私は今しがた作り上げたばかりの人形を手に取り、まじまじと見つめる。
顔を見て、服を見て、背中を見て、手足の具合を確かめて。
「よし」
その出来栄えに満足する。今このときから、この子も人形の仲間入りだ。
作り上げる以上は一切妥協しない。もちろんこの子を作るまでに失敗し、未完成のまま捨てられる運命を辿るモノ達がいるが、彼らもまったくの無駄ではない。この子が完成したのは彼らのおかげであり、この子の一部となったのだ。例えばこの子の両目は、2度目に作った人形に付けるはずだった瞳をそのまま使っている。付ける筈だった本体の人形は作る途中で失敗してしまい、3度目に作ったこの子へと瞳を受け継いだ。
だがそれでも「遺骸」は残る。
それをゴミと呼ぶ心無い奴もいるが、私はそれらをきちんと火葬するなり別の人形の一部とするなりしている。
もしかしたら作る途中で心を持ったかもしれない、そんな彼らに対するせめてもの弔い。
今日も遺骸を家の外に運んで一箇所にまとめ、火を放つ。日本ではお墓の前で手を合わせて冥福を祈るもの、そう魔理沙に聞いたことがあるので最近ではそうしている。
でも、私は懺悔の言葉しか思い浮かばない。
ごめんなさい。私が未熟だったばかりにあなたを人形にしてあげることができなかった。せめてよい眠りを。
目を閉じ手を合わせ、燃え逝く彼らのために祈った。
そうして炎が消え、黒い煙が立ち上がった頃に私はようやく目をあける。
目の前に、八雲紫がいた。
「!?!?」
驚きのあまり2歩ほど後ずさる。何の前触れもなくいきなり現れて来た相手を見て驚くなと言うのは無理だろう。
その紫はというと、胡散臭そうに微笑んで一言。
「こんにちは」
「いつからいたのよあんた!」
「ほらほら、この家の主は訪問客にお茶の一つも出せないのかしら」
質問をしても答えてくれない上に数回分ぶっ飛んだ話題をふってくる。この場合、『いつからいたかなど問題ではないでしょう?』と暗に示しているわけだが。
頭が痛くなってきた。徹夜して人形作りに精を出していたというのはまったく関係ない。目の前にいるコイツが原因だ。
「訪問客ってことはうちに用があるってことよね?お茶は後で出すとして、何の用よ」
「あなたとお茶を飲みに来ましたの。それではいけなくて?」
しれっと言い放つ紫。
やっぱり会話が成立しない。
疲れる。
「もういい。とりあえず中に入りなさい」
私は仕方なく紅茶の用意をする。本当はさっさとお帰り願いたいのだが力ずくで追い返せる相手でもなし。いつ来訪者が来てもいいよう、常日頃からお茶請けくらいは用意してあるので棚からクッキーを取り出した。昨日焼いたばかりのものだ。
その間紫はというと、西蔵人形を手で弄んでいた。勝手に触るなといいたちところだが、荒っぽい扱われ方はしていないので黙認。
ティーセットを机の上に広げ、紫と向かい合う形で座る。
「お茶の用意はできたわよ。それで改めて聞くけど、何の用?」
「だから、お茶会」
本気で頭を抱えたい。
このままでは紫のペースに巻き込まれた挙句に自滅しそうなので、私は無視してお茶を飲む。八雲紫がわざわざ訪れてきたのだ。何かしらの話があって来たに違いないし、ほおって置いてもしゃべり出すだろう。それはもう、一方的に。
そう決めて待つ私だったが、紫は紅茶を飲んで一言、
「足りないわ」
「何が」
「お砂糖。紅茶にお砂糖は定番と言うのをご存じなくて?」
なんという我侭な訪問者。にやけた顔が癇に障る。
仕方なくキッチンまで出向き、棚から砂糖の入った小瓶を取り出して戻った。スプーン?こいつには必要ない。どうせスキマを使って器用に入れるだろう。
案の定境界を弄って砂糖を紅茶に入れる紫。だが、
「足りないわ」
