冬も終わりを告げ、三寒四温も緩やかになる頃。
今年もこの季節がやってきた。
春闘の季節である。
労働者達は共同し、賃金の引き上げなど労働条件の改善を求める。
それは人外の世界にも通用することである。
永遠亭では鈴仙・U・イナバや因幡てゐを筆頭に健闘している。
白玉楼では庭師が計画したものの労働組合もへったくれもなく、半人半霊で敢行した挙句、「どこへでも行ってくればいいわ」と主人に笑顔でいわれれば泣く泣く屈辱せざるを得なかったものである。
人外の春闘は長い年月との摩擦に本来の意味を失いつつある。年間行事染みており、労働者の権利を忘れないように一応徒党を組んだりするものの、すぐに宴会に落ち着いたりすることが多かった。
それは紅魔館も同じだ。
そもそもメイド長である十六夜咲夜が決まって不参加となる紅魔館の春闘は屋外パーティが主体だ。
しかし、今年の紅魔館の春闘は少し違った趣が見られた。
紅魔館の庭を占拠するメイド服の群の前。
代表らしいひとりのメイドが、屋敷に向かって何かを高く掲げた。
それはひとつのレンガである。
傍から見れば、「賃金上げないと資材を引き抜いて館を倒壊させるぞ」という過激な主張のようだろう。しかし、それでは働く場所がなくなってしまうので意味がない。彼女らの主張はもっと別のところにあった。
そのレンガが一体何を意味しているのか。
なぜレンガを持って春闘を成すのか。
その原因は門番である紅美鈴にあった。
□
紅美鈴は困窮していた。
彼女は金欠だった。
その原因は彼女の健啖さにある。紅魔館から支給される食事では食欲は満たされなかった彼女はそれを補うために自らの懐からお金を出していた。しかし、ついこの間行われた従業員全体の賃金ダウンにより供給が間に合わず、食費をまかなう余裕がなくなったのである。
――いざというときのために身体を万全にしておかなくてはならない。
だからお腹が空くのでお金くださいお願いします、と土下座――その願いは当然のように退けられた。
そのような経緯があり、紅美鈴は困窮していた。
彼女はお金を稼ぐ必要があった。
いかにしてお金を稼ぐのか。門の前から離れることなく片手間にやれる仕事とは何か。
彼女は考え付いた。
「そうだ。――靴磨きをやろう」
□
美鈴は門の前の、自分の立ち位置に座り込む。
そして、その前にレンガを置いた。靴を磨くとき、そのレンガに足を載せてもらうのである。
背中に靴墨の缶を置き、看板を立てた。看板には『靴磨きやります』の文字、その下に値段を書いた。
こうして彼女は門番をする傍ら、靴磨きの客を待った。
しかし、客はなかなか現れなかった。
客となりえそうな者はたくさんいる。宣伝も入れたし、外回りの者と目が合うこともあった。内勤のメイドも見物に来たくらいである。
しかしその誰もが、外から見ているだけだった。
美鈴は首を捻った。紅魔館は洋館だから、屋内外関わらず靴を履いているので汚れる。メイドは黒の革靴を履いているので汚れも目立つはず。美鈴の狙いは外れていないはずだ。
それでも客となる者はいなかった。
美鈴を見る者の目は、珍しさが少し、大半は憐憫の眼差しだった。そのことに美鈴はまた首を捻った。
仕方なく、彼女は近くを通りかかったメイドに声をかけた。
「靴磨きやってますよー」
「えっ……と……」
声をかけられたメイド妖精は身体をすくませたが、少しずつ美鈴の元へ近づいていった。
何を怯えているのか――美鈴は安心させるように笑みを浮かべる。
目が合う。
すると彼女は、
「――ご、ごめんなさいっ!!」
頭を下げ、館に走り去っていった。
美鈴はひとり残される。わけがわからず、
「うーん?」
また首を捻ることしかできなかった。
□
