まだ人類が洞穴に住み、砕いた石を枝にくくりつけ動物を狩っていた頃。
後に幻想郷の管理者として心を砕くこととなる大妖怪、八雲紫は毛皮を体に巻き、青銅器の斧を振り回していた。
これは幻想郷の成り立ちとはまったく関係のない、壮大でもなんでもないストーリーである。
第一話「新しい家族」
その日八雲紫と伊吹萃香の両名は、マンモスの肉の分担で揉めていた。
「ウッホホイ!ホイ!(どう考えても、穴を掘った私のほうが多くもらうべきでしょう)」
「ウホホ、ウホホホイホイ(追い掛け回した私のほうが貢献度が高いわ、それに緑もいることだし)」
緑(みどり)と呼ばれたステゴザウルスは、巨体を揺すって紫の言葉に抗議した。
緑は草食なので、マンモス肉を食べることができないのだ。
「ウホホイ(お肉、食べられないって言ってるよ)」
萃香が言うと、紫は目尻を吊り上げた。
「ウホ? ウホホホホイ? ウホホホイ、ホホイ(どうして、あなたにそんなことが分かるの? 言ってごらんなさい、言えないでしょう? ほら言えない)」
紫は乱暴に、緑の背中に付いた突起を掴んだ。緑は悲しそうに尻尾を垂れる。
尻尾の先にはトゲが付いている。
「ウホ、ウホホホ(自分が食べたいだけなんじゃないの?)」
萃香が言った。
紫は「ウホッ」と漏らすと、突起から静かに手を離した。
「ウホ、ウホホホイ。(いいわ。それならこっちにも考えがあるもの)ウホ、ウッホホホホ。ホホウホ(ちょっとここで待ってなさい)」
そう言うと、紫は緑を連れてジャングルの中に消えていく。
萃香は、マンモスの肉と共に置き去りにされ、手持ち無沙汰になった。
このまま、マンモス丸ごと持ち帰ってもよかったが、萃香は馬鹿正直なのでそれはしない。
意地とも言う。
「ウッホウホホ(この木の実うめぇ)」
適当に収穫しながら紫を待っていると、すぐに緑にまたがり戻ってきた。
「ウホホホ、ホイ(新しい肉よ、これで文句ないでしょ)」
緑が口からぶらさげていたのは、マンモスの毛皮を纏った謎の少女。水色の髪の毛に青い瞳が特徴的だった。
確かに肉に違いない。だが、これは些かカニバリズムが過ぎるんじゃないか。責めるような萃香の視線に、紫はぷいっと顔を逸らした。ムキになっているらしい。
「ウッホ、ホホホホホイッ(とりあえず、この子は元いた場所へ帰してきなよ)」
「ホホ、ウッホッホホホ(じゃあ、萃香はお肉いらないのね)」
「ウホホホ!(そうはいってないだろ!)」
睨み合う二人。その時、緑に咥えられていた少女が口を開いた。
「ウホ(争いごとは何も生み出さないわよ。もしもどうしてもお肉が欲しいというのなら、あたいは喜んで血となり肉となるよ。それがチルノ。あたい流の生き方だ)」
あわや取っ組み合いかというぐらい剣呑な雰囲気だった萃香と紫。しかし二人は仲良く、同じ事を思っていた。
(こいつ、一言に重みがある!)
