このお話は『頑張れ小さな女の子』の続きとなっております。
ルーミアはいつもと同じように博麗神社に向かう。
明るい陽射しも麦藁帽子で遮っているため、闇を纏わなくとも大丈夫だ。
境内に入ると、いつもは迎えてくれる霊夢が居なかった。
「あれ? 縁側かな?」
ルーミアは、霊夢といつもお茶を飲む縁側へと行ってみる。
すると、予想通りそこには霊夢が座っていた。がしかし、その状況はいつもと違っていた。霊夢の隣りにもう一人、ある人物が居る。
「霊夢おはよ」
とりあえずルーミアは霊夢に声をかけた。
すると霊夢は話かけられて初めてルーミアの存在に気付いた様子で、
「あ、ルーミアおはよう」
と言った。
霊夢の隣りに座っていた人物も、ルーミアの方向へ向く。
「あなたがルーミアさん、ですか?」
「え、あ、うん」
突然話しかけられ、少し戸惑うルーミア。
「私、射命丸文です。よろしく」
「え、はい、よろしく射命丸さん」
「文でいいですよ」
「あ、文?」
「はい、それでいいです」
ルーミアに対して笑顔を浮かべながら接する文だが、ルーミアとしては戸惑いを隠せない。普段のルーミアなら初対面でも無邪気に接するだろう。
がしかし、ルーミアは本能的に、感じていた。文の笑顔が、ただ貼り付けただけの偽物の笑顔だと。
「えと……」
「私たちを取材したいんだって」
「ふぇ?」
どうしていいか分からず、おどおどしているルーミアに、説明をする霊夢。
「一日私たちを取材するそうよ」
「取材?」
「私生活の様子をただ写真に撮ったりするだけらしいから、いつもどおりで良いそうよ」
「そんな突然……」
「どうせ言ってもきかない相手よ」
はぁ、と大きな溜め息を吐く霊夢。その様子には、諦めやら、他にも何か違う感情が詰まっているように見えた。
「任せて下さい。邪魔はしませんから、ネ」
「存在が邪魔なんだけどね」
「酷いですよ!」
「あははくたばれくたばれ」
「笑顔で何さらっと怖いこと言ってるんですか!?」
霊夢の毒舌に文が涙目でツッコミを入れている。結構酷いことを言っているようにも見えるが、よくみると2人とも少し楽しそうな雰囲気だ。それを敏感に感じ取ったルーミアは、警戒を緩める。
「えと、文は普段何してるの?」
「おや? 取材する立場の私が逆に取材されてしまってます?」
「ルーミア、この天狗は食べていい天狗よ」
「ちょ!?」
「食べていいの?」
「駄目に決まってます!」
「冗談だよ~食べないよ」
笑いあう3人。
この時、文の笑顔を凝視したルーミアだったが、最初に感じ取った、ただ貼り付けただけの偽物の笑顔は、まだ少しだけ残っているように見えた。
文は何かおかしい。そう、ルーミアは思った。
「ねぇ、文」
「はい?」
「文はどうして笑わないの?」
「は?」
ぴたり、と笑い声が止まった。静寂な時間が訪れる。誰もが沈黙をしている中、やけに虫の鳴き声だけが喧しく聞こえた。風が木々を揺るがす音も、この妙な沈黙を、さらに加速させているように思える。
「ルーミアさん、どういう意味ですか?」
文が、沈黙を破った。文は笑顔で、そう、とても笑顔で言った。
霊夢は、ただ何も言わずに目を瞑っている。
「だって、文おかしいよ? 笑顔が、なんていうか、上手く言い表せないけど……その……」
「簡単に言えば、嘘っぽいってことでしょ」
「そうそれ! そのせいで、何を考えているかよく分からないよ」
霊夢の嘘っぽいという言葉は、ルーミアが言い表せないことを簡単に表現し、まさに的を得た言葉だった。
「私はルーミアさんを少し見誤ってましたかもしれませんね」
「ま、普通は気付かないわよね」
「霊夢さんも気付いていたのですか?」
「まぁね。別に言わなくても良いことっぽかったから言わなかったけど」
「あ、あはは……敵いませんね」
苦笑いをし、両手を上げて、降参といったポーズを取る。
霊夢は、特に動く様子も無く、ただ文とルーミアを見ていた。
ルーミアも、動く様子は無い。
「私が笑わない理由、聞きたいですか?」
「別にどうでもいいから。さっさと取材したら帰れ」
「あはは、酷いですねぇ」
「私も、いいよ」
「おや? 私に尋ねたのに、やっぱり聞かないと?」
