※このお話は前作「冒険しようよ!」の続編です。そちらも見ていただけると話が繋がるかと思います。
チルノと大妖精の二人は、地底の入り口に来ていた。
だいぼうけんがしたい。
チルノが突然大妖精に話し、二人で守矢神社を目指したのはつい先日のこと。
神様と宴会をし、友達になった。
日常の生活に戻っても、二人の胸のときめきは消えなかった。
また冒険してみたい。
普段は控えめな大妖精でさえ、あの興奮をまた味わいたいと思っていた。
そんなある日、チルノは大妖精に言った。
「ねえ大ちゃん、あたいだいぼうけんがしたい!」
「いいよ。今度はどこに行くの?」
「あれ、やだっていうかなぁとおもったのに」
「だってチルノちゃんと冒険するの楽しいもの。で、どこに行く?」
「ちていにはちれいでんっていうのがあるらしいじゃん?そこいってみよう!しゅっぱーつ!」
チルノは胸を張って進んでいく。
大妖精は、興奮と心配が入り混じった様子でついていく。
二人の冒険・第二幕が、今ここに開幕した。
「ここだね。」
「うん、ここだ。」
「中、暗そうだね」
「くらそうだね」
博麗神社の近く。
地底への入り口は、不気味に口を開けていた。
やはり、妖精でも暗く狭い所に入っていくのは怖いものらしい。
二人は、洞穴を目前にしながら、入れずにいた。
「あら、こんな所で見るなんて珍しいわね」
二人が躊躇していると、胡散臭い妖怪が話しかけてきた。
「ゆかりこそなんでここにいるのさ」
「あれよ、朝の散歩。」
「おばあちゃんみたいだね!」
「ちょ、チルノちゃんそれは禁句…」
「平気よ、子供相手に怒るほど馬鹿じゃないわ」
そう言う紫の額に青筋が走っていたが、本人が怒っていないというのだから問題ないのだろう。
「で、貴女達は何してるのかしら?」
「ぼうけんするの!」
「地底に行ってみようって事になったんですが、その…なんだか怖くて」
「じゃあ…はい、これあげる。」
紫はそう言うと、スキマから球状の何かを取り出した。
「なにこれ?」
「通信機みたいなものよ。繋いどいてあげるから、安心して行ってきなさい」
「うん!ありがとう、ゆかり!」
「ありがとうございます!さ、チルノちゃん!」
「うん!」
二人は手を取り合い、洞窟へと入っていった。
「純真ねぇ。あれ、ただの球なんだけど。さて、霊夢は何してるかなぁっと。」
そう言うと、紫はスキマの中に姿を消した。
なんにせよ、あの球が二人の背中を押してくれたのは事実だ。
まあ、その球も数分後にはチルノにボールとして扱われてしまうわけだが。
* * *
二人は地底の道をどんどん進んでいった。
中は真っ暗なのかと思ったが、意外とそうでもなかった。
外のような明るさではないが、それでも色々な灯りが見えた。
鉱石、光を反射する地下水、弾幕、――弾幕!?
「うはは、どうだキスメー!」
「まだまだー!あははー!」
金髪と緑髪の妖怪がじゃれあっている。
金髪のほうはふっくらしたスカートを穿いている。
緑髪のほうは桶らしきものに入り、上半身を出した格好だ。
ここは無難にやり過ごしたほうがいいだろう。
大妖精がそう思いかけた瞬間。
「ねえ、あんたたちだれ?あたいチルノ!よろしく!」
まただ。チルノちゃんは相手を警戒することを知らない。
もしこの二人が悪い奴らだったらどうするの?
でも、疑いを知らないのは幸せだろう。
その証拠に―
「おう、私は黒谷ヤマメ!こっちはキスメだよ」
「よろしく、チルノちゃん」
「よろしく!あたいたち、うえからきたんだ!」
こんなふうに、自然に打ち解けることが出来る。
よそよそしい態度じゃ、こんなふうにはいかないもんね。
「なるほど、地上からね。ところで、そっちのあんたはなんていうの?」
「私、大妖精です。皆からは大ちゃんって呼ばれてます。」
「よろしく、大ちゃん。それで?何しにきたの?」
「ぼうけんしにきたの!ちれいでんまでいくんだ!」
「へえ、そりゃ楽しそうだ。よし、私達もいっちょ地上まで行くか、キスメ?」
「でも、危ないよ?」
「大丈夫だって!しゅっぱーつ!二人とも、またなー!!」
ああ、この二人も仲良しなんだ。
キスメちゃんが私で、ヤマメちゃんがチルノちゃんかな?
