Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

それは、海をわたった少女のものがたり 二日目午後

2009/04/25 23:38:40
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『ついたよ。さ、降りて降りて』

 集合場所から二十分くらい。メーターが吹っ切れそうなくらい速いスピードで走ってこれなのだから、けっこう遠かったのかもしれない。
 
 なれないドアを開けるのに苦労し、やっと開けて出てこれたころには、おじさんはすでにスーツケースを取り出してくれていた。
「センキュー」と言っておく。笑顔で言うのが大事らしいから、できる限りのスマイルで。

 車からおりて真っ先に目に入ったのが、日本を基準にするとやたらと大きな家。おそらくハーンさんの家なんだろう。
 でも入り口がない。

『ついておいで』

 おじさんにしたがって付いていくと、家の周りをくるりと歩いた。
 歩きながらバーベキューに使う道具や、大きなバイクがみえた。アメリカっぽい!
 なぜだと聞かれても答えられないけど。

 家を半分まわると、入り口っぽい扉があった。さっきの場所は裏だったみたいだ。

「I'd like to introduce my wife and my daughter」

 おじさんは扉を開けながらそう言う。うまく聞きとれなかったけど、「イントロデュース」「ワイフ」「ドウター」という単語は何とか聞きとった。「イントロデュース」は「紹介する」、「ワイフ」は「妻」、「ドウター」は……何だろう?

 わからなかったけど、紹介するという単語がヒントになった。家の中で紹介すると言えば、家族に決まってる。なら、この家族の人を思い出せばいいんだ。
 たしかここは三人家族。このおじさんと、このおじさんの妻。そして、舌をかみそうな名前の娘さんがいたはずだ。
 つまり、「ドウター」は娘だ、と思う。
 ……思う。

 そんなことを考えているうちに、おじさんが何か大声で言った。日本で言う「ただいま」だろう。
 二回目の緊張のときがくる。

 すぐにドタドタドタという音が聞こえて、女性が二人やってきた。どちらも金髪で、やさしそうな顔立ちをしている。よかった、いい人そうだ。
 なにより安心したのは、ラグビーボールじゃなかったことだけど。



 自己紹介タイム。おじさん、おばさん、それぞれの名前を順番に繰り返す。ここまでは順調だった。
 わりと言いやすい名前だったのだ。しかしマエリベリーさんはダメだった。

「ま、まべりえりー、まえべりー、まいれべりー、――えっと」

 咳払いと「ウェイとウェイト」でごまかす。ごまかせてない。

 まずい。どうしよう。額に浮かんだ汗がほほの辺りを伝うのを感じる。脇から生まれた汗は、だらっと横腹を伝っていった。
 ヤバい、相手の名前が言えないなんて、信頼関係が成り立たない。日米間の危機だ。国交崩壊だ。

 発音ができず、だんだんとあせってきた。はやく言え、はやく言え。考えれば考えるほど、舌は怠けはじめる。
 顔が真っ赤になって、また舌がからまる。それが原因で、さらに言葉が出ない。最悪の悪循環。

「Please call me Mary」

 こう言われるまでが地獄だった。



 ひととおり紹介をおえると、たぶん『そんなところにいないで、上がって』と言われた。それもそうかと思い、うしろめたい気持ちを抱えながら家にあがらせてもらう。
 ちゃんと靴を脱いで。

 いっせいに「What are you doing ?」と聞かれ、「だって、靴は脱ぐものじゃないですか」と言おうと思ったけど、英語は苦手、言えなかった。
 えっと、どう言えばいいんだろう。
 脱ぐって何だろう。プットオフ、だっけ。

 ……あ。
 ここって、アメリカだよね。たしかアメリカは……。

 ハーン家のみなさんの足元を見る。みんな、靴をはいている。

 アメリカ人は家にあがるとき、靴を脱ぐ習慣を持たない。
 誰かが言っていた言葉がちらりと姿をあらわした。

 ウソだウソだ、そんなのウソだ。
 たとえホントであっても認めない!

