Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

翼よ羽ばたけ、どこまでも(後編)

2009/05/05 11:55:34
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 推理を始める前に、これだけは咲夜に聞いておかなければならなかった。
 返答によって私の、アリス・マーガトロイドの立ち位置は変わる。

「被害者、目撃者、現行犯。全て揃っているのに、まだ妹さんを庇う理由は何?」
「……泣いていたから、よ」
「証拠にはならないわね」
「ええ、でも理由には十分よ」


【翼よ羽ばたけ、どこまでも】(後編)


「分かったわ。さて……それじゃ始めましょうか。確かに分からない部分も有るし」

 またカップが空になっていたが、さすがに3杯目は要らないだろう。
 私は話に集中する事にした。
 まずは、前提を固めなければならない。ここが揺らぐと推理そのものが成り立たない。

「まず。箒を壊したのって、本当に妹さんの破壊能力?」
「ええ、右手で何かを握りつぶしていたもの。物の目を突く時は必ずそういう動作をするわ」
「……物の目?」
「フラン様には全ての物の、壊れやすい急所が見えるの。それが物の目よ」

 人間でいう経穴(ツボ)のようなものだろうか?
 どんなものなのかイメージしてみようとしたが、どうしても想像がつかなかった。

「物の目を右手の中に移して握り潰すと、どんな物でもあっけなく壊れてしまうの。それがフラン様の力よ」

 物騒な事この上無い。大亡霊の死に誘う能力と良い勝負だ。
 正気なら、本当にそんなものを使うとは思えないが……。

「ただの見間違いという可能性は? 原因は別にあって、例えば他の誰かが弾幕中に横槍入れたとか」

 そんなことをする者も理由もないだろうが、一応可能性は考えないといけない。
 もちろん咲夜は、迷わず首を横に振る。

「私以外にその場に居たのは、パチュリー様と小悪魔だけど。箒が壊されるまで誰も手出しはしなかったわ」
「ふむ」
「それに良く考えて、魔理沙はフラン様の密室に閉じ込められていたのよ。外から一切手出しは出来ないわ」

 確かにその通り。マスタースパークでも無理な壁越しに、こっそりアレコレするなんて無理な話だ。
 小悪魔じゃ何撃っても貫通できないだろうし、パチュリーがやれるとも思えない。
 強いて物を壊せそうなスペルを上げるならメタルファージング(金属疲労)だが、あいにく箒は金属製じゃない。

「では、箒が故障した可能性は?」
「もし箒が残らないほどの故障が起きたとしたら、魔理沙は絶対無傷じゃ済まないわ」

 これもあっさり否定された。
 確かに、箒そのものが残らない事故なんて爆発か大暴走ぐらいしかありえない。
 そのどちらだったとしても、魔理沙はズダボロになっているだろう。

「それもそうね……ふむ」
「その辺りは私も念入りに調べたのよ、でもダメだったわ」

 強いて残された可能性を上げるなら、まず魔理沙自身が何らかの方法で箒を壊した場合だが。
 それこそありえない。あれだけ箒に入れ込んでいる魔理沙が、そんなことするものか。
 後は誰かが悪意を持って、何らかの条件で発動する破壊魔法を事前に仕込んでおいた場合。
 でも箒だけを破壊する魔法なんて、それこそ妹さんぐらいしか使えない。

「そう言えば箒の残骸は残っている? 調べれば何か手がかりが」
「塵も残さず消滅したわ。それこそがフラン様の力なのよ」

 微かな望みを託して言い終わる前に、メイド長は横に首を振った。
 ここで違う可能性が見出せれば弁護は簡単だったのだが、やはり一筋縄ではいかない。
 残念ながら、魔理沙の箒は妹さんの能力によって破壊された。そう考えるしかないようだ。



 ――Who(誰が) What(何を) When(いつ) Where(どこで) Why(どうして)したのか。
 悪魔の妹が、今晩、紅魔館の図書館で、魔理沙の箒を壊した。
 そこまで確定しているのなら、残りはWhy(どうして)だけ。
 私や咲夜が、妹さんに何か出来る事があるとすれば。
 それは誰もが納得する理由を見つけて、情状酌量の余地を見つけることだけだ。



「魔理沙は何か、妹さんに恨みを買うようなことでも?」
「いや。ここの所パチュリーに掛かりきりだったから、むしろ待ちわびていたはず」
「……今日は満月じゃなかったわよね?」
「ええ、綺麗な三日月だったわよ」