「おう!またねー!」
「気をつけてー!じゃ、行こうか?」
「うん!」
また新しい友達が出来た。
二人はまた手を繋ぎ、更に奥を目指した。
どれくらい進んだだろう。
狭い道は終わり、広い空間に行き着いた。
あの二人に出会ってからは特に何も起きなかったため、チルノは少しふてくされていた。
「あーあ、もっとどきどきわくわくだとおもってたのに」
「でもほら、二人と会えたし…!?」
不意に、重い空気が漂ってきた。
雛のときとは違う、もっと純粋で複雑な、哀しい空気。
相変わらずチルノは楽しそうにしているが、大妖精は警戒せずにはいられない。
「ああ妬ましい…なんで勇儀来てくれないのよ…自分から寄ってきておいて二日も放っておくなんてありえないわよ…」
この空気の主らしい人物は、手頃な岩に座り込み、一人で何やらぶつぶつ言っていた。
聞こえてしまった内容からして、この雰囲気の元は嫉妬らしい。
この人は色々とヤバそうだ。
しかしチルノは、まったく臆することなく話しかけた。
「ねえ、あんただれ?あたいチルノ!」
「ん?何貴女達。邪魔だから消えなさい」
彼女は明らかに不機嫌そうだ。
下手に何かすれば矛先をこちらに向けかねない。
ここはお言葉に甘えて退散したほうがよさそうだ。
大妖精は、そう結論付けた。
「チルノちゃん、行こう?」
しかし、それはチルノにはできない選択だったらしい。
「ねえ、なんであんたなきそうなかおしてんの?」
「な!?そんな顔してない!!」
「してるよ。あたいわかるもん。だって」
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!!あんたなんかに分かる筈がない!私がどんなに辛いか…小さな事ですぐ嫉妬して、そんな自分を妬んで。終いには世界の全てが憎くなる。それを救ってくれたのがあいつなんだよ!なのに、もうあいつは来てくれない…もう私は…」
やっぱりこの人は寂しかったんだ。
なんだか、雛さんの眼に似ている。
もう全てを諦めて、でも本当は寂しさから逃れたい。
そんな眼をしている。
「あの…その方に会いに行ってはどうですか?」
大妖精は我慢できずに彼女に話しかけた。
「そ、そんなことできるわけないじゃない!あいつは…勇儀は私のこと、嫌いかもしれないし…」
「それはないと思いますよ。嫌いなら、はじめから会いに来ていないでしょう?」
「そう…かな…」
「そうだよ!そういうときは、たぶんあっちもあいたがってるとおもうよ!」
「でも恥ずかしいな…そうだ、貴女達、先に進むんでしょ?この先の地獄街道に勇儀っていう鬼がいるから、伝えてくれる?…『来てくれないなら、もう二度と来るな』って。」
そう言った彼女の表情は、初対面の時とはだいぶ違っていた。
嫉妬の炎も消え去り、そこにいるのはただの恋する少女だ。
「いいよ!」
「あの、名前を聞いてもいいですか?」
「ああ、ごめんなさい。水橋パルスィよ。お願いね」
そう言って微笑む彼女の心には、もう嫉妬など寄り付けない。
彼女の想いを渡しに、二人は先を急いだ。
旧地獄街道はとても賑やかな所だった。
軒先には提燈が飾られ、まるで毎日が祭のような雰囲気に包まれている。
「まつりだ!まつりだよ大ちゃん!!」
チルノはうれしそうにぴょんぴょん飛び跳ねている。
「楽しそうだね!ちょっと寄り道する?」
普段の大妖精なら、まずは勇儀さんを捜そうと言っただろう。
しかし、この時は違った。
気分が高揚して、この雰囲気の中に少しでもいたかった。
「うん!あそこいってみよう!」
「あ、待ってよチルノちゃーん!」
二人は色々な屋台を回った。
綿飴、たこ焼き、ヨーヨー釣り。
祭りをたっぷり堪能した頃、ふと二人は人だかりに気づいた。
何やら酔っ払いが騒いでいるようだ。
「早く酒持って来いや!」
「けど勇儀姐さん、もう御神酒にする分しか…」
「ならそれ持って来い!もうこんな日は呑むしかないんだよ…」
「今、勇儀って言ったよね?」
「うん!あいつだね!いこう!」
そう言うとチルノは走り出した。
相手が気が立っているとか、そういう事は全く考慮に入れないらしい。
慌てて大妖精はその後を追いかける。
「パルスィ…ん?なんだいあんた達は?」
「あんたゆうぎでしょ?あたいチルノ!よろしく!」
いきなり自己紹介とな?
