「さとり様、たっだいまー!」
「ただいまー」
二人は元気よく叫んで、部屋に飛び込んだ。
しゃがんでスズメの雛を見守っていたさとりは、ゆっくりと顔を上げて、二人の姿を確認してから、微かに微笑んだ。
「おかえり、お燐。お空」
「わ、わ、よちよち歩いてるー。成長早いね!」
「元気に育て……」
「……あら、そんなに幼く見えるかしら。私、あなたたちよりずっとオトナなのよ」
「さとり様じゃなくて雛のことですからっ!?」
びしびしっ。
両腕を曲げて、勢いよく突き出す。
「冗談よ」
あっさり言われて、がっくり肩を落とす。
この主人はなかなか予想がつかない。
「二人とも、地上はどうだった? 楽しかったかしら?」
「うん! 見たことないものばっかりで面白かった!」
本題の質問には、燐が即答した。
遅れて少し空が口を開きかけたところに、燐の続きの言葉が覆い被さる。
「それと、食べ物が美味しかったなあ……」
「まあ、そうでしょうね。地底でも昔よりずっといいもの食べられるようになったけど、地上の素材にはとても敵わないから……まだまだ」
もっとも、いい素材ができたところで、私が手にする機会なんてほとんどないんだけどね、と、むしろ爽やかに笑いながら、さとりは続けた。まともに元地獄を管理するようになってから――実際にしているのはペットたちではあるが――一応給料は出るようになったものの、買い物さえ自分では出かけられないという面倒な状況には変わりはないため、半分は適当なものを現物支給でもらっている。そしてそのほとんどは、ペットたちのエサや遊び道具だ。
「へっへー、そんなわけで、これ! 向こうでクッキーもらってきちゃった。美味しいよ、さとり様」
さとりのそんな状況はもちろん燐も空も把握している。
お土産なしに帰ってくるはずもない。
「あら……ありがとう。せっかくだから、いただくわね」
……さく。
口に入れると、柔らかく溶けるような感覚。すぐに口の中に広がる、甘い香り、バターの香り。
さとりは、そっと目を閉じて、ゆっくりと味わって、静かに言った。
「美味しい。……懐かしいわ。ありがとうね、二人とも」
「よかったあ。さとり様が喜んでくれるのが一番嬉しいよ! ……へへ、やっぱりね、地上、とってもいいところだったけど、あたいに一番必要なのは、さとり様分だから」
「何かの栄養素ですか私は。……あっ」
ん、ん。
さとりは軽く咳払いをして、間合いを取って、お燐の目をじっと見つめる。
「――サトリウムですか私は」
「(……得意げだーっ!)」
心なしか輝いているさとりの目を見て、お燐はつい目を逸らしてしまうのだった。
「それで、お空。待たせてしまったわね。お空はどうだったかしら?」
「うん。いいところだった、と思う、けど」
元気一杯の燐の影で、最初から空はやや不機嫌そうではあった。さとりはもちろん気付いていた。
「けど? やっぱりお空も、サトリウム不足だった?」
きらきら。
「(……これはちょっとうざ……)」
にこ。
さとりの笑顔が燐に突き刺さる。
燐も作り笑いで冷や汗を流しながら、心の中に生まれたその言葉を抑えた。
「ううん。そうじゃなくて」
「まさかの真っ向からの否定」
「いいところだったけどさ、お燐はちょっと地上の奴らと仲良くしすぎだと思う」
「え? あたい?」
予想外に振られて、燐は目を丸くする。
こく、と空は頷く。
「地上の奴らって、私たちのことも忘れて自分たちだけ太陽とか風とか独り占めしてるのよ。あんまり友好的な態度だと甘く見られるじゃない」
「……? お空、地上のこと、嫌ってたっけ? そんな感じなかったと思うんだけど」
「……」
ぷい。
空は、その問いには答えずに、黙ったまま顔を背ける。
「むやみにケンカすればいいってものじゃないからね。仲良くすればいいと思うわ」
「そうだよー。お空、割と大人しかったけど、そんなこと考えてたの? ダメだよー」
「……むー」
「まあまあ、お燐。お空は別に地上を嫌っているわけじゃないのよ。ただあなた――」
「さとり様は黙ってて!」
「……はい。ごめんなさい」
「ちょっと! お空! さとり様に向かってその態度は」
「ああ、いいのよ、お燐。――色々と、あるものなのよ」
落ち着いた声で、さとりはやんわりと燐を押しとどめる。
さとりに諭されると、それ以上は強くは出られない。燐は、しぶしぶといった感じで、矛先を下ろす。
「うー。さとり様、お空に甘くない……?」
