◇春の話
春。
幻想郷は穏やかな眠りから覚め、リリーホワイトも活発に行動し始める。
さながらそれは目覚まし時計のように。
「────どう見ても弾幕に見えるけど」
「あれはどう見ても攻撃だな」
「邪魔だから撃ち落としても、けなげに飛んでいくのよねぇ」
春の精霊は人々に活発な春を告げる。
普段から暢気な幻想郷の目を覚まさせるには、そのくらいの刺激で丁度よいという事かも知れない。
◇釣りの話
霧の湖。
妖怪の山の麓にある、視界不良の湖である。
ここにはある噂があり、それは新月の夜に怪物級の大魚が釣れるというのだ。
それを夢見て、多くの太公望が集まるという。
紫 「────でも普通に考ればそれは真っ赤な嘘で、
噂に釣られてやってきた人間を、妖怪が襲ってしまう。というだけの話よねぇ」
藍 「はあ。……でも、それならなんでその噂の湖で釣りをしているのですか?」
紫 「あら。絶対に魚が釣れないとわかっていたからこそ、太公望は釣りをしていたのでなくて?」
八雲紫は妖怪だが、一部の人間以外を無闇に襲うことない。
わざわざつき合わされた割に、目的がはっきりしない今回の釣りだが……。
もしかしたら、釣りにやってきた人間相手に世間話でもするつもりなのかもしれない。
自分はそれまでの相手なのだろうと藍は考え、式神としての務めを果たすことにした。
◇のむ話
妖怪の山。
河童のにとりと、天狗の椛が将棋をやっている。
しかし、ここ何回か勝負でにとりは押され気味で、頭を抱えていた。
にとり 「弱ったなあ……。……こうすれば、ああでも。……これで。
うーん、うまく守っているはずなのに、どうにも上手くいかない」
椛 「ではこれで。……。それは、のまないからですね」
にとり 「飲む? あ、これで」
椛 「ええ、河童の服や甲羅は完全防水。全ての水を弾いてしまう」
椛の言葉でにとりは悟る。確かに、守る事ばかり考えていては勝てはしない。
犠牲を恐れず、相手の駒を取り込もうとするぐらいが丁度良いのだろう。
改めて皿を湿らせてから、にとりは次の一手を差す。
椛 「ようやく守りが空きました。────王手」
にとり 「あちゃ」
椛は知っていた。相手のペースを呑む事こそ、勝利の秘訣であると。
◇本の話
魔法の図書館。
紅魔館の地下にある暗い図書館である。
一人で読むには多すぎる種類の本が、無数の棚に押し込められるように詰まっていた。
それらを大体把握しているらしい図書館の主・パチュリーが、今日も静かに読書に勤しんでいる。
「……そこに登場するお邪魔虫」
「気づいたのか本の虫。気づかれたからには遠慮無く邪魔するぜ」
「一体何の用かしら? 生憎、黙って持っていってよい本は置いてない」
「その持っていこうとした本の事なんだが、読めなくて困ってる。読んでくれ」
「……。読めないなら、他のを選んだらどうかしら。というか私が読む必要性が感じられない」
「読めないから読みたいんだよ。なら読めるやつに教えて貰うのが手っ取り早いだろ?」
「かなり気が進まない」
「じゃあ、気が進むまでお邪魔してやる。まあ、さっきから暇そうに本を読んでいるんだ。
だったら、少しくらい私の本を読んでもいいじゃないか」
「さりげなく私物化しない。……はぁ、仕方ないわね」
すでに席を横に並べ始めている魔理沙の本を手に取り、パチュリーは本の内容を小さく声に出す。
それを聞き逃すまいと魔理沙は、耳を欹(そばだ)てた。
人の知恵は独占するものだが、本の知識は伝えるためにある。
そう考えると、パチュリーもそう悪くは思えないのだった。
◇道の話
中有の道。
三途の川に辿り着くために、死者はこの道を通らなければならない。
一応生者でも通ることができ、それらに向けた出店まであり、まるで縁日のような賑わいを見せている。
そこでの売上は地獄の財政を僅かに助けているのだという。
「おや、珍しい。冥界のじゃないか。
こんなところで何してるだい? 成仏申請でも出しに来たのかい」
「誰かと思えば死神ですか。成仏でなく、幽々子様の使いです。
……やはりこれだけ出店があると迷いますね」