思わず酔いが醒めるほど訳の分からない状況に、勇儀は戸惑った。
「あの、私達パルスィさんに言われてきたんです。」
「なんだって!?なあ、あいつはどうしてた?」
パルスィの名を聞き、勇儀のテンションは急に跳ね上がった。
頬は紅く染まり、眼は輝いている。
「うんとね、もうにどとくるなっていってたよ」
うおーいチルノちゃーん!?意味がだいぶ違うよー!
大妖精の心の叫びも虚しく、勇儀は崩れ落ちる。
「もうやだ…死にたい…」
「ち、違うんです!もう来てくれないならっていう前置きがあって、つまりは『早く会いに来てよ』ってことだと思います!」
生ける屍状態の勇儀に光が灯る。
「そ、そりゃ本当かい…?」
「はい。なんだかパルスィさん、寂しそうでした。早く行ってあげてください。」
「そうか。実はね、一昨日から祭の準備で会いに行けなかったんだよ。あの子も呼んだんだけど、賑やかなのは嫌だって…よーし、すぐ行って来る!お前達、あとは任せたよ!」
「はーい」
手下の返事を聞く間もなく、勇儀は走り出した。
たぶん今なら、幻想郷最速を名乗っても問題なさそうだ。
「行っちゃったね」
「大ちゃん、なまえいってないよね」
「あ!でもほら、たぶんまた会うよ。」
「そうだね!よし、いざちれいでんへ!」
* * *
ついに二人は地霊殿に辿り着いた。
なんだか不思議な所だ。
地下なのに、窓から日差しが入ってくる。
中は意外と広く、赤と黒のタイルが印象的だった。
「にゃーん」
不意に猫が飛び出してきた。
「あ、ねこだ!」
「かわいいね。ん?なんかこの子、震えてる?」
猫は幽かに震えていた。
と、次の瞬間。
「じゃじゃーん!」
「うわっ!?ねこがひとになった?」
チルノはうれしそうに眺めている。
大妖精はこの事態に対応できず、言葉を失った。
そうしていると、元猫が話し始めた。
「あんた達何用だい?生憎ここは見学コースに入ってないよ、むしろツアーすらしてないし。おっと忘れてた、あたいはお燐。あ、あんた達は自己紹介しなくていいよ、めんどくさいから。さ、帰った帰った。」
お燐と名乗る元猫は饒舌に話すと、二人を追い出そうとした。
「なんだよ!あたいたちはたんけんするんだ!」
「はあ?探検ならその辺でしなよ」
「あの、私達地霊殿に来てみたかったんです」
「入れたんだしもういいだろ?後々面倒になるのはあたいなんだからさ…」
「やだ!さわんな!」
興奮したチルノはつい燐の手を叩いてしまった。
燐の顔に軽い怒りが浮かんだ。
それと同時に嫌な笑みが見えたのは気のせいか。
「そうかい、そっちがその気ならこっちも容赦しないよ!」
そう言うと、燐は怨霊を呼び寄せた。
照準を定め、二人に発射しようとしたその時。
「お止めなさい、燐。」
声を発したのはこれまた見知らぬ少女。
燐が素直に退くのだから、この館の主かもしれない。
この人が許可してくれれば、チルノちゃんと冒険できるかも。
大妖精がそう思った瞬間、少女が口を開いた。
「冒険?…成程、貴女達はここを目指して来たのね。」
なんで?この人、まさか…
「そう、私は心が読めるの。私は古明地さとり。この館の主よ。」
少女にしか見えないさとりの姿からは、明らかにカリスマが溢れていた。
まるで、満月の夜、枕投げ大会を主催した時のレミリア・スカーレットのように。
「すっげー!!さとりすげー!!」
珍しく事態を見守っていたチルノは、ついに声を上げた。
「そう、ありがとう。どうやら、貴女には裏表が全くないようね。そっちの貴女は…とても友達思いね。」
「うん!大ちゃんはさいこうのゆうじんさ!」
「チルノちゃんも、最高の友達だよ。」
二人は満面の笑顔を浮かべる。
それを見て、さとりはほんの少しだけ微笑んだ。
「ふむ、二人とも悪い輩ではなさそうね。燐、私達でもてなしましょう」