それからしばらく経っても客は来なかった。レンガに足を載せたものすらいない。
もうこの商売は見限ったほうがいいんじゃないのか――その考えが美鈴の頭をよぎった時。
「あら、靴磨きなんてやってるの?」
その声は、メイド長の十六夜咲夜だった。
「あはは、はい。ただ、まだ誰も磨けてないんですよ」
へえ、と咲夜は頷いた。何かを考えているようだったが、即決。
「それじゃあ私が最初のお客になってあげるわ」
「ほ、本当ですか!?」
美鈴は喜んだ。
咲夜の靴は普段から手入れがされているようであまり汚れていなかった。申し訳なく思いながら、その心遣いに感謝する。
「それじゃあ、レンガに足を載せてください」
いわれたとおり咲夜は足をレンガに載せた。咲夜の靴に美鈴は雑巾で靴墨をつける。
――ふと、咲夜は面を上げた。
遠く、こちらの様子を見ているメイドがいる。
それだけではない。多くの者が、美鈴が咲夜の靴を磨く様を見詰めていた。
なぜそのようなことになっているのか。賢い咲夜には従者達の心の動きがすぐに判った。
紅魔館全体の賃金の値下げが行われた。その結果、門番が靴磨きをしなくてはならなくなった。彼女の姿を見た者には、同情と、やがては自分もああなってしまうのではないかという危機感が生まれていた。
それに、見ず知らずの誰かならともかく、同僚に靴磨きをしてもらうのは心苦しい。
お金がなく同僚の貧困を救えないこと、救おうにもみなの前で靴磨きしてもらうには抵抗がありすぎたこと。そのふたつが従者達の心を板ばさみにしていた。
靴磨きの客をひたむきに待ちつづける美鈴の姿は同僚の心を締め付けたのだ。
ではその現場において今の自分の状況はどう思われているのか――咲夜は想像する。
咲夜が美鈴に靴磨きさせている。
なんかこう服従っぽい感じで――つまりビジュアル的にヤバかった。
「い、いや……やっぱり遠慮しておくわ……」
咲夜はレンガから足を引こうとする。
しかし、ずっと待ち焦がれていた客に逃げられるわけにはいかない美鈴。
咲夜の脚にしがみつき、懇願する。
「待ってくださいっ! やっと来てくれたお客さんなんです! やっと靴磨きが出来るんです!」
「は、離してっ! やぁっ……!」
「タダでも、お金は取りませんから! 靴磨きさせてくださいっ!」
それもむなしく、美鈴は振り払われる。
咲夜は靴に靴墨が付いたままでも構わず、館へと走り去っていった。
「そんなぁ……」
残された美鈴は、乱れた佇まいを直すこともなく、その場にうなだれていた。
□
それから、紅魔館の前で靴磨きをしているのは決まりが悪い、という理由で美鈴は靴磨きを辞めさせられた。
その条件として彼女の俸給も元通りになったのだが、たったひとりだけの対処は他の者の顰蹙を買った。
主であるレミリアがなかなか首を縦に振らない内に、春闘の時期に入った。
そのような事情があって、今年の紅魔館の春闘はきちんと行われ、代表者はレンガを掲げているのだ。
「要求が呑まれなければ、我々は靴磨きをすることも厭わない」――と。
□
また、この靴磨き春闘は幻想郷全体に広がった。
永遠亭ではアレンジが加えられ、靴磨きならぬ足磨きを主張した。「足が泥まみれでも構わず家の中に上がって駆け回ってやるぞ」と。
白玉楼では庭師がそのまま「要求が呑まれなければ靴磨きをしに行きます」といった。だが、やはり笑顔で「そういう修行もあるのね」といわれれば泣く泣く屈辱せざるを得なかった。
また、実際に靴磨きが商売として流行ることになる。
往来には靴磨き屋が軒を連ね、激しい競争が行われ、いろいろあって守矢神社には靴磨きが奉納された。
「おしゃれは足元から」という標語が、幻想郷を席巻していた。
今年もこの季節がやってきた。
春闘の季節である。