「事情次第。もちろん、お燐のことも、お空のことも、同じように大好きよ」
「……え、えへへー。そうだよねー。あたいもさとり様のこと大好き!」
「……」
「あ、それに、お空」
口を尖らせて燐のほうを眺めていた空は、燐の言葉が予想外に自分に戻ってきて、慌てて不機嫌な顔を治す。
「風はあんまりないけどさ、ほら、お空の今の力って、よくわからないけど、太陽の力と同じなんでしょ?」
「? そうなの?」
「いや、お空から聞いた……はずなんだけど」
少し苦笑いを浮かべて、お燐は、細かいことはいいんだけどね、と続ける。
「それなら、私たちの世界ももう、太陽を手に入れたってことじゃないかな。お空が、地底の太陽なんだよ!」
「え……」
ぱちくり。
きょとんとして、しばらく何かを考え込んで黙って、やがて空は、少し頬を赤らめて、燐の目を見上げるようにして、言った。
「私が、お燐の太陽?」
「あたいだけじゃないよ。お空がみんなの太陽になれるんだよ!」
「……ぅー」
「……あれ?」
決めの言葉のつもりだったのに、何故か不満そうにまた顔を背けてしまった空を見て、燐は首を傾げる。
今度はさとりが苦笑いを浮かべる番だった。
「ま、二人とも疲れてるでしょうし……ちょっと服も汚れてるしね。お風呂にしましょ」
「お風呂ー」
「嫌い」
「はいはい、ちゃんと綺麗にしないとダメよ。話はまたそのあとでゆっくり聞くわ」
ぽんぽん。
左手と右手。二つの手を二人の頭の上に置いて、軽く撫でた。
「なー♪」
「……」
燐は声を出して喜んで、空もまた目を細めて、微かに微笑んだ。
「お風呂にもサトリウムをいっぱい入れておくわ」
「水溶性の何かなんだ……」
「ただいまー」
二人は元気よく叫んで、部屋に飛び込んだ。
しゃがんでスズメの雛を見守っていたさとりは、ゆっくりと顔を上げて、二人の姿を確認してから、微かに微笑んだ。
「おかえり、お燐。お空」
「わ、わ、よちよち歩いてるー。成長早いね!」
「元気に育て……」
「……あら、そんなに幼く見えるかしら。私、あなたたちよりずっとオトナなのよ」
「さとり様じゃなくて雛のことですからっ!?」
びしびしっ。
両腕を曲げて、勢いよく突き出す。
「冗談よ」
あっさり言われて、がっくり肩を落とす。
この主人はなかなか予想がつかない。
「二人とも、地上はどうだった? 楽しかったかしら?」
「うん! 見たことないものばっかりで面白かった!」
本題の質問には、燐が即答した。
遅れて少し空が口を開きかけたところに、燐の続きの言葉が覆い被さる。
「それと、食べ物が美味しかったなあ……」
「まあ、そうでしょうね。地底でも昔よりずっといいもの食べられるようになったけど、地上の素材にはとても敵わないから……まだまだ」
もっとも、いい素材ができたところで、私が手にする機会なんてほとんどないんだけどね、と、むしろ爽やかに笑いながら、さとりは続けた。まともに元地獄を管理するようになってから――実際にしているのはペットたちではあるが――一応給料は出るようになったものの、買い物さえ自分では出かけられないという面倒な状況には変わりはないため、半分は適当なものを現物支給でもらっている。そしてそのほとんどは、ペットたちのエサや遊び道具だ。
「へっへー、そんなわけで、これ! 向こうでクッキーもらってきちゃった。美味しいよ、さとり様」
さとりのそんな状況はもちろん燐も空も把握している。
お土産なしに帰ってくるはずもない。
「あら……ありがとう。せっかくだから、いただくわね」
……さく。
口に入れると、柔らかく溶けるような感覚。すぐに口の中に広がる、甘い香り、バターの香り。
さとりは、そっと目を閉じて、ゆっくりと味わって、静かに言った。
「美味しい。……懐かしいわ。ありがとうね、二人とも」
「よかったあ。さとり様が喜んでくれるのが一番嬉しいよ! ……へへ、やっぱりね、地上、とってもいいところだったけど、あたいに一番必要なのは、さとり様分だから」
「何かの栄養素ですか私は。……あっ」
ん、ん。
さとりは軽く咳払いをして、間合いを取って、お燐の目をじっと見つめる。
「――サトリウムですか私は」
「(……得意げだーっ!)」
心なしか輝いているさとりの目を見て、お燐はつい目を逸らしてしまうのだった。
「それで、お空。待たせてしまったわね。お空はどうだったかしら?」
「うん。いいところだった、と思う、けど」
元気一杯の燐の影で、最初から空はやや不機嫌そうではあった。さとりはもちろん気付いていた。