「え~面倒です~」
「そんな事言わないの。二人の死体をどうこうしようとした罰よ。それに妖精は死なないわ。さ、準備なさい」
「ちぇっ…」
燐はめんどくさそうに舌打ちをした。
さとりは、燐の不機嫌の原因を探っていて思わず苦笑した。
どうやら、猫の姿で会った時、馴れ馴れしく尻尾を触ってきたのが気に食わなかったらしい。
なんとまあ、些細なことというか。
しかし、尻尾のある妖怪にとっては、この反応は大袈裟ではないのかもしれない。
それでも、彼女もだいぶ機嫌が直ってきたらしい。
チルノの明快な性格と、大ちゃんの優しい性格を気に入ったようだ。
今は三人で仲良く話している。
うん、これで何より。
そう思いながら、さとりは一つだけ、ある事を心配していた。
チルノが空と出会ったら何が起きてしまうのか。
二人ともやんちゃな子供みたいだから、もしかしたら喧嘩になるのではないか。
まあ、心配しても仕方ないか。
そう思って、さとりは二人を応接間に通した。
さてさて、何が起きるやら。
~続く~
チルノと大妖精の二人は、地底の入り口に来ていた。
だいぼうけんがしたい。
チルノが突然大妖精に話し、二人で守矢神社を目指したのはつい先日のこと。
神様と宴会をし、友達になった。
日常の生活に戻っても、二人の胸のときめきは消えなかった。
また冒険してみたい。
普段は控えめな大妖精でさえ、あの興奮をまた味わいたいと思っていた。
そんなある日、チルノは大妖精に言った。
「ねえ大ちゃん、あたいだいぼうけんがしたい!」
「いいよ。今度はどこに行くの?」
「あれ、やだっていうかなぁとおもったのに」
「だってチルノちゃんと冒険するの楽しいもの。で、どこに行く?」
「ちていにはちれいでんっていうのがあるらしいじゃん?そこいってみよう!しゅっぱーつ!」
チルノは胸を張って進んでいく。
大妖精は、興奮と心配が入り混じった様子でついていく。
二人の冒険・第二幕が、今ここに開幕した。
「ここだね。」
「うん、ここだ。」
「中、暗そうだね」
「くらそうだね」
博麗神社の近く。
地底への入り口は、不気味に口を開けていた。
やはり、妖精でも暗く狭い所に入っていくのは怖いものらしい。
二人は、洞穴を目前にしながら、入れずにいた。
「あら、こんな所で見るなんて珍しいわね」
二人が躊躇していると、胡散臭い妖怪が話しかけてきた。
「ゆかりこそなんでここにいるのさ」
「あれよ、朝の散歩。」
「おばあちゃんみたいだね!」
「ちょ、チルノちゃんそれは禁句…」
「平気よ、子供相手に怒るほど馬鹿じゃないわ」
そう言う紫の額に青筋が走っていたが、本人が怒っていないというのだから問題ないのだろう。
「で、貴女達は何してるのかしら?」
「ぼうけんするの!」
「地底に行ってみようって事になったんですが、その…なんだか怖くて」
「じゃあ…はい、これあげる。」
紫はそう言うと、スキマから球状の何かを取り出した。
「なにこれ?」
「通信機みたいなものよ。繋いどいてあげるから、安心して行ってきなさい」
「うん!ありがとう、ゆかり!」
「ありがとうございます!さ、チルノちゃん!」
「うん!」
二人は手を取り合い、洞窟へと入っていった。
「純真ねぇ。あれ、ただの球なんだけど。さて、霊夢は何してるかなぁっと。」
そう言うと、紫はスキマの中に姿を消した。
なんにせよ、あの球が二人の背中を押してくれたのは事実だ。
まあ、その球も数分後にはチルノにボールとして扱われてしまうわけだが。
* * *
二人は地底の道をどんどん進んでいった。
中は真っ暗なのかと思ったが、意外とそうでもなかった。
外のような明るさではないが、それでも色々な灯りが見えた。
鉱石、光を反射する地下水、弾幕、――弾幕!?
