不思議な道具達　２話『不思議なマッチ』

「～～♪」

鼻歌を歌いながら、東風谷早苗はリズミカルに境内の掃き掃除をしていた。季節は秋、掃いても掃いても、枯葉は境内に溜まって行く。
ただ彼女は掃き掃除を楽しんでいたので、むしろ思う存分できる秋は大好きだった。

「ん、誰か来たのかな」

ふと、誰かが神社へと至る階段を昇ってくる足音が響いた。早苗は思わず首を傾げる。
ここに来る妖怪たちは大抵空を飛んでくるというのに、何処の誰がわざわざ階段を昇ってきたのだろうと考えて、
そこで もしかしたら人里の人がわざわざ参拝しに来てくれたのかもしれないという可能性に思い至った。
全力の営業スマイルを顔に貼り付けて、早苗は足音の主のところへと近づいた。

「さ、さすがに。妖怪の山を昇るのは疲れるね……」
「あれ、霖之助さんじゃないですか」

足音を鳴らしていたのは森近霖之助だった。どうやらわざわざ昇ってきたらしく、ぜいぜいと息を切らしていた。
実は早苗は霖之助と会った事がある。霊夢から香霖堂の話を聞き、何度か服の修繕を頼んでいたのだ。
報酬は修繕一回につき外の世界の道具二つの使い方を教える。
やや早苗の得が大きい契約ではあるが、一応の対価は払っている分、霊夢よりかはマシな報酬である。

「どうしましたか？　服の修理が終わったのでしたら私が受け取りに行きましたのに……」
「いや、今日は飽くまで個人的な用事……のはずだ」
「はず？」

霖之助の不可解な言葉に早苗が首を傾げるが、気にせず霖之助は鞄をごそごそと漁りだし、何かを取り出した。

「これは『不思議なマッチ』というものでね」

そういいながら、霖之助はマッチ箱を早苗に投げ渡した。

「はぁ。どの辺が不思議なんですか？」
「さぁ」
「……？？？」

早苗が傾げる首の角度を更に大きくするが、霖之助は構わずふぅとため息をついた。

「ま、とにかくだ。これを君に渡した時点で僕の用は終わりだよ。
　これの用途は『東風谷　早苗に渡すもの』なんでね。
　……しかしそれだと僕にとっての用途ということになってしまうけどね。
　いつもなら客観的に用途が見えるのに何故この道具達だけは……」
「あ、ちょと霖之助さん！？」

早苗が帰ろうとする霖之助を引き止めるが、既に思考の海に沈んでいた霖之助の耳には入らなかった。





「不思議なマッチ、って言われてもなぁ」

片腕で掃き掃除の続きをしながら、早苗は先ほどもらったマッチをじぃーっと見つめていた。
特におかしなところはない。マッチ箱の中には普通のものと変わらず数本のマッチ棒も入っていた。

「あっ、もしかして」

何かを思いついたのか、早苗は中身の棒を全部出し空っぽにして、マッチ箱を閉めてもう一度開けた。
が、当然マッチ箱の中は空っぽのままだった。

「なんだ、いくらでも中身の出てくるマッチ棒とかかと思ったのに。しょうがない、とりあえず火をつけてみよう」

一人そう呟いてから、早苗はマッチを裾に入れて、両手での掃き掃除を再開した。
境内に落ちていた落ち葉の殆どを一箇所に集めてから、マッチ箱を取り出す。
元々マッチの本数が少ないので無駄には出来ないと、試すついでに焚き火をするつもりらしい。