「塩でも欲しいの?あいにくだけど、後で家中に撒かないといけないからあんたの分はないわよ」
「足りないのよ」
「だから、何が」
「あなたには足りないわ」
これが本題か。
しかし次に来た言葉は、私にとっては少々以外なものだった。
「そう、あなたには愛が足りないのよ」
愛が足りない。
どういうことだろう。今以上に愛情を込めろということなのだろうか。今のままでは不足なのだろうか。
「もっと心を込めて人形を作れ、ということ?」
これに、紫はかぶりを振る。
「いいえ、あなたは十分すぎるほどに愛情を注いで作っているわ。
アリス。あなたは人形たちの為を想い、その遺骸を丁重に弔っている。だから彼らはうかばれるでしょう。でもあなたは少しだけ勘違いをしている」
すっと、紫は私の手元を指差す。
先ほど完成したばかりの人形。それを指差す。
「犠牲の元に生まれ、完成したその人形にあなたは何をした?この世に残った人形に、何かしてあげた?」
私は何をしたか。
この子の出来具合を確かめて、満点のハンコを押して。
それ以外には何もしていない。
この世に生を与えたこの子に、何もしてあげていない。
「せっかくあなたに作ってもらったのに名前すらくれない。人形を置いて、弔いをしにいってしまった。この子は一人ぼっち」
手元にある人形を見る。まだ名すら持たない人形。
その人形が、声を発した。
「私を見て」
「こっちを向いて、アリス」
「何で私を見てくれないの?」
「完成したらそれで終わりなの?」
「私がなれなかったから要らないの?」
「自立人形になれなかったから捨てるの?」
「私が出来損ないだから愛してくれないの?」
「違う、違うの!」
私は出鱈目に首を振り、両手で顔を覆う。
そんなつもりではなかった。
この子とて大切な人形だ。でもいつの間にかないがしろにしてしまっていた。
「違う・・・・・・・・」
「そんなつもりではなかった。あなたはそう言いながら、誰とも知れず謝罪の言葉を並べる。そして大切なものを傷つけ、失い、取り返しがつかなくなった時も同じ言葉を並べて泣き崩れるでしょう」
紫が、私の肩にそっと手を添えてくる。
「夢と現実の境界を弄って、少しだけ幻を見させたことは謝るわ。ごめんなさい」
「いいわよ。むしろ私は、あんたに感謝しないといけない」
私が顔を上げると、紫は少しだけ笑っていた。少しだけ申し訳なさそうに。
「愛と言うものは難しいわ。傾けすぎれば愛されなかった誰かが寂しい思いをし、愛された誰かも受け止めきれなくなる。かといってすべて平等に振り分けると言うのもほとんど不可能。二つ以上のモノが同じ場所に存在していればどうしても優劣が現れるものだし、相手ももっと愛して欲しい、自分だけ見て欲しいと思うようになる。
でも、気配りは必要よ」
私は犠牲になった遺骸に愛情を傾けすぎたばかりにこの子を悲しませた。
かといってこの子ばかり見ていては、遺骸達は私やこの子を恨むだろう。
自立人形を作る以前にこんなにも難しく、大切なことがあることを失念していた。研究に没頭するあまりに忘れてしまったのだ。
自立人形を作り上げるという、自分の欲望に飲まれた?
これでは人形師失格ね・・・・。
「そう気を落とすこともないわ、アリス」
紫は優しく語り掛けてくる。
「あなたは目の前が見えなくなったあまりにこの人形を傷つけたかもしれないけど、あなたの優しい心はきちんと届いている。
自分を創るときにいっぱいの愛情を注いでくれて、人形と成れなかった自分の化身もきちんと葬ってくれた。この子は、あなたを恨んでも見捨ててもいないわ。
この子もちゃんとかわいがってあげなさいな。アリス、あなたを待っているのだから」
この子が待ってくれている?
