紅魔館の無数にある廊下の一つ、紅の名にふさわしくその廊下も赤い。
そこを私、十六夜咲夜は台車を押しながら歩いていた。
台車の上にはコンテナが二つ、中には今日の門番隊の昼食が詰まっている。献立はサンドイッチ、卵やトマトなどといくつかの種類がある。私が作ったものではあるが、どうせ食べるのはあの門番と妖精たち、凝る必要も無くシンプルな調理のみ。
それでも時間がかかるのは事実であり、本来なら館のメイド妖精が作るはずなのだが、彼女たちは自分の料理しか作らない。その上私の料理の方がおいしいからといって、調理中につまみに来るのでナイフの無駄使いであった。
そんな事を憂いながら廊下を門の方へと曲がる。
と、お嬢様とはち合わせた。
現在、時間は昼真っ盛り、吸血鬼であられるお嬢様は本来お休みになられている時間だ。
珍しいと思いつつも不思議な事に気づく。
お嬢様の顔が逆さまであった。そして目線は私よりも上。顔から視線を上げていくと、華奢な肩、愛らしい胸、ふわりと広がるスカート、そして足が天井に着いているのを発見した。
レミリア・スカーレットは廊下の天井に立っていた。
「あら、咲夜。いい匂いがすると思っていたら昼食を運んでいたのね。一つもらえないかしら」
お嬢様がサンドイッチを要求してきた。瞬時に一番具がつまっている一切れを選び、差し上げる。
「ハムと卵のサンドイッチでございますわ」
「ありがとう」
吸血鬼にとって夜食にあたりそうな昼食、あまり大きくない一口で少しずつ召し上がっていく。卵がこぼれそうでひやひやするが、なんとか持ちこたえ、食べ終わるときを見計らい渡したナプキンで口をぬぐう。
一連の動作には可愛らしさと気品があふれていた、と思うのは私だからだろうか。
「単純だけれどおいしいわね。さすが咲夜といったところかしら」
「ありがとうございます」
礼を言ったついでに、天井に立っていた理由を尋ねる。
「ところでお嬢様、なぜそのようなことを?」
「ん、そのような? ああ、天井に立っていた事ね。これはカリスマを上げるためよ」
「意味がよくわかりませんが」
「いい咲夜、私気づいたのよ。吸血鬼らしくないことをするからカリスマが無くなるのだと。昼なのに博麗神社に遊びに行ったり、幼稚な言動をしたりね」
「昼に起きてることもですね」
「口をはさまない。でね、だから逆に吸血鬼らしいことをすればカリスマが上がるはずなのよ」
「それがこれだと」
「そう、怖い話にあるじゃない。人間が古い洋館に探検に行ったとする。ふとある扉の前で立ち止まってしまう。なぜなら扉の向こうに何かがいる気配がしたからだ。人間は怯えながらも一握りの勇気を振り絞り扉を開ける。開けた先の部屋には誰もいない。ほっとした人間が何気なく上に目をやると‥‥‥」
「下の床が開くと」
「なんでそうなるのよ。天井に立っていた吸血鬼と目が合うのよ。そうして成すが術も無くパクリ。ふふ、おそろしいわよね」
「廊下ですよここ」
「細かいとこは気にしない。そんなんだから大きくならないのよ」
気にするところを間違えている気がするが。しかしどこが大きくないのだろう。お嬢様どころか、霊夢や魔理沙と比べても私はだいぶ背が高い。まさかね、まさかまさか。
「大事なのは天井に立つと言う事、その行為なのよ。空を飛べるのは誰しもできるけど天井に立てる妖怪は少ない。その一つが吸血鬼、十分に吸血鬼らしさが出せるのよ」
いまいち納得はできなかったが、お嬢様は満足している様子であた。
ならばそれでいいだろうと相槌を打とうとしたとき、妹様が向こうから来られた。詳しくなら向こうの天井からである。
フランドール・スカーレットもまた天井に立っていた。
「お姉さまが逆さになっていると聞いて私も真似してみたの。どうかしら」