「うはは、どうだキスメー!」
「まだまだー!あははー!」
金髪と緑髪の妖怪がじゃれあっている。
金髪のほうはふっくらしたスカートを穿いている。
緑髪のほうは桶らしきものに入り、上半身を出した格好だ。
ここは無難にやり過ごしたほうがいいだろう。
大妖精がそう思いかけた瞬間。
「ねえ、あんたたちだれ?あたいチルノ!よろしく!」
まただ。チルノちゃんは相手を警戒することを知らない。
もしこの二人が悪い奴らだったらどうするの?
でも、疑いを知らないのは幸せだろう。
その証拠に―
「おう、私は黒谷ヤマメ!こっちはキスメだよ」
「よろしく、チルノちゃん」
「よろしく!あたいたち、うえからきたんだ!」
こんなふうに、自然に打ち解けることが出来る。
よそよそしい態度じゃ、こんなふうにはいかないもんね。
「なるほど、地上からね。ところで、そっちのあんたはなんていうの?」
「私、大妖精です。皆からは大ちゃんって呼ばれてます。」
「よろしく、大ちゃん。それで?何しにきたの?」
「ぼうけんしにきたの!ちれいでんまでいくんだ!」
「へえ、そりゃ楽しそうだ。よし、私達もいっちょ地上まで行くか、キスメ?」
「でも、危ないよ?」
「大丈夫だって!しゅっぱーつ!二人とも、またなー!!」
ああ、この二人も仲良しなんだ。
キスメちゃんが私で、ヤマメちゃんがチルノちゃんかな?
「おう!またねー!」
「気をつけてー!じゃ、行こうか?」
「うん!」
また新しい友達が出来た。
二人はまた手を繋ぎ、更に奥を目指した。
どれくらい進んだだろう。
狭い道は終わり、広い空間に行き着いた。
あの二人に出会ってからは特に何も起きなかったため、チルノは少しふてくされていた。
「あーあ、もっとどきどきわくわくだとおもってたのに」
「でもほら、二人と会えたし…!?」
不意に、重い空気が漂ってきた。
雛のときとは違う、もっと純粋で複雑な、哀しい空気。
相変わらずチルノは楽しそうにしているが、大妖精は警戒せずにはいられない。
「ああ妬ましい…なんで勇儀来てくれないのよ…自分から寄ってきておいて二日も放っておくなんてありえないわよ…」
この空気の主らしい人物は、手頃な岩に座り込み、一人で何やらぶつぶつ言っていた。
聞こえてしまった内容からして、この雰囲気の元は嫉妬らしい。
この人は色々とヤバそうだ。
しかしチルノは、まったく臆することなく話しかけた。
「ねえ、あんただれ?あたいチルノ!」
「ん?何貴女達。邪魔だから消えなさい」
彼女は明らかに不機嫌そうだ。
下手に何かすれば矛先をこちらに向けかねない。
ここはお言葉に甘えて退散したほうがよさそうだ。
大妖精は、そう結論付けた。
「チルノちゃん、行こう?」
しかし、それはチルノにはできない選択だったらしい。
「ねえ、なんであんたなきそうなかおしてんの?」
「な!?そんな顔してない!!」
「してるよ。あたいわかるもん。だって」
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!!あんたなんかに分かる筈がない!私がどんなに辛いか…小さな事ですぐ嫉妬して、そんな自分を妬んで。終いには世界の全てが憎くなる。それを救ってくれたのがあいつなんだよ!なのに、もうあいつは来てくれない…もう私は…」
やっぱりこの人は寂しかったんだ。
なんだか、雛さんの眼に似ている。
もう全てを諦めて、でも本当は寂しさから逃れたい。
そんな眼をしている。
「あの…その方に会いに行ってはどうですか?」
大妖精は我慢できずに彼女に話しかけた。
「そ、そんなことできるわけないじゃない!あいつは…勇儀は私のこと、嫌いかもしれないし…」
「それはないと思いますよ。嫌いなら、はじめから会いに来ていないでしょう?」
「そう…かな…」
「そうだよ!そういうときは、たぶんあっちもあいたがってるとおもうよ!」