労働者達は共同し、賃金の引き上げなど労働条件の改善を求める。
それは人外の世界にも通用することである。
永遠亭では鈴仙・U・イナバや因幡てゐを筆頭に健闘している。
白玉楼では庭師が計画したものの労働組合もへったくれもなく、半人半霊で敢行した挙句、「どこへでも行ってくればいいわ」と主人に笑顔でいわれれば泣く泣く屈辱せざるを得なかったものである。
人外の春闘は長い年月との摩擦に本来の意味を失いつつある。年間行事染みており、労働者の権利を忘れないように一応徒党を組んだりするものの、すぐに宴会に落ち着いたりすることが多かった。
それは紅魔館も同じだ。
そもそもメイド長である十六夜咲夜が決まって不参加となる紅魔館の春闘は屋外パーティが主体だ。
しかし、今年の紅魔館の春闘は少し違った趣が見られた。
紅魔館の庭を占拠するメイド服の群の前。
代表らしいひとりのメイドが、屋敷に向かって何かを高く掲げた。
それはひとつのレンガである。
傍から見れば、「賃金上げないと資材を引き抜いて館を倒壊させるぞ」という過激な主張のようだろう。しかし、それでは働く場所がなくなってしまうので意味がない。彼女らの主張はもっと別のところにあった。
そのレンガが一体何を意味しているのか。
なぜレンガを持って春闘を成すのか。
その原因は門番である紅美鈴にあった。
□
紅美鈴は困窮していた。
彼女は金欠だった。
その原因は彼女の健啖さにある。紅魔館から支給される食事では食欲は満たされなかった彼女はそれを補うために自らの懐からお金を出していた。しかし、ついこの間行われた従業員全体の賃金ダウンにより供給が間に合わず、食費をまかなう余裕がなくなったのである。
――いざというときのために身体を万全にしておかなくてはならない。
だからお腹が空くのでお金くださいお願いします、と土下座――その願いは当然のように退けられた。
そのような経緯があり、紅美鈴は困窮していた。
彼女はお金を稼ぐ必要があった。
いかにしてお金を稼ぐのか。門の前から離れることなく片手間にやれる仕事とは何か。
彼女は考え付いた。
「そうだ。――靴磨きをやろう」
□
美鈴は門の前の、自分の立ち位置に座り込む。
そして、その前にレンガを置いた。靴を磨くとき、そのレンガに足を載せてもらうのである。
背中に靴墨の缶を置き、看板を立てた。看板には『靴磨きやります』の文字、その下に値段を書いた。
こうして彼女は門番をする傍ら、靴磨きの客を待った。
しかし、客はなかなか現れなかった。
客となりえそうな者はたくさんいる。宣伝も入れたし、外回りの者と目が合うこともあった。内勤のメイドも見物に来たくらいである。
しかしその誰もが、外から見ているだけだった。
美鈴は首を捻った。紅魔館は洋館だから、屋内外関わらず靴を履いているので汚れる。メイドは黒の革靴を履いているので汚れも目立つはず。美鈴の狙いは外れていないはずだ。
それでも客となる者はいなかった。
美鈴を見る者の目は、珍しさが少し、大半は憐憫の眼差しだった。そのことに美鈴はまた首を捻った。
仕方なく、彼女は近くを通りかかったメイドに声をかけた。
「靴磨きやってますよー」
「えっ……と……」
声をかけられたメイド妖精は身体をすくませたが、少しずつ美鈴の元へ近づいていった。
何を怯えているのか――美鈴は安心させるように笑みを浮かべる。
目が合う。
すると彼女は、
「――ご、ごめんなさいっ!!」
頭を下げ、館に走り去っていった。
美鈴はひとり残される。わけがわからず、
「うーん?」
また首を捻ることしかできなかった。
□
それからしばらく経っても客は来なかった。レンガに足を載せたものすらいない。
もうこの商売は見限ったほうがいいんじゃないのか――その考えが美鈴の頭をよぎった時。