 今日が満月ならば、月の魔力で精神がどうこうと説明できたかもしれないが。
 そう簡単な話でもないらしい。

「でも、フラン様は心なしか顔色が悪かった気も」
「……吸血鬼、よね?」
「魔法使い、よ」

 吸血鬼に顔色の良し悪しなんてあるのだろうか? 血が流れているかどうかも分からないのに。
 思わず口からこぼれた疑問だが、咲夜は別の意味に捉えてしまったようだ。一瞬むっとした表情になる。

 まあ、妹さんは発作的に暴れたわけでもなさそう、と分かっただけでもよしとしよう。
 この話は今これ以上やっても収穫はなさそうだ、すぐ思い当たる節があるなら咲夜も苦労しない。
 私は話が変な方向にもつれる前に、話題を変えることにした。



「ところで、妹さんの新スペカは?」
「それは私もお嬢様も調べたけど……残っていないのよ。デッキの中には既存カードしかなかったわ」
「図書館には落ちてなかったの?」
「ええ全く。第一スペカが落ちていれば、普通気付くわよね?」

 全く持ってその通り。スペルカードは対戦中の相手にも分かるように、わざと目立つように作られている。
 ただの紙切れではないのだ。
 いくら図書館が散らかっていても、咲夜・パチュリー・小悪魔と揃って見つけられないはずがない。

「まさか、カードも壊したとか?」
「もしくは、最初からそんなカードは無かったのかも」

 そこまでやる? 私は思わず呻いた。
 スペカルールから言えば能力で直接攻撃するのはグレーだが、カード詐欺はもう真っ黒だ。
 おまけに箒もスペカも、どちらも残っていないのでは物証もゼロ。
 これでは弁護のしようがない。

 でも、それでも何か糸口を見つけなければならない。
 例えば……逆さスターボウまではまだいい、その次の新弾幕はどうにも不自然なのだ。

「新スペカで何か気になる点でも?」
「どうにも似合わないのよ。密室や一枚天井の弾幕なんて、まるで永夜亭の連中みたいじゃない」
「それはどういう意味かしら?」
「スカーレット家の弾幕は、正面から一気に叩き潰すイメージなのよ。布石置いてじわじわ攻めるなんて柄じゃなかったはず」

 複雑な飛び方はしないが、弾数と弾速が半端ではない。有効な回避パターンがあまり無く、反射神経が問われる。
 グングニル、バッドレディ、スカーレットシュートなど、私が抱いているのはそんなイメージだ。
 姉妹でそこまで傾向が違うとも思えない。

「あら、それは偏見というものよ? 少なくとも私の弾幕はもう少し優雅だわ」
「あなたの事は聞いてないわ。それにどうしてそんな改悪したのかも分からない」
「改悪? 十分凶悪だと思うのだけど」
「いくら超高密度だって、肝心の射程が短すぎて初見殺しにもならないでしょうに」

 雪合戦を想像して欲しい。
 普通の人間が雪球を投げる場合、掌サイズの雪球1個がせいぜいだ。
 これを一度に沢山投げつけようとした場合、どうなるだろう?
 ちゃんと力が入れられず、雪球は遠くまで飛んでいかない。
 スペカは雪合戦よりはずっと大規模だが、弾数を欲張りすぎるとやはり射程や速度が犠牲になる。

「でもハマればやっぱり強力では? 魔理沙だってハマっていたし」
「そこが不思議なのよ。どうして魔理沙は、そんなのに当たったのかしら?」

 魔理沙の速度で動き回っていれば、有効範囲に入れるのも至難の業のはず。

「運悪くスターボウの安地に居たから、だと思うけど」
「本当に運悪く? スターボウ自体が布石だった、と考えられないかしら」
「考えすぎじゃない? まぁ……否定は出来ないけど」

 もしそうだとするのなら。妹さんはかなり冷徹にスペカを使っていたことになる。
 私も弾幕はブレイン、を自負しているけど。スペカその物を布石に使って次のスペカを当てる、なんて真似は滅多にやれない。
 狙うのが難しいし、消耗も激しいからだ。それに失敗したら後がない。
 少なくとも、怒りに任せてスペカを撃っていたのなら絶対にこんな芸当は出来ない。

「それにもう一つ、どうしてこんな遅いスペカを撃ったのかしら?」
「弾数増やしすぎて、速度出せなかったからじゃ?」
「それはそうだけど、時間を掛けすぎれば邪魔だって入る。特にパチュリーとあなたが傍に居たなら、なおの事」

