――――そう、貴方は少し長く生きすぎた――――
閻魔の言葉。
気にしてはいない。
あの閻魔も自らが最高位だと決め、ほかのものを見下す傾向があるのでお灸を据えてやったのは正解だろう。
実際最高位なのだが、高慢ちきな態度がむかついただけなんだけど。
あれはあれで自分の職務に忠実で、片意地を張っているともいえる。責める気はない。
だが、あの時の言葉が絡みつくように残る。
「長く生きすぎた、か」
八雲紫、西行寺幽々子。
長く生きた妖怪は、最強クラスと呼ばれる者が多い。もちろん私とて引けはとらないが、やつらとは決定的に違うものがある。
万物を弄るスキマ、死を操る亡霊。
花を操るフラワーマスター。
私の能力はおまけ程度。能力の限界。
絶対的な力の差。
そして身体の限界。
「潮時ね」
私から『力』を除いてしまえば、後に何が残るのか。
老骨は去るのみ。そんな言葉。
神社周辺では最強と呼ばれたのも今は昔。
手当たり次第ドンパチやって戦いに飛び回るには、私は長く生きすぎた。
昔を思い返すことが多くなった。
花畑から離れ、外出することが少なくなった。
虐めるのが日課とさえ言っていたのに、いまではその気が起こることも少なくなってしまった。
古参の妖怪ほど、自分から動くと言うことは少なくなるらしい。
妖怪としての本能?
自らの『力』を誇示することができなくなる。
なら自分に何が残る。
花の世話は大好きだ。そこに侵入してくる奴を叩きのめすのも悪くない。
他には?
ない。
紫は結界の管理。亡霊は冥界の管理。てゐは永遠亭というよりどころがある。
仕事、使命、家族。
私は?
ない。
虚無。
朽ちゆく。
花は枯れる。
そして季節は巡る。
風化する。
「やっぱここにいたか。幽香?」
声のしたほうを見れば、紅白の侵入者。
だが私の心は躍らない。
「何か用かしら」
「用がなかったらここにはこないわよ。でもたった今、用事がなくなったから帰る」
「あなたも大概、人の神経を逆撫でするのが好きみたいね。喧嘩を売っているのかしら?」
私の言葉は空っぽ。
「魅魔と魔理沙がお酒持ってきたのよ。あんたもどうかと思ったけど」
霊夢は背を向けた。
「死んだ花にやる水はない」
死んだ花。私のこと。
怒りはない。ただ納得する。
私は太陽を追うことを忘れた向日葵。
花は咲かすが、それは向日葵とは呼ばない。
死んだ花。
虫を呼び寄せられない花に、価値はない。
あぁ。
私から離れるのね。
一つ、無くす。
これからも無くすばかり。
ここで朽ちるか。
まさか。
プライド。
風見幽香として残った、わずかばかりのプライド。
「待ちなさい霊夢」
「何かしら?枯れたフラワーマスター、風見幽香」
闘争心。
火付け役がいないとそれさえ沸かない。
でも付いた以上は燃える。
もう消えはしない。消させない。
「枯れた?幻想郷で唯一枯れない花を見て愚弄するとはいい度胸してるじゃない」
「永遠の花はその傘じゃなかったっけ?」
「枯れない花を携える私も朽ちはしない。当然でしょう」
朽ちてたまるか。
霊夢が、ふんと鼻を鳴らす。
「せっかく飲めるお酒の量が増えたと思ったのに」
「まずい酒が何杯増えようがまずいだけ」
「まったくだわ」
ようやくこちらを見てくれた。
「きれいな花に棘がなくてどうするのよ」
私の花は、まだきれい?
きれいと言ってくれる。
こんな私を見て。
うれしい。
「ちょっと棘を閉まっていただけ。今はあるわよ、2割増しで」
「棘がなきゃ手折るのは容易だけど、手に入れた時の感動がなくなる」
「摘み取る気?」
「根っこごと引き抜いて、神社に持っていって水をあげる」
「お呼ばれしましょう。栄養がなければ花は枯れるもの」
「せっかく水をあげるんだから次にくる時にもっときれいな花を咲かせてないと、今度は踏み潰すわよ」
「あら怖い」
花はその美しさで虫を寄せ付ける。
花はその美しさで人を魅了する。
周りに虫がいなければ咲く必要はない。
周りに人がいる限り、咲き続ける。
ひどく寂しがり屋。
「そこから動ける?」
「私を誰だと思ってるの」
腰を上げる。
枯れない花を咲かせて。
「四季のフラワーマスター、美しき花、風見幽香」
「強く美しき孤高の花よ」
「やっと復帰か。あいつらをあんまり待たせると残らず飲み干されるわよ」
「飲まれる前に飲む。案内してもらいましょうか」
こんなにも面白い土地。人間。妖怪。
長く生きすぎた?
まだまだもの足りないわ、閻魔。
私は風見幽香。
四季を巡るフラワーマスター。
やるべきことは特にない。
楽しむ事には事欠かない。
私は花。
花は、周囲の者達を魅せる為にある。
いや、あなたは今こそが確実に美しいのだ、幽香様。