○月○日。
今日から日記をつけることにした。
といっても、書く事は椛のことしかなさそうだが。
あの子には黙っておこう。
こんなもの見られたら、恥ずかしいから。
○月×日。
今日は原稿を早く片付けられたので、椛に会いにいった。
手土産にクッキーを持っていった。
これは人間の里にしか売っていないもので、
我々天狗が知っているものとは何かが違った。
自分で作ったほうが安いだろうが、私には無理だし、
何よりこれが椛のお気に入りだった。
思ったとおり、椛は喜んでくれた。
その日は一緒にクッキーを食べたり、話したり、椛に料理を習ったりして過ごした。
○月△日。
今日は仕事に時間がかかりすぎてしまい、結局椛のところへ行けなかった。
なんだか一日がとても退屈で長かった。
椛と一緒にいると、時はすぐ過ぎていってしまうのに。
ああ、椛に会いたい。
あの子がいないと、私は駄目になってしまう。
こんなにつまらない日々を過ごすなんてごめんだ。
明日は、会えるといいな。
○月☆日。
椛と喧嘩してしまった。
とにかく早く椛に会いたかったから、出勤前の椛を訪ねた。
そしたら、やんわりとだが、邪魔だと言われてしまった。
まったく、素直じゃないなぁ。
本当は会いたくて仕方なったくせに。
そう思った私は、後ろから椛にまとわりついて言った。
「またまた~ほんとは会いたかったんでしょ?隠してもだめよ?」
そしたら、椛にはっきり言われてしまった。
「忙しいんだからあっちいっててください!邪魔です!」
そう言うと、椛は呆然とする私を置き去りにして行ってしまった。
ショックだった。
椛に邪魔と言われた。
彼女にとって、私は必要のない存在だと烙印を押されたような気がした。
私はこの先どうしたらいい?
私はもう、椛がいなければ生きていけない。
でも、もう彼女は私の側に来てくれないだろう。
いったいどうしたら…
* * *
「見返してみると、この頃の私、ずいぶんと殊勝ね…」
○月☆日から幾日か経った頃、
文は自宅で日記を見返していた。
あの後すぐに椛が戻ってきて、文に謝った。
文も自分の勝手な振る舞いを謝り、互いの想いに気づくことができたのだ。
「ほんとあの時はどうなるかと思ったわ」
「何見てるんですか?」
「わわっ!?見ちゃ駄目よ」
椛が後ろから覗き込んで来た。
文は慌てて日記を閉じる。
「こら、見ちゃ駄目ったら!あっ!?」
「へぇ、日記ですか。なんだか私の事ばっかり書いてますね」
「仕方ないじゃない、貴女と過ごすようになってからつけ始めたんだから」
文は椛が淹れてくれた茶に手を伸ばす。
椛は邪魔にならないよう文の横に移った。
「あれ、最近書いてないですね。文様の事だから、まさか飽きたとか?」
「違うわよ失礼ね。まぁ、だいたい合ってるけど」
「どういう意味ですか?文字通りお茶を濁そうとしても駄目ですよ?」
「じゃあ後で教えてあげるから夕飯よろしくね!」
「また私が作るんですか?たまには文様が…」
「椛のほうが上手いんだから任せるの。適材適所よ」
「うー…いやです!文様が教えてくれるまで、私夕飯作りませんよ!」
な、なんて卑怯な。
この子は自分の料理の腕をわかってない。
椛はどんな家事もこなせるが、特に料理は本当に上手い。
椛が作ってくれたものなら、たとえ同じものでも一週間は食べられそうだ。
まあ、私があまり得意でないから、特に上手く感じられるのかもしれないが。
なんにせよ、夕飯を作らない、というのは最早脅迫だ。
仕方ない、話すか。
「簡単なことよ。私は貴女との思い出を形に残したかったの。文字に残しておけば、その頃の気持ちも忘れずにすむでしょ?」
「じゃあ、なんで書くのやめちゃったんですか?」
「これも簡単。思い出は形にならないから素敵なまま残る、そう感じたからよ。」
「…どういうことです?」
「いやね、仲直りした時、この日記見返したのよ。そしたら私すっかり恋する乙女じゃない。そんなの私のキャラじゃないもの」
「へぇ、つまり文様は私の事なんてどうでもいいと。」
は?なんでそうなるの?
私が貴女を好きじゃないはずがない!
むしろ大好き、愛してる!
そんなのわかってるでしょ?
――私が、そういう事を言えないってことも。
「ば、馬鹿言わないでよ。私はその、貴女の事…」
「なんですか?」
どうしても言わせたいのか、この子は。
逆の立場だったら貴女は言えるの?
こんな…恥ずかしいこと。
「だからね、私は…うぅ」
「私は大好きですよ。大好きだから、言って欲しいんです。だから…」
負けた。
完全に負けたわ。
この子もずいぶんとうまく駆け引きするようになった。
私の影響か?