『アキラメロ』

 なぜかカタコトでそう聞こえた。ハーン家のみなさんが何か言っている。それが勝手に翻訳されて『アキラメロ』に変わる。

「I made a mistake ……」

 みなさんにかなり笑われた。
 カルチャーショックだ。

 ……でも。緊張していた空気は出ていって、代わりにふんわりとした和んだ空気がやってきた。このはじは、すぐに笑い話になるだろう。
 緊張のせいでこの家庭での日々が台無しにならなくて、本当によかった。
 はじさえなければ、もっとよかった。



 何とかそのときの失敗は忘れてもらえることになって、家の案内タイムに。

 まずメリーに手を引っ張られ、二階の部屋に案内された。
 何となくだけど、彼女と同じ部屋を借りるらしいということはわかった。
 ベッドもちゃんとあるらしいし。

 とりあえず部屋の中をざっと見回す。
 白い壁と天井に囲まれていて、一箇所だけ窓がある。外には、日本よりも青い空と、緑に輝く木々が映っている。
 その窓から差し込む日差しと家から吹く温かい風に、汗がどっと溢れた。

 メリーに「荷物はここにおいてね」と(たぶん)言われたので、重たいスーツケースを部屋の隅に置いた。体が一気に軽くなる。

 ついでに、暑かったので上の服のボタンを外して脱ぎ、ベッドの上に置く。
 するとメリーがこちらをみて大笑いをしはじめた。なぜか「ヒィヒィ」と苦しそうに息をしている。
 わたしは何もしていない。何が彼女を笑わせているんだろう。

 何かと思って「What ?」とたずねると、「Look at your T-shirt !」と言われた。
 Tシャツの真ん中には、『PERVERT』と大きくかかれている。意味はわからないけど、これが何か問題が?

 念のため持ってきた電子辞書を出して、大文字を頭の中で小文字にして、キーを押す。一回押すたびに、真実に近づく。
 そして、最後の文字――Tをおした。単語の意味があらわれる。

 誰か、スコップを。
 ここがブラジルなら、炭鉱マン真っ青なはやさで日本に帰れるよ。



 問題のなさそうな、うすいピンクのTシャツに着替えなおして一階におりる。メリーはまだ笑っているけど、部屋の案内の続きだ。

 まずは最初に入ってきた居間。オレンジ色のソファーが入り口のすぐ近くに構えていて、その前には両手をいっぱいまで伸ばしたくらいの大きなテレビがある。
 大きさがアメリカっぽい。偏見か。

 つぎに、その隣のやたらと物が置いてある、物置らしき部屋を案内された。
 おじさんは部屋の中の引きだしを開け、日曜大工セットの工具箱みたいな、赤い金属箱を取り出した。

「You may use any thing in this house , but ――」

 それをあける。中のものがみえた瞬間、わたしは息を飲み込んだ。
 そこには、アメリカの恐怖の象徴ともいえる凶器があったのだ。
 血さえも飲み込んでしまいそうな、どす黒い色だ。冷酷さを感じて、背筋がすうっと寒くなった。

「Don't touch it , OK ?」

 頼まれてもさわるつもりはなかった。
 でもこの国に住んでいる以上、これを使わないといけないときが来るのかもしれない。その機会を想像して、ぞくっと背筋に寒いものが走った。

 メリーがニヤニヤしながらこっちを見ている。バカにしてるな……! でもこわいものはこわい。
 バカにしてもいいから、それをこっちに近づけないでね。
 って言ってるのに。

「Freeze !」
「わあっ!」

 メリーが箱からそれを掴み取り、わたしのほうにむける。叫びながら後ろに跳び下がると、扉に後頭部を打った。
 冗談のつもりだったのだろうけど、メリーはおじさんに怒られていた。こればっかりは同情できない。

