Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

それは、海をわたった少女のものがたり 一日目

2009/03/15 22:55:23
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 カレンダーの上でみる日付は長かったけれど、過ごしているとじつに短かった。日にちがあっという間に流れて流れて、ついにアメリカへ行く日がやってきた。

 ……といっても、今日は飛行機で一泊するらしいけど。

 旅行は六日間あるというのに、実際ホストファミリーとすごせるのは四日になる。これはよろこぶべきか、かなしむべきか。それがわかるのは、最後の日のことだろう。

 ところで、ここ――つまり家から空港までは電車で二時間ほどの場所だ。

 空港までは両親が、空港からアメリカの集合場所までは先生が付きそってくれる。でもそれ以降、わたしたち生徒はつきはなされる。「グッドラックですよー!」ということだ。
 そういえば、ライオンはガケからわが子を突き落とすとか。それと同じことをわたしの学校はやる。なんとおそろしいことだ。近いうちに問題になるにちがいない。

 そんな学校信用できるんだろうか。向こうではどんな目にあうんだろう。野生動物に襲われたりとか、ピストルで撃たれたりとか……。ああ、そういえば制限速度も高いんだよね、車にはねられたりしたら……。
 想像するとアメリカという国が地雷原くらいおそろしくなってきた。そんな社会で生きているアメリカ人を心から尊敬する。

 そんなことを考えながらの昼食。いまの時間は一時ちょうどだった。余裕もあるので、念のためいつもよりおおく食べておく。

 何で念のためかというと飛行機というのは結構厳しくて、機内に食料を持ちこめない場合があるし、乗るまでにけっこう時間がある。パスポートだとか、荷物だとか、いろいろ向こうもチェックするものがあるからだ。
 だからおなかを空かせて行った場合、集合場所でおなかを鳴らしてはずかしい思いをするだろう。そのことを考えて、食事はおおめに。ダイエットのことなどこの際考えない。

 母は気を利かせてか、日本食をたくさん作ってくれた。ご飯、お味噌汁、焼魚――どれも日本食の代表だ。いつもはあまり感じない感謝を、今日だけはおおいに感じる。

「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです、ホントにありがとうございました」

 だから、感謝の言葉を母に送った。
 なのに、

「あんた――本当に蓮子か?」

 ダウトときた。かなしい。

 でもこのかなしさも、やがてさびしさになるんだろう……か?

 食べ終わってすぐにたんすを開けた。食事で汚したくなかったのでさっきまでは着ていなかったお気に入りの服がある。この旅行のために、わざわざ用意したもの。それに着替えるのだ。
 この服があったからこそ今日という、不安がはじまる日を落ち着いてむかえられた。そう言ってもいいくらいだ。

 白い生地に、大きくうすいピンクの英語が印刷されたシャツ。英語は読めないけど、白い生地によく映えていてキレイだ。

 この上に白いカッターシャツをきて、ボタンをとめ、お気に入りの赤いネクタイをつける。「下のシャツ意味あったの?」と思われるかもしれないけど、ちゃんと意味がある。
 中からオーラだとか、そういうものだけど。でも、着ているだけで気の持ちようがかわる。それで十分じゃないか。


 服を着替えてからしばらくは暇だったので、向こうに着いてからのことや、忘れものはないか、などとあれこれ考えていた。なるべくポジティブのほうに。

 無理やりアメリカという国を幸せの国にする。しまいにはペガサスに乗った王子さまがわたしを迎えに来た。だんだんアメリカがファンタジーな世界になってきたけど、さすがにそれはどうかと思って途中でやめた。すると、また不安がわいてきた。

 やっと落ちついてきたのは、好きなドラマのつぎの回を気にするようになったころだったけど、それは出発時間とほぼ同じだった。

「そろそろ行こうか」

 母の一言で、さびついていた不安とさびしさの歯車が動く。「もどれば楽だぞ」という雑音を鳴らしながら、ぐるぐると回り、私を引きずりこもうとする。

 その強すぎる力から何とか抜けだして青いスーツケースをつかむと、わたしのやろうとしていることの重さが腕にのしかかった。思わずこれを放り投げて、そのまま逃げてしまいたくなる。抵抗せずに、歯車の中に吸いこまれてしまいたい。

