とあるところに、アリスと言う魔法使いがいました。
アリスは人形師になり、人形を作り始めました。
アリスは人形を作ります。でも自立人形にはなりません。
アリスは人形に力を与えます。でも自立人形にはなりません。
アリスは人形を愛でます。でも自立人形にはなりません。
※
「暇だったから来てあげたわよ」
「お招きいただき、光栄ですわ」
昼下がりのアリス邸。その玄関先にいるのはメディスンと紫。
その二人を玄関先で出迎えるアリス。
「来てくれてありがとう」
そのアリスを見て、紫とメディスンは互いに顔を見合わせる。
数日前に招待状を渡された時から予感はしていたが、しばらく前にあったときのような思いつめた顔ではなく、いつも通りの表情で出迎えてきたことにこれは何かあったな、と二人が確信するには十分だったのだ。
「紅茶の用意は?」
「砂糖もお茶請けも用意してあるわ。まだ何か足りないかしら?」
それに紫は首を横に振る。
「いいえ。では上がらせていただきましょう」
「今日みたいに玄関から来てもらえれば大変助かるんだけどね」
「誰のことかしら?」
紫がおどけて見せるが、答えは明白。
「私の目の前にいるスキマ侵入者と窓ガラスブチ割り侵入者のことよ」
家主のアリスに小言を言われながらも、二人は客間へ通される。
通された客間ではティーセットが広げられた状態で訪問者の到来を待っていた。
アリスの家は人形でごった返しているが、客間と一部の部屋は例外で一体も人形は置いていない。その部屋を見回し、メディスンが一言。
「相変わらず、何の変化もない部屋だこと」
「あんたと言う奴は毒を吐くことしか知らんのか」
「毒の化身ですから」
「上海~、メディの分の紅茶下げていいわよ~」
アリスが指示するが、もちろん上海は動かない。
※
アリスとメディスンが近況などを語り、紫はそれに茶々を入れる。
メディスンの人形解放戦線の現状とか。
藍が最近反抗的なのよ、とか。
3人は机を囲み談笑する。
3人のお茶会。
「へぇ?じゃあ妹紅に蓬莱あげるわけ?」
「妹紅も気に入ってくれているみたいだし、悪い人間じゃないからね。もし欲しいと言い出したらあげるかもしれないわ」
「人形は操られるがまま」
「あら、蓬莱もまんざらではなさそうよ?」
アリスの返答に、紫は微笑む。
今日呼んだのはこれがため。
「人の形弄びし少女。ようやく完成したのね」
「ひと段落、いえ一歩前進しただけといったところかしら。でもこのくらいじゃ私は満足しないわ」
「それは欲望?」
「夢よ。夢に終わりはない。だから完成なんてない」
アリスはそう口にする。
「恥ずかしげもなく夢だなんて、アリスったら子供みたいね。純粋で一途な心は時としてとても危ういものよ?」
「見失いかけた私が言うのもなんだけど、ぶれずに貫けば危ういことなんてないわ。それこそ周りを見ながらね」
「バカみたい」
「バカと天才は紙一重」
「うん、いつものアリスね」
メディスンが満足げにうなずく。その様子は、心なしかうれしそうに見える。
「私は夢を追った。でも途中で行き詰まり、見失い、狂気に飲まれそうになった。でも私は今もこうしている。そして一つの到達点に来れた」
ゆっくりとした動作で、アリスは紅茶を一口飲む。
「それもあんた達がいたからこそ」
「どうかしら?私たちがいなかったとしてもあなたは立ち直ったと思うわ、七色の魔法使い。あなたはとても器用だもの。物質はおろか自らの感情さえ御し、操れる」
「どんなベテランドライバーも、ガードレールがなければ車線から外れて崖下に落っこちることはあるわ。夜中ならなおさら」
「慢心もなし、と」
アリスを品定めするように、紫は話す。
「あなたには期待している。これからもがんばりなさいな」
「あんたのおかげで助かったわけだしがんばらせてもらうわよ。・・・・・・さて」
ティーカップを置き、アリスは瞳を閉じる。
「今日あなたたちを呼んだのは私じゃないわ」
魔力を放出。
見えない操り糸を伝い、人形へ供給。
家の中にあるすべての人形に、アリスは力を与えていく。
カタリ
人形たちが動き出す。
そして宙に浮かび、次々と客間に向かう。
数が数。全員が入れば酷いことになってしまうので数体の人形だけが客間に入る。
人形達はメディスンと紫の目の前に進み出ていった。
そして、ペコリと頭を下げる。
目の前の人形達も、ちょっと離れたところで待っている人形達も。
すべての人形が、二人に対して頭を下げる。
まだ言葉を話すまでには至っていないのだろう。魔力という動力源をアリスがその都度供給せねば動けないのだろう。
それでも彼ら彼女らは自らの意思で動く。
その光景に紫は目を細め、メディスンは目を皿にした。
これがアリスの人形。
アリスの自立人形。
アリスに創られ、アリスを想う人形達。
「・・・・・・そう、とてもいいものを見させてもらったわ。見返りとしては十分」
「アリス。私もあんたみたいな人形師に作られたのかしらね」
頭を上げた人形達は客間を去っていく。
上海だけはアリスの手元に残り、その膝にちょこんと乗った。
アリスが、すっと目を開ける。
「この子達ったら、私より先にあんた達にお礼を言いたいだなんて。妬けちゃうわ」
「あなたも感謝されたいのかしら?」
「『創ってくれてありがとう』言われて悪い気はしない。でも私には不要」
アリスは上海の頭を撫でる。
一言お礼の言葉を並べられるより、1日も長く自分の傍にいてくれることのほうがもっとずっとうれしいから。
「私は続けるわ。この子たちと話し、共に在れるようになるまで。諦めずにね」
違うわね。
「いえ、共にあり続ける」
それが結論。
自立人形の創り方は一つではない。それこそありとあらゆる角度・手法を用いて創ることができる。その中から、アリスはこの道を選んだ。
そしてこれからも人形師として、人形達とともに過ごすことを。
アリスの自立人形作りに終わりはない。
「自らの力に驕らず、現状に満足せず、ただ真っ直ぐに夢を追い続ける。あなたが自分を見失い人形達があなたを見放さない限り、あなたは更なる高みへいける」
「こんなにも優しく、まっすぐなアリスを人形達が見捨てるわけがない。あんたならできるわ」
二人の声援。
「私の口からもお礼を言わせて貰うわ。二人とも、ありがとう」
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※ ※ ※
私は人形を作る。
生まれたのは人形師。
私は人形を作る。
できたのは人形。
私は力を与える。
できたのは人形。
私は夢を追い、愛情を注ぐ。
できたのは人形。
夢を追い、人形を作り、愛情を注ぎ、力を与え、共に過ごす。
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「アリス、オデカケ」
「えぇ、パチュリーの所に行って来るわ。・・・・上海、あなたも来る?」
「イク」
「ほらほら、慌てなくても私は逃げないわよ。一緒に行きましょう」
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できたのは
アリスの大切な友人