妹様がお嬢様にそう尋ねる。
「いいと思うわ。私が見てもいつもと同じ向きだけれど。ただフラン、少しはしたないわよ」
逆さまになると重力はその逆さになったものに逆に働く。
妹様の服装にもその事が言えた。
まずスカートはめくれ上がりドロワーズが丸見えであった。まあドロワーズなら弾幕をしている時にも見えたりするので問題はあまりない‥‥‥はず。
問題は上半身、服が上下に分かれているために上もまためくれている。ちらりと見える白い肌、妙に扇情的で、湯浴みをする時見ているはずなのに私は照れる。
「やっぱり逆さになるとめくれちゃうよ。お姉さまはどうしてスカートがめくれないの?」
「これが姉と妹の差よ。私のカリスマはスカートも押さえるわ」
「へえ、すごい。なら、
その羽根を広げても大丈夫なはずよね?」
「「!!」」
お嬢様は妹様と話す際、背をこちらに向けた。
よって私は良くわかる。お嬢様が羽根でスカートを押さえている様が。
カリスマなどで宇宙の法則が乱れるわけも無く、羽根を放した瞬間、お嬢様のスカートはめくれるだろう。
妹様は気づいていたのだ。
そしてお嬢様自身の言葉で追い詰めるように仕向けた。プライドの高いお嬢様が、羽根で押さえているなどというわけがない。
お嬢様をからかう巧妙な作戦であった。
「もちろんよ」
お嬢様の声はかすかに上ずっていた。
だが私は見逃さない。
お嬢様の右羽根が軽く二回動く。
『時を止めて助けろ』というSOSサインである。
このサインはお嬢様の窮地を幾度と無く救ってきた。一週間に九回ほど。
命令どおり時を止める。
さて、今回はスカートがめくれないようにすればいい。楽なうちの仕事になるだろう。
まずはポケットに何かないか探してみる。最小限のアクションで済ませるのが瀟洒というものだ。
銀時計、ナイフ、写真、手帳、飴に絵本、縄と手錠にヒゲ眼鏡、おや、これは何だろうか。
取り出してみると接着剤である。前に里の福引でもらったものだ。5等であった。
いいものがあったとほくそえみ、早速スカートに塗りにかかる。
天井と接着する際にスカートの内側を覗いたのは不可抗力。
時間停止を解除、お嬢様が羽根を広げる長い長い2秒前であった。
羽根を広げるお嬢様、スカートはもちろん動かない。
体に不釣合いなほどの大きな羽根、広げた姿にはカリスマが漂う。
表情に自信が浮かぶお嬢様、対する妹様の表情は呆気に取られた様子、次には悔しさ、最後には申し訳なさそうな様子が見てとられた。
お嬢様の方へ天井を駆ける妹様、軽トラックほどあるだろう衝撃とともに抱きついた。
ラリアットかと身構えた私は心が汚れているかもしれない。
「ごめんなさい。私、お姉さまに恥をかかせようとしてしまったわ」
「いいのよ、フラン。私は恥をかいていないし、あなたも素直に謝った。何も問題はないわよ」
妹様を快く許す様は見ていて気持ちがいいものであった。
姉妹水入らずのところにこれ以上いるのは野暮であるし、私が時を止めていた事がばれてもマズイ。
私は腹を空かせているであろう門番隊のもとへ早足で向かった。
あれから6時間ほど、館内の掃除を終え、お嬢様の夕食を作った私は、運んでいるときにまたあの廊下に通りかかった。
驚いた事にまだお嬢様はそこにいた。逆さまのままである。
「お嬢様、あまり長い時間そうしていると、頭に血がのぼりますよ」
「ふん、そんな柔な体じゃないわ。って咲夜ぁ!あなた接着剤取ってきなさいよ!」
「あ、ああ!」
「忘れていたの、忘れていたのねぇ!」
悲痛な叫びが館にこだまする。
「おかげでパチュリーが魔理沙がおもしろいことになってるって呼んだ時もいけなかったじゃない!」
「すいません、お嬢様」