「焚き火だ焚き火だ落ち葉焚き～っと」

鼻歌を歌いながら、早苗はマッチ箱の横のヤスリでマッチ擦って火をつけた。

「普通に点いた。火の色も普通だし」

そういいながら、早苗は火の点いたマッチを落ち葉に近づけた。
マッチの火が落ち葉に燃え移り、パチパチと音を立てて焚き火になった。

「ちゃんと引火もするなぁ……全然不思議じゃないや」

ひょっとして霖之助さんに担がれでもしたのだろうかと思いながら、
早苗は火を点けたままのマッチを持ってぼーっと炎揺らめく焚き火見つめた。

「あー、折角焚き火するんなら焼き芋でもすればよかった――えっ？」

早苗が呟いた瞬間、ぼとりと何かが落ちる音が彼女の足元から響いた。見てみると――そこには何故かさつま芋が落ちていた。

「？？？　なんでこんなのが……熱っ！！」

不思議がりながら早苗はさつま芋に掴むが、悲鳴を上げてそれを落とした。危うく火の点いたマッチも落としかけたが、すんでのところで抑える。
まさか熱いとは思わなかったのだろう、涙目になりながら早苗はふーふーと芋を掴んだ手のひらに息を吹きかけた。

「ど、どうしてこんなに熱いの……？」

睨みつけるようにさつまいもを見つめていた早苗だが――何かに気づいたのか、ハッとした顔で袖でそれを掴んだ。
そのままがぶりと齧りつくと、早苗の口の中に柔らかい食感と甘いさつまいもの味が広がった。

「こ、これ焼き芋だ！」

早苗が驚いて叫んだ途端、またもぽとりと音が鳴った。音のした方を見ると、これまた先ほどと同じくさつまいもが落ちていた。

「えええっ！？　ど、どうなってるの！？　これもやっぱり……」

二の轍は踏まぬと指先でちょんと触ると、やはりさっきと同じく熱い。

「一体どうして……」

誰かの悪戯ではと、早苗はあたりをキョロキョロと見回しだす。

「悪戯だとしたら……焼き芋は焼けるのが待つのが楽しいのに酷い！」

早苗がよくわからない文句を呟いた瞬間、三度ぽとりという音が響いたが――今度はばっちりと目撃していた。
彼女が手に持ったマッチの炎から、焼き芋が突如として出現したのを。




「すごいなぁ霖之助さんからもらったこのマッチ……。呟いた食べ物が炎が点いてる間ならいくらでも出てくる」

マッチの炎から出てきた焼き芋をもっしゃもっしゃと食べながら、早苗は火の消えたばかりのマッチをボーッと見つめていた。

「どういう原理なんだろう、外の世界で憧れてたスイーツ（笑）も名前を呟いただけで出てくるなんて。
　ひょっとして私の記憶から生み出してるのかな。まぁ何でもいいか、幻想郷で常識に捕らわれちゃ駄目ですね！」
「常識に捕らわれないというのは思考停止することではないと思うんだけど」
「え？　あれ？　あ、諏訪子様」

苦笑混じりに早苗に声をかけたのは洩矢　諏訪子だった。

「あ、焼き芋一個残ってますけど食べます？」
「もらうー」

諏訪子の答えに、早苗はすばやく諏訪子に焼き芋を投げた。

「あ、あれ！？　投げ渡された！？　ま、まぁいいや。で？　どうするの、そのマッチ」
「え、このマッチの効果知ってらっしゃったんですか？」
「一人で大きな声で叫んでたじゃん……」

呆れたような顔で呟く諏訪子に、早苗は合点が言ったという表情を返した。

「いろいろ試してわかったんですが、どうやら食べ物限定なようなんですよね、これ。
　あ、今日の夕飯、焼き芋やらお握りやらその他デザート各種取り揃えてますよ」
「あぁ、そこに置いてあるのがマッチで出てきた奴なんだね」

そういって諏訪子が顔を向けた皿の上には、色々な食べ物がわんさか盛られていた。
今日の夕飯は豪勢になりそうだとにやついていた諏訪子だが、ふと何かに気づき、呆れ顔で呟いた。