「でも恥ずかしいな…そうだ、貴女達、先に進むんでしょ?この先の地獄街道に勇儀っていう鬼がいるから、伝えてくれる?…『来てくれないなら、もう二度と来るな』って。」
そう言った彼女の表情は、初対面の時とはだいぶ違っていた。
嫉妬の炎も消え去り、そこにいるのはただの恋する少女だ。
「いいよ!」
「あの、名前を聞いてもいいですか?」
「ああ、ごめんなさい。水橋パルスィよ。お願いね」
そう言って微笑む彼女の心には、もう嫉妬など寄り付けない。
彼女の想いを渡しに、二人は先を急いだ。
旧地獄街道はとても賑やかな所だった。
軒先には提燈が飾られ、まるで毎日が祭のような雰囲気に包まれている。
「まつりだ!まつりだよ大ちゃん!!」
チルノはうれしそうにぴょんぴょん飛び跳ねている。
「楽しそうだね!ちょっと寄り道する?」
普段の大妖精なら、まずは勇儀さんを捜そうと言っただろう。
しかし、この時は違った。
気分が高揚して、この雰囲気の中に少しでもいたかった。
「うん!あそこいってみよう!」
「あ、待ってよチルノちゃーん!」
二人は色々な屋台を回った。
綿飴、たこ焼き、ヨーヨー釣り。
祭りをたっぷり堪能した頃、ふと二人は人だかりに気づいた。
何やら酔っ払いが騒いでいるようだ。
「早く酒持って来いや!」
「けど勇儀姐さん、もう御神酒にする分しか…」
「ならそれ持って来い!もうこんな日は呑むしかないんだよ…」
「今、勇儀って言ったよね?」
「うん!あいつだね!いこう!」
そう言うとチルノは走り出した。
相手が気が立っているとか、そういう事は全く考慮に入れないらしい。
慌てて大妖精はその後を追いかける。
「パルスィ…ん?なんだいあんた達は?」
「あんたゆうぎでしょ?あたいチルノ!よろしく!」
いきなり自己紹介とな?
思わず酔いが醒めるほど訳の分からない状況に、勇儀は戸惑った。
「あの、私達パルスィさんに言われてきたんです。」
「なんだって!?なあ、あいつはどうしてた?」
パルスィの名を聞き、勇儀のテンションは急に跳ね上がった。
頬は紅く染まり、眼は輝いている。
「うんとね、もうにどとくるなっていってたよ」
うおーいチルノちゃーん!?意味がだいぶ違うよー!
大妖精の心の叫びも虚しく、勇儀は崩れ落ちる。
「もうやだ…死にたい…」
「ち、違うんです!もう来てくれないならっていう前置きがあって、つまりは『早く会いに来てよ』ってことだと思います!」
生ける屍状態の勇儀に光が灯る。
「そ、そりゃ本当かい…?」
「はい。なんだかパルスィさん、寂しそうでした。早く行ってあげてください。」
「そうか。実はね、一昨日から祭の準備で会いに行けなかったんだよ。あの子も呼んだんだけど、賑やかなのは嫌だって…よーし、すぐ行って来る!お前達、あとは任せたよ!」
「はーい」
手下の返事を聞く間もなく、勇儀は走り出した。
たぶん今なら、幻想郷最速を名乗っても問題なさそうだ。
「行っちゃったね」
「大ちゃん、なまえいってないよね」
「あ!でもほら、たぶんまた会うよ。」
「そうだね!よし、いざちれいでんへ!」
* * *
ついに二人は地霊殿に辿り着いた。
なんだか不思議な所だ。
地下なのに、窓から日差しが入ってくる。
中は意外と広く、赤と黒のタイルが印象的だった。
「にゃーん」
不意に猫が飛び出してきた。
「あ、ねこだ!」
「かわいいね。ん?なんかこの子、震えてる?」
猫は幽かに震えていた。
と、次の瞬間。
「じゃじゃーん!」
「うわっ!?ねこがひとになった?」
チルノはうれしそうに眺めている。
大妖精はこの事態に対応できず、言葉を失った。
そうしていると、元猫が話し始めた。
「あんた達何用だい?生憎ここは見学コースに入ってないよ、むしろツアーすらしてないし。おっと忘れてた、あたいはお燐。あ、あんた達は自己紹介しなくていいよ、めんどくさいから。さ、帰った帰った。」
お燐と名乗る元猫は饒舌に話すと、二人を追い出そうとした。
「なんだよ!あたいたちはたんけんするんだ!」
