「ねえ、……お空、今度のお休み暇? 付き合って欲しいところがあるんだけど」
お燐が顔を赤らめて私にそう訊いてきた。一にも二にも無く私は快諾する。当然だ。
次の休みは暇だし、例え予定があってもお燐のほうを優先するだろう。
早くも私は幸せの階段を一段飛ばしで駆け上がっていた。「何をしに行くの?」と頬を緩めて尋ねる。
お燐も、負けないくらい顔をにやけさせて言った。
「うん……あのね、さとり様への贈り物を選びに行くの」
……うん、まあ、なんとなくわかっていたんだけどね。
上がるのが早ければ落ちるのも早かった。失意の底まで直下降だ。
「ああ……なるほど。さとり様への……ね」
「なんだよう、突然テンション下がって。お昼くらいおごるよう」
「いや、うん、大丈夫。ちゃんと付き合うよ。大丈夫だから」
失意のズンドコに居た私は、それでも何とか首を振った。
「それと、どうせなら奢るんじゃなくて作ってくれるとうれしいな」
「お昼を? 私が?」
お燐が首を傾げて私を見る。私はコクコクと頷いた。
「……まあ、お空がいいならいいけど」
「やたっ!」
私は全身で喜びを表現する。それくらい得があっても罰は当たらないだろう
約束の日の時間とかを確認して、私たちはそのままそれぞれの仕事へと別れた。
約束の日。私は地霊殿の玄関に30分も前に着いた。
一応服を選んで、髪も梳いて、覚えたての化粧もしてうんばっちりと鏡の前で声に出してから向かった。お燐の前ではいつでも可愛くしたいというのもあるけど少しでもデート気分を味わいたいからというのが本音だ。自分で気分を守り立てないと、やってられない。つくづく自分はバカだなあと思う。
誰も来て無いだろうと思いながら玄関ホールに入って、それでもつい、お待たせ、と声に出してしまった。
「お、来たね。待ってたよ」
……いたよ。30分も前なのにこいついたよ。
先に言うけど、お燐も私とのお出かけが楽しみで気がはやってしまったということは無い。絶対に無い。自分で言ってて悲しくなるけど。
「……おはよ。ずいぶん早いね」
「うん、なんかこう、つい興奮しちゃってね。気が付いたら、一時間も前に起きてた」
私も大概に子供だよねえ、とお燐はふにゃりと顔を緩めた。
その顔が可愛くて、不覚にもどきりとして、私は赤くなった頬をごまかすために急かすようにお燐に言った。
「ほんとね、ま、早く着いちゃったもんはしょうがない。行くよ」
「あ、今ほんとねって言ったね。ひどい、あたいのどこが子供だって言うんだよ」
軽口を叩きながら一緒に地霊殿を出る。
お燐が、私も早く来たことに突っ込まないでくれてよかった。
「お燐、もう一時間だよ。早く決めなよ」
「う~ん、もうちょっと待って~」
お燐はもうお店は決まっていて、旧都に行くと真っ直ぐにそこを目指した。
デートっぽくウインドゥショッピングなんてできるかな~と微かに期待していた私はまた地味にへこんだ。仕方ないけど。
「わ、かわいい。これなんかいいんじゃない?」
「だめだめ、さとり様茶器にはうるさいから」
お燐が選んだのは雑貨屋さんだった。細々とした可愛いものが色々売っている。いかにもお燐の好きそうなお店だった。
さっきからお燐はいくつも商品を手に取りながら、ああでもないこうでもないとためつすがめつしている。
前回の贈り物は服だった。お燐は何かの記念日とか特に関係なく贈る。そのときは、サイズが違うはずなのに、私に色んな服を試着させて楽しんでいた。あれが似合うとかこれは合わないとか、時間はかかったけど楽しかった。
ちなみに今日着てる服はその時お燐が似合ってるって言ってくれたものなんだけど、お燐は全く気付いてくれなかった。そのせいでまた私はへこんだ。
お燐が選んでいる間、私はそんな取り止めの無いことを考えながら待っていた。
ふと目をやると、お燐がある棚の前で動かなくなっていた。どうやら欲しいものが決まったらしい。
「どったの? 決まった?」
私は背中に声をかけた。お燐は答えない。すーっとガラスケースに入った商品に目が吸い寄せられている。
私はお燐の視線の先を見た。
それは小さなガラスペンだった。青を基調として様々な装飾がなされ、万華鏡のようにキラキラと輝いている。その繊細な姿は、きっとさとり様が使えばよく似合うだろうと思わされた。私もしばし目を奪われる。
そんな品だから、当然とんでもなく高い。私は視線をずらして値札を見て、目の玉が飛び出た。
このペン一本でこの値段……。
お燐も財布と相談して、手が出せないようだった。ペンと値札の間を、視線が行ったりきたりしている。
お燐のお小遣いでは、確かにあのペンは少し大変だろう。
「…………」
お燐がペンと自分のお財布とを見比べている間、私はお燐とペンとを見比べていた。
……どうしようかなあ。でも、さすがに……。
雑貨屋さんの中で二人、彫像のように固まる。
私は五回くらい視線を往復させた。
心の中でため息をついた。
………ああ、私って、つくづくバカだなあ。
「お燐」
「…………」
「ねえ、お燐」
「ふえっ!?」
耳元に息を吹きかけて、お燐は飛び上がった。どうやら私に気付いてなかったらしい。
「あ、……ああ、おどかさないでよお空。びっくりするじゃない」
目をぱちぱちさせてお燐が言う。その目を見て私は言った。
「ねえお燐、そのペン買うの、半分だそうか?」
お燐がびっくりしたような顔をする。どうしてわかったの、というように視線をよこす。私はなるべく自然に見えるように笑顔で話した。
