ある冬の朝のおはなし。
霊夢が雨戸を開けると、境内の、梅の木のすぐ傍にリリーが立っていた。
梅の枝には、ちらほらとつぼみが見られるが、所詮その程度。1つも咲いていない。
どこをどう見ても春らしさは伺えないが、リリーは飽きずにそれを凝視している。
無遠慮に降る雪が、彼女の帽子や服に、うっすらと積もり始めていた。
「ちょっと、そんなとこいると風邪ひくわよ」
まだ半開きの目をこすりながら霊夢が声をかけたが、リリーは視線すら動かさなかった。
顔を洗って、朝食を作って食べて片づけて、雪かきに外へ出てみても、
リリーの周囲は何ひとつ変わっていなかった。
強いて言うなら、無遠慮に降る雪が、先ほどよりももっと積もっていた。
「まったくもう」
雪に跡を残さずに、霊夢はリリーのもとにふわふわとづいた。
「いい加減にしなさい」
霊夢は両手でリリーの頬をはさむと、無理やりこちらに向けさせた。
「分かる?春はまだまだ遠いの。お正月終わったばかりでしょ?」
頬から手をはなすと、でもやっぱりリリーは梅の枝の方に顔を戻してしまう。
「むむむぅ、この強情っ娘め」
リリーの服の襟をつかみ、霊夢は神社の中までリリーを引きずっていった。
そして、無理にこたつの中に押し込んで、座らせ、お茶をいれた。
「さあ、飲みなさい。温まるから」
ところがリリー、こたつに座ってもなお、庭の梅の木を凝視。
「あーもー」
霊夢のイライラはついに頂点に達した。
ここに来る来客と言えば、基本傍若無人。
自宅のように振る舞い、霊夢を酷使しようとする魔理沙。
物置から勝手に酒を持ってきて飲んでしまう萃香。
何の断りもなく勝手に色々持って行ってしまう紫。
屋根裏に忍び込んでは盗撮を平気でしかける文。
うまい話を延々と続け、うまく口車に乗せ、分社まで建てていった早苗。
だというのに、今度の来訪者は、まったく違うタイプの傍若無人。完全マイワールド。
やけっぱちになった霊夢は、リリーの隣に座り、湯呑を持たせ、
「お茶をいれられたらおとなしく飲むの。うちのルール!」
グイッと飲ませた。
しばらくリリーは、雪の上をリリーらしくのたうちまわっていた。
「猫舌だったのかしら」
それから霊夢は、境内の雪かきをやって、それからちょっとした用事で出かけた。
のたうちまわるリリーは少し可愛そうだったが、これに懲りて神社を去ると思っていた。
帰ってきた頃には、すっかり真っ暗になっていた。
「うぅ、やっぱり冬の夜は冷えるわねぇ。今度、防寒具を新調しようかしら」
などと戻ってみると、どうも庭になんだか、白い塊が見える。
「まさか」
急接近してひっぱたくと、雪がぼろぼろと落ちて、リリーの姿が現れた。
「まだいたの?」
雪を払われようが、声をかけられようが、リリーはただ、梅の枝しか見ていない。
「あんた、まるで方位磁針みたいね」
霊夢は呆れ、ついに追い出すことを諦めた。
別に、庭にいても害となることはない。
「私は中にはいるけど、あなた、まだここにいる?」
どうせ返事なんてしないだろう、と思って聞いたのだが、かすかにリリーの首が上下に動いた気がした。
あまりにもかすかすぎたので、霊夢は見間違いだと思ってしまったのだが。
真夜中になると冷え込みはいっそう厳しくなった。
就寝の準備をはじめた霊夢は、雨戸を閉める時になってふと、リリーのことを思い出した。
幸い、まだ火鉢の中の炭は煌々と燃えていたので、それを抱えて霊夢は庭に出た。
夜空は晴れ渡り、星が輝いていた。放射冷却で、外は水も凍るほど寒かった。
それでもリリーは、寒そうな様子ひとつ見せず、じっと梅の枝を見つめている。
その傍に、霊夢はその火鉢を置いた。
「今夜は寒くなるわよ。これ、置いて行くから」
その言葉に、リリーはふと一瞬霊夢の方を見て、また視線を戻した。
霊夢もむしろ、一瞬こちらを見たことに驚いたくらいで、無視されることには慣れてしまった。
「それじゃ、おやすみ」
霊夢は母屋に戻り、雨戸を閉めた。
火鉢を失い、いつもより凍える寝床で霊夢は、妖精の行動原理の不思議さについて少しだけ考えてから寝た。
朝が来た。