「意外と売れ行きが良いせいか、最近やたら店が増えてねぇ。
どうだい? この人魂モデルのわたあめ。なかなかいけるよ」
「共食いに見えるので遠慮しておきます。
それにしても、貴方こそなんで此処に? やはりさぼっているのですか」
「いやいや。ここの出店をやっている連中は元罪人だからねぇ。
釣り銭をごまかさないように私が回っているんだよ。警備というやつさね」
「三途の渡し守が警備をやっているという時点でさぼりのような……。
ああ、それよりも地獄せんべいと鬼かまぼこと成仏茶と冥土饅頭と幽霊羊羹とそれから旨そうな棒と」
「……なんで売れ行きがいいのか、理由がわかった気がするよ」
幻想郷の中有の道は今日もにぎわいを見せている。
生前に此処の楽しさに慣れていると、幽霊になった後──
死んでいた事を忘れて、そのまま家に帰ってしまうかもしれない。
◇人間の話
人通りの少ない夜の道。
そこでは夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライが出す焼き八目鰻屋がある。
普段は人間の物好きがちらほら訪れるこの店も、今日は違った客層で埋められていた。
リグル 「だからさー。人間なんて全然大したことはない訳。
この前なんか百足の大群を見せただけで悲鳴上げて逃げていったんだから」
ルーミア 「でも、その後殺虫剤ばらまかれて悲鳴上げて逃げってたねー」
リグル 「あれは! 戦略的撤退っていって、別に逃げたわけじゃないもん」
ルーミア 「へーそーなのかー」
ミスティ 「夜の歌ぁ♪ 夜の夢ぇ♪ 赤提灯~♪」
チルノ 「あ、なんか楽しそう! 私も混ざる!」
ミスティ 「いらっしゃい~♪ 妖精のお代は~♪ 前払い~♪」
チルノ 「前払いって何?」
リグル 「お金を先に払うこと。……持ってる?」
チルノ 「持ってない! 凍った蛙なら持ってる」
ミスティ 「それは~ノーセンキュ~♪」
リグル 「じゃあ、私が払うよ。えーとさ、八目鰻と冷酒で」
ミスティ 「毎度~♪」
妖怪達のにぎわいは次第に混ざり合い、夜道に木霊する。
「だから、人間ってたまに私達を退治しようとするけど、
結局こっちにトドメを刺せないわけじゃん。詰めが甘いんだよね」
「私ってばあれよ! 元から最強の妖精だし!」
「色が少ない人間以外にはやられないー」
「鳥目の人間は~お客さん~♪」
「商売相手としても、妙につきあいがいいよね。もうやめちゃったけどさ」
「凍らせた蛙は売れる?」
「無理だと思うけど……。そっちは夏に冷房利かせてみたら喜ばれるんじゃない?
……いやー、氷漬けしちゃいそうかな」
「やっぱ悪戯の方が楽しそう!」
「あやかしの~♪ いずるまにまに、人影は~♪」
妖怪の天下は続いている。
ここでは少女の姿をした妖怪が強いことが多い。
彼女らはたまに退治されても、捕らわれもせず、また殺されもしない。
そして逃げのびた妖怪は、いつか力を持ち、強くなるのだ。
つまりそれは、幻想郷の人間には余裕があり、優しいという事なのだろう。
和んだ。
ボキャ貧な私は上手く言葉で言えませんが、ただ良かったです。こんな感想しか言えなくて、すみません。
ゆかりんは文王に出会えることができたのでしょうか?
いちばん気になったキーワードだ。
この一字だけやたら心に焼き付いた。
凄いなぁ。
やっぱりこの雰囲気か幻想郷らしくて良い
特にのむ話の完成度はトップクラスだと思う
これからも待ってますね~。
相変わらずの東方節に脱帽しました。
春の話と飲む話が良い感じですねぇ。
あと、人間の話で誤字が。
×捕らられもせず→○捕らわれもせず
紫と釣りをしながら話をしてみたい
文章やセリフ回しに違和感を感じず読むことができました
ありがとう
まぁ厳密に言えば早苗さんは風祝であって巫女じゃないらしいけど。
あっさりさっくりな話も好きですがあなたのこってりとした話も見てみたいです。
>成仏茶
芋の幽々子のエンディングを思い出した。幽々子が飲んでいたのはこのお茶だったのか。
どうでも良いけど買ったばかりの新しい枕を抱えて読んでたから、後書きでちょっと笑ってしまいましたw