「ね、それならそのペン、プレゼントできるでしょ」
「で、でも……そんなお空に悪いよ」
お燐が目を伏せる。内心の迷いを表すように、二本の黒い尻尾も揺れた。
「ううん、私だって、さとり様にはいつも感謝してるからさ。たまには一緒に贈り物させてよ」
感謝してる。そう、私だってさとり様のことは嫌いじゃない。それどころかいくら感謝してもし足りない、一番好きな妖怪の一人だと思う。でもそれはお燐への好きとは全然違う。
「でも……」
お燐は私とガラスペンと、それから自分の財布に目を移した。尻尾がはげしく揺れる。
もう一押し。
「ね、さとり様に渡すときは、お燐だけにしていいからさ。そうしよ?」
「そんな。それじゃお空が」
「私はいいの。面と向かって渡すの恥ずかしいし」
お燐の目がさまよう。
だが、やがてこくんと頷いた。
「うん。……ありがとう。お空」
そして、輝くような笑顔で、私にお礼を言う。
……ああ、この笑顔だ。
この笑顔を見せられると、私はバカになってしまうんだ。
「いいよ、お礼なんて。私が好きでやってることだし。……じゃあ半分こね」
「うん!」
お燐はうれしそうに微笑んで、パタパタと店員さんを呼びに行った。
私は外で待ってるから、そう背中に声をかけて、店を出る。
「うん、ありがとうね、お空!」
燐の、本当にうれしそうな声が聞こえた。私は、気にするな、という代わりに手をひらひらさせる。
好きな人が好きな人にプレゼントを買うシーンは、見たくなかった。
「お待たせ」
細長い木箱を抱えてお燐は出てきた。幸せそうに箱をつかむお燐を見ないようにしながら、私はなんでもない風に言う。
「それじゃ、帰ろっか」
「あ、ちょっと待って」
お燐が、なにやらごそごそとやりだした。脇に抱えた袋から何かを取り出す。
「はい、これ」
「何?」
急に手に押し付けられたものを見ながら、私は尋ねた。丁寧に布に包まれた、筒状のもの……。
「グラス。ちょうどペアのがあったから、一緒に買ったんだよ」
安物だけどね。お燐はえへへと笑いながら、そんなことを言った。
「こっちが私の」
お燐が包みを解いて見せてくれた。赤い綺麗なグラスだ。私も自分のを解く。私のは青だった。色違いの、双子のグラス。
「…………」
私は思わず贈り物を抱きしめて、黙ってしまった。
お燐が心配そうな声を出す。
「……どうしたの、お空。好きじゃなかった?」
違う。そんなこと無い。
嬉しくないわけ、ない。
……お燐は本当に卑怯だ。
「…………おりん」
「うん」
私は喉まででかかった言葉を、必死に飲み込んで、代わりの言葉を絞り出した。
「……ありがとう。大切にする」
お燐が、ぱあっと笑顔になった。
「ううん、お空こそ今日はありがとね」
私をとろけさせる太陽が、そこにある。
お燐は知らないだろう、私がこの贈り物を、どれだけ大事にするか。
私の部屋にはお燐からの思い出が、どれだけたくさんあるか。
知らなくていいと思う。
知ってもらいたいと願う。
「帰ったら、まずお昼かねえ」
「だね。お腹すいちゃった」
私はお燐の手を、そっと握った。お燐は拒まず握り返してくれた。今はいい。これでいい。私が望めるものは、これくらいで。
お燐と一緒に歩けるだけで、やっぱり私は幸せだった。
お空もお燐もいい娘すぎます。
とっても良いお話でした!!!
誤字かわかりませんがペンを購入したところでお燐が自分にお礼を言っているみたいなのですが。
切な過ぎて「お空ちゃ~ん!頑張ってー!」とヒーローショーを観覧するお子さん達の様に叫ばざるを得ませんね……!
お空ちゃんは⑨でなく少ーし直情径行気味なだけではないかと。
しかし作者様の脳内を見る限り、おりんりんもお空と同じ気分をさとり相手に味わってそう。
これは切ない地霊殿。
「うん。……ありがとう。お燐」
ここはお空に言ったセリフなのでは?
コメントレス
>1. 名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます。お燐もお空も可愛くていい子でああもう幸せになって欲しい。
切なくても温かいのが地霊殿の良さだと思います。
>2. 奇声を発する程度の能力さん
奇声で無いwww。
良いお話とか言って頂いて本当にありがとうございます。お空ちゃんはお燐の一挙手一投足にパルパルしまくりなんだけど、さとり様のことも大好きだから何も出来ないっていうああもうかわいい!
脳内妄想を垂れ流しただけなんですがありがとうございました。
>3. 名前が無い程度の能力さん
誤字指摘ありがとうございました。
お空がんばれ。超がんばれ。
しかしさとり様を超えるのは大変です。
読んでいただきありがとうございました。
>4. 名前が無い程度の能力さん
お空がんばれ、超(ry
>5. 謳魚さん
ありがとうございます! みんな! お空ちゃんを応援してあげて!
お空が直情型というのには激しく同意です。
>6. K-999さん
ありがとうございます。
さとり様にはハーレムの才能があるのでお燐はあまり感じてないのです。
だけどこいし様との越えられない壁を心のどこかに刺さったとげみたいに感じているはず。さとり様は罪作りだなあ……。
という妄想をしています。
>7. 名前が無い程度の能力
誤字指摘ありがとうございました。恥ずかしい限りです。
読んでいただきありがとうございました
あまり切なくするつもりは無かったのですが意外に感想が多くて驚きました。
次はもっと甘くしたい……。