「ポイズン♪ という訳でレミィ、新しい魔法薬が出来たから試飲の方よろしくね♪」
「その前振りで飲めって無茶言うわね」
『頼みがあるから』とパチェがせっつくからわざわざ図書館まで足を運んでみればこれだ。
私の手にはいつもよりほんの少しだけ機嫌の良い親友が差し出したフラスコ。中身は緑色の薬品。どう見ても怪しい……
「レミィの心配通り副作用として毒性は有るけどせいぜい人間がコロリと逝く程度だからどうってこと無いわ」
サラリと言ってくれる。百年前の自分に友達は選べと言ってやりたい……
「私だって苦しいのは嫌よ、他を当たって頂戴」
「どうしても駄目?」
「だーめ」
「せっかくレミィの喜びそうな薬が出来たのに……」
「うん?」
そういえばまだ何の薬か聞いてなかったっけ?
「パチェ、この中身って……」
「透明薬よ」
「友よ! 愛してるわ!」
手に持ったフラスコの中身を一気に飲み干す。うん、苦い。もう一杯。
まったくパチェも人が悪い。そういう面白そうな事は先に言ってくれれば一度や二度死ぬくらい訳は無い。
「おぉー! 透けてきたーってパチェ……これ……」
どうやら薬はうまく出来ていたようで私の体は見る見るうちに透けていった――が身に着けた衣服だけは透ける事なくそのままの状態を維持している。
結果、何も無い(ように見える)空間にドレスと帽子がフワフワと浮いているといった間抜けな構図の出来上がりである。
「まぁお約束よね。こっちとしてはその方があなたを見失わなくて楽――ってレミィ!?」
「あらよっとー」
服が邪魔なら脱げばいいじゃない?
「その迷いの無さは精神年齢故か実年齢故か……どっちにしろ少しくらい恥じらいを持ったら?」
「見られて減るもんでもないし「減るほど無いでしょ」うっさい! その上見えないなら隠す必要は無いわ」
「まぁ正論だけどね……いい? レミィ、あなたの事だから言っても無駄だろうけど「フッッラァァァァン!!」に乗って無茶しちゃ――聞く耳くらい持って欲しかったわ……」
叫び声と共にひとりでに、凄まじい勢いで開け放たれた図書館の扉を見て七曜の魔女はため息をついたそうな。
「あースースーする。何処とはいわずスースーする。毛でも生やそうかしら?」
誰に聞かれるとも無い冗談を飛ばしつつ廊下を進む。
やりたい事は決まっていた。自然環境下におけるフランの生態を観察するいい機会だ。
家の中に居るくせに自然環境という言い方はおかしいかと思うが周りの人間(+妖怪)によれば私と一緒にいるときのフランは常に不自然な状態だというから仕方ない。
そう、全ては幸せ一杯の円満な家庭を築くため。そのためにはフランの日常をよく理解してやることは必要不可欠なのだ。たとえその過程で彼女が望まないアレやコレやを覗き見する事になろうとも仕方のない事だ。大丈夫、バレなきゃ問題ない。バレたらバレたで面白い。
廊下を突っ切り地下室への階段を下る。もう不用意に声は出せない。
地下室の鉄扉は固く閉ざされていたが以前のように封印が施されている訳ではない、身体を霧に変化させれば物音を立てずに侵入する事など造作も無い。
薬の効果でその霧の色もいつかのような紅色ではなく無色透明だ。フランに気付かれる要素は何も無い。完璧すぎて怖いくらいだ。
「おりょ?」
意気揚々と部屋に侵入したのは良かったものの、そこにフランの姿は無かった。
ベッドで寝ているのかと思えばそこはもぬけの殻。
どこか館の別の場所で遊んでいるのかとも思ったがそれならここに来る途中で気が付いたはずだ。
とすると――はて?
心当たりも無く途方に暮れていると――
――ザァァァァァ――
不意に耳に響くこれは……
「水の音?」
――『♪~~(前奏)♪ ギュギュッギュギュッギュッ ドッカ~ン♪ (以下繰り返し)』――
続いて聞こえた歌声、聞き間違えるわけが無い。鼻歌交じりのそれは最愛の妹のものだ……にしてもなんちゅう歌だ……
「これは……どう考えても……」
私はなるべく音を立てないよう慎重かつ迅速に地下室に備えつきのバスルームへと向かう。
なんで地下室に風呂があるのか?――なんて考えてはいけない。495年も引き篭もりをやるにはそれなりの環境が必要なのだ。
バスルーム脇の脱衣かごには今しがた脱ぎ捨てられたとおぼしき衣類……ドロワとかスカートとかドロワとか帽子とかドロワとかあとドロワとか。
確定……入浴中。
「……ゴクリ」
ついつい口で言ってしまった。
おおお落ち着けレミリア・スカーレット!
一つ壁の向こうに生まれたままの姿のフランが居るからといって何を慌てる事がある!
こんなときは……そう深呼吸だ!