 そもそもケージで動きを封じたなら、わざわざケージ全体を縮めて押し潰す必要も無い。
 私だったら、そのケージの上から速射を刺しこむだけにする。
 そうしたほうが手っ取り早いし、スペカルール違反にもならない。
 どうしてわざわざ不利になるような事をするのか、理解できなかった。

「……でも、遅さにも意味はあるかもしれないわよ?」

 それまで聞きに回っていた咲夜が、唐突に口を開いた。

「どんな意味?」
「例えば、当たって欲しくなかったとか」

 なるほど、確かに押し潰す為ではなく閉じ込めるだけだった、というのは説得力がある。
 でも、話はそこで止まってしまう。
 逆さスターボウが、魔理沙を低空に誘導する為の布石だったとしたら。
 凶弾幕が、魔理沙を釘付けにする足止めに過ぎなかったとしたら。
 結局、本命は『箒の破壊』になる。

 何故、何の為に?
 わざわざ弾幕戦の最中に、箒だけ狙って壊さなければならない理由は何?
 魔理沙を倒したいだけなら、破壊の能力で直接攻撃してしまえばいい。
 勝負として勝ちたいなら、もっとスマートな弾幕の張り方はいくらでもある。
 箒を壊したいだけなら、勝負なんて仕掛けないで物陰からこっそり壊してしまえばいい。
 どう考えたってデメリットが多すぎる。



「……あなたが言いたいこと、何となく分かった気がする。確かにこれは変だわ」
「共感してもらえて、何よりよ」
「でも妹さんってそんなに理詰めに考える子なの?」
「色々と言われているけど、教養はあるわよ。訳も無く暴れたりする子じゃない」
「でも、それなら何故? ちゃんとした理由があるなら、妹さんは何故それを言わないの?」

 魔理沙の半身とも言うべき、箒。
 不器用と笑われながらも貫き通してきた、古風な魔女のスタイル。
 おそらく魔法を覚えたその時から共にあったであろう、天駆ける翼。
 それを失った時、魔理沙は何を思うのか?

 人形に火薬を仕込み、使い捨てる私にその気持ちは分からない。
 それでも、平気を装っていても内心は少なからず傷付いている……ぐらいは想像できる。
 はたして悪魔の妹は、どうなのだろう?
 自分の能力がもたらす結果に、目に見えない傷に、少しでも気付けるものなのだろうか?

「妹さんは……魔理沙が箒を大事にしていると知らなかった?」
「それは無いはずよ、間近で見てきたもの」

 そう、結局は箒だ。
 妹さんはそれが大事なものである事を知っていながら、消さなければならなかった。
 泣いていたという事は、それは妹さんにとって不本意だったという事だろうか。

 そこまでさせた理由は、一体何?
 あなたは何故、泣いているの?
 その答えは出ないまま、ただ時間だけが過ぎていく。


「それにしても……タイミングが悪すぎたわ」

 沈黙を先に破ったのは咲夜だった。

「ここの所、魔理沙を見なかったでしょ?」
「ええ、まぁ」
「パチュリー様と二人きりで図書館に篭っていたのよ。何か秘密で研究をしていたみたい」
「へ、へぇ……」

 別に何でもないはずなのに、妙に声がかすれるのは何故なのだろう?
 チラッとそんな事も考えもしたが、すぐに頭を切り替える。

「小悪魔も含めて全員中に入れなかったわ。それでずっと、フラン様は構ってもらえなかったのよ」
「ちなみに、内容は?」
「私も知らないのよ。でも、渋るパチュリー様に本を全部返してまで頼んだぐらいだから……よほどの事でしょうね」
「他に分かる事は無い?」
「私はその時、図書館に誰も近づかせないように命令されていたわ。特に天狗が来たら全力で追い返すように、と」

 天狗……確かに何か秘密の研究をやっている所を新聞記者にすっぱ抜かれたら、たまったものではない。
 新聞記者を追い返せ、という命令は別におかしなものではないが。
 私にはどうも、特定の天狗を指している気がしてならなかった。

「で、ようやくその研究も完成したの。二人ともボロボロに疲れ切っていたけど、やり遂げた感じだったわ」
「成功だったわけね」
「ええ。魔理沙は大喜びしていたし、私達も当然ねぎらったわ。ただフラン様だけは……」
「不機嫌だった?」
「確かに不機嫌だったけど、しきりに首をかしげていたの。私にはこう……悩んでいるように見えたわ」