「うん。だって、文が隠してたことでしょ? 無理に話さなくていいよ。今の文、なんか苦しいよ」
「苦しい?」
ルーミアの言葉に、文は意味が分からず繰り返す。
ルーミアは、何故か少し暗い表情だった。
「うん。苦しい。何か、無理してるのか、少し、苦しいよ」
「霊夢さん、この子面白いこと言いますね」
「ルーミアは面白いわよ? あんたも今日一日接すれば分かるわ。はい、というわけで暗い雰囲気しゅーりょー!」
「痛っ!?」
「はぅわぁ!?」
霊夢が立ち上がり、文とルーミアの間に割って入った。そして2人の額に4連デコピンをかました。突然の刺激に、2人は目を大きく開いて驚く。
「な、ななな何するんですか!?」
「何するのさ霊夢!?」
「うっさい、神社じゃあ私がルールよ。文句ある?」
鋭い目付きで睨み、そう言う霊夢にルーミアと文は、
「すみませんでした! なんかよくわかりませんが、すみませんでした!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
即、謝った。
◇◇◇
「霊夢さん」
「んー?」
文と霊夢は、縁側でお茶を啜っていた。あの後、軽く朝食を食べ、ルーミアは境内の掃除へ行かされ、今この場には居ない。
「さっき、私の笑顔が嘘っぽいって言いましたけど、何故です?」
「そんな話?」
「私としては、何故見破られたのかが気になって仕方ありませんよ」
文は、割と真剣な表情で言うが、霊夢は足をぷらぷらさせて、全く真剣味が無い。
お茶を啜っている音が、さらに脱力感を誘う。
「ただ単純に不自然だったからよ。私は本当の笑顔を見ているからね。あんたのあんな笑顔は笑顔と言えなかった。ただ、それだけよ」
「本当の笑顔って、ルーミアさんのことですか?」
「さぁ? どうかしらね」
文の追及を、霊夢は軽く流す。
「霊夢さん」
「何よ?」
「私、無理なんですよ」
「何がよ?」
「笑えないんですよ」
冷たい風が、髪を撫でる。霊夢は、文の方向へ向く。文は、なんだかよくわからない表情を浮かべていた。
「強い者には愛想を振り撒き、記者としての時も相手の機嫌を損ねぬよう、ただ愛想を適当に振り撒いて、そんな生き方を続けていたら」
霊夢は分かった。ルーミアがさっき言っていた「苦しい」という言葉の意味が。
「いつの間にか、自分の本当の笑顔、忘れちゃってました」
そう言う文の表情は、笑顔なのにどこか脆そうに見えて、それでいて確かに苦しそうにも見えた。
「じゃあ思い出しなさいよ」
「無理ですよ」
「無理じゃないわよ。今日一日、ルーミアを観察してみなさい」
「あの子を?」
「えぇ、あんたも思い出すかもよ? 忘れてたもの」
「あんたも……って霊夢さんも何かを忘れてたんですか?」
「さぁね……ほら、取材なんでしょう。行って来なさいよ。私のお茶啜ってる姿を記事にしてもつまんないわよ」
「それもそうですね」
その言葉に、文は立ち上がる。
「では、行ってきます」
「はいはい」
◇◇◇
「あ、文ー手伝ってくれるの?」
「いえ、取材です」
「そっか。手伝いたくなったら言ってね?」
「なりません」
「むぅ……」
今日は風が強いせいか、落ち葉が多い。ルーミアは少し苦戦しているようだ。
「ま、頑張って下さい」
「おー!」
走りながら、箒を使っているルーミア。
「何が楽しいだか……」
しばらく見ていると、ルーミアは何故か笑顔で、
「何をそんなに一生懸命なんだか……」
何故か一生懸命で、
「何で……」
文には、理解出来なかった。
一生懸命で、笑顔を絶やさずにいるルーミアが、分からなかった。
文とは違う、本当の笑顔。自分を誤魔化さない、様子。
「終わった!」
それなりに時間が経った頃、ルーミアが大声でそう言った。
「っ……!」
そんなルーミアの、眩しすぎる笑顔から、思わず顔を背けた。
文は、昔を思い出す。
小さな命令にも一生懸命頑張っていた過去、間違いと思うことには例え上司や己より力の強い者でも、容赦無く感情を表していた。
いつからだろうか、世の中を知った時からか、文は変わった。周りに合わせ、強い者には逆らわずにいることが、楽に思え、文は楽な道を選んだ。
「あぁ……思い出しましたよ。色々と……」
目の前の、小さな妖怪の女の子を見ていて、文は懐かしく思えた。
