「……ふぅ」
永遠亭の自室にて、八意 永琳がため息をつく。
「どうしたんですか、師匠?」
そこへやって来たのは、鈴仙・優曇華院・イナバだった。
「ん、ちょっとね。新しい薬の開発をしていたのだけど、失敗したのよ」
「へぇ、師匠でもそんなことがあるんですね。ちなみに、どんな薬を作ろうとしたんですか?」
「人里向けの新しい風邪薬でね、商品名『私を墓場に埋めないで』」
「売り出すときは普通に風邪薬でお願いしますね。絶対売れませんから。それで、失敗してどんな薬になったんですか?」
鈴仙が尋ねると、永琳は小さいビンを取り出した。
「これ……ですか?」
「えぇ。名称は『イナバになる薬』」
沈黙が続き、十秒経った頃にようやく鈴仙が口を開いた。
「……もう一回言ってもらっていいですか?」
「『イナバになる薬』」
「開発中にいったい何が起こったんですか」
「風邪に負けないようにと思って健康な肉体の血を使ったのだけど、多分それが原因ね。少し量が多かったのかもしれない」
「えぇ!? いつのまにそんなことしたんですか!?」
「まぁ、それはどうでもいいとして。これ、どうしようかしら」
「どうでもいいって……。そもそも、いったいどういう薬なんですか?」
「文字通り、イナバになるのよ。と言っても、姿形全てじゃなく、一部分だけね」
「どのあたりなんです?」
「まず、名前の認識。自分の名前をイナバと認識するようになること。後は、身体的特徴がほんの少しだけ。それと、能力が身に付くわね。性格とかは一切変化無し。効果はそんなに長くなく、ほんの2~3時間かしら」
「あまり意味がなさそうな薬ですね」
「所詮は失敗作。にしても、『イナバになる薬』は変ね。適当に『頭が冴える薬』とかにしときましょう」
「実際には頭が冴えるんですか?」
「いいえ」
軽く言い放ち、永琳はビンに『頭が冴える薬』と書いたラベルを貼った。
そして、続けて鈴仙に話しかける。
「そうそう、ちょっと手伝って欲しいことがあるからついてきて頂戴」
「はい、わかりました」
永琳が立ち上がり部屋を出て行くと、鈴仙が後に続いた。
「お師匠様」
誰もいない部屋に、因幡 てゐの声が響き渡る。
「あら、誰もいない。……ん?」
部屋を見渡していると、ひとつのビンが目に止まった。正確には、ビンに貼られていたラベルの文字である。『頭が冴える薬』。
少しの間それを見つめてから、てゐの表情が変わる。軽い微笑を浮かべると、それに手を伸ばした。
「……あら?」
用事を終え、部屋に戻ってきた永琳はいち早く異変に気づいた。あの薬が消えている。誰かが服用したのだろうか。
(大方あの子でしょうね。効果だけでも見に行こうかしら)
そう思うと、再び部屋を出て、被験者を探し始めた。
鈴仙が廊下を歩いていると、てゐが向かい側からやって来た。そのまま歩いていこうとしたのだが、すれ違うときに違和感を感じ呼び止めた。
「ちょっと待って。あなた何か変じゃない、……ってあれ!?」
「ん、どうしたの鈴仙?」
「ちょちょちょっと、どうしたのそれ?」
鈴仙がてゐの右頬を指差すが、本人は何のことか分からない。
「何? 何かついてる?」
触ってみるが、特に何もついていない。
「違くて、その痕! 何かあったの?」
「痕? 何それ、付けた覚えないけど」
そんな話をしていると、今度は永琳が歩いてきた。
「あ、師匠。てゐの顔に何かの痕があるんですけど」
「え、どれ?」
鈴仙が再びてゐの右頬を指差すと、永琳は何かに納得し、あぁと、2、3回小さく頷いた。そして、てゐに問い掛ける。
「あなた、私の部屋にあった薬飲んだでしょ?」
「えっ? あ~と、その~」
「別にいいのよ。大した薬じゃないから」
「ならはい」
「やっぱり。……どうやら、身体的特徴はちゃんと出てるみたいね」
「何の話ですか?」
「あぁー!!」
突然、誰かが悲鳴を発した。その主は、蓬莱山 輝夜。歩いている途中に躓いてしまい、持っていた盆栽を放り投げてしまったのだ。なぜ盆栽を持っていたかはノータッチで。
すると、てゐがすぐさま反応し、盆栽の後を全力疾走で追う。廊下に落ちる直前にてゐは飛び込み、ギリギリの所で右手でキャッチしていた。盆栽が無事であるのを右手を上げてアピールする。
それを見ていた鈴仙は、あまりの反応の速さに驚いていた。しかし、永琳はまた納得していた。
「能力の方もちゃんと身に付いている。薬自体は失敗作だけど、効果は出てるようね」
「あれが薬の効果なんですか? 私あんな早く反応できませんよ」
「? どうしてそこであなたが出てくるの?」
「だって、イナバって私のことじゃ……。ってあれ、よく考えたら私にあの顔の痕無い」
鈴仙は気になって、輝夜に盆栽を渡したてゐの方に歩いていき、こう尋ねた。
「ねぇ、 あなたの名前は何?」
「どうしたの突然?」
「いいから言ってみて」
「なんかよく分かんないけど、そこまで言うなら……。イナバ、稲葉 篤紀」
「……………………誰?」
てゐはエロ爽やかになったのでしょうか?w
これはやられたとしか言いようが無い