しかもこの子ときたら、恥ずかしい台詞を平気で吐いてくる。
迷いがないというのは駆け引きにおいて最大の武器だ。
こんなふうに正面から好きだって言われたら、こっちはかわしようがない。
同じように、正面から受け止めてやるしかないのだ。
まったく、困ったもんだ。
でも、私はどこまでも「清く正しい射命丸」よ。
素直になんて、言ってあげないんだから。
「はぁ…じゃあ私も正直に言うわ。私は貴女の事が好きじゃない」
「えっ…そんな」
「だって、愛してるもの。」
「あ…え?もう、文様のバカー!」
椛は真っ赤になって文をポカポカ叩いた。
文は子供をあやすようになだめながら言う。
「あら、正直に言っただけよ?」
「そうですけど…でもずるいです!」
「一段落したわけだしほら、夕飯夕飯!」
「…いいえ、まだです。」
「ど、どうしたの?」
椛が急に真面目な顔になったものだから、文は思わず身構えた。
「私、まだ文様に言ってない事があります。
――愛しています、文様。」
愛してる。
たった五文字の言葉なのに、それはとても重く、深く、温かい。
文は溢れる感情を抑えきれず、椛を抱きしめた。
ねぇ、今夜は――
ええ、文様となら――
今宵、二人の恋心は、一つの大きな愛に変わる。
絆、などと表現されるそれは抽象的なもので、何らかの形を成すわけではない。
しかし、二人にははっきりとその姿が見えていた。
お互いに相手の事が愛しくてたまらないこの気持ちは、確かなものだから。
今日から日記をつけることにした。
といっても、書く事は椛のことしかなさそうだが。
あの子には黙っておこう。
こんなもの見られたら、恥ずかしいから。
○月×日。
今日は原稿を早く片付けられたので、椛に会いにいった。
手土産にクッキーを持っていった。
これは人間の里にしか売っていないもので、
我々天狗が知っているものとは何かが違った。
自分で作ったほうが安いだろうが、私には無理だし、
何よりこれが椛のお気に入りだった。
思ったとおり、椛は喜んでくれた。
その日は一緒にクッキーを食べたり、話したり、椛に料理を習ったりして過ごした。
○月△日。
今日は仕事に時間がかかりすぎてしまい、結局椛のところへ行けなかった。
なんだか一日がとても退屈で長かった。
椛と一緒にいると、時はすぐ過ぎていってしまうのに。
ああ、椛に会いたい。
あの子がいないと、私は駄目になってしまう。
こんなにつまらない日々を過ごすなんてごめんだ。
明日は、会えるといいな。
○月☆日。
椛と喧嘩してしまった。
とにかく早く椛に会いたかったから、出勤前の椛を訪ねた。
そしたら、やんわりとだが、邪魔だと言われてしまった。
まったく、素直じゃないなぁ。
本当は会いたくて仕方なったくせに。
そう思った私は、後ろから椛にまとわりついて言った。
「またまた~ほんとは会いたかったんでしょ?隠してもだめよ?」
そしたら、椛にはっきり言われてしまった。
「忙しいんだからあっちいっててください!邪魔です!」
そう言うと、椛は呆然とする私を置き去りにして行ってしまった。
ショックだった。
椛に邪魔と言われた。
彼女にとって、私は必要のない存在だと烙印を押されたような気がした。
私はこの先どうしたらいい?
私はもう、椛がいなければ生きていけない。
でも、もう彼女は私の側に来てくれないだろう。
いったいどうしたら…
* * *
「見返してみると、この頃の私、ずいぶんと殊勝ね…」
○月☆日から幾日か経った頃、
文は自宅で日記を見返していた。
あの後すぐに椛が戻ってきて、文に謝った。
文も自分の勝手な振る舞いを謝り、互いの想いに気づくことができたのだ。
「ほんとあの時はどうなるかと思ったわ」
「何見てるんですか?」
「わわっ!?見ちゃ駄目よ」
椛が後ろから覗き込んで来た。
文は慌てて日記を閉じる。
「こら、見ちゃ駄目ったら!あっ!?」
「へぇ、日記ですか。なんだか私の事ばっかり書いてますね」
「仕方ないじゃない、貴女と過ごすようになってからつけ始めたんだから」
文は椛が淹れてくれた茶に手を伸ばす。
椛は邪魔にならないよう文の横に移った。
「あれ、最近書いてないですね。文様の事だから、まさか飽きたとか?」
「違うわよ失礼ね。まぁ、だいたい合ってるけど」
「どういう意味ですか?文字通りお茶を濁そうとしても駄目ですよ?」
「じゃあ後で教えてあげるから夕飯よろしくね!」
「また私が作るんですか?たまには文様が…」
「椛のほうが上手いんだから任せるの。適材適所よ」
「うー…いやです!文様が教えてくれるまで、私夕飯作りませんよ!」
な、なんて卑怯な。
この子は自分の料理の腕をわかってない。
椛はどんな家事もこなせるが、特に料理は本当に上手い。
椛が作ってくれたものなら、たとえ同じものでも一週間は食べられそうだ。
まあ、私があまり得意でないから、特に上手く感じられるのかもしれないが。
なんにせよ、夕飯を作らない、というのは最早脅迫だ。
仕方ない、話すか。
「簡単なことよ。私は貴女との思い出を形に残したかったの。文字に残しておけば、その頃の気持ちも忘れずにすむでしょ?」
「じゃあ、なんで書くのやめちゃったんですか?」
「これも簡単。思い出は形にならないから素敵なまま残る、そう感じたからよ。」
「…どういうことです?」
「いやね、仲直りした時、この日記見返したのよ。そしたら私すっかり恋する乙女じゃない。そんなの私のキャラじゃないもの」
「へぇ、つまり文様は私の事なんてどうでもいいと。」
は?なんでそうなるの?
