※このお話は前作の「この想いを、貴女に」の続編のようなものです。
前作から読んでいただけるとうれしいですが読まなくても平気です。
ただいちゃつくだけですから。
「文様ぁ…そんな、好きだなんて恥ずかしいですよぉうへへ…」
春眠暁を覚えず。
はっきり言って、春は眠い。
これは天狗にも言えるらしく、椛はこの日寝坊していた。
仕事も休みだし、寝坊してもなんら問題はないのだが、規則正しい生活を送る椛には珍しい事だ。
椛は、あの時の夢を見ていた。
そう、文に告白された、あの時の夢を。
「文様…文様ぁ…」
春の暖かな空気がそうさせたのか、椛の頭まで春になりかけたそのとき――
「も!み!じー!!」
突然の襲撃。
玄関を蹴破って現れた鴉天狗は、何が起こったのか飲み込めずにいる椛の写真を撮りまくった。
「さすが椛、寝起きの顔もかわいいわね」
「え…文様?あ、あれ!?ゆ、夢じゃない!?」
「もしかして私の夢見てたの?困った子ね…あら、涎出てるじゃない、拭いてあげる」
右手で涎を拭くふりをして、隙あらば指を口に突っ込もうとする。
左手では恥ずかしがる椛の顔をしっかりカメラに収める。
流石は伝統の幻想ブン屋、手馴れたものだ。
「よ、涎くらい自分で拭けます!大丈夫ですから!」
「あら残念。でも照れてる椛かわいいわよ」
「恥ずかしい事言わないでください!まったく…」
椛の照れる顔を見てうれしそうに笑う文の髪には、椛がくれた髪飾りが輝いていた。
日が昇ってきた。
今日もお出かけ日和のようだ。
柔らかな日差しが降り注ぎ、穏やかな風が吹き渡っている。
「悪いわね、寝起きなのにお茶まで淹れてもらっちゃって」
「いいんですよ。でも、連絡してくださったらよかったのに」
お茶を渡しながら、椛はささやかに抗議した。
どうせ無駄だということはわかってはいたが。
「貴女の顔を見に来た、って言ったらどうする?」
「用がないなら帰ってください、って言ったらどうします?」
「ごめん、冗談よ。たまたま原稿も終わって暇でね。それでなんだけど…一緒に、その…」
肝心な事が言えない。それが文の悪い癖だ。
普段ならどんな皮肉でも口から自然に出てくるのに、
こういう大事な場面ではどうにも言葉がでてこない。
そういう所を、椛はよく理解していた。
「デートですか?ぜひ行きたいです!」
やっぱりこの子に想いを伝えてよかった。
私の事を本当によくわかってくれている。
うれしくなって、文は思わず声を弾ませた。
「ほんと!?よし、じゃあ早速行きましょう!さあ早く!」
「慌てないでください文様!どこに行くかも決めてないじゃないですか」
「あ、そうね。どこか行きたい所ある?」
「えーと…あ!里に新しく『しょっぴんぐもーる』なるものができたじゃないですか。あそこなんかどうですか?」
「いいわね、私も気になってたのよ。じゃ、早速行きましょう!」
「ま、待ってください!まずは着替えさせてくださいよ」
「ほう、生着替えか」
「馬鹿なこと言わないで下さい!あっちむいててくださいよ!」
何度も振り向いて、その都度真っ赤になる椛を楽しんだのは言うまでもない。
* * *
山深い天狗の里。
その開けた空き地にショッピングモール「ザ・リトル鞍馬」はある。
かつての鞍馬の里の繁栄を髣髴とさせる規模がネーミングの決め手だそうだ。
まあ、鞍馬の里を知っている天狗も今はだいぶ少なくなったが。
「どこのお店から見ますか?」
うれしそうに椛が尋ねる。
本能なのだろう、ウキウキを隠しきれずに尻尾を振っている。
その姿を見ていると、こっちまでうれしくなってくる。
これが、しあわせってやつね。
そんなことを思いつつ、文は答える。
「とりあえず適当に見て回りましょ?気になったらとにかく入ってみる。それでいい?」
「はい!では、行きましょう、文様!」
「お?この万年筆…椛、ちょっとここ見ていい?」
「もちろんですよ」
店頭にあった万年筆。
それは文が愛用しているブランドの最新型だった。
スタイリッシュかつ落ち着いたデザイン。
握り心地も悪くない。ただ…
「いざ書くとなるとなんか違うのよね…」
どうも滑りが悪い。しっくりこない。
「やっぱり年季の入ったあれが一番かしらね」
溜息混じりに呟く文。
「さて、椛はっと…」
探してみると、椛は二つのペンと格闘していた。
近くにいくと、なにやらぶつぶつ言っている。
「どうしたの?」
