Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

秋風

2009/03/25 13:39:10
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「寒くなってきたわね」

 草原に、季節の花を探して風見幽香が歩く。
 風に揺られる秋の野原。
 その中に見える彼女の姿は、美しい大輪の花のように見えるかもしれない。
 しかし、彼女を知る者は、その花に積極的に近づこうなんて考えには至らないだろう。
 彼女の正体、それは、比類なき魔力と腕力を兼ね備え、人間のみならず、同じ妖怪からも恐れられる、暴虐の象徴とも言うべき大妖怪である。

 ――いや、かつてはそうであったと、言い直すべきだろうか。

 妖怪の栄華も今は昔。
 多くの妖怪達同様、平穏な暮らしの中で、幽香も力の衰えを感じていた。
 それでも尚、幽香が幻想郷で強力で危険な妖怪の一人であることに、変わり無い。

 だが、彼女が失いつつあるものは力だけではなかった。
 妖怪にとって力なんかよりも、もっと、ずっと、大切なもの――。
 それは生への活力、好奇心だった。

「秋の花もすっかり、少なくなってしまった」

 もうすぐ、冬が来る。
 柊、山茶花、寒椿。
 その日、幽香が見かけた花からも、冬が近い事が伺えた。
 冬にだって、少ないながらも花は咲くし、幽香にとって一年など長い時間ではないが、それでも、少し寂しく感じる。


 幽香の向かう先にある藪で、がさりと何かが蠢いた。
 恐らく妖精か、気の小さい妖怪の類だろう。
 幽香の嗜虐癖は、幻想郷に広く知れ渡ってはいる。
 だが、それも今の彼女にとっては、面白いからと言う訳でもなく、ただの習慣のようなものである。

「あらあら、嫌われたものねぇ」

 最近、独り言が多くなったな、と幽香は思う。
 自身のあり方について、頓着がなくなってしまったせいかもしれない。

 退屈する事に馴れてしまっていた。
 先が長くないのだろう。
 以前に比べて、感情の起伏が少なくなり、人を食う気さえも起きない。
 やがて感情は平らになり、精神は死に、肉体も消えてなくなる。

 それが妖怪の完全なる死だ。

 明日か、一年先か、六十年先かは解らないが、遠からぬ事は間違いない。
 だからと言って今更、哀愁も、焦燥も、恐怖も感じはしなかった。
 もし、生きながらえたいのなら、異変の一つでも起こせば良い。
 苦痛でも、快楽でも、何かしら得る事が出来れば、それが生きる力となるだろう。
 でも、その果てにあるものは何だ?
 きっと今と変わらぬ、退屈に違いない。
 ならばいっそ、『風見幽香』というしがらみから解き放たれるのも、悪く無い。

 いつしか、幽香はそう考えるようになっていた。
 唯一つ気に入らないのは、死後、口煩い夜摩天に、自身の生き様を兎や角と裁かれるであろう事だけだ。
 ふと以前、その夜摩天が送ってくれた、言葉を思い出す。

 ――貴方は長く生きすぎた。このまま生き続けてもろくな事にならない。

「あながち間違いでは無いわね」

 本当に余計なお世話だと思い、幽香はくすりと小さく笑うのだった。





 やがて彼女は草叢を横切り、小さな森の中へと入っていった。
 どこにでもある、広葉樹の森。
 葉の色はまだ、黄色と緑の斑模様で、やや落ち着きが無い。
 そう思えるのは、錦と呼ぶには、色が一つ足りないからだろう。

「紅葉が遅いのかしら?」

 肌に感じる寒さに比べて、紅の色が少ないように、幽香は感じる。
 とは言っても、今年はそうなのかと、流してしまう程度の出来事だった。

 葉を見上げるのを止めると、ふと、森の奥に一点の紅を見た。
 黄緑がかった森の中で、その紅は一際鮮やかに映り、よく目に止まる。
 どうやらそれは少女の姿をしていて、鮮やかに見えた紅は纏った服の色だった。
 その姿に幽香は覚えが無い。
 だが、少なくとも、人間ではないことは一目で判った。
 人間なら、妖怪の目に美味しそうに映るからだ。
 たとえ以前どこかで会ったり、争っていたとしても、記憶にないのなら、その程度の妖怪なのだろう。
 紅は目を惹いても、幽香の興味を惹くような存在ではない。
 それでも、進む先を少女の方に向けたのは、単なる気まぐれだったのだろう。