しかしなぜだろうか。そんなイベントがあったらおそらくお嬢様は服を破いても行くはずだ。あのパチュリー様におもしろいと言わせるほどのことだ。相当おもしろいのであろう。
そこまで考えたところで気づく。お嬢様が着ているドレスが私が初めて作ったドレスだということに。お嬢様がそれを覚えていてそうしてくれたのだと思うと心が温かくなった。蝙蝠になればいいとか言った奴には竜宮の遣いがおしおきに行くはずだ。
「では心が温まったところでおなかも温めましょう」
「え! このまま夕飯!」
「今日はざるうどんですよ。紅白を意識して器は朱色です」
「そういう気が利くなら早く剥がしてよ!」
「里で一番のうどん屋、TA☆GO☆SAKUのうどんです」
そこまで言ったところでついにお嬢様は降りるのを諦めたようだった。
「‥‥‥あなたが作らないなんて珍しい」
「いえ、TA☆GO☆SAKUは太助、五兵衛、咲夜の略で紅魔館の収入源の一つなので、うどんは私のお手製です」
「いつの間にそんな経営展開を‥‥‥」
「さあさあ、どうぞ召し上がってください」
「いただくわ」
そういってお嬢様は箸を取り、私の掲げたお盆からうどんを取り、つゆに漬け、すする。
「痛っ!目につゆがっ」
「大丈夫ですか?大豆ですものね」
「いや目に入ったら誰でも痛いよ!」
そんなやり取りを繰り広げていると妹様がさっきと同じ方向からやって来た。ちゃんと廊下を歩いている。
この光景を見た妹様は呟いた。
「逆さになったままうどんを食べるなんてすごい――」
「咲夜、私行くわ」
そういって一気にうどんをかきこむ。血を飲むときでさえ小食だというのに勢いが生半可ではない。
案の定のどにうどんをつまらせかけていた。
例えるならばスキマを八雲紫と八雲藍が一緒に通ろうとしてつかえるようなもの。私が二人でも多分つっかえないなあと思い少しブルーに。
私は所詮ソバだったのだ。
「――馬鹿みたい」
「あ、鼻から」
「お嬢様、泣いて‥‥‥」
「違うわ、これはめんつゆよ」
さきほどの嫌な出来事から一時間ほどが経過していた。
お嬢様は天井に体育座りをし膝に顔を埋めている。
私はその哀愁漂う小さな背中に、必死に慰めをかけていた。
二度あることは三度あるというのだろうか。また妹様があの方向からやってきた。そういえばあの方向は鬼門だったような気がする。
だが前と違うのは手が後ろに回り、何かを背中に抱えている点である。
妹様は少しずつ口から言葉を紡いでいく。
「あの、お姉さま‥‥‥、わたしあんな事になるなんて思わなくて‥‥‥、だから笑っちゃったのも悪気はなくて、でもそんなに落ち込むなんて思わなくて‥‥‥。だから、だからね、美鈴に教わってね、一緒に元気が出る料理を作ってきたの!」
お嬢様が決して上げなかった顔を上げた。
「お姉さまに食べてもらって元気をだしてもらうためにがんばったの!」
そして立ち上がる。
「ねえ、食べてくれるかな」
唇が動く。
「当たり前じゃない、フランの作った料理ならなんだろうと食べるに決まってるわ。さあ見せて、あなたの料理」
「うんっ!これ、担々麺」
前にでたお盆の上には未だ湯気をたてる担々麺、そしてそのスープは紅魔館にふさわしく赤い。
対照的にお嬢様の顔はもともと白いのがさらに白くなっていた。
妹様から皿と箸を受け取るお嬢様。湯気で表情が読み取れないが、右羽根が二回動く。
私は妹様に声をかけた。
「妹様、私もあれを食べた事があるのですが、そのときよりも赤い気が」
「多分そうよ。美鈴がね、真っ赤な調味料が元気の素って言ってたからたくさん入れたんだ。げんきになるよね」
「はい、もちろんですわ」
そう頷き、美鈴いい仕事するなあと私は思った。
そこを私、十六夜咲夜は台車を押しながら歩いていた。