朝の気配に、霊夢が身を起こすと、枕もとにあの火鉢が置いてあった。
雨戸が1枚開いていて、そこから枕もとまで、何か重いものを引きずった跡があった。
「必要なかったのかしら」
最初はそう思ったが、春しか頭にない春告精リリーがここまで行きとどいたことをしたのには驚いた。
必要ないなら放置すればいいし、邪魔ならばその辺に移動させればいいのに、
なぜか、霊夢の枕もとまでわざわざ運ぶその理由は見当たらない。
「妖精って気まぐれなのね」
そう呟きながら霊夢は雨戸を開けた。
リリーは何も変わっていなかったし、梅も全然咲いていなかった。
顔を洗い、朝食を軽くすますと、霊夢は昨日のようにリリーを中に引きずりいれた。
「ねえ、あんたって何を考えて過ごしてるの?」
こたつに座らせたリリーに、よく冷ましたお茶を差し出しながら霊夢は言った。
リリーは質問には答えなかったが、その代わり、自分から進んで湯呑を手にとって、飲んだ。
この後しばらく、リリーは雪の上を転げ回った。
「分かったわ。渋いのがダメなのね」
リリーが何とか起き上がって、また定位置に戻った頃、霊夢は物置を物色していた。
「えーと、あれはどこ行ったかしら。だいぶ前に使ったんだけど………」
探すこと10分。毛糸と、編み針が埃をかぶって姿を現した。
「やっとあったわ。お裁縫なんて、ずっと昔のことだからもう忘れてるけど」
毛糸は、リリーの髪の色と似た色だった。太陽みたいに暖かくて優しい色だと、霊夢は思った。
「えーと、まずはここをこうして、で、ここを………あれ?間違えた?」
結局その日の昼間の全てを、霊夢は編み針との戦いだけで消費してしまった。
すっかり辺りは暗くなってしまっていた。
霊夢は、リリーをもう1度母屋にいれると、とりあえずホットミルクを出した。
リリーが渋みが嫌いだという読みは当たっていたようで、リリーはそれをリリーらしく飲みほした。
「ふーん、ホットミルクは飲めるのね」
そう言いながら、霊夢は、昼間の格闘の結果を取りだした。
毛糸の手袋とマフラー。ちょっと不格好なところもあるが、気にしてはいけない。
「お茶のお詫びよ。あんた、寒い夜も突っ立ってるから」
マフラーと手袋をしてやると、リリーはしばらくキョトンとそれらを見つめていた。
「どう?力作なんだけど」
霊夢が話しかけると、リリーは霊夢に向かって、にこっと、リリーらしく笑いかけた。
夜中になった。
リリーは、手袋と梅の木を交互に見つめるのに余念がない。
「じゃあ、私は寝るわよ」
霊夢がそう言っても、おもちゃを貰った子供のように、リリーの耳には届かない。
「まあ、気に入ってる様子だからいいか」
そう思いながら、霊夢は雨戸を閉めて寝床にはいった。
いつもにも増して静かな夜だった。
やがて、いつもの通り朝が来て、
霊夢はまた、いつもの通りの目覚めを迎えた。
「ふぁぁ、あの子、どうしたかしら」
と起き上がると、何か固いものを踏んだ気がした。
よく見てみると、枕もとに、木の枝と紙が置いてあった。
枝には、梅の花が隙間なくびっしりと咲き誇り、紙には、つたない文字で
『あ なた か ら もら っ た は る の おす そ わ け』
その文字を見て、霊夢は飛び起き、雨戸を開け放った。
庭のあの梅の木は、他の木が皆冬だというのに、1本だけ満開の春を誇っていた。
そして、その幹には太陽色のマフラーがかかっていた。
でも、リリーはもういなかった。
「……もう行っちゃったのね」
おそらく、リリーは次の地へ春を告げに旅立ったのだろう。
霊夢はそう察した。
雪の眩しさをうけて、梅の花はいっそう輝いて見えた。
一足早い、春の訪れであった。
リリーのお話自体貴重な中、内容も良かったです。
ほんわかさせていただきました!
そして来訪者の傍若無人さに全俺が泣いた。
霊夢はいい春もらいましたね
ほんわかさせていただきました
来訪者は自重しろw
優しいなさすが霊夢やさしい。
大好きです
無言で人をほっこりさせるところがリリーの良いとこですね。
いやおもしろかったけど、やたら頭に残るフレーズw
こう、ほわって感じになりますよ
このお話好きです。
癒されました