなかったから。





「ん……あれ……?」

 どのくらいそうしていたのだろうか。気が付くと私は咲夜の眠るベッドの脇に突っ伏していた。
 咲夜の手は握ったままだった。
 机の上に置かれた螺子巻き式の小さな置時計で時間を確認する。
 どうやら一時間ほど眠ってしまっていたようだった。
 咲夜はベッドに横になったまま、目を覚ました様子は無い。
 私は咲夜の額に乗せているタオルを変えるために手を伸ばす。ふとそこで自分の身体に小さな違和感を感じ手を止めた。
 身体が重い。まるで寝すぎてしまったように身体の動きが鈍かった。

「私も疲れてたのかな?」

 首を捻り、再びタオルへと手を伸ばす。そしてまた、再び手を止めた。
 鈴の音が聴こえたからだ。
 宿舎全体に響くような涼しげな鈴の音だった。
 直ぐに下の階から喧騒が聴こえてくる。
 ばたばたと慌しく駆けて行く足音。
 この鈴の音は門に取り付けられている警戒鈴の音だ。警戒鈴は何か異常があった時、直ぐに門番隊の宿舎にこれを伝えることが出来るように呪が掛けられている。
 門番のいる時にこの警戒鈴の音が響くということは、現在門番をしている門番隊だけでは手に負えない事態が門前で起こっているということだ。
 襲撃であれば今の門番隊の妖精たちの実力なら、二匹で連携すれば下級の妖獣程度なら追い返すことが出来る。それが出来るように私が彼女たちに訓練をしている。
 それでもなお警戒鈴が鳴っている以上、門番隊の隊長である私も出る必要がある。
 咲夜を見る。ベッドの中で一人苦しむ彼女を残して、出ようとしていることが私の胸を締め付ける。

「直ぐ戻ってくるから」

 ごめん、と一言謝り、私は部屋を出た。
 下へ降りると、私は出発しようとしていた門番隊の一匹を呼び止めた。

「状況は!?」
「美鈴隊長! はい、さっき報告を受けました。腹を空かせた下級の妖獣が複数、餌を求めて襲ってきた様です」
「そう、そしたら私もい――」

 行くと言おうとしてそれは彼女に止められた。

「私達だけで何とかなります。美鈴隊長は咲夜ちゃんの傍に付いていてあげてください」
「隊長、咲夜ちゃんが心配なんですよね? 顔に書いてありますよ。私達も咲夜ちゃんが心配なんですから、せめて美鈴隊長だけでもちゃんと付いていてあげてください」

 そこまで言われて、私は何も言えなくなってしまった。

「終わったらお見舞いに行きますから!」

 笑顔で私に手を振り、彼女は斧槍を手に門へと駆けて行った。
 結局、私は咲夜に言った通り、直ぐに戻ることになったのだった。

「ただいま」

 部屋へ足を踏み込むと私は直ぐに異変に気が付いた。
 耳に届いたのは荒い息遣い。

「――ッ咲夜!?」

 咲夜の眠るベッドへ駆け寄る。
 そこにいたのは、喘ぐように呼吸を繰り返す咲夜の姿だった。
 熱を測るために額へと手を当てる。

「なんで!?」

 咲夜の体温は信じられないほどに上がっていた。
 私がこの場を離れていたのはせいぜい数分程度のはずだ。
 本来ならこんな短時間にこれほど体温が上昇するなんて考えられなかった。

「と、とにかく薬を」

 頭に浮かぶ疑問をひとまず頭の中から追い出す。
 コップに水を注ぎ、机の上の薬の入った小瓶を手に取る。
 水に小瓶の中身を三滴垂らす。
 液体が水に触れた瞬間、じわりと無色透明だった水が濃い紅へと変色する。