豪胆な一言に感心した二人は、マンモスをペットとして迎え入れることをどちらともなく提案し、それは承諾された。
肉汁が垂れそうなほど、暑い日のことだった。
紫と萃香に新しい家族ができて楽しい毎日ではあるのだが、しかし二人は新たな問題に頭を悩ませなくてはいけなくなった。二人がいくら茶(マンモスの名だ)をペットと言い張ろうとも、他の連中から見ればただの動物性蛋白質。飢えた連中から守り通さねばならない。
ここに今まさに飢えた幼女が一人いた。
「……ウ……ッ……ホ(やべぇマジ腹へった死ぬ)」
洩矢諏訪子とひとはいう。その幼女をひとは言う。なんか頭がもっさもさしてて変な縄しょってて硬い柱で武装した女に撲殺される寸前、もといた洞窟を逃げ出し放浪の旅。しかし幼女は既に空腹で死にかけていた。その眼前に美味そうなマンモス。すわ神のご加護かと諏訪子の目は上手いこと言った的輝きを増した。
「ウホホホ、ウッホ……ウホホホウッホウウホホーウ!(アンタに恨みは無ぇが……その命(タマ)、貰いうける!)」
ごそりと毛皮の服から取り出したのは重そうな、なんと鉄の輪。むしろ鉄の塊といったその撲殺兵器こそ諏訪子の隠し玉。正直なんで剣とか斧とかにしなかったかは幼女ゆえの過ちといったところであろうか。
「ウホーウ!!(死ねぇーい!!)」
最後の気力を振り絞り、諏訪子は宙に舞った。
勢いよく振り下ろされる鉄の輪。この速度、この角度。何一つ申し分のない条件であり、仕留めたと諏訪子は確信していた。
鉄の輪が、地面を叩きつけるまで。
「!」
マンモスが立っていた場所からは、もうもうと土煙が立ちこめるだけ。毛の一本とて今は見えない。
まさか幻でも見たのか。こんな近距離で。
そう疑わずにはいられないほど、唐突にマンモスは消えたのだ。
諏訪子は疼く腹を押さえ、汗を拭った。
と、背中に感じる違和感。振り向けば、マンモスの牙がその先端を押しつけていた。一歩でも後ろに下がれば、いやマンモスが一歩でも踏み込めば鋭い牙は諏訪子の身体を貫くだろう。
愕然とした。いくら空腹にあえいでいたとはいえ、それなりに腕に覚えのある諏訪子。よもや食料たるマンモスごときに背後をとられるとは。
ぎらついた野生の瞳が、威嚇するように諏訪子を凝視している。
「ウホ!(だけど!)」
力の限り前方へ跳躍し、転がりながらマンモスがいた位置に向き直る。当然、マンモスの姿は消えていた。人より大きな図体をしているくせに、機敏さでは諏訪子に劣っていない。
恐ろしい相手だ。油断すれば、こちらが補食される。
鉄の輪を握る手にも、自然と力が籠もった。だが、その後も諏訪子はマンモスに後手をとられるばかり。ついぞ、一度も攻撃を当てる事すら出来ずに、すごすごと洞窟を後にしていった。
去り際、欠けた鉄の輪を真っ二つに折り、怒鳴るような声で宣言する。
「ウホホホ! ウッホオホホホ!(覚えてなさいよ! 次こそは絶対、あんたを倒してやるんだから!)」
挑戦状を叩きつけられたマンモスはニヒルに微笑み、威風堂々と諏訪子の言葉を受け止めていた。
「あたい(何しとるんお前)」
マンモスが振り向くと、そこには主人であるチルノが立っていた。
その場に傅くマンモス。
「ウホホ(チルノー)」
「ウッホッホイホイ(紫がおなかすいたってさ、早く帰ってきな)」
「あたい(説教は後にする。さっさとついてこい)」
紫とその式である緑、萃香とそのペットであるチルノ。チルノのペットであるマンモス。
実に賑やかな家族構成であった。
「ウホ……(おなかすいた)」
一方獲物にありつけなかった諏訪子は、とぼとぼとアテもなく歩いていた。
このままでは餓死してしまうが、どこへ行けば食事にありつけるのだろうか。
「ウホッ!(あいたっ!)」
足がもつれて倒れこんだ諏訪子、もう立ち上がる気力すら残ってはいなかった。
このまま逝くのも、自分に運がなかったということか。
諏訪子は静かに、死を受け入れようとしていた。
残った力を振り絞り、ぐるりと寝返る。
古の時代から諦観した者が見上げるものと言えば、それは広い空である。