「文、終わったし霊夢のトコ行こう!」
無邪気なルーミアが、文に歩み寄ってくる。
その瞬間、異常な程に強い風が吹いた。
「あ……」
集めただけの状態にあった落ち葉は、虚しく散っていった。
「また最初からですね」
「……なんでー!?」
叫び、涙目になっているルーミア。
実は文が能力で風を起こしたのだが、ルーミアは気付いていない。
「頑張って下さいね」
「にゃぅ~!」
少し自棄になったように落ち葉に突っ込んでいくルーミア。
「確かに思い出させて貰いましたけど、何かちょっと癪ですから、ごめんなさいルーミアさん」
少し悪戯っぽく笑う文を見た者はいなかったが、その笑顔は、嘘を一切含んでいない、笑みだった。
◇◇◇
「今日はありがとうございました。良い新聞が書けそうです」
結局、夜になるまで取材をしていた。
「泊まっていく?」
霊夢の言葉に、文は首を横に振る。
「いえ、すぐにでも新聞を書き上げたいですから」
どこか、清々しい笑顔で言う文。
それを見て、霊夢は軽く笑って、「そう」とだけ言った。
「それじゃあ、ルーミアさんも、またいつか会いましょうね」
「うん!」
「それと霊夢さん、あの話はルーミアさんにしましたか?」
「……まだよ」
「そうですか……」
「あの話?」
ルーミアが首を傾げて、疑問符を浮かべる。
「私が今日取材しに来た理由の一つでもありますが……」
「いいわよ、私が話しとくから。文は帰りなさい」
「分かりました。では」
文は、ふわりと浮き上がり、風を纏いながら帰って行った。
境内には、ルーミアと霊夢だけが残った。
「ルーミア、話があるわ」
「うん」
「あいつが、文が今日来た理由、それは最近噂になってることを確かめに来たのよ」
「噂?」
「そう……ここ博麗神社のね」
星と月だけが灯の役割を果たす時間。
空気は、どこまでも冷えていた。
「最近人里にも噂らしいけど、私が、博麗の巫女が妖怪を雇っているということ」
「……え?」
「本来、妖怪退治をする者が妖怪を雇っているという事実。今までも、妖怪が集まる神社って言われたりしていたけれど、それは妖怪が勝手に寄ってくるだけだろうと、周りは思っていた。けれど、雇ったとなると……」
今までなら、妖怪が勝手に集まるということだったため、そんな酷い噂にはならなかったが、雇ったとなると話は変わる。
印象も悪くなるだろうし、参拝客は減るだろう。
その噂を耳にした文が、今日やって来たのだった。
「じゃあ……私は、もうクビ?」
「いや、これをあんたに話したのは、いずれ近いうちにこの噂を耳にした時、あんたがショックを受けないように今話しただけ。別に気にしないでいいわよ」
「気にしないでいいなんて……無理だよ!」
大声で、ルーミアは言った。少し、肩を震わせながら。
普段とは違うルーミアに、霊夢は少し驚いた。
「だって! それじゃあ霊夢が……」
「私は気にしないって」
「それでも! それでも私は」
震える声で、ルーミアは言う。霊夢はじっと、ルーミアを見つめる。
「私は……迷惑をかけるのは、嫌だな」
昼間鳴いていた筈の虫すら、今は鳴いていない静かな夜。
優しく吹いている風すらも、煩く感じる。
まんまるお月様が、やけに明るい。
「迷惑だなんて言ってないでしょ」
「でも……」
「それに今更じゃない。あんたから雇ってとか言って来たんじゃない」
「そうだけど……」
最初のルーミアなら、霊夢にかかる迷惑なんて無視していたかもしれない。けれど、今のルーミアは変わった。迷惑をかけるのを嫌がっている。
「それに、私一応人を食べる妖怪だよ?」
「あんたが私を食べるってこと? やれるもんならやってみなさい」
両腕を広げ、無抵抗を見せる霊夢。
「私、本気で食べるよ?」
「やってみなさいよ」
ルーミアは歩み寄る。そして、霊夢の両肩を掴み、首と肩の間に口を近付ける。
「霊夢、私を今すぐ退治しなきゃ、食べられちゃうよ」
「だから、やってみなさいって言ってるでしょ。私はあんたを信じてる」
大きく口を開き、歯を肌に軽く食い込ませる。
霊夢は全く動じない。
あとはルーミアが、顎に力を入れるだけで、霊夢は散る。博麗の巫女といえども、人間だ。そして、ルーミアは見た目は幼くとも、人を食べる妖怪だ。そう、立派に妖怪なのだ。