「ヒッヒッフー、秘っ秘っ封ー、よし落ち着いた」
パチェから教わった由緒正しき呼吸法、こんな所で役に立つとは思わなかった。
何か間違っている気がするのは置いておきここは非常に重要な運命の分岐点だ。
万が一にも失敗は許されない。
レミリア・スカーレット、お前は選ばねばならない。
選択肢は二つ。
すなわち……
(風呂に)入るか
(ドロワを)被るか だ。
「難問ね……」
終わりなき思春期をひた走るフランと同じ湯に浸かる機会など恐らくこの先一万年待っても無いだろう。常識的に考えればここで風呂に突撃しない手は無いのだがしかし、一方で頭のどこか理屈を超越した部分の命令によって私の手は目の前のドロワを掴もうともがいている。そうか、これが無意識(イド)か。
風呂に行けと叫ぶ理性とドロワを被れと囁く本能……どちらを選ぶにしても急がねばならない。
グズグズしていてフランが風呂をあがってしまっては元も子も無い。
数秒、私は人間よりも複雑で非化学的な頭をフル回転させる。
判っている……この永遠の命題に正しい答えなど存在しない。
それでも……
私はその時点で最善と思われる選択をした――――
文々。新聞
『怪奇!? 空飛ぶドロワーズ』
先日、紅魔館にて世にも珍妙な事件が発生した。何と誰も履いていないはずのドロワーズが勝手に動いていたというのだ。
第一にして唯一の目撃者、フランドール・スカーレットによると『私がお風呂に入ってたら何処からとも無くドロワーズがこう……フワフワと漂ってきたの。驚いたから反射的にギュッとしてドカーンしようとしたんだけど急にドロワが喋り出したから余計に驚いて結局ギュッとしてドカーンしたわ』とのこと。意味不明である。
彼女の話によるとそのドロワーズは『私はドロワの精』だの『あなたには少々ドロワに対する愛と理解が足りない』など、謎の言葉を発していたという。
尚、彼女の行動の結果バスルームおよび隣接する部屋のいくつかが全壊。翌日、ガレキの山の中から何故かドロワ一丁のレミリア・スカーレットが発掘されたらしいが事件との関わりは不明。彼女の救助にあたった妖精メイドによると『頭隠して尻隠さずだった』とのこと。
文々。新聞では引き続き聞き込みを続ける方針であるがパチュリー・ノーレッジをはじめ紅魔館の住人の多くが固く口を閉ざしているため真相の解明は困難と思われる。
<了>
「その前振りで飲めって無茶言うわね」
『頼みがあるから』とパチェがせっつくからわざわざ図書館まで足を運んでみればこれだ。
私の手にはいつもよりほんの少しだけ機嫌の良い親友が差し出したフラスコ。中身は緑色の薬品。どう見ても怪しい……
「レミィの心配通り副作用として毒性は有るけどせいぜい人間がコロリと逝く程度だからどうってこと無いわ」
サラリと言ってくれる。百年前の自分に友達は選べと言ってやりたい……
「私だって苦しいのは嫌よ、他を当たって頂戴」
「どうしても駄目?」
「だーめ」
「せっかくレミィの喜びそうな薬が出来たのに……」
「うん?」
そういえばまだ何の薬か聞いてなかったっけ?
「パチェ、この中身って……」
「透明薬よ」
「友よ! 愛してるわ!」
手に持ったフラスコの中身を一気に飲み干す。うん、苦い。もう一杯。
まったくパチェも人が悪い。そういう面白そうな事は先に言ってくれれば一度や二度死ぬくらい訳は無い。
「おぉー! 透けてきたーってパチェ……これ……」
どうやら薬はうまく出来ていたようで私の体は見る見るうちに透けていった――が身に着けた衣服だけは透ける事なくそのままの状態を維持している。
結果、何も無い(ように見える)空間にドレスと帽子がフワフワと浮いているといった間抜けな構図の出来上がりである。
「まぁお約束よね。こっちとしてはその方があなたを見失わなくて楽――ってレミィ!?」
「あらよっとー」
服が邪魔なら脱げばいいじゃない?