「……八割デザートじゃない？」
「スイーツ（笑）と言ってください」
「煎餅とか大福とかもろきゅうはスイーツなの……？」
「はいっ！！」
「あ、そう……」

あまりに早苗が自信満々で言い切るので、諏訪子は何も言い返せなかった。

「マッチはあと何本？」

諏訪子の言葉に、早苗はマッチ箱から最後の一本を出して見せた。

「三本しかなかったので、あと一本ですね……。時間が立つとどうしても消えちゃいますから、試してる内に二本使っちゃいました」
「ふーん……。最後の一本、どうするの？」
「そうですね、やっぱり神奈子様と諏訪子様のために……」

思案顔をした早苗に向かって、諏訪子はびっと手の平を前に出した。

「いらないよ。霖之助さんってのが誰だか知らないけど、それはそれをもらった早苗のものさ。
　こっちに構わず自由に使っていいよ」
「ありがとうございます！　実は、既にものすごく効果的な使い道を考えたんです！
　信仰心を大幅に増やすことができるんです！」

嬉しそうな顔で叫ぶ早苗を見て、諏訪子もなんとなくにこやかな表情を浮かべる。ものすごく嫌な予感を感じる自分を抑え込みながら。



「みっなさーん！　今日は来てくれてありがとうございまーっすっ！！　今日皆様には！　すばらしい奇跡をご覧に頂きまっす！！」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお！！！！！！！」」」」」」

人里に作られた超巨大ステージで叫ぶ早苗を見て、諏訪子は嫌な予感が当たったと頭を抱えた。早苗の行動は迅速だった。
諏訪子と会話を終えたあとすぐに人里へと向かい、大量に出した煎餅……スイーツ（笑）で慧音に許可を得てから、
もろきゅうで釣った河童たちに頼んで人里にステージと観客席を作り上げさせる。更に好物のおもち代わりの大福で天狗たちと交渉し、大規模に宣伝させた。
ちなみに宣伝文の内容は――『東風谷　早苗！　○月○日、人里にて超弩級奇跡を皆様に！　胸のドキドキ、これってキセキ！？』。
妙な宣伝文句に引かれたのか、暇なのか。人妖鳥虫兎その他が入り乱れて幻想郷中の生き物が集まってるのではと思うほどの数が人里に集まっていた。
娯楽が少ないわけではないはずなのだが、みんな大騒ぎするのが大好きなだけなのかもしれない。

「さてさて！　幻想郷にはたくさんの妙な能力を持った方々がいます。炎だの氷だの、中には時を止めたり永遠にしたり！」
「「「「「「そーですねー！！」」」」」」

幻想郷縁起か何かで勉強したのか、早苗は幻想郷の住人の一部の能力をぺらぺらと語る。

「ですが今日お見せするのは、なんとまさに無から有を生み出す奇跡です！　神だったら誰でも出来ますね！
　パン生み出したり水をワインにしたり！　しかし！　私もまた神に仕える者なので出来てしまうのです！」
「「「「「「「えーっ！？」」」」」」」

その神の奇跡ってキリストおじさんがやった方じゃ、ていうか堂々と嘘吐いてるこの子、
何処で育て方間違えたかな、つか客ノリ良すぎ、などと諏訪子の頭の中で次々に悩みが生まれだし、ついには頭を抱えて出した。

「それじゃそこの貴方！　ちょっとステージに出てきてください！」
「え、わ、私ですか！？」

早苗が指さした相手に向かって、すぐさまスタッフと思われる天狗が飛んでいき、その体を持ち上げて早苗の前に下ろす。

「いやぁ、緊張します……」
「大丈夫大丈夫大丈夫です！　貴方は今食べたいものを言ってくれるだけで！」
「それじゃあたぬきウドンを！」
「はいたぬきウドン入りましたー！　天狗さん丼準備してください！」
「「「「「「イエエエエエエエエエエエエエエエエエイ！！！！」」」」」」

早苗のテンションの上昇とともに、観客のボルテージも三乗増しに上がっていく。
天狗が素早く机と丼を用意し、それに近づいた早苗はマッチの炎をぼっと点けた。

「それじゃ行きますよー！　出てきて、たぬきウドーン！」

――炎から現れようとした汁は、ジュッと炎を掻き消した。

はっちゃけるさなえさんかわいい