 それは嫉妬だ、と片付けてしまえば話は簡単だった。
 魔理沙がパチュリーに付きっきりだったのに嫉妬して、八つ当たりで箒を壊した。
 これだけで事件の説明は終わる。

「そう見ているのは、咲夜だけ?」
「ええ。ちなみに今回の事件は、この次に魔理沙が来た時よ」

 咲夜の心象をどこまで信用していいものか分からないけど。
 妹さんが本当に別のことで悩んでいたとしたら、それは何を悩んでいたのだろう?
 おそらく、この微笑ましい光景の中でただ一人、妹さんにだけ違う光景が見えていたはずだ。
 彼女は一体、何を見た?



「そう……」

 私はしばらく長考に入った。
 出そうなピースはだいたい出揃った感じがする、これ以上は出ないだろう。
 後はこれを繋ぎ合わせるだけだ、それが出来なければもう迷宮入りになる。

 ……しかし考えれば考えるほど、妹さんの行動は矛盾している。
 デメリットだらけの犯行なのに、計画的。
 そして魔理沙の箒を壊しても、妹さんにとって何か得する訳ではない。
 これではまるで自爆と同じで……自爆……

 いや待て、私は思い違いをしていたのではないだろうか?

 それは私のスペカ、リターンイナニメトネスのような一瞬の閃き。
 自らを含め、敵も弾も全て消し去る究極の自己犠牲。
 業の深いスペカだが、自爆人形は決して狂っているわけでも、恨んでいる訳でもない。
 自ら突っ込み、そして散っていく。
 何の為に? 主人たる私を守る、ただそれだけの為に。

 発想の転換だ、デメリットと考えるから謎になる。
 そのデメリットこそ、妹さんの望むメリットだったとしたら。
 彼女の自己犠牲は、誰を守る為?

『全ての物の、壊れやすい急所が見れる能力』
『魔理沙が本を全部返してまで頼み込んだ、秘密の研究』
『妹さんが泣きながら壊さざるを得なかった、箒』

 確証はないが、おそらくこれらのパーツは一つに繋がる。
 そしてパーツはもう一つ残っている。
 おそらくこれが一番最初。咲夜には知りえない、魔理沙と私だけが知っている小さな事件。
 私が今まで忘れようとしていた、苦い記憶……


◇◇◇


 ――魔理沙はある時期まで幻想郷で最速だったし、本人もそれを誇りに思っていた。
 変化自在の巫女に引け目こそ感じてはいたが。それでも一直線なら誰にも負けないと信じていた。
 ……あの天狗が出てくるまで、は。

 魔理沙は勝負を持ちかけられ、そして惨敗する。
 切り札のブレイジングスターさえ、幻想風靡の速度には追いつけなかったのだ。
 かたや、疾風と共に生まれ育った生粋の鴉天狗。対する魔理沙は道具無しでは飛べない努力の人。
 私だったら、こんな最初から目に見えている勝負などしない。
 ボクシングだって重量制限があるのだ。種族というハンデを押してまで、わざわざ相手の土俵に立つ理由なんて無い。
 しかし魔理沙は真っ向勝負をし、そして決着は付いてしまった。

 あの日から、魔理沙はリベンジを狙い続けている。最速こそが自分の存在意義だと言わんばかりに。
 体重を落とし、飛び方を工夫し、スペカも強化した。しかしそれでもまだ足りなかった。
 箒に頼る以上、結局最後に物を言うのは箒の性能。
 全てが行き詰まり、魔理沙が私のところにやってくるまでにそんなに時間は掛からなかった。

「誰かは知らないけど、この箒を造ったのは天才ね。私も器用さには自信があるつもりだけど……」
「えへへ」

 古道具屋にも断られ、思いつめた顔をしていた魔理沙だが。
 自分が褒められたわけでもないのに、この時初めて嬉しそうな顔をする。

「相手はたった一本の箒に、ここまで緻密な術式を組み込んだ芸術家よ。実力は少なくとも私と同じ、いや私より上かもしれないわ」
「アリスだって、会ったことあるはずだぜ」

 もしかすると、箒を造ったのは魅魔だろうか。
 だとしたら……ああ、このままで話を終われたらどんなによかっただろう?
 それでも私は、冷酷な解析結果を告げなければならなかった。