台車の上にはコンテナが二つ、中には今日の門番隊の昼食が詰まっている。献立はサンドイッチ、卵やトマトなどといくつかの種類がある。私が作ったものではあるが、どうせ食べるのはあの門番と妖精たち、凝る必要も無くシンプルな調理のみ。
それでも時間がかかるのは事実であり、本来なら館のメイド妖精が作るはずなのだが、彼女たちは自分の料理しか作らない。その上私の料理の方がおいしいからといって、調理中につまみに来るのでナイフの無駄使いであった。
そんな事を憂いながら廊下を門の方へと曲がる。
と、お嬢様とはち合わせた。
現在、時間は昼真っ盛り、吸血鬼であられるお嬢様は本来お休みになられている時間だ。
珍しいと思いつつも不思議な事に気づく。
お嬢様の顔が逆さまであった。そして目線は私よりも上。顔から視線を上げていくと、華奢な肩、愛らしい胸、ふわりと広がるスカート、そして足が天井に着いているのを発見した。
レミリア・スカーレットは廊下の天井に立っていた。
「あら、咲夜。いい匂いがすると思っていたら昼食を運んでいたのね。一つもらえないかしら」
お嬢様がサンドイッチを要求してきた。瞬時に一番具がつまっている一切れを選び、差し上げる。
「ハムと卵のサンドイッチでございますわ」
「ありがとう」
吸血鬼にとって夜食にあたりそうな昼食、あまり大きくない一口で少しずつ召し上がっていく。卵がこぼれそうでひやひやするが、なんとか持ちこたえ、食べ終わるときを見計らい渡したナプキンで口をぬぐう。
一連の動作には可愛らしさと気品があふれていた、と思うのは私だからだろうか。
「単純だけれどおいしいわね。さすが咲夜といったところかしら」
「ありがとうございます」
礼を言ったついでに、天井に立っていた理由を尋ねる。
「ところでお嬢様、なぜそのようなことを?」
「ん、そのような? ああ、天井に立っていた事ね。これはカリスマを上げるためよ」
「意味がよくわかりませんが」
「いい咲夜、私気づいたのよ。吸血鬼らしくないことをするからカリスマが無くなるのだと。昼なのに博麗神社に遊びに行ったり、幼稚な言動をしたりね」
「昼に起きてることもですね」
「口をはさまない。でね、だから逆に吸血鬼らしいことをすればカリスマが上がるはずなのよ」
「それがこれだと」
「そう、怖い話にあるじゃない。人間が古い洋館に探検に行ったとする。ふとある扉の前で立ち止まってしまう。なぜなら扉の向こうに何かがいる気配がしたからだ。人間は怯えながらも一握りの勇気を振り絞り扉を開ける。開けた先の部屋には誰もいない。ほっとした人間が何気なく上に目をやると‥‥‥」
「下の床が開くと」
「なんでそうなるのよ。天井に立っていた吸血鬼と目が合うのよ。そうして成すが術も無くパクリ。ふふ、おそろしいわよね」
「廊下ですよここ」
「細かいとこは気にしない。そんなんだから大きくならないのよ」
気にするところを間違えている気がするが。しかしどこが大きくないのだろう。お嬢様どころか、霊夢や魔理沙と比べても私はだいぶ背が高い。まさかね、まさかまさか。
「大事なのは天井に立つと言う事、その行為なのよ。空を飛べるのは誰しもできるけど天井に立てる妖怪は少ない。その一つが吸血鬼、十分に吸血鬼らしさが出せるのよ」
いまいち納得はできなかったが、お嬢様は満足している様子であた。
ならばそれでいいだろうと相槌を打とうとしたとき、妹様が向こうから来られた。詳しくなら向こうの天井からである。
フランドール・スカーレットもまた天井に立っていた。
「お姉さまが逆さになっていると聞いて私も真似してみたの。どうかしら」
妹様がお嬢様にそう尋ねる。
「いいと思うわ。私が見てもいつもと同じ向きだけれど。ただフラン、少しはしたないわよ」
逆さまになると重力はその逆さになったものに逆に働く。