少しだけ、そう、あと少しだけ力を込めるだけで。だけど――
「出来ないよ……」
ルーミアは、出来なかった。
大きな瞳から、涙を流して震える。肩に置いていた手から、力が抜ける。
柔らかい笑みを浮かべて、霊夢はルーミアをそっと抱き締めた。
「あんたは、私のこと嫌い?」
「嫌いな……わけないよ。霊夢から、いろんな大切なもの貰ったよ? 麦藁帽子も食事も、それになにより……温かさを。感謝してもしきれないくらい」
「そう。ならそれでいいじゃない。周りが何て言おうと、気にしないでいつもどおりにしてればいいのよ」
「でも! それじゃあ霊夢が……」
まだ涙を浮かべながら、言うルーミア。
「いいのよ、別にね。それに私も」
優しくルーミアの髪を撫でながら、霊夢は笑顔で、言う。
「私もあんたのこと、嫌いじゃないからね」
霊夢もまた、人の温もりを深くは知らなかった。だが、ルーミアと一緒に居て、それを知った。
それを聞いたルーミアは、
「えへ~、そーなのかー」
ふにゃりと、柔らかい笑顔を見せた。
周りを明るくする、笑顔を。
「うん、やっぱりあんたは笑顔のが似合うわ」
そう言って、霊夢も笑う。
「これからもビシバシ働いてもらうからね」
「うんっ!」
◇◇◇
私は噂の真相を確かめに博麗神社へと赴いた。博麗の巫女が雇う妖怪とは一体どのような妖怪なのか、姿を写真に収めることが成功した。
その写真は一面に掲載。
なんと博麗の巫女が雇った妖怪は、見た目幼い少女にしか見えない妖怪だった。
名をルーミアという。闇の妖怪だが、その無邪気で明るい様子からは、全く妖怪には見えない。
今回の取材から私は、噂は噂でしかないということが分かった。恐らく噂を耳にした者たちは、恐ろしい妖怪を想像しただろう。しかし、どうだろうか。実際は、無邪気な妖怪だった。人を襲う妖怪ではあるが、博麗神社に雇われていることにより、人を襲うということは無いらしい。
百聞は一見にしかず。皆さんも一度博麗神社に訪れてみては如何だろうか。博麗の巫女と、笑顔が似合う可愛らしい妖怪が、あなたを迎えてくれることでしょう。
新刊の『文々。新聞』一部より抜粋。
この単語には重大な役目があったんですね。印象に残るそーなのかでした(?)
今後は是非文に本当の笑顔を…!
「そーなのかー」
うん、いい言葉です
最高でした!
ほんわかさせられました!
いやはや見事なタメでしたね。感動しております。
文ちん、5○1(蓬莱に非ず)出身の人かね?君はw
きっと彼女にならば妖怪の賢者や花の大妖でさえ心からの笑顔を見せるでしょうね…
そして初めての「そーなのかー」一言が素晴らしいです
これからも宵闇の妖怪は博麗神社で働きつづけるのですね
頑張れ小さな女の子
文もルーミアと関わって、少しずつ変わっていくと思います。
>>2様
そう言って下さると、嬉しいです。
そーなのかーは、良い言葉ですよね。
>>3様
ありがたいお言葉です!
>>4様
私の一番書きたいほんわかな空気を共感して下さって、感じて下さってありがたい限りです。
>>欠片の屑様
ここまで、ずっとずっと言わせないで我慢してきましたから。そう言って下さると嬉しいです!
>>6様
ルーミアの無邪気な笑顔なら、みんな幸せになれる気がします。
これからも、頑張る小さな女の子!
一人位は「けーわい」がいても良いかなと思いましたごめんなさい。
文ちゃんと霊夢さんのシリアスムードから拙僧泣き泣きでどうしようもござんせん。
堪能させて頂きました。
ここまで温めていたため、そう言って下さると嬉しいです。
>>謳魚様
楽しんでもらえたようで幸いです。
悩みに悩んだ回でしたので、本当に嬉しいです。
ええ、泣きましたよ、三十路のおっさんの私が
このシリーズは毎回楽しみにしています。
いえいえ、こちらこそ読んでいただきありがとうございます。
そして、ほんわかを感じて下さったようで、私は嬉しいです。
あと2回となったこのシリーズ、最後までお付き合いして、楽しんで下さったら幸いです。
ルーミアに泣かされるとは・・・続きも
期待してます!!
東方幼霊夢が切ない終わり方だったので癒されに来ました。