「後はこれを飲ませるだけなんだけど――」

 咲夜の方を見る。一目見ただけで自力で飲めそうに無い状態だと分かる。
 死なせたくない。
 悩むのは一瞬だった。
 コップの中の薬を口に含む。苦いとも甘いとも言えないエグみのある味が舌を刺激する。
 それに少し顔をしかめて、咲夜の鼻を塞いで小さな口を開ける。そこに口移しで薬を咲夜の口内に流し込む。
 コクリと薬を嚥下する音が聴こえてくる。
 そのことに少しだけホッとする。
 その後、数回に分けて同様に咲夜に薬を飲ませた。
 コップの中の薬が全て無くなり、咲夜の呼吸が落ち着いたのを確認して私は改めて大きく息をついた。
 足元から崩れるように椅子に腰掛ける。
 よかった。
 心からそう思った。
 咲夜の手を握る。今度は何の躊躇も無かった。
 小さな掌から伝わる温もりに涙が出そうになる。

「よかった……本当に」

 その後、私は夜が明けるまで咲夜の手を握り締めていた。





 手に軽い衝撃を感じて、私は目を覚ました。
 どうやらまたベッドに突っ伏したまま寝てしまっていた様だった。

「ん、朝?」

 窓から差し込む日差しが視覚を刺激する。
 眩しさに目を眇める。
 ふと、ベッドへと視線を移動するとこちらを見る一対の瞳があった。
 咲夜だった。
 シーツを胸元まで引っ張り、ベッドの隅で怯えた視線を私へと向けていた。
 しかし、その眼は私を捉えていないように見えた。

「咲夜」

 私は咲夜へと手を伸ばす。
 小さく悲鳴を上げて、身を硬くする咲夜の頭を撫でる。

「よかった」

 小さく呟く。
 そのまま頭を撫で続ける。

「めー……りん?」

 私に初めて気が付いたように、咲夜が私の名を呼ぶ。

「ずっと、傍に付いてたの?」
「うん、そうよ」

 頷いて答える。
 それに咲夜は驚いた表情をしてみせる。

「なんとも……ないの?」

 咲夜の質問の意味がよく分からず、私は首を捻る。

「ううん、……何でも無い」

 直ぐに咲夜は首を横に振るとそのまま口を閉ざす。
 少しの間、室内を沈黙が支配する。

「めーりん」

 そろそろ沈黙が重くなってきて、何か言おうとしていたところで咲夜が口を開いた。
 どこか恥ずかしそうに、咲夜が俯く。

「……ありがとう……」

 小さな声だった。
 俯いているため、表情は見えない。だが、頬が少しだけ赤く染まっているのが見て取れた。
 その言葉に答えるように、私は無言で咲夜の頭を撫でた。

「咲夜ちゃんの様子はどうですか? あ、目を覚ましたみたいですね」

 唐突に、ノックも無しに部屋のドアが無遠慮に開かれた。

「お見舞い用のお花を摘んで来ました」
「うわ、美鈴隊長の部屋は相変わらず殺風景だなぁ」
「あー、門番長が咲夜を襲おうとしてる!」

 やってきたのは門番隊メンバーと妖精メイド達だった。

「あなた達……病人がいるんだからもっと静かに入ってきなさい。それとそこ、人聞きの悪い事言わない!」

 喧しく入ってくる彼女達に私はこめかみを押さえる。

「はーい」
「まったく……」

 摘んだ花を挿す為の花瓶の準備をする彼女達を見ながら小さく苦笑する。
 この二ヶ月で咲夜は紅魔館で働く妖精達の間ですっかり有名になり、特にこの宿舎で過ごすことの多い門番隊のメンバー達には可愛がられている。
 だからこそこうして心配し、見舞いに来てくれる。

「皆、ありがとう」
「何言ってるんですか美鈴隊長」
「そうですよ、私だって咲夜ちゃんが心配なんですから」
「なあに? それじゃあまるで私達は咲夜が心配じゃないみたいな言い方じゃない」
「いひゃい、いひゃい! ほふぇんなはい~!」