「あ、文様。どっちがいいか迷ってるんです。こっちは高いけど書きやすそうで、こっちは安いけど書きにくそうで…」
「そうね…愛用者として言わせてもらうと、やっぱり書きやすいほうがいいわね。書けないペンなんて意味ないもの」
「ですよね…うーん…」
「そこで!これはどう?値段も手頃だし書きやすいわよ?」
文は一本のペンを手に取った。
「…あ、ほんとだ!これにします!でもさすが文様ですね、見ただけで書きやすいかわかるなんて」
「実はね、私が記者になりたての頃使ってたやつなのよ。昔からあるものはやっぱり安定してるってわけね」
「そうだったんですか。」
「うん。じゃ、次行きましょう。」
文は少し誇らしげな顔をし歩き出した。
慌ててついてくる椛。
その姿に思わず口元を緩める文。
我慢できずに、追いついた椛の手をそっと握る。
「あ、文様?」
「いこ?」
「…はい。」
二人の間には、優しい花が咲いていた。
まるで、この山の満開の桜のように。
楽しい時間は過ぎるのが早い。
朝から回っていたのに、いつの間にか夕方になっていた。
様々な店を回り、とても楽しい時間を過ごした。
この時間が終わってほしくない。
二人とも、そう思っていた。
「けっこういろんなお店がありましたね。」
「そうね…あ、雑貨屋」
「入ってみましょう?」
ほんとうは、ただ帰りたくなかっただけ。
ほんの少しだけでも、一緒にいる時間を延ばしたかっただけ。
そう、ここに入ったのは、この店が気になったからではない。
文にとって、この店での買い物は長く椛と一緒にいるための口実に過ぎなかった。
しかし、椛は別のことを考えていた。
考えてみたら、二人の共通のものを持っていない。
恋人同士なら、ペアのアイテムを何かしら持っているものだろう。
だから、どうしてもペアの何かがほしかった。
自分と文の絆となる何かを。
「あの…文様…」
「ん?気に入ったやつでもあった?」
「これなんですけど…」
椛が指差したのはペアのカップ。
かわいらしいデザインながら落ち着いた面も併せ持つ、大人向けのカップ。
年上の文のことを思い選んでくれたのだろう。
しかし椛はすっかり忘れていたようだ。
ペアのカップの片方は男向けだということを。
椛になんて言おう。
気持ちはすごくうれしいけど、男向けのカップはちょっと…
でも断ったら椛を傷つけてしまう。
やっぱりこうするしかないか。
「あのね椛、気持ちはうれしいんだけど…片方って確実に男向けよね?」
「ああっ!?」
やはりまったく気づいていなかったようだ。
あからさまにショックを受けている椛。
やばい、早く言ってあげなきゃ。
「気を落とさないで椛!ところで、貴女はどのカップがいい?」
「え?えっと…これがいいです。でも文様とお揃いじゃなきゃ…あっ!」
「じゃあ、私もこれ!」
穏やかな微笑を浮かべる文。
この微笑は、椛以外には誰にも見せたことがない。
この優しい笑顔で、椛は文の想いを理解した。
しかし、わざとある質問をした。
答えが聞きたかったから。
「でも…これだとどっちが自分のかわからなくなっちゃいますよ?」
「貴女のだったら間違ってもいいわ、むしろ率先して使うわよ」
「いや、それもどうかと…でも、うれしいです。」
優しい微笑みに、満面の笑みで応える。
二人にはもう言葉は要らない。
手をつなぎ、独りならば寂しいであろう夕暮れの途を辿っていった。
* * *
椛の家に着く頃には、もうすっかり夜になっていた。
「今日は楽しかったです。」
「私も。あ、カップは貴女が持ってて?私が会いに行くから」
「はい…」
そう言ったまま、椛は顔を伏せてしまった。
別れの時間が近づく。
今度また来るわよ。
そう言いきかせても、椛は悲しそうな顔をしたままだ。
仕方ないわね。
「ねぇ椛」
「なんですk…」
二人の唇が重なる。
優しく、柔らかく。
離れ際仄かに香ったのは文の髪の匂いだろうか。
穏やかな気持ちになれるような、不思議な香り。
たちまち真っ赤になる椛。
「な、ななな何するんですか!?」
「元気でた?」
「え?あ…」
「また来るから。じゃあね、椛」
「…はい。」
まったく…あの人は本当にずるい。
勝手に来たと思ったら、今度は勝手に帰っていく。
ほんとうに、勝手な人だ。だけど――
――ほんとうに…大好き。
前作から読んでいただけるとうれしいですが読まなくても平気です。
ただいちゃつくだけですから。