人形の言葉は聞こえない。だからこの子が本当はどう思っているかもわかりようがない。
でも。
私は今日生まれたばかりの人形を手に取った。そしてその頭を撫でる。
ごめんなさい。待たせてしまったわね。
これからはあなたのこともちゃんと見るわ。
たまには研究を休んであなたたちと向き合う時間もとる。
誰一人として欠けることなく、あなたたちは私の大切な友人だから。
部屋にいる人形たちは、そんなアリスを見つめ続けた。
顔を見て、服を見て、背中を見て、手足の具合を確かめて。
「よし」
その出来栄えに満足する。今このときから、この子も人形の仲間入りだ。
作り上げる以上は一切妥協しない。もちろんこの子を作るまでに失敗し、未完成のまま捨てられる運命を辿るモノ達がいるが、彼らもまったくの無駄ではない。この子が完成したのは彼らのおかげであり、この子の一部となったのだ。例えばこの子の両目は、2度目に作った人形に付けるはずだった瞳をそのまま使っている。付ける筈だった本体の人形は作る途中で失敗してしまい、3度目に作ったこの子へと瞳を受け継いだ。
だがそれでも「遺骸」は残る。
それをゴミと呼ぶ心無い奴もいるが、私はそれらをきちんと火葬するなり別の人形の一部とするなりしている。
もしかしたら作る途中で心を持ったかもしれない、そんな彼らに対するせめてもの弔い。
今日も遺骸を家の外に運んで一箇所にまとめ、火を放つ。日本ではお墓の前で手を合わせて冥福を祈るもの、そう魔理沙に聞いたことがあるので最近ではそうしている。
でも、私は懺悔の言葉しか思い浮かばない。
ごめんなさい。私が未熟だったばかりにあなたを人形にしてあげることができなかった。せめてよい眠りを。
目を閉じ手を合わせ、燃え逝く彼らのために祈った。
そうして炎が消え、黒い煙が立ち上がった頃に私はようやく目をあける。
目の前に、八雲紫がいた。
「!?!?」
驚きのあまり2歩ほど後ずさる。何の前触れもなくいきなり現れて来た相手を見て驚くなと言うのは無理だろう。
その紫はというと、胡散臭そうに微笑んで一言。
「こんにちは」
「いつからいたのよあんた!」
「ほらほら、この家の主は訪問客にお茶の一つも出せないのかしら」
質問をしても答えてくれない上に数回分ぶっ飛んだ話題をふってくる。この場合、『いつからいたかなど問題ではないでしょう?』と暗に示しているわけだが。
頭が痛くなってきた。徹夜して人形作りに精を出していたというのはまったく関係ない。目の前にいるコイツが原因だ。
「訪問客ってことはうちに用があるってことよね?お茶は後で出すとして、何の用よ」
「あなたとお茶を飲みに来ましたの。それではいけなくて?」
しれっと言い放つ紫。
やっぱり会話が成立しない。
疲れる。
「もういい。とりあえず中に入りなさい」
私は仕方なく紅茶の用意をする。本当はさっさとお帰り願いたいのだが力ずくで追い返せる相手でもなし。いつ来訪者が来てもいいよう、常日頃からお茶請けくらいは用意してあるので棚からクッキーを取り出した。昨日焼いたばかりのものだ。
その間紫はというと、西蔵人形を手で弄んでいた。勝手に触るなといいたちところだが、荒っぽい扱われ方はしていないので黙認。
ティーセットを机の上に広げ、紫と向かい合う形で座る。
「お茶の用意はできたわよ。それで改めて聞くけど、何の用?」
「だから、お茶会」
本気で頭を抱えたい。
このままでは紫のペースに巻き込まれた挙句に自滅しそうなので、私は無視してお茶を飲む。八雲紫がわざわざ訪れてきたのだ。何かしらの話があって来たに違いないし、ほおって置いてもしゃべり出すだろう。それはもう、一方的に。
そう決めて待つ私だったが、紫は紅茶を飲んで一言、
「足りないわ」
「何が」
「お砂糖。紅茶にお砂糖は定番と言うのをご存じなくて?」
なんという我侭な訪問者。にやけた顔が癇に障る。
仕方なくキッチンまで出向き、棚から砂糖の入った小瓶を取り出して戻った。スプーン?こいつには必要ない。どうせスキマを使って器用に入れるだろう。
案の定境界を弄って砂糖を紅茶に入れる紫。だが、
「足りないわ」
「塩でも欲しいの?あいにくだけど、後で家中に撒かないといけないからあんたの分はないわよ」