諏訪子はその小さな身体を大の字に広げたまま、穏やかに死を待っていた。
「ウホッ……(中々死ねないものね)」
日が暮れて、数多の星々が空を覆っても、まだ彼女は生きていた。
生きのびる事だけを考えて生きてきた諏訪子は、死の淵にあって、初めて星空の美しさに気付いた。
青く光る星、赤く輝く星、ぼやけた星。ただ明るいだけの星にも色や形がある事に、初めて気が付いたのだ。
まだ生きていられるのなら、今夜だけはこのまま星空を眺め続けたい、と、諏訪子は思ったが、どうやらそうもいかないらしい。
近くから、低く、獰猛な唸り声が、諏訪子の耳に聴こえてきた。
この声の主と諏訪子は、同じ捕食者として何度か争った事がある。肉食獣サーベルタイガーの声だ。
やがて、捕食者は諏訪子の傍らに座り、彼女の顔をじっと見据えた。
「ウウウ……(哀れだな、諏訪子よ)」
この獣が本当のところは何を考えていたのか判らない。だが、諏訪子の耳には確かにそう聞こえた。
「ウホホホ……ウホホホホホホ……(ああ、残念……。どうせ来るならもっと早く来て欲しかったわ)」
獣は唸るのを止め、大きな前脚を使って諏訪子の身体を抑えつける。
「ウホホ……(痛いのは嫌なの。その牙で一思いに殺して……)」
獣が大きく顎を開き、そっと目を閉じた諏訪子の喉笛を食いちぎらんとする、まさにその時だった。
「ギャン!」
突然、大きな鳴き声をあげた獣は、その巨躯を俄かに揺るがし、諏訪子の身体から離れた。
「ウッ!(痛っ!)」
獣が離れた反動で、諏訪子の小さな腕に爪が刺さり、血が滲む。
これは一体、何が起こったのか?
諏訪子は閉じていた目を見開らき、獣を見る。
驚いた事に、獣の横腹には深々と槍が突き刺さっていた。
「ウホッ!? (一体誰がこんな事を……)」
槍が飛んできたであろう方向を見据える。そこにいたのは胸毛の妙に濃い、ムキムキマッチョの若者だった。
手にはもう一本、黒曜石で作られた太い槍を持ち――……あともう一本、槍が見えていた。原始時代では常識である。
「ウホッ!(いい男……!)」
諏訪子、原始的フォーリンラブ。
このサバイバルな時代では、ムキムキマッチョこそがイケメンの条件なのだ。顔は割とどうでも良い。
胸毛の濃淡は、単に諏訪子の性的嗜好である。
「ウウウウ……! (巣には私の帰りを待っている5匹の子供達がいるんだ! 子供達のためにも、ここで果てるわけにはいかない!)」
獣は大きな怪我を負ってはいるが、いささかも戦意を失ってはいなかった。
痛みに堪えて、巨躯を翻すと、怒りと憎悪を込めて、男へと一直線に襲いかかっていく。
獣が大地を蹴る度に、低くて重い震動が地面を伝わり、諏訪子を不安にさせた。
「ウホッ!(危ない! イケメン様!)」
獣は大きな口を開いて、男の喉笛を狙い、必殺の跳躍をした。
対峙する男はぐっと槍を構え、大きく開かれた獣の口を狙って投擲する。
槍は獣の喉を貫通し、その巨躯を吹き飛ばした。
「ウホホホホホッ! (これはやべぇ、濡れる!)」
太古の時代から、イケメンは乙女のピンチに絶妙のタイミングで現れ、そして理不尽に強いものなのだ。
「ウホッホホホッ……!(イケメン様! 私を抱いて!)」
男は無言のまま(太古からイケメンはクールである)、片手で諏訪子を抱き上げて、どこへともなく去っていった。
その次の夜、「あーうー!」と言う諏訪子の鳴き声が夜空に響き渡ったと言う。
――それから十ヶ月後。諏訪子は元気な女の子を産んだと言うが、それはまた別のお話。
しかしムキムキマッチョは私の嫁。
ワロタw
久々にプチで腹筋が死んだww
これがやりたかっただけだろwwwww
こういうアプローチもアリだと気付きましたw
というか出版はまだですか
ありがとうありがとう。
チルノの喋り方で某○沖氏を思い出しました
次回作期待ww
うん、そうだね。イケメンはいつだって理不尽だよね。
早苗さんは自分の祖先の馴れ初めを聞いてどう思うんだろうか
なんてこった……たまげたなあ。
諏訪子のあーうーでライブアライブの原始編思い出したわwwwwww