「けど? やっぱりお空も、サトリウム不足だった?」
きらきら。
「(……これはちょっとうざ……)」
にこ。
さとりの笑顔が燐に突き刺さる。
燐も作り笑いで冷や汗を流しながら、心の中に生まれたその言葉を抑えた。
「ううん。そうじゃなくて」
「まさかの真っ向からの否定」
「いいところだったけどさ、お燐はちょっと地上の奴らと仲良くしすぎだと思う」
「え? あたい?」
予想外に振られて、燐は目を丸くする。
こく、と空は頷く。
「地上の奴らって、私たちのことも忘れて自分たちだけ太陽とか風とか独り占めしてるのよ。あんまり友好的な態度だと甘く見られるじゃない」
「……? お空、地上のこと、嫌ってたっけ? そんな感じなかったと思うんだけど」
「……」
ぷい。
空は、その問いには答えずに、黙ったまま顔を背ける。
「むやみにケンカすればいいってものじゃないからね。仲良くすればいいと思うわ」
「そうだよー。お空、割と大人しかったけど、そんなこと考えてたの? ダメだよー」
「……むー」
「まあまあ、お燐。お空は別に地上を嫌っているわけじゃないのよ。ただあなた――」
「さとり様は黙ってて!」
「……はい。ごめんなさい」
「ちょっと! お空! さとり様に向かってその態度は」
「ああ、いいのよ、お燐。――色々と、あるものなのよ」
落ち着いた声で、さとりはやんわりと燐を押しとどめる。
さとりに諭されると、それ以上は強くは出られない。燐は、しぶしぶといった感じで、矛先を下ろす。
「うー。さとり様、お空に甘くない……?」
「事情次第。もちろん、お燐のことも、お空のことも、同じように大好きよ」
「……え、えへへー。そうだよねー。あたいもさとり様のこと大好き!」
「……」
「あ、それに、お空」
口を尖らせて燐のほうを眺めていた空は、燐の言葉が予想外に自分に戻ってきて、慌てて不機嫌な顔を治す。
「風はあんまりないけどさ、ほら、お空の今の力って、よくわからないけど、太陽の力と同じなんでしょ?」
「? そうなの?」
「いや、お空から聞いた……はずなんだけど」
少し苦笑いを浮かべて、お燐は、細かいことはいいんだけどね、と続ける。
「それなら、私たちの世界ももう、太陽を手に入れたってことじゃないかな。お空が、地底の太陽なんだよ!」
「え……」
ぱちくり。
きょとんとして、しばらく何かを考え込んで黙って、やがて空は、少し頬を赤らめて、燐の目を見上げるようにして、言った。
「私が、お燐の太陽?」
「あたいだけじゃないよ。お空がみんなの太陽になれるんだよ!」
「……ぅー」
「……あれ?」
決めの言葉のつもりだったのに、何故か不満そうにまた顔を背けてしまった空を見て、燐は首を傾げる。
今度はさとりが苦笑いを浮かべる番だった。
「ま、二人とも疲れてるでしょうし……ちょっと服も汚れてるしね。お風呂にしましょ」
「お風呂ー」
「嫌い」
「はいはい、ちゃんと綺麗にしないとダメよ。話はまたそのあとでゆっくり聞くわ」
ぽんぽん。
左手と右手。二つの手を二人の頭の上に置いて、軽く撫でた。
「なー♪」
「……」
燐は声を出して喜んで、空もまた目を細めて、微かに微笑んだ。
「お風呂にもサトリウムをいっぱい入れておくわ」
「水溶性の何かなんだ……」
とってもとっても良い雰囲気で、ほのぼのしたりお燐が可愛かったり、楽しかったです!
『サトリウム光線!』とかやれそうな気がするww
つーかサトリウム合金とかがありそう。ガンダニウム合金みたいな?
さとり様←お燐ちゃん←お空ちゃんは正義。
サトリウムの過剰摂取はお燐ちゃんのぱるぱるフォーム、ひいてはお空ちゃんのジェラシーFusionを誘発するので気をつけねばならないのですね分かります。
でも敢えて摂取するのが人の道ッ!
いざ逝かん地霊殿!
えぇ大好物ですともw
アスタチン化硫酸化ラドン
無色無臭の気体で、安定同位体は存在せず、すべて放射性同位体で、
昇華性があり、水に溶けるなどの特徴を持つ。
融点は231℃ 沸点は275.2℃
主にさとりの周りに発生している気体で、お空の核燃料の一つでは無いかと言われている。
一説ではかつての地獄の業火はこれを燃料にしていたのではと言われているが、詳細は不明。
不活性元素であるはずのラドンの幻想化した化合物。
微妙なうざさが楽しくてたまらなかった
ちょっと地霊殿まで摂取してくる
村人。さんの作品にはいつもニヤニヤさせられる
百合のツボを押さえてるなぁ