妹様の服装にもその事が言えた。
まずスカートはめくれ上がりドロワーズが丸見えであった。まあドロワーズなら弾幕をしている時にも見えたりするので問題はあまりない‥‥‥はず。
問題は上半身、服が上下に分かれているために上もまためくれている。ちらりと見える白い肌、妙に扇情的で、湯浴みをする時見ているはずなのに私は照れる。
「やっぱり逆さになるとめくれちゃうよ。お姉さまはどうしてスカートがめくれないの?」
「これが姉と妹の差よ。私のカリスマはスカートも押さえるわ」
「へえ、すごい。なら、
その羽根を広げても大丈夫なはずよね?」
「「!!」」
お嬢様は妹様と話す際、背をこちらに向けた。
よって私は良くわかる。お嬢様が羽根でスカートを押さえている様が。
カリスマなどで宇宙の法則が乱れるわけも無く、羽根を放した瞬間、お嬢様のスカートはめくれるだろう。
妹様は気づいていたのだ。
そしてお嬢様自身の言葉で追い詰めるように仕向けた。プライドの高いお嬢様が、羽根で押さえているなどというわけがない。
お嬢様をからかう巧妙な作戦であった。
「もちろんよ」
お嬢様の声はかすかに上ずっていた。
だが私は見逃さない。
お嬢様の右羽根が軽く二回動く。
『時を止めて助けろ』というSOSサインである。
このサインはお嬢様の窮地を幾度と無く救ってきた。一週間に九回ほど。
命令どおり時を止める。
さて、今回はスカートがめくれないようにすればいい。楽なうちの仕事になるだろう。
まずはポケットに何かないか探してみる。最小限のアクションで済ませるのが瀟洒というものだ。
銀時計、ナイフ、写真、手帳、飴に絵本、縄と手錠にヒゲ眼鏡、おや、これは何だろうか。
取り出してみると接着剤である。前に里の福引でもらったものだ。5等であった。
いいものがあったとほくそえみ、早速スカートに塗りにかかる。
天井と接着する際にスカートの内側を覗いたのは不可抗力。
時間停止を解除、お嬢様が羽根を広げる長い長い2秒前であった。
羽根を広げるお嬢様、スカートはもちろん動かない。
体に不釣合いなほどの大きな羽根、広げた姿にはカリスマが漂う。
表情に自信が浮かぶお嬢様、対する妹様の表情は呆気に取られた様子、次には悔しさ、最後には申し訳なさそうな様子が見てとられた。
お嬢様の方へ天井を駆ける妹様、軽トラックほどあるだろう衝撃とともに抱きついた。
ラリアットかと身構えた私は心が汚れているかもしれない。
「ごめんなさい。私、お姉さまに恥をかかせようとしてしまったわ」
「いいのよ、フラン。私は恥をかいていないし、あなたも素直に謝った。何も問題はないわよ」
妹様を快く許す様は見ていて気持ちがいいものであった。
姉妹水入らずのところにこれ以上いるのは野暮であるし、私が時を止めていた事がばれてもマズイ。
私は腹を空かせているであろう門番隊のもとへ早足で向かった。
あれから6時間ほど、館内の掃除を終え、お嬢様の夕食を作った私は、運んでいるときにまたあの廊下に通りかかった。
驚いた事にまだお嬢様はそこにいた。逆さまのままである。
「お嬢様、あまり長い時間そうしていると、頭に血がのぼりますよ」
「ふん、そんな柔な体じゃないわ。って咲夜ぁ!あなた接着剤取ってきなさいよ!」
「あ、ああ!」
「忘れていたの、忘れていたのねぇ!」
悲痛な叫びが館にこだまする。
「おかげでパチュリーが魔理沙がおもしろいことになってるって呼んだ時もいけなかったじゃない!」
「すいません、お嬢様」
しかしなぜだろうか。そんなイベントがあったらおそらくお嬢様は服を破いても行くはずだ。あのパチュリー様におもしろいと言わせるほどのことだ。相当おもしろいのであろう。