「でも、だからこそ言える。これ以上は絶対無理よ」
「……」
「森近さんは何一つ間違っていないわ。だからもう、諦めなさい」

 一見、圧縮すればまだ追加できそうに見えるが。
 それは魔理沙の乱暴な使い方にも耐えられるように確保された必要最低限のゆとりだ。
 これ以上はいじれない、箒に編みこまれた術式はきっちり限界まで来ている。
 ……むしろ、箒でここまでの動きが出来ていた方が奇跡なのだ。

 私に言わせれば、そもそも箒は自力飛行できない駆け出し魔女の補助具でしかない。
 どんなに改造して性能を上げたって、自力飛行のフリーダムな運動性には遠く及ばない。
 例えこのまま速度だけ天狗に追いつけたとしても、同じ戦法では勝ち目は無いだろう。
 だから、私はこう言った。


「あなたは何故、そこまで箒にこだわるの?」


◇◇◇


 この後に、魔理沙がパチュリーのところに箒を持ち込んだとしたら。
 パチュリーが断りきれずに、魔理沙の願いを聞き入れたとしたら。
 秘密の研究内容が、箒の過剰強化だったとしたら。

 全て辻褄が合う。

 パチュリーにだって分かったはずだ。あの箒を改造するのが、どんなに危険な事なのか。
 彼女の知識と魔力は大したものだが、残念ながらそれほど器用ではない。
 そしてこういうマジックアイテムの複雑な改造には、どうしても精密作業が必要になる。
 彼女には向いていないのだ。まだ『天狗を倒せる新スペカが欲しい』のほうが簡単だろう。
 しかし分かっていてもなお、パチュリーはやったのだ。
 古道具屋にも私にも断られ、もう行き場の無い魔理沙の為に。決して多くは無い可能性に全てを賭けた。

 一見、それはうまく行ったようだった。その時の喜び様は想像に難くない。

 ――でも現実は残酷だった。この時から既に、箒の崩壊は始まっていたのだろう。
 だから見えてはいけない物、もう一つの『物の目』が妹さんには見えていた。
 この時、誰かが妹さんの悩みを真剣に聞いてさえいれば。
 もしくは妹さんが誰かに打ち明けていれば、まだ間に合ったかもしれない。
 でも実際には、そうにはならなかった。
 次に妹さんが魔理沙に会った時には、箒はもう手の施しようが無い状態になっていた。
 すぐに知らせようか? でもそれを知れば、パチュリーはひどく傷付く。
 でもこのままでは、魔理沙はすぐに大事故を起こしてしまう。
 ……今、それに気付いているのは自分一人だけ。
 だから妹さんは悩みに悩みぬいた上で、結論を出した。


『私が悪役になれば、誰も傷つかずに済む』と。

 
 でも心優しい破壊魔は、二つの誤算をしていた。
 一つは、そんな事をしても周囲は悲しむだけだと気付けなかった事。
 そしてもう一つは、ここまで悪役に徹してもなお、自分を信じて食い下がるメイド長が居た事だ。


「ねえ、もしかしてその研究って箒の事じゃない?」
「……」
「咲夜?」
「……あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて」

 疲れているのか少し反応が鈍かったが、私は気にも留めなかった。
 これから話す内容に比べれば、たいした問題ではない。

「内容自体は分からないけど、確かに時々飛び回っていたわ」
「あのね、もしそうだとすると、だけど……」



 ――私は先日の事と先ほどたどり着いた推理を、たどたどしく咲夜に話していった。
 それにしても、我ながら酷い推理だ。慣れないことはするものじゃない。
『~だったとしたら』『~かもしれない』のオンパレードになっている。
 でも真実はどうあれ、証拠は全て失われた今、客観的に調べる事はもう出来ない。
 妹さん自身が口にしない以上、もう知る術は残されていない。
 説明を終えてしばし、咲夜は今日初めて笑顔を見せた。

「いいわね、話の筋は通っているわ」
「でも、これはあくまで推測よ? 真実は違うかもしれない」
「分かっているわよ、裏は取るわ」

 裏を取る……私に出来るとすれば、何だろうか?
 同じ箒にパチュリーの改造術式を組み込んで、耐久テストをしてみるぐらいかもしれない。
 何なら八雲家の式神に検算を頼んでもいい、でもそれだって確かな結果は出せないだろう。
 あの箒は「生きて」いたし、魔理沙が長年掛けて育てた一品物だ。
 それと完全に同じ箒なんて、そもそも用意できるはずが無い。
 例え万物生成の力をもってしても、完全に同じモノは造れはしない。