「あら、靴磨きなんてやってるの?」
その声は、メイド長の十六夜咲夜だった。
「あはは、はい。ただ、まだ誰も磨けてないんですよ」
へえ、と咲夜は頷いた。何かを考えているようだったが、即決。
「それじゃあ私が最初のお客になってあげるわ」
「ほ、本当ですか!?」
美鈴は喜んだ。
咲夜の靴は普段から手入れがされているようであまり汚れていなかった。申し訳なく思いながら、その心遣いに感謝する。
「それじゃあ、レンガに足を載せてください」
いわれたとおり咲夜は足をレンガに載せた。咲夜の靴に美鈴は雑巾で靴墨をつける。
――ふと、咲夜は面を上げた。
遠く、こちらの様子を見ているメイドがいる。
それだけではない。多くの者が、美鈴が咲夜の靴を磨く様を見詰めていた。
なぜそのようなことになっているのか。賢い咲夜には従者達の心の動きがすぐに判った。
紅魔館全体の賃金の値下げが行われた。その結果、門番が靴磨きをしなくてはならなくなった。彼女の姿を見た者には、同情と、やがては自分もああなってしまうのではないかという危機感が生まれていた。
それに、見ず知らずの誰かならともかく、同僚に靴磨きをしてもらうのは心苦しい。
お金がなく同僚の貧困を救えないこと、救おうにもみなの前で靴磨きしてもらうには抵抗がありすぎたこと。そのふたつが従者達の心を板ばさみにしていた。
靴磨きの客をひたむきに待ちつづける美鈴の姿は同僚の心を締め付けたのだ。
ではその現場において今の自分の状況はどう思われているのか――咲夜は想像する。
咲夜が美鈴に靴磨きさせている。
なんかこう服従っぽい感じで――つまりビジュアル的にヤバかった。
「い、いや……やっぱり遠慮しておくわ……」
咲夜はレンガから足を引こうとする。
しかし、ずっと待ち焦がれていた客に逃げられるわけにはいかない美鈴。
咲夜の脚にしがみつき、懇願する。
「待ってくださいっ! やっと来てくれたお客さんなんです! やっと靴磨きが出来るんです!」
「は、離してっ! やぁっ……!」
「タダでも、お金は取りませんから! 靴磨きさせてくださいっ!」
それもむなしく、美鈴は振り払われる。
咲夜は靴に靴墨が付いたままでも構わず、館へと走り去っていった。
「そんなぁ……」
残された美鈴は、乱れた佇まいを直すこともなく、その場にうなだれていた。
□
それから、紅魔館の前で靴磨きをしているのは決まりが悪い、という理由で美鈴は靴磨きを辞めさせられた。
その条件として彼女の俸給も元通りになったのだが、たったひとりだけの対処は他の者の顰蹙を買った。
主であるレミリアがなかなか首を縦に振らない内に、春闘の時期に入った。
そのような事情があって、今年の紅魔館の春闘はきちんと行われ、代表者はレンガを掲げているのだ。
「要求が呑まれなければ、我々は靴磨きをすることも厭わない」――と。
□
また、この靴磨き春闘は幻想郷全体に広がった。
永遠亭ではアレンジが加えられ、靴磨きならぬ足磨きを主張した。「足が泥まみれでも構わず家の中に上がって駆け回ってやるぞ」と。
白玉楼では庭師がそのまま「要求が呑まれなければ靴磨きをしに行きます」といった。だが、やはり笑顔で「そういう修行もあるのね」といわれれば泣く泣く屈辱せざるを得なかった。
また、実際に靴磨きが商売として流行ることになる。
往来には靴磨き屋が軒を連ね、激しい競争が行われ、いろいろあって守矢神社には靴磨きが奉納された。
「おしゃれは足元から」という標語が、幻想郷を席巻していた。
みょんかわいそうw
これを期に革靴が流行ったんで普及ですかね
妖獣は革も良さそうなので貧乏巫女による乱獲とか始まりそうw
(一応妖怪退治だし)
( ;∀;) みょん…