「その迷いの無さは精神年齢故か実年齢故か……どっちにしろ少しくらい恥じらいを持ったら?」
「見られて減るもんでもないし「減るほど無いでしょ」うっさい! その上見えないなら隠す必要は無いわ」
「まぁ正論だけどね……いい? レミィ、あなたの事だから言っても無駄だろうけど「フッッラァァァァン!!」に乗って無茶しちゃ――聞く耳くらい持って欲しかったわ……」
叫び声と共にひとりでに、凄まじい勢いで開け放たれた図書館の扉を見て七曜の魔女はため息をついたそうな。
「あースースーする。何処とはいわずスースーする。毛でも生やそうかしら?」
誰に聞かれるとも無い冗談を飛ばしつつ廊下を進む。
やりたい事は決まっていた。自然環境下におけるフランの生態を観察するいい機会だ。
家の中に居るくせに自然環境という言い方はおかしいかと思うが周りの人間(+妖怪)によれば私と一緒にいるときのフランは常に不自然な状態だというから仕方ない。
そう、全ては幸せ一杯の円満な家庭を築くため。そのためにはフランの日常をよく理解してやることは必要不可欠なのだ。たとえその過程で彼女が望まないアレやコレやを覗き見する事になろうとも仕方のない事だ。大丈夫、バレなきゃ問題ない。バレたらバレたで面白い。
廊下を突っ切り地下室への階段を下る。もう不用意に声は出せない。
地下室の鉄扉は固く閉ざされていたが以前のように封印が施されている訳ではない、身体を霧に変化させれば物音を立てずに侵入する事など造作も無い。
薬の効果でその霧の色もいつかのような紅色ではなく無色透明だ。フランに気付かれる要素は何も無い。完璧すぎて怖いくらいだ。
「おりょ?」
意気揚々と部屋に侵入したのは良かったものの、そこにフランの姿は無かった。
ベッドで寝ているのかと思えばそこはもぬけの殻。
どこか館の別の場所で遊んでいるのかとも思ったがそれならここに来る途中で気が付いたはずだ。
とすると――はて?
心当たりも無く途方に暮れていると――
――ザァァァァァ――
不意に耳に響くこれは……
「水の音?」
――『♪~~(前奏)♪ ギュギュッギュギュッギュッ ドッカ~ン♪ (以下繰り返し)』――
続いて聞こえた歌声、聞き間違えるわけが無い。鼻歌交じりのそれは最愛の妹のものだ……にしてもなんちゅう歌だ……
「これは……どう考えても……」
私はなるべく音を立てないよう慎重かつ迅速に地下室に備えつきのバスルームへと向かう。
なんで地下室に風呂があるのか?――なんて考えてはいけない。495年も引き篭もりをやるにはそれなりの環境が必要なのだ。
バスルーム脇の脱衣かごには今しがた脱ぎ捨てられたとおぼしき衣類……ドロワとかスカートとかドロワとか帽子とかドロワとかあとドロワとか。
確定……入浴中。
「……ゴクリ」
ついつい口で言ってしまった。
おおお落ち着けレミリア・スカーレット!
一つ壁の向こうに生まれたままの姿のフランが居るからといって何を慌てる事がある!
こんなときは……そう深呼吸だ!
「ヒッヒッフー、秘っ秘っ封ー、よし落ち着いた」
パチェから教わった由緒正しき呼吸法、こんな所で役に立つとは思わなかった。
何か間違っている気がするのは置いておきここは非常に重要な運命の分岐点だ。
万が一にも失敗は許されない。
レミリア・スカーレット、お前は選ばねばならない。
選択肢は二つ。
すなわち……
(風呂に)入るか
(ドロワを)被るか だ。
「難問ね……」
終わりなき思春期をひた走るフランと同じ湯に浸かる機会など恐らくこの先一万年待っても無いだろう。常識的に考えればここで風呂に突撃しない手は無いのだがしかし、一方で頭のどこか理屈を超越した部分の命令によって私の手は目の前のドロワを掴もうともがいている。そうか、これが無意識(イド)か。
風呂に行けと叫ぶ理性とドロワを被れと囁く本能……どちらを選ぶにしても急がねばならない。
グズグズしていてフランが風呂をあがってしまっては元も子も無い。
数秒、私は人間よりも複雑で非化学的な頭をフル回転させる。
判っている……この永遠の命題に正しい答えなど存在しない。
それでも……
私はその時点で最善と思われる選択をした――――
文々。新聞
『怪奇!? 空飛ぶドロワーズ』
先日、紅魔館にて世にも珍妙な事件が発生した。何と誰も履いていないはずのドロワーズが勝手に動いていたというのだ。
第一にして唯一の目撃者、フランドール・スカーレットによると『私がお風呂に入ってたら何処からとも無くドロワーズがこう……フワフワと漂ってきたの。驚いたから反射的にギュッとしてドカーンしようとしたんだけど急にドロワが喋り出したから余計に驚いて結局ギュッとしてドカーンしたわ』とのこと。意味不明である。
彼女の話によるとそのドロワーズは『私はドロワの精』だの『あなたには少々ドロワに対する愛と理解が足りない』など、謎の言葉を発していたという。
尚、彼女の行動の結果バスルームおよび隣接する部屋のいくつかが全壊。翌日、ガレキの山の中から何故かドロワ一丁のレミリア・スカーレットが発掘されたらしいが事件との関わりは不明。彼女の救助にあたった妖精メイドによると『頭隠して尻隠さずだった』とのこと。
文々。新聞では引き続き聞き込みを続ける方針であるがパチュリー・ノーレッジをはじめ紅魔館の住人の多くが固く口を閉ざしているため真相の解明は困難と思われる。
<了>
おぜう様なら両方行くかも、と思ったが…無茶しやがってw
現状では致し方ない。原作のほうで、カリスマが復活しないかぎりは…
取りあえず、真っ先にフランドールの所に向かったお穣様にはGJ。