 しかし、おおよそ同じでいいなら作れる。
 最初の引き金を引いてしまったのが私なら、せめて解決するのも私の手でやるべきだろう。
 幸い、手元には魔理沙の箒を調べた時の詳しい記録が残っている。
 とっておきの魔術書もある。
 そして、咲夜が居るなら時間だって何とかできる。

「……後始末はどうする? 今なら代わりを用意できるわ、後は歴史食いに頼めば」
「全てを無かった事に? 確かにそれは魅力的な提案だけど……」

 全てを闇に葬るつもりなら今のうち。
 多少違いは出るだろうが、私が改造したという歴史にしてしまえば誤魔化せる。
 皆が平穏な日々に戻るには、もうこれしかない。

「せっかくだし、しばらく様子を見ましょ。こういうのは当人たちが自分で気付くのが一番よ」
「あなたはそれでいいの?」
「アリス、よく考えてみて。この事件に悪者なんて居ないのよ」

 咲夜はしばらく間をおいて、そして諭すように続けた。

「魔理沙が、パチュリー様が、そしてフラン様が良かれと思って無理をして。それが重なって起きただけじゃない」
「確かにそうかもしれないけど……」
「アリスまで同じ事をしたら、それこそ取り返しが付かなくなると思わない?」

 取り返しの付かない事態。それは、箒が私の造った偽物とばれた場合だろう。
 もちろん、そんなことがあってはならない。
 しかしもし、そうなってしまったら……その先何が起こるか、想像したくも無かった。

「じゃあ、黙って見過ごせって言うの? 下手すれば妹さんはこのままずっと地下室よ?」
「大丈夫よ。魔理沙もパチュリー様もすぐに気付く。そうなればフラン様と和解できるはずよ」
「そうなるものかしら?」
「そうなるものよ。私達はただ、そっと手助けすればいいだけ」
「そうは言っても……」

 今は大事な物を失ったショックで二人とも冷静ではない、でも落ち着いてくれば必ず気付くはず。
 そして妹さんの気持ちも分かるはず。
 咲夜はそう言いたいのだろう。私だってそう思いたい。
 しかし結局は後味の悪い出来事なのだ。無くすに越した事は……
 私が顔をしかめていると、咲夜は面白そうに笑ってこう言った。

「あなたが過保護だって噂は本当だったのね」
「うるさいわね。大体あなただって人のこと言えないでしょ」
「心当たりが無いけど」
「じゃあもっとストレートに言いましょうか。今何時?」

 しれっと答える咲夜に、私は切り返す。

「紅魔館時間だと15時ね。アリスにとっては午前3時でしょうけど」
「そうじゃなくて。咲夜、あなた自身の時間よ」
「……39時ぐらい、かな。ここ来る前に手間取っちゃって」

 バツが悪そうにちょっぴり舌を出す咲夜、私は小さくため息をついた。
 どうせこんな事だろうと思っていた。
 咲夜は、妹さんを弁護できる証拠が欲しくて、ヘトヘトになるまで時間を止めて探し回っていた。
 私から言わせれば、そっちのほうがよっぽど過保護で無理をしている。

「どうして分かったの?」
「簡単な事よ。ぱっと来た割には情報が揃いすぎていたし。それにほら、目が充血しているわよ」

 咲夜に手鏡を渡して見せる。咲夜はただ苦笑するだけだった。

「悪い事言わないから、少し寝ていったら?」
「いや……寝るなら館に戻ってからでないと。今ここで寝たら時止めが解けそうで」
「でもそんなじゃ、あと半日持たないでしょ」
「美鈴がシフト変わって非番になったから、いざとなったら代わってくれるって」
「いざとなったら、じゃなくて。帰ったらすぐ交代してもらいなさい」

 門番にメイド長の代わりが務まるの? 一瞬野暮な疑問が頭をよぎるが、すぐに振り払う。
 美鈴は無骨な仕事とは裏腹に、何かと気の利く妖怪だ。きっとうまくいくだろう。

「でも結局、これだと最初と何も変わらないわよね」
「知っているのといないのとじゃ、大違いだわ」
「そう? それならいいのだけど」

 結局は、レミリアの指示通りに動かざるを得ない。
 ……いや、もしかするとレミリアは最初から分かっていたのかもしれない。
 495年も一緒に居た妹の事だ、誰よりも詳しく分かるだろう。
 そして自分が動くなと言っても、咲夜がこっそり動いてしまう事も。
 結果的に、咲夜が私に釘を刺してしまう事も。