「はあ?探検ならその辺でしなよ」
「あの、私達地霊殿に来てみたかったんです」
「入れたんだしもういいだろ?後々面倒になるのはあたいなんだからさ…」
「やだ!さわんな!」
興奮したチルノはつい燐の手を叩いてしまった。
燐の顔に軽い怒りが浮かんだ。
それと同時に嫌な笑みが見えたのは気のせいか。
「そうかい、そっちがその気ならこっちも容赦しないよ!」
そう言うと、燐は怨霊を呼び寄せた。
照準を定め、二人に発射しようとしたその時。
「お止めなさい、燐。」
声を発したのはこれまた見知らぬ少女。
燐が素直に退くのだから、この館の主かもしれない。
この人が許可してくれれば、チルノちゃんと冒険できるかも。
大妖精がそう思った瞬間、少女が口を開いた。
「冒険?…成程、貴女達はここを目指して来たのね。」
なんで?この人、まさか…
「そう、私は心が読めるの。私は古明地さとり。この館の主よ。」
少女にしか見えないさとりの姿からは、明らかにカリスマが溢れていた。
まるで、満月の夜、枕投げ大会を主催した時のレミリア・スカーレットのように。
「すっげー!!さとりすげー!!」
珍しく事態を見守っていたチルノは、ついに声を上げた。
「そう、ありがとう。どうやら、貴女には裏表が全くないようね。そっちの貴女は…とても友達思いね。」
「うん!大ちゃんはさいこうのゆうじんさ!」
「チルノちゃんも、最高の友達だよ。」
二人は満面の笑顔を浮かべる。
それを見て、さとりはほんの少しだけ微笑んだ。
「ふむ、二人とも悪い輩ではなさそうね。燐、私達でもてなしましょう」
「え~面倒です~」
「そんな事言わないの。二人の死体をどうこうしようとした罰よ。それに妖精は死なないわ。さ、準備なさい」
「ちぇっ…」
燐はめんどくさそうに舌打ちをした。
さとりは、燐の不機嫌の原因を探っていて思わず苦笑した。
どうやら、猫の姿で会った時、馴れ馴れしく尻尾を触ってきたのが気に食わなかったらしい。
なんとまあ、些細なことというか。
しかし、尻尾のある妖怪にとっては、この反応は大袈裟ではないのかもしれない。
それでも、彼女もだいぶ機嫌が直ってきたらしい。
チルノの明快な性格と、大ちゃんの優しい性格を気に入ったようだ。
今は三人で仲良く話している。
うん、これで何より。
そう思いながら、さとりは一つだけ、ある事を心配していた。
チルノが空と出会ったら何が起きてしまうのか。
二人ともやんちゃな子供みたいだから、もしかしたら喧嘩になるのではないか。
まあ、心配しても仕方ないか。
そう思って、さとりは二人を応接間に通した。
さてさて、何が起きるやら。
~続く~
ところで、ヤマメとキスメの二人が何となくお花畑で(洞窟だけど)キャッキャウフフな感じに見えるんだが…
なんて思ったりしてw
今構想の段階ですが、チルノとおくう、どうにも収拾がつかなくなりそうで怖いですw
まあ知能レベルも同じでしょうからきっと…
この先は後編をお楽しみにね!
>>2さん
姐さんはいつもかわいいよ!
二人は親友以上と思っていただければ。
どちらかというとキャッキャアハハですかね。
>>3さん
まさかメドローア的な何かが!?
ともあれ、ヒヤヒヤしながらお待ちくださいw
>>4さん
なんですと!?そんな条件があったとは…
でも灼熱地獄跡はすでに高温だからチルノくらいじゃ焼け石に水かもしれませんね、ということにしてくださいww
冒険ものは好きですね。面白かったです。
こう、子供心が刺激されるというか(僕はまだ子供っぽい人間です(笑)。
うにゅとチルノの掛け合いに期待します。
でも同時に地上に行った二人のことも気になりますねぇ。
非日常的な何かを自分で探しにいく、これが醍醐味ですよね。
ああ、いつもと違う道を通っただけであんなに心がときめいたあの頃に戻りたい…
>>7さん
二人はどこへ行くでしょうね…その辺の野原で遊んでいたら霊夢に見つかって追い返される、のような展開になる気がしましたw