そこまで考えたところで気づく。お嬢様が着ているドレスが私が初めて作ったドレスだということに。お嬢様がそれを覚えていてそうしてくれたのだと思うと心が温かくなった。蝙蝠になればいいとか言った奴には竜宮の遣いがおしおきに行くはずだ。
「では心が温まったところでおなかも温めましょう」
「え! このまま夕飯!」
「今日はざるうどんですよ。紅白を意識して器は朱色です」
「そういう気が利くなら早く剥がしてよ!」
「里で一番のうどん屋、TA☆GO☆SAKUのうどんです」
そこまで言ったところでついにお嬢様は降りるのを諦めたようだった。
「‥‥‥あなたが作らないなんて珍しい」
「いえ、TA☆GO☆SAKUは太助、五兵衛、咲夜の略で紅魔館の収入源の一つなので、うどんは私のお手製です」
「いつの間にそんな経営展開を‥‥‥」
「さあさあ、どうぞ召し上がってください」
「いただくわ」
そういってお嬢様は箸を取り、私の掲げたお盆からうどんを取り、つゆに漬け、すする。
「痛っ!目につゆがっ」
「大丈夫ですか?大豆ですものね」
「いや目に入ったら誰でも痛いよ!」
そんなやり取りを繰り広げていると妹様がさっきと同じ方向からやって来た。ちゃんと廊下を歩いている。
この光景を見た妹様は呟いた。
「逆さになったままうどんを食べるなんてすごい――」
「咲夜、私行くわ」
そういって一気にうどんをかきこむ。血を飲むときでさえ小食だというのに勢いが生半可ではない。
案の定のどにうどんをつまらせかけていた。
例えるならばスキマを八雲紫と八雲藍が一緒に通ろうとしてつかえるようなもの。私が二人でも多分つっかえないなあと思い少しブルーに。
私は所詮ソバだったのだ。
「――馬鹿みたい」
「あ、鼻から」
「お嬢様、泣いて‥‥‥」
「違うわ、これはめんつゆよ」
さきほどの嫌な出来事から一時間ほどが経過していた。
お嬢様は天井に体育座りをし膝に顔を埋めている。
私はその哀愁漂う小さな背中に、必死に慰めをかけていた。
二度あることは三度あるというのだろうか。また妹様があの方向からやってきた。そういえばあの方向は鬼門だったような気がする。
だが前と違うのは手が後ろに回り、何かを背中に抱えている点である。
妹様は少しずつ口から言葉を紡いでいく。
「あの、お姉さま‥‥‥、わたしあんな事になるなんて思わなくて‥‥‥、だから笑っちゃったのも悪気はなくて、でもそんなに落ち込むなんて思わなくて‥‥‥。だから、だからね、美鈴に教わってね、一緒に元気が出る料理を作ってきたの!」
お嬢様が決して上げなかった顔を上げた。
「お姉さまに食べてもらって元気をだしてもらうためにがんばったの!」
そして立ち上がる。
「ねえ、食べてくれるかな」
唇が動く。
「当たり前じゃない、フランの作った料理ならなんだろうと食べるに決まってるわ。さあ見せて、あなたの料理」
「うんっ!これ、担々麺」
前にでたお盆の上には未だ湯気をたてる担々麺、そしてそのスープは紅魔館にふさわしく赤い。
対照的にお嬢様の顔はもともと白いのがさらに白くなっていた。
妹様から皿と箸を受け取るお嬢様。湯気で表情が読み取れないが、右羽根が二回動く。
私は妹様に声をかけた。
「妹様、私もあれを食べた事があるのですが、そのときよりも赤い気が」
「多分そうよ。美鈴がね、真っ赤な調味料が元気の素って言ってたからたくさん入れたんだ。げんきになるよね」
「はい、もちろんですわ」
そう頷き、美鈴いい仕事するなあと私は思った。
閻魔様に聞かれても守り通す所存ですとも
ゆーびきーりげーんまん。うーそつーいたーらはーりせーんぼんのーます。
ゆーびきった!
自分の口はホタテのように硬いですから。
ゆーびきーりげーんまん。うーそつーいたーらはーりせーんぼんのーます。
ゆーびきった!
即席担々麺の出来上がり。