「もちろん、二人が本格的に動き出したら。私からもお嬢様に進言するつもりよ」
「疑わしきは罰せず、フラン様の処罰を考え直せ?」
「そうそう、そんな感じ。私ならもう少し丁寧に言うけどね」
「でも、あまり無理言っちゃだめよ? レミリアだって苦しい立場なんだから」

 レミリアは姉であると同時に、紅魔館の主でもある。
 いくら相手が妹とはいえ……いや妹の為にも、心を鬼にしなければならなかった。
 罪には罰を、そうでなければ館の秩序は保てない。
 そして妹さんも、スペカルール違反者として博霊の巫女に退治されてしまう。
 でも地下室に幽閉しておけば、妹さんはそれ以上危険な目に遭わずに済む。

「ふふ、自分の仕事は分かっているわよ」

 私は真面目に釘を刺したつもりなのだが、咲夜は何故か楽しそうだった。
 考えてみれば、相手はいつもレミリアの傍に居るメイド長。
 釈迦に説法を説く、だったかもしれない。

「じゃあ魔理沙はお願いね。パチュリー様はこっちでフォローしておくわ」
「あれ、起きるまで待たなくていいの?」
「必要な情報は手に入ったし、私がここに来たのは伏せておきたいから」
「分かったわ。……私達は今夜、出会わなかった」

 レミリアに内緒で動いている以上、そのほうがいいかもしれない。
 私たちはここでの密会を無かった事にした。

「でも、事が済んだらウチにいらっしゃい。お茶会に正式に招待させてもらうわ」
「いいの?」
「あなたに紹介したい子もいることだし、是非」
「う~ん、でも妹さんにも結局知らせない訳でしょ?」
「大丈夫よ。お気に入りの黒白人形の作者だって言えば、喜んで会いたがるはずよ」

 魔理沙人形? 確かパチュリーに頼まれて1つだけ作った覚えがあるけど……。
 なるほど、パチュリーも自分で言うほど仲が悪いわけでも無さそうだ。

「ええ、楽しみにしているわ」
「では時間も無いから、これで失礼するわ」

 咲夜はスカートの裾を摘んで優雅にお辞儀して見せ、その次の瞬間には消えてみせた。
 時間を止めて大急ぎで紅魔館に帰ったのだろう。
 そして入れ違いに戻ってくる、上海と蓬莱。
 帰ってくるのが遅すぎ、と思わず苦笑するが。すぐに思い直す。
 咲夜とずっと喋っていたのだ、時間の流れがおかしくなっていても不思議ではない。



 まだ夜はふけていない。
 聞こえてくるのは虫の音と、魔理沙の安らかな寝息だけだ。
 椅子に座ってその寝顔を眺めながら、私は一人考える。

 あなたは何故、無理してまでここに戻ってきたの?
 あのまま紅魔館に留まっていれば、私なんかに拾われずに済んだでしょうに。
 箒が壊されてパニックになっていた姿を、見られたくなかったから?
 それとも、魔理沙にも何となく理由が察せたから?
 どんな箒でも飛べるように見せかければ、妹さんもそんなに気に病まなくて済むかもしれない……。

 目が覚めたとき、魔理沙はどんな顔をするだろう?
 話したい事は沢山ある、今度は出来る限り手も貸したい。でも少し怖くもある。
 魔理沙はまた、私を頼ってくれるのだろうか?
 それに咲夜は太鼓判を押していたが、私の推理はどこまで当たっているか分からない。
 結局は机上の空論なのだ。真実はもっと醜くて残酷なのかもしれない。


 魔理沙が起き出すまでには、もう少し時間がある。まだ何か調べ直した方がいいのかもしれない。
 でも、その寝顔を見ていると思い出したように私も眠くなってくる。
 これでは推理どころではない。
 安楽椅子探偵ごっこはもう止めよう、ここで考えていても何も始まらない。
 魔理沙が起きたら、そこで直接聞いてみればいいだけなのだ。
 眠れる時に寝ておこう、明日はきっと長い一日になる。