「文様ぁ…そんな、好きだなんて恥ずかしいですよぉうへへ…」
春眠暁を覚えず。
はっきり言って、春は眠い。
これは天狗にも言えるらしく、椛はこの日寝坊していた。
仕事も休みだし、寝坊してもなんら問題はないのだが、規則正しい生活を送る椛には珍しい事だ。
椛は、あの時の夢を見ていた。
そう、文に告白された、あの時の夢を。
「文様…文様ぁ…」
春の暖かな空気がそうさせたのか、椛の頭まで春になりかけたそのとき――
「も!み!じー!!」
突然の襲撃。
玄関を蹴破って現れた鴉天狗は、何が起こったのか飲み込めずにいる椛の写真を撮りまくった。
「さすが椛、寝起きの顔もかわいいわね」
「え…文様?あ、あれ!?ゆ、夢じゃない!?」
「もしかして私の夢見てたの?困った子ね…あら、涎出てるじゃない、拭いてあげる」
右手で涎を拭くふりをして、隙あらば指を口に突っ込もうとする。
左手では恥ずかしがる椛の顔をしっかりカメラに収める。
流石は伝統の幻想ブン屋、手馴れたものだ。
「よ、涎くらい自分で拭けます!大丈夫ですから!」
「あら残念。でも照れてる椛かわいいわよ」
「恥ずかしい事言わないでください!まったく…」
椛の照れる顔を見てうれしそうに笑う文の髪には、椛がくれた髪飾りが輝いていた。
日が昇ってきた。
今日もお出かけ日和のようだ。
柔らかな日差しが降り注ぎ、穏やかな風が吹き渡っている。
「悪いわね、寝起きなのにお茶まで淹れてもらっちゃって」
「いいんですよ。でも、連絡してくださったらよかったのに」
お茶を渡しながら、椛はささやかに抗議した。
どうせ無駄だということはわかってはいたが。
「貴女の顔を見に来た、って言ったらどうする?」
「用がないなら帰ってください、って言ったらどうします?」
「ごめん、冗談よ。たまたま原稿も終わって暇でね。それでなんだけど…一緒に、その…」
肝心な事が言えない。それが文の悪い癖だ。
普段ならどんな皮肉でも口から自然に出てくるのに、
こういう大事な場面ではどうにも言葉がでてこない。
そういう所を、椛はよく理解していた。
「デートですか?ぜひ行きたいです!」
やっぱりこの子に想いを伝えてよかった。
私の事を本当によくわかってくれている。
うれしくなって、文は思わず声を弾ませた。
「ほんと!?よし、じゃあ早速行きましょう!さあ早く!」
「慌てないでください文様!どこに行くかも決めてないじゃないですか」
「あ、そうね。どこか行きたい所ある?」
「えーと…あ!里に新しく『しょっぴんぐもーる』なるものができたじゃないですか。あそこなんかどうですか?」
「いいわね、私も気になってたのよ。じゃ、早速行きましょう!」
「ま、待ってください!まずは着替えさせてくださいよ」
「ほう、生着替えか」
「馬鹿なこと言わないで下さい!あっちむいててくださいよ!」
何度も振り向いて、その都度真っ赤になる椛を楽しんだのは言うまでもない。
* * *
山深い天狗の里。
その開けた空き地にショッピングモール「ザ・リトル鞍馬」はある。
かつての鞍馬の里の繁栄を髣髴とさせる規模がネーミングの決め手だそうだ。
まあ、鞍馬の里を知っている天狗も今はだいぶ少なくなったが。
「どこのお店から見ますか?」
うれしそうに椛が尋ねる。
本能なのだろう、ウキウキを隠しきれずに尻尾を振っている。
その姿を見ていると、こっちまでうれしくなってくる。
これが、しあわせってやつね。
そんなことを思いつつ、文は答える。
「とりあえず適当に見て回りましょ?気になったらとにかく入ってみる。それでいい?」
「はい!では、行きましょう、文様!」
「お?この万年筆…椛、ちょっとここ見ていい?」
「もちろんですよ」
店頭にあった万年筆。
それは文が愛用しているブランドの最新型だった。
スタイリッシュかつ落ち着いたデザイン。
握り心地も悪くない。ただ…
「いざ書くとなるとなんか違うのよね…」
どうも滑りが悪い。しっくりこない。
「やっぱり年季の入ったあれが一番かしらね」
溜息混じりに呟く文。
「さて、椛はっと…」
探してみると、椛は二つのペンと格闘していた。
近くにいくと、なにやらぶつぶつ言っている。
「どうしたの?」
「あ、文様。どっちがいいか迷ってるんです。こっちは高いけど書きやすそうで、こっちは安いけど書きにくそうで…」