私が貴女を好きじゃないはずがない!
むしろ大好き、愛してる!
そんなのわかってるでしょ?
――私が、そういう事を言えないってことも。
「ば、馬鹿言わないでよ。私はその、貴女の事…」
「なんですか?」
どうしても言わせたいのか、この子は。
逆の立場だったら貴女は言えるの?
こんな…恥ずかしいこと。
「だからね、私は…うぅ」
「私は大好きですよ。大好きだから、言って欲しいんです。だから…」
負けた。
完全に負けたわ。
この子もずいぶんとうまく駆け引きするようになった。
私の影響か?
しかもこの子ときたら、恥ずかしい台詞を平気で吐いてくる。
迷いがないというのは駆け引きにおいて最大の武器だ。
こんなふうに正面から好きだって言われたら、こっちはかわしようがない。
同じように、正面から受け止めてやるしかないのだ。
まったく、困ったもんだ。
でも、私はどこまでも「清く正しい射命丸」よ。
素直になんて、言ってあげないんだから。
「はぁ…じゃあ私も正直に言うわ。私は貴女の事が好きじゃない」
「えっ…そんな」
「だって、愛してるもの。」
「あ…え?もう、文様のバカー!」
椛は真っ赤になって文をポカポカ叩いた。
文は子供をあやすようになだめながら言う。
「あら、正直に言っただけよ?」
「そうですけど…でもずるいです!」
「一段落したわけだしほら、夕飯夕飯!」
「…いいえ、まだです。」
「ど、どうしたの?」
椛が急に真面目な顔になったものだから、文は思わず身構えた。
「私、まだ文様に言ってない事があります。
――愛しています、文様。」
愛してる。
たった五文字の言葉なのに、それはとても重く、深く、温かい。
文は溢れる感情を抑えきれず、椛を抱きしめた。
ねぇ、今夜は――
ええ、文様となら――
今宵、二人の恋心は、一つの大きな愛に変わる。
絆、などと表現されるそれは抽象的なもので、何らかの形を成すわけではない。
しかし、二人にははっきりとその姿が見えていた。
お互いに相手の事が愛しくてたまらないこの気持ちは、確かなものだから。
結構読みやすかったです。
でも、途中で場面が切り替わるのが早いような気がするので、もうちょっと付け足したら
面白くなると思います。
あやややや。
個人的には十分面白かったです。ありがとうございましたー。
最高ーーーー!!!!!!
やはり展開が急すぎましたね。どうにも収拾がつかなくなりそうで日記を早めに切り上げたんですが失敗でした。
もっと精進しないといかんですね。
>>2さん
もみじもみもみもいいですが、
少し一緒に呑むことにしたはいいが緊張した文ちゃんが先に酔っ払ってしまう。
椛は布団を敷こうとしたが布団が一組しかない。
さあ、どうする椛!?
みたいなシチュもいいですね!
答えは当然添い寝に決まっt(ry
>>朮さん
こちらこそ読んでいただいてありがとうございました。楽しんでいただけて何よりです。
爽やかな淡い恋心ってやつが僕は大好きでして、そのせいか何か書こうとするといつもこんな感じになってしまうんです。
もっと色々なテーマで書ければと思うのですが…うーむ…
>>奇声を発する程度の能力さん
もうあれですよ、この二人は結婚しちゃえばいいんですよ。ええ。
あ、でも文ちゃんが結婚しちゃうのはちょっと困r(ポンデリング
お仕事の立場は文ちゃんが上でも恋の駆け引きは椛ちゃんが上手か!?
でも少し椛ちゃん淡白に感じたかもしれません。
日記はいい雰囲気作りになっていたと思います。
文ちゃんはああ見えて恋には奥手なので、アプローチを椛が巧くしてあげることで二人の関係が進むのです。
つまり、この文椛は文×椛のようで実は椛×文なわけです!(ようは椛の巧妙な誘い受け)
爽やかな感じにしたかったので普段の会話・態度はあっさりにしてみたんですが淡白すぎましたかね…うぅ、調節できない…