「……お休み、魔理沙」

 私は小さく呟き、そのまま眠りに落ちていった。
【後日談】

 結局魔理沙は、最速を奪われたのが悔しかった訳ではなかった。
 箒を、たった一つ残った師匠の贈り物を馬鹿にされた気がして悔しかったのだ。

 でも、新しい箒は魔法使い4人で作った。

 魔理沙は文に再挑戦し、接戦の末に勝利するが……それはまた、別のお話。
名前が無い程度の能力
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
読み物としては無理矢理でしたけどそれなりに面白かったです。
でも推理モノとしては下の下の下。
2.名前が無い程度の能力削除
雰囲気は悪くないけど…。
3.名前が無い程度の能力削除
妹様を心配する咲夜さんの気持ちと、当事者二名と咲夜さんを心配するアリスの気持ちが優しいなと思いました。
後日の二人のお茶会も見てみたいですね。
4.名前が無い程度の能力削除
普通に面白かったけど、できれば咲夜とアリスの会話だけで終わらせないでほしかったかな
あとは仮説だよって前提置いてたのに確証扱いしちゃってるのもどうかなぁと思いました
気になったのはこんなところかな
5.名前が無い程度の能力削除
途中で結末が読めてしまったので、もう一捻りほしかったかも。
けど話の雰囲気なんかは大好きです。
素晴らしい作品ありがとうございます。
6.名前が無い程度の能力削除
コメントありがとうございました。
一番肝心の論理展開の部分で失敗したみたいで、何とも申し訳ないです。
今の登録タグだと詐欺みたいになるので、ちょっと直しておきますか。

>1
全く持ってその通り、私の腕不足です。読み物としては機能したのが不幸中の幸いでした。
ただ妖怪魔法当たり前の世界だと、色々やりにくいのです。

>2
納得できない部分については申し訳ない、私の至らぬ所です。

>3
一番描きたかったのがそこなので、そう感じてもらって何よりです。

>4
ありがとうございます、具体的に指摘してもらえると非常に助かります。
もうちょっとこう、魔理沙にも動いてもらうとか、やり方を考えるべきでしたね。
もしくは小悪魔を主人公にして、館内で調査させてもよかったかなぁ。

>5
「情報後出しすぎて先が読めない」だけは止めようと意識してましたけど、
もうちょっと他の部分も意識するべきでしたね。
雰囲気は気に入っていただけたようで何よりです。
7.名前が無い程度の能力削除
咲夜はレミリアを「お嬢様」と呼ぶ様な気がしますが。

話の更に前後をそこそこに書いたら結構推理ものになってたかな?

とりあえずお疲れ様です。
8.名前が無い程度の能力削除
>7
呼び名に関しては、アリスはフランの事をどう呼ぶか? は散々調べたのですが(例えばパチュリーは妹様と呼ぶ)
基本的な事(咲夜は本人の前でなくても、レミリアをお嬢様と呼ぶ)を忘れてました、たはは……
フランの、本人の前だと「お姉様」、居ないと「アイツ」になるのと混合していた模様、お恥ずかしい。

後ろの部分は最初は考えてましたけど、付け足せば付け足すほど話が暗くなってバッサリ切ったのですよ。
ショックのあまり寝込むパチェ、もういいからフランを出してやれと叫ぶ黒白、証拠が無ければダメとレミリア
では箒の壊れる実験をしようと、魔界から取り寄せた資料と小悪魔から渡されたパチェの資料を元に再現するものの
再現品と元の箒は何故か、微妙に合計が合わない。ほんの少し、元の箒の方が「何か」が多かった。
その「何か」とは、巧妙に隠された暴走防止用の自壊装置で。
パチェの改造でそれが中途半端に刺激されて箒は壊れた、でも破壊の力で砕かなくても暴走はしなかった。
フランのやったことは全く無駄だった。でもそれを仕掛けたのは一体誰で……
とまぁ、こんな具合ですが。後出しで今さら書くのも何ですよね(苦笑)
9.名前が無い程度の能力削除
軽すぎず重すぎず面白かったです。
咲夜さんとアリスの優しさがいい。
後日談は読みたかったですねー。
10.名前が無い程度の能力削除
>9
感想ありがとうございます、レス遅れてごめんなさい。

そう言って貰えると非常に助かります、途中まで投稿したの後悔してましたから。
ただ後日談は...私は激しい動きのある描写(戦闘シーンなど)が苦手なので、
書けたとしても、結局お茶飲んでいる話になりそうです(苦笑)