 ひとしきりじゃれ合った後、彼女達は互いに笑いあう。

「でも、咲夜が目を覚ましたようで良かったです。もう心配は無さそうですね」
「うん、元気そうで良かった」

 皆一様に安心した様に表情を緩める。

「食堂から果物持ってきたんだ。咲夜食べる?」
「私、林檎剥くよ」

 門番のメンバー達は咲夜の返事も待たずに、持参したナイフで果物の皮を剥いている。

「はい、どうぞ」

 ウサギの形に剥かれた林檎を受け取ると、咲夜は静かにそれを口に運ぶ。
 その姿を、門番メンバー達は満足気に眺めている。

「あ、そうだ。門番長」

 花を持った妖精メイドが私を呼ぶ。

「ん、どうしたの?」
「この花を活けたいんですが、花瓶はありますか?」
「ああ、それなら確か……」

 花瓶を仕舞っている棚へと向い、そこから花瓶を一つ取り出す。

「はい」
「ありがとうございます」

 それを受け取ると、彼女は慣れた手つきで花瓶の中を軽く濯いでから、簡単に周りを拭いて持ってきた花を活けていく。
 花瓶を机の上に置く。

「これでよし」

 そう言うと彼女は花瓶を前に、満足気に大きく頷いた。
 それから、他の妖精達を振り返る。

「それじゃあ、邪魔になるといけないからそろそろ失礼しましょう」
「ん、そうね」
「美鈴隊長の部屋って滅多に入れないからもう少し居たかったけど、しょうがないか」

 彼女の言葉に他の妖精達も頷くと、来た時と同様に騒がしく部屋を出て行った。
 バタン、と扉が閉まる。
 騒々しい足音が次第に遠ざかっていく。

「いつもながら騒がしい子達ね。ごめんね、咲夜。目を覚まして早々煩くて」
「……大丈夫」
「そっか。あ、そうだ。咲夜、何か食べたいものはある? 朝食を作って持ってくるわ」

 一階の食堂へ行こうと扉の取っ手に手を掛ける。

「待って」

 それを止めたのは、少しだけ大きな声。
 咲夜の方へと振り返る。

「別に、今はお腹空いてないから私はいらない。だから……」

 そこで咲夜は言い淀む。
 私は口を閉ざして咲夜の次の言葉を待つ。

「……もう少しだけそばにいて」

 それは、咲夜から私を頼る初めての言葉だった。

「いいよ、咲夜のそばにいるよ。それじゃあ、まだ横になっていなさい」

 私はベッドの脇の椅子に腰掛ける。
 咲夜が再びベッドに横になる。

「ねえ、めーりん」
「ん、何?」

 小さな手が私の方へと差し出される。

「手、ギュッて、して……」

 そっと差し出された手を握る。私の手を握り返してくる小さな手。
 ただ、それだけが嬉しかった。

「めーりんの手、あったかい……」

 咲夜が眼を閉じる。

「咲夜?」

 直ぐに小さな寝息が聞こえてきた。

「おやすみ、咲夜」

 立ち上がろうとして、それをやめて私は椅子に座り直した。
 なぜなら、繋がれた手が、私のことを離してくれそうに無かったから。
 だから、私は咲夜が起きるまでの間、咲夜の寝顔を眺めることにした。
 その顔は、どこか幸せそうな寝顔だった。
 気が付けば二ヶ月ぶりの投稿です。
 私の事を覚えて下さっている方ははたしているのかと心配しつつ、美鈴編その4をお送りいたしました。
 この美鈴編も予定では後一話ないし二話で終了です。あくまで予定。
 それから、お待ちくださっていた方々には遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
 今回のお話はいかがだったでしょうか?


 ここまで読んでくださった方々に多大な感謝を。


~~命名企画結果発表~~

 前回募集した妖精メイドと副門番長の名前が決定しました。
 応募してくださった方々、ありがとうございました!
 それぞれの名前は、妖精メイドは2様のミーヤを縮めて『ミヤ』、副門番長は1様の案を採用して『小美(シャオメイ)』としました。
 今後、彼女達には『紅き館の小さなメイド』だけでなく他の作品にもちょこちょこ出演してもらう予定です。
 彼女達の今後の活躍を温かい眼で見守っていただけると幸いです。
青水晶
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
お待ちしてました!

続編も期待してます!