「あら、妖怪でもないのね」

 紅色した少女は、しゃがみ込んで落ち葉を拾って集めていた。
 少女は幽香の存在に、今さら気づいたように振り向く。
 髪は公孫樹のように、淡く煌く金色をしており、目の色もまた同じ色をしていた。

 この少女は妖怪でもない。
 長く生きた経験から、幽香はその正体に気づいた。
 これだけ近くに寄っても、幽かに思える存在感、身に纏う神聖な雰囲気。
 身なりこそ弱弱しいが、八百万の神である。

「あき、しずは――」
「貴方の名前?」
「秋静葉と言います」

 名前の通りに、静かで落ち着いた口調だった。
 静葉は幽香を見ても、物怖じする訳でも無く、ただ、穏やかな表情を浮かべる。
 相手が神であったとしても、やはり幽香にとってはどうでもいい存在だ。
 その上、この神はえらく弱そうである。
 尤も、戦神でも無い限りは、強くある必要も無い。

 だが、幽香はこの神が少し気に入った。
 落ち着いた態度や、名前の事でなく、その紅の服と黄金色の髪にではあるが――。

「何か御用かしら?」

 と、幽香が訊ねると、そうです、と言うように、静葉はこくりと小さく頷く。

「私は巫女じゃないわよ。頼みがあるなら、博麗神社のぐうたらにでも相談したらどうかしら」
「見て欲しいものがあるの」

 静葉は、短く答えた。
 必要以上に喋らない態度は、無愛想にも感じられるが、柔らかく、物静かな口調がそんな印象を薄くする。
 単に口下手なだけだろうかと、幽香は思う。
 五月蝿く喋るよりは面倒が無い。

「ふうん。それで、何を見せてくれるのかしら? この小さな神様は」

 幽香は笑みを浮かべて言った。
 幽香を知る者なら

 ――時間の無駄なら、どうなるのか判っているのでしょうね?

 と、言う脅しにも聞こえたかもしれない。
 実際のところは、幽香も退屈をしていたし、こんな弱そうな神を虐めたって別に面白く無い。
 攻撃するにしても、それは単なる気まぐれなのだ。
 無論、気まぐれ何かで攻撃される相手は、堪ったものではないが。

 だが、静葉はそんな幽香の笑みに気圧される事なく、にこりと笑い、スカートの両端を摘んで、淑女のようなお辞儀をした。



「幻想郷に紅葉を――」

 静葉が細い腕を掲げる。

 ふわりと、風が溢れ出した。

 木々が、草花が、風に吹かれてさらさらと、優しくざわめき、木の葉が舞い踊る。

 見る間に、木の葉は列をなし、パーティの参加者は更に増えていく。

 ――廻る、廻る。

 木の葉は二人を囲んで廻る。

 静葉も手を広げ、一緒に踊りはじめた。

 ただ、くるりと廻るだけの、色気の無いダンス。

 その白い手の先に従うように、木の葉は螺旋を描く。

 気が付くと、緑や黄色の斑な色合いが、橙の色を帯びていた。

 黄に、朱に、赤に、茶に、蒼天の空に、舞い上がる。

 静葉が舞ををぴたりと止めて、また手を掲げた。

 風が一際強く吹き出し、木の葉が空に散る。

 傍の木が、静葉の紅に染まる。

 二人の周りの木も、紅に染まる。

 神徳は勢いを増し、森の木を紅に、薄原を黄金に、山を、里を、湖を、幻想郷を全て晩秋に染め上げてしまった。

 幽香は言葉を失い、惚けた顔で辺りを見渡していた。

「……凄い」

 と、感嘆の台詞を呟いたのは、何故か幽香ではなく、静葉だった。

「凄いって……。貴方がやった事でしょう? 確かに凄いと思うけど」
「ううん。思いの外、上手く出来てしまったの。貴方の影響かしら」
「そう言うものなのかしら?」

 最も紅葉の鮮やかな椛は、まさに木の花。
 静葉は、自分の事を知っているわけでも無さそうだが、もしかすると、花を操る能力や、『風見』の言霊が、彼女の舞に影響したのかもしれないと、幽香は思う。