 このぶっそうな物には悪いけど、この箱が二度と開かれないことをねがう。
 でも、そのねがいは――。



「You may go wherever you want to go in this house」

 家の案内が終わってから、こんなことを言われた。これはまた複雑な英語だな。しかもいきなりだったから、ほとんど聞きとれなかった。

「Because, you are my family, so your house is here」

 なぜなら、あなたはわたしの家族だから。だから、ここはあなたの家だ?
 自由にしていい、ってことかな。

「センキュー、ベリーマッチ」

 おじさんは満足したように、うなづいていた。どうやら正解だったようだ。

 そうだ、ここではわたしは宇佐見蓮子じゃない。蓮子・ハーンなのだ。ここにいる間だけは、この家族の一員として過ごしてみよう。



 夜。
 アメリカらしい、マンガでしかみたことのないような山盛りのご飯が出てきた。しかもお肉たくさん。
 おいしかったけど、あまり食べられなかった。そのせいで、食後しばらくはソファーでぐだーっとする。

 おじさんとおばさんはさっき、『ちょっと用事』といったかんじのことを言って出て行ってしまった。ニュースをみて慌てたようだったけど、わたしにはよくわからなかった。

 メリーは行方不明。おじさんとおばさんが出て行く前から。
 というわけで、この部屋にのこっているのはわたし一人だ。食事が終わってしばらくソファーでくつろいでいると、暇だと思う余裕までが出てきた。気づけば体もほぐれているし。
 この家庭はあたたかくて、すぐにわたしの凍った心もとけてしまったみたいだ。

 でもとけすぎるのも問題だ。さっきも言ったとおり、暇なのだ。
 特にすることがないので、つけっぱなしのニュースに目をむける。

『Today, someone who has a gun fired at random ――』
『He is still running away ――』

 頭痛くなりそうだ。何言ってるんだ、聞きとれない。
 思わず日本語でしゃべれ日本語で、と金髪の女性アナウンサーに突っ込みそうになる。
 でも、本格英語を勉強しようとしたわたしが悪かったのだと反省する。

 ニュースから目をそらして音を拾わないようにすると、また暇がもどってきた。

 どうせすることもないし、家の中をちょっと探検しようか。さっきはあまりみれないところもあったし。
 まずは二階だ。メリーの部屋、トイレ、お風呂――さっきみてまわったところばかりだ。でも一人でもう一度みると、またちがう発見があった。何でこういう見知らぬところは探検したくなるんだろう。

 つぎつぎ回って行く。最後にたどり着いたのは、あの部屋だった。――物置だ。

「あれ」

 そこには、引き出しに手をのばすメリーがいた。あの引き出し――。
 メリーは、まだわたしには気づいていないようだ。

「ワット、アー、ユー、ドゥイング?(何をしているの?)」

 メリーはあわてたようにして引き出しを押して、なにやら訳のわからないことを言っている。さっきのような、わたしをおちょくった態度とはえらい違いだ。
 何かまずいことをしていたんだろうか。
 アレか、こっそりお金を抜き取るとか。小さいときにやった記憶があるけど、大抵かわいい額よねアレ。お札がとれたらなかなかの極悪だよ。
 ちなみにわたしの最高額は小学生のころにとった、100円だ。
 幽霊とか妖怪に会ってみたい! とか言ってるくせになんとチキンなのだろう。

 さておき、今日一日、メリーとはずいぶん打ち解けた。そのおかげで、彼女の素らしき悪い性格を何度もみせてくれた。
 さあ、今こそ復讐だ。

 と思ったのに、
 
「By the way」

 メリーはとつぜん話を変える。わたしが突っ込もうとすると、そんな隙間を与えずに、『日本ってどんなところ?』と聞いてきた。たぶんだけど。

「ベリー グッド プレイス!
 アンド ベリー エンジョイ!」

 メリーは一瞬首をかしげたけど、何とか理解してくれたみたいだ。
 それでも、「いいところ、たのしいところ」と言われても漠然としているから、具体的に説明しないといけない。そんなときのために、日本の写真を何枚か用意しておいた。

「アイ ハブ サム ジャパニーズ ピクチャーズ(日本の写真を何枚か持ってるよ)」

 メリーは目を輝かせて、『みせてみせて!』とかるく跳ねていた。
 さっそくメリーの部屋に行こうとしたとき――。

 とつぜん、いきおいよく扉が開いた。おじさんとおばさんが、真剣な顔をしてこちらに向かってくる。
 声をかけようと思ったけど、タイミングを見逃してできなかった。声をかけられないまま、おじさんを目で追う。
 おじさんは真剣な顔をしている。そしてなんと、引き出しの中からアレを取り出した。

「What's happened ?」

 メリーがたずねる。おじさんはそれに答えず、扉に向かう。
 扉の向こうの草むらが、がさがさと音を立てた。

 ……何かいるのか?

