Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

冬と春

2009/03/17 17:55:16
最終更新
サイズ
4.17KB
ページ数
1

分類タグ


長い冬が終わった。

春妖精は喜びを歌い、祝福の言葉が野山に木霊する。





誰かのほんの気紛れで。

例年より遅れること数ヶ月、幻想郷に春が訪れた。











「春ですよー」



その言葉は歓びの歌。野に山に里に、命を吹き込む春告の歌。

リリーホワイトは、春の訪れを、溢れんばかりの喜びを、幻想郷中に告げて回っていた。



残雪は既に無い。山もすぐに鮮やかな緑へと色をかえることだろう。







人間の里。人々は春を我先にと迎え入れた。

家の中に篭り、命奪われぬよう耐える季節が、終わったのだ。

村人達はリリーに満面の笑みで手を振る。



「今年の冬は長かったねェ」老婆がリリーに語りかける。

「でもお前さんが来たことだし、これでようやく畑に出られるよ」





なんて清々しい気持ちだろう。

花咲き命育む季節。人々に幸せを与える季節。

春を伝えるという事は、相も変わらずに喜ばしい。



人々の喜びの表情に笑顔で返し、リリーは里を後にした。







里を出てから暫く後、ふと見ると野の一端に白い絨毯。

いや、それは絨毯というには余りに粗末な、穴だらけの代物。

放って置いてもやがて消え行くだろうそれは、春告精には少し不快なものだ。



草や花が、明るく野を染め上げて、ようやく春だというのに。

強情な冬がそこに居座っているというのか。





「もう、春ですよー」



そこで気付く。

残雪の上に、青と白の影がひとつ。

僅か残る雪を掬い上げ、名残惜しむように目を細める、少女の姿。





「…そう、来たのね。春告の妖精」



どこか寂しそうな声。

一見すれば冷たい印象を与えかねない姿は、しかし不思議と優しさすら感じるオーラを纏う。

レティ・ホワイトロックは、ゆっくりとリリーへ目をやった。







「あの、貴女は」

「私は冬の忘れ物。誰かの気紛れにほんの少し期待してしまった、愚かな妖怪よ」





「冬の…」

リリーにも思い当たる節はある。冬に現われ、寒気を強める妖怪が居るという話は知っている。

しかし、逢ったのはこれが初めてだった。







「…そうね、わかってるわ。もう春だって」



レティは両手で掬った雪をそっと地面に落とした。



「春をこうして告げられるまで、冬を諦められなくて。去ってしまった冬にも置いていかれて。無様よね」







寂しそうに微笑んだレティを前に、リリーに今まで体験しなかった感情が駆け巡る。



――私が春を告げたことが、彼女の幸せを、壊してしまった?





「ごめんなさいね、冬は退散するわ。次の冬には、ちゃんと春が来る前に消えるから」







「あ、あの!」

リリーは気付いたら声を上げていた。

「その、えっと…ごめんなさい。まだ、ここには春を告げませんから。まだ、残ってても」



何故そんな事を言ったのか、自分でも良くわからない。

ただ、この妖怪に春を告げてしまったのが、自分の犯した罪のように思えたから。







「ありがとう。…やっぱり、春は優しいのね」

レティはニコリと微笑んだ。冬に相応しくない、暖かな表情だった。

「でもね。同じ白い名前を持つのに、貴女は優しい春で、私は冷たい冬… 決して、一緒には居られないわ」





日差しが眩しい。

冬のささやかな抵抗など意に介さぬかのごとく、幻想郷を春が包み込む。





「私の白は、全てを覆い隠してしまう雪の白。そして、私はその白を愛してしまった。だから…」





「私はこれで、さようなら」







リリーは言葉を発することが出来なかった。

雪の結晶のようなその心は、春でも、夏でさえ、溶けることの無いものだと思われて。







その様子に気付いたのか、レティはリリーの傍まで来ると、そっとその頭を撫でた。



ひどく冷たい手だった。冬を愛し、雪を愛した少女の手。





「さ、まだ春を告げるところは一杯あるんでしょう?待たせたら可哀想よ」



レティは表情を崩さない。

リリーが小さく頷くと、レティは応える様に頷いた。





「それじゃ、ね。私は次の冬まで、おやすみなさい」



もう雪の無い草原を、レティは歩き出す。





春風が吹き、太陽が照る春の風景に、白き影がただ一つ。

その姿が遠く小さく消えるまで、リリーは彼女の背中を見つめていた。
初です。

今更ながら妖々夢のあとの話。冬が終わりそうだったので。
hkh
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
もう冬も終わりですか……。
戸惑うリリーと、寂しげだけど優しいレティにしんみりさせて頂きました。
2.削除
この時期に読んで本当によかったです。
冬がおわりかけている、ある日のお昼にこの二人は出会ったのでしょう。
さみしくてもあたたかい雰囲気に、すこし心があたたかくなりました。