「それにしても、本当に見事な紅葉――。ちっぽけな神様に何が出来るのかと思ったけど、完敗ね」

 幽香は心底愛しそうな目で、紅葉を見つめてそう言った。
 完敗、と言う単語に、静葉は不思議そうな表情を浮かべる。
 静葉は幽香の能力を知らないのだから無理も無いが。

「貴方も神?」
「いいえ、そんな風に見える?」
「暇そうな妖怪」
「あってるわ」

 静葉は首を捻って、先の幽香の言葉の意味を考えるが、すぐに理解する事を諦めた。

「ところで、どうして私に見せてくれたの?」
「私は神としては、あまり強くありません」
「見れば判る」
「……人間からの信仰も、妹ほどに厚くありません。紅葉でお腹は膨れないから」

 妹、と言われても、幽香の知らぬ話だが、静葉が神徳を披露した理由は解った。
 要するに、力を見せて、信仰を集めたいと言うだけの話だ。
 誰かに見つけてもらうまで、紅葉を遅らせてじっと待っていたと言う訳だろう。

「なら私じゃなく、天狗にでも見せるべきだったわね。私に見せたって、私の信仰しか得られませんわ」

 一体どこで祀られているのか判らないが、この神は信仰の集め方が下手だと、幽香は感じた。
 静葉はほっといてとでも言うように、目を逸らすが、幽香はなおも続ける。

「それに、一発で幻想郷を真っ紅に染めちゃって。これ以上、神徳を披露する機会が無いじゃない」
「それは、計算外……」

 いよいよ困り顔の静葉に、幽香は優しく微笑んでこう言った。

「来年も見にくるわ。御神酒も用意いたしましょう。ねぇ、静葉様」

 幽香から貰った言の葉に、静葉は頬も紅に染めて、はにかんだ。



「秋風のうち吹くからに山も野も なべて錦に織りかへすかな――」

 高台から、幻想郷を仰ぎ見て、幽香が呟く。
 一面が紅と黄金の色に埋め尽くされ、まさしく、幻想郷は錦柄に染まっていた。
 混じり気無しの大自然。
 満開の桜だって、この景観に果たして敵うだろうか――。

「寿命が延びちゃったわね」

 幽香は、とても嬉しそうな顔で、とても残念そうに呟いた。

 ――妖怪でいる事に飽きたなら、神様になるのも、悪くないかもしれないよ。
(電気羊さんに代理投稿頼みました、後書きも任せてます)


規制っていやなもんですね
千と二五五
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
いい話でした。
2.名前が無い程度の能力削除
とても美しいお話ですね。
3.名前が無い程度の能力削除
薄味だけどこういう一コマみたいな話大好きだ
4.無在削除
お見事でした。
秋=死。
しかし、死を恐れるどころか、求める幽香の目にその紅葉はどれほど美しく映ったのか。
そして、逆にその美しさゆえに生きたいと思ってしまう――何というか、『性』というものを感じます。
秋独特の美しい穏やな雰囲気、涼しげな描写など、実にお見事でした。 
5.名前が無い程度の能力削除
うつくしい、ただその一言をば。
6.名前が無い程度の能力削除
良いお話でした。
静葉様は幽香や幽々子みたいな雅や風流が分かる人妖からの信仰が多そうだと思う。
7.名前が無い程度の能力削除
次々と紅く染まる木々が目に映るようでした。
静葉と幽香の対比もいい。
素敵でした。