「そうね…愛用者として言わせてもらうと、やっぱり書きやすいほうがいいわね。書けないペンなんて意味ないもの」
「ですよね…うーん…」
「そこで!これはどう?値段も手頃だし書きやすいわよ?」
文は一本のペンを手に取った。
「…あ、ほんとだ!これにします!でもさすが文様ですね、見ただけで書きやすいかわかるなんて」
「実はね、私が記者になりたての頃使ってたやつなのよ。昔からあるものはやっぱり安定してるってわけね」
「そうだったんですか。」
「うん。じゃ、次行きましょう。」
文は少し誇らしげな顔をし歩き出した。
慌ててついてくる椛。
その姿に思わず口元を緩める文。
我慢できずに、追いついた椛の手をそっと握る。
「あ、文様?」
「いこ?」
「…はい。」
二人の間には、優しい花が咲いていた。
まるで、この山の満開の桜のように。
楽しい時間は過ぎるのが早い。
朝から回っていたのに、いつの間にか夕方になっていた。
様々な店を回り、とても楽しい時間を過ごした。
この時間が終わってほしくない。
二人とも、そう思っていた。
「けっこういろんなお店がありましたね。」
「そうね…あ、雑貨屋」
「入ってみましょう?」
ほんとうは、ただ帰りたくなかっただけ。
ほんの少しだけでも、一緒にいる時間を延ばしたかっただけ。
そう、ここに入ったのは、この店が気になったからではない。
文にとって、この店での買い物は長く椛と一緒にいるための口実に過ぎなかった。
しかし、椛は別のことを考えていた。
考えてみたら、二人の共通のものを持っていない。
恋人同士なら、ペアのアイテムを何かしら持っているものだろう。
だから、どうしてもペアの何かがほしかった。
自分と文の絆となる何かを。
「あの…文様…」
「ん?気に入ったやつでもあった?」
「これなんですけど…」
椛が指差したのはペアのカップ。
かわいらしいデザインながら落ち着いた面も併せ持つ、大人向けのカップ。
年上の文のことを思い選んでくれたのだろう。
しかし椛はすっかり忘れていたようだ。
ペアのカップの片方は男向けだということを。
椛になんて言おう。
気持ちはすごくうれしいけど、男向けのカップはちょっと…
でも断ったら椛を傷つけてしまう。
やっぱりこうするしかないか。
「あのね椛、気持ちはうれしいんだけど…片方って確実に男向けよね?」
「ああっ!?」
やはりまったく気づいていなかったようだ。
あからさまにショックを受けている椛。
やばい、早く言ってあげなきゃ。
「気を落とさないで椛!ところで、貴女はどのカップがいい?」
「え?えっと…これがいいです。でも文様とお揃いじゃなきゃ…あっ!」
「じゃあ、私もこれ!」
穏やかな微笑を浮かべる文。
この微笑は、椛以外には誰にも見せたことがない。
この優しい笑顔で、椛は文の想いを理解した。
しかし、わざとある質問をした。
答えが聞きたかったから。
「でも…これだとどっちが自分のかわからなくなっちゃいますよ?」
「貴女のだったら間違ってもいいわ、むしろ率先して使うわよ」
「いや、それもどうかと…でも、うれしいです。」
優しい微笑みに、満面の笑みで応える。
二人にはもう言葉は要らない。
手をつなぎ、独りならば寂しいであろう夕暮れの途を辿っていった。
* * *
椛の家に着く頃には、もうすっかり夜になっていた。
「今日は楽しかったです。」
「私も。あ、カップは貴女が持ってて?私が会いに行くから」
「はい…」
そう言ったまま、椛は顔を伏せてしまった。
別れの時間が近づく。
今度また来るわよ。
そう言いきかせても、椛は悲しそうな顔をしたままだ。
仕方ないわね。
「ねぇ椛」
「なんですk…」
二人の唇が重なる。
優しく、柔らかく。
離れ際仄かに香ったのは文の髪の匂いだろうか。
穏やかな気持ちになれるような、不思議な香り。
たちまち真っ赤になる椛。
「な、ななな何するんですか!?」
「元気でた?」
「え?あ…」
「また来るから。じゃあね、椛」
「…はい。」
まったく…あの人は本当にずるい。
勝手に来たと思ったら、今度は勝手に帰っていく。
ほんとうに、勝手な人だ。だけど――
――ほんとうに…大好き。
「ほう、生着替えか」にときめいた。
もっと甘くですか…まだまだ甘いわけですね。
甘すぎない甘々が書けるようになりたいです。
最近リアルが忙しくなりすぐには書けないと思いますが、いずれ続編も書こうと思うのでそのときは宜しくお願いします。