「足りないのよ」
「だから、何が」
「あなたには足りないわ」
これが本題か。
しかし次に来た言葉は、私にとっては少々以外なものだった。
「そう、あなたには愛が足りないのよ」
愛が足りない。
どういうことだろう。今以上に愛情を込めろということなのだろうか。今のままでは不足なのだろうか。
「もっと心を込めて人形を作れ、ということ?」
これに、紫はかぶりを振る。
「いいえ、あなたは十分すぎるほどに愛情を注いで作っているわ。
アリス。あなたは人形たちの為を想い、その遺骸を丁重に弔っている。だから彼らはうかばれるでしょう。でもあなたは少しだけ勘違いをしている」
すっと、紫は私の手元を指差す。
先ほど完成したばかりの人形。それを指差す。
「犠牲の元に生まれ、完成したその人形にあなたは何をした?この世に残った人形に、何かしてあげた?」
私は何をしたか。
この子の出来具合を確かめて、満点のハンコを押して。
それ以外には何もしていない。
この世に生を与えたこの子に、何もしてあげていない。
「せっかくあなたに作ってもらったのに名前すらくれない。人形を置いて、弔いをしにいってしまった。この子は一人ぼっち」
手元にある人形を見る。まだ名すら持たない人形。
その人形が、声を発した。
「私を見て」
「こっちを向いて、アリス」
「何で私を見てくれないの?」
「完成したらそれで終わりなの?」
「私がなれなかったから要らないの?」
「自立人形になれなかったから捨てるの?」
「私が出来損ないだから愛してくれないの?」
「違う、違うの!」
私は出鱈目に首を振り、両手で顔を覆う。
そんなつもりではなかった。
この子とて大切な人形だ。でもいつの間にかないがしろにしてしまっていた。
「違う・・・・・・・・」
「そんなつもりではなかった。あなたはそう言いながら、誰とも知れず謝罪の言葉を並べる。そして大切なものを傷つけ、失い、取り返しがつかなくなった時も同じ言葉を並べて泣き崩れるでしょう」
紫が、私の肩にそっと手を添えてくる。
「夢と現実の境界を弄って、少しだけ幻を見させたことは謝るわ。ごめんなさい」
「いいわよ。むしろ私は、あんたに感謝しないといけない」
私が顔を上げると、紫は少しだけ笑っていた。少しだけ申し訳なさそうに。
「愛と言うものは難しいわ。傾けすぎれば愛されなかった誰かが寂しい思いをし、愛された誰かも受け止めきれなくなる。かといってすべて平等に振り分けると言うのもほとんど不可能。二つ以上のモノが同じ場所に存在していればどうしても優劣が現れるものだし、相手ももっと愛して欲しい、自分だけ見て欲しいと思うようになる。
でも、気配りは必要よ」
私は犠牲になった遺骸に愛情を傾けすぎたばかりにこの子を悲しませた。
かといってこの子ばかり見ていては、遺骸達は私やこの子を恨むだろう。
自立人形を作る以前にこんなにも難しく、大切なことがあることを失念していた。研究に没頭するあまりに忘れてしまったのだ。
自立人形を作り上げるという、自分の欲望に飲まれた?
これでは人形師失格ね・・・・。
「そう気を落とすこともないわ、アリス」
紫は優しく語り掛けてくる。
「あなたは目の前が見えなくなったあまりにこの人形を傷つけたかもしれないけど、あなたの優しい心はきちんと届いている。
自分を創るときにいっぱいの愛情を注いでくれて、人形と成れなかった自分の化身もきちんと葬ってくれた。この子は、あなたを恨んでも見捨ててもいないわ。
この子もちゃんとかわいがってあげなさいな。アリス、あなたを待っているのだから」
この子が待ってくれている?
人形の言葉は聞こえない。だからこの子が本当はどう思っているかもわかりようがない。
でも。
私は今日生まれたばかりの人形を手に取った。そしてその頭を撫でる。
ごめんなさい。待たせてしまったわね。
これからはあなたのこともちゃんと見るわ。
たまには研究を休んであなたたちと向き合う時間もとる。
誰一人として欠けることなく、あなたたちは私の大切な友人だから。
部屋にいる人形たちは、そんなアリスを見つめ続けた。
まだ話の途中である作品に述べる感想は見つからないので最後までとっておきます
ありがとう!!!!!
4話目がすごく楽しみだぁ!!!!!