 カチャリ、という静かな音が耳に入る。確か、銃には誤射を防ぐために安全装置がある。それを外したんだろう。
 おじさんはすばやく銃を草むらに向ける。

 不吉で耳障りな音がなっている方向だ。

「……」

 誰もが黙っている。重くて苦しい。
 そのおかげで、訳がわからなかったわたしもそろそろ、状況がわかりつつあった。ふとおじさんをみると、銃を構える手が震えている。彼もまた、緊張しているのだ。

 わたしは思わず、ごくりとつばを飲み込む。
 その瞬間、がさっというひときわ大きい音とともに、何か黒いものが草むらから飛び出した。

「Freeze !」

 一瞬は誰の声かわからなかった。
 わたしは飛び出してきたものと、誰かの怒声におどろき、思わず目を閉じる。

 しかし、鼓膜を破るだろう音は聞こえない。
 代わりに、

「にゃー」

 という何とも気の抜ける声が聞こえた。

 恐ろしいものだと思って出てきたのは、ただの黒猫だったのだ。
 のこのこと、わたしとメリーに近寄ってもう一度「にゃー」とのんきに鳴き、そのまま夜の闇にとびだしていった。

 おばさんとメリーはぼんやりしていて、力が抜けたように息を吐く。おじさんもまた息を吐いて、銃を下ろした。
 わたしはのん気に、アメリカの猫でも「にゃー」と鳴くんだ、とぼんやり考えていた。

 そして、シーン。

「……HA HA HA HA !」

 とりあえずアメリカっぽく笑っておいた。

 やがてすぐ、笑い声が家の中を満たした。さっきの緊張など、家具を全部ひっくり返してもみつかりそうにない。
 きっとこれで、よかったんだろう。


 ◆ アメリカ旅行日記


 何とか無事にアメリカにたどり着いた。先生やみんなと分かれるのは正直不安だったけど、なんとかホストファミリーとはうまくやっていけそう。
 そうそう、気づいたことがある。思ったよりわたし、英語が話せるらしい。そして、聞くこともできる。
 もちろんとっさには出てこないし、完全な英語は話せていないと思うけど、つうじている、という実感はある。もしかしたら、ここに来てよかったのかもしれない。
 関係ないけど、服は英語表記のないものをえらぼう。

 夜、おもしろいことがあった。
 不審者かと思っておじさんが銃を向けたんだけど、相手はただの黒猫だったのだ。緊張していたのに気が抜けて、全員で笑いあった。
 おもしろいことですんでよかったと思う。
 そしてもうひとつ。ここの家族とは、かなり打ち解けた。
 思っていたよりも、外国での暮らしは大変ではないのかもしれない。
 一ヶ月すんだら感想変わりそうだけど。


 <つづく>
 pervert
 (動)逸れる、誤る、堕落する
 (名)変質者、変態

 聞いた話なんですが、海外へは英語がかかれた服を着ていかないほうがいいそうです。とんでもない英語がかかれていることがあるらしいので。

 さあて、お読みいただきありがとうございました。一体いつまで続くのか、あと五話くらいで終わる予定です。……長いですね。

 それと、しばらくお待たせしてすみませんでした。体調もよくなったと思いますので、これから毎日書いて急ぎます。

 もう一つあったのでした。
 この作品、作者の体験と、フィクションを混ぜ合わせています。それに、現実世界のこともあり、東方からすこし離れた感じになってしまっています。
 ですから、お読みいただくならご了承ください……と最初に書いておくべきだったんですよね。
 ここまで読ませておいて、とつぜんこんなことを言い出してすみません。
 それでも付いてきてくださる方は、よければこれからもおねがいします。

 お読みいただきありがとうございました。
ほたるゆき
http://kusuri.iza-yoi.net/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
おもしろかった!
次回も楽しみに待ってますねw
2.名前が無い程度の能力削除
珍しい話だし期待してるよ。