 でも決めたんだ。ぜったい、逃げたりしない。歯車をこわしてでも、抜けださなくちゃいけない。
 最後に黒い帽子を深くかぶって、決意をかためた。



 それでもまだ緊張していたせいか、電車の中で両親との会話はあまりすすまなかった。ずっと、先のことばかりを考えていたことも理由のひとつだろう。

 ちゃんと英語はしゃべれるだろうか、それ以前に話ができるだろうか……考えだすときりがない。念のため本屋さんで母が買ってきた、わたしみたいなアイアムノーイングリッシュな海外旅行者のための英語の本を持ってきたけど、うすすぎて心配。でも厚かったら持ってこれなかっただろうから、このくらいがちょうどいいのかもしれない。

「本当に役に立つの、大丈夫よね?」

 本と母に聞いたら、両方とも自信たっぷりにうなづく。やっぱり不安だ。

 考えごとをしているうちに空港に着いた。両親にお礼をいいながら手をふり、スーツケースをひっぱって集合場所へとむかった。
 親から解放されたという気分もあったけど、守ってくれていたものがなくなって、いっそう強い不安がわたしのスーツケースにのしかかった。ますます重くなるスーツケース。

 さらにひどいことに、まだまだ重くなる。腕一本で運ぶのもつらいくらいだ。
 新しい持ちかたを発明して同じような気持ちのみんなを助けようと、いろいろ試してみた。
 考えたすえに、スーツケースを引っぱるんじゃなくて前にやって押したほうが楽だという結論に達する。これなら両手を使えるのでは、と思えたことがよかった。というわけでさっそく押してみる。

「……あ、楽だこれ――わ、わ、わああっと!」

 人を助けるはずの点字ブロックに車輪をとられて明後日の方向へと流されましたとさ。できれば五日後の方向に流れてほしかった。



「ハローエブリワン!
 トゥディ、ユーはアメリカへゴーします。パスポートはフォーゲットしていないですね? オーケー!」

 みてわかるほどワクワクしている担任の英語教師は、欠席者がいないかを確かめ、いないことを知ってさらにテンションを上げていた。マックスだ、たのしそうだ。
 あなただけですよそんなにワクワクしてるの。ほら、旅行会社の人だってちょっとひいてるよ。
 そして何ですかその帽子。ドアノブカバーみたいですよ。

 先生は同じように思ったらしい生徒のつっこみをかき消すように、大声で出発の合図をはじめた。

「では、プレーンにゲットオン!」

 だんだんと彼の英語もレベルが上がっている。そろそろ日本語で会話ができなくなりそうだ。飛行機にのるまでの間、先生はずっと英語っぽい日本語を話しつづけていた。
 わたしたちはそれを聞き流し、おなじ運命の子たちと話をして不安をふきとばそうとしていた。



 シロウトからみたらホントに必要なのかわからないような手続きがおわり、やっと飛行機に乗れた。およそ、集合から二時間後くらいのことだった。けっこう時間がかかるとは思っていたけど、これほどだとは。でもこれでもはやいほうらしい。空港、なんておそろしい。

 途中にはパスポートのチェックだとか、荷物のチェックだとか――そうそう、金属探知機もあった。
 そこで、「メタルはドントハブ!」とか言ってた先生がひっかかったのは笑った。何やってるんですか。
 先生は「オーマイガー!」と叫び、ポケットからちいさな金属をとりだしていた。ネクタイピンか何かだろう。ああいうものこそ見落としやすいから気をつけろ、ってあなたが言ったのに。
 二度目になってやっと通り抜けることができた先生は、さっそく生徒たちにいじられていた。

 ちょっとちいさくなった先生について飛行機にのる。金髪の客室乗務員さんがたくさんいた。外国人だとすぐにわかる。

「ゴトウジョウ、アリガトウゴザイマス」

 とカタコトで声をかけられたが、何と言えばいいのかわからなかったので会釈してさっさとすりぬけた。もうすでにアメリカに突入した気分になる。

 ぶっそうなあれをみせられたら、ここがアメリカだと本当にカン違いしてしまいそうだ。だれか、あれもってませんか? と、座席に座りながら思った。
 一応客室乗務員さんたちのポケットのあたりを、首を伸ばして探してみたけど、やはりそんなものなかった。向こうに行ってもあれをみないことを祈りましょう。

 そんなバカなことをしている間に、シートベルトを締めろというサインがあらわれ、機内放送が流れた。はいはい、エコノミークラス症候群対策の運動ね。わかりました。

 かんたんな放送が終わると、シートベルトチェックがはじまり、それもすぐにおわった。

 そしてついに。出発のときが来た。
 飛行機がゆっくり向きをかえる。小指と同じくらいのおおきさの人が窓の外にみえた。その人が手をふるのと同じくらいに飛行機の動きが止まる。そして、ふたたび飛行機が動きだす。今度は前にだ。だんだんとはやくなる。

 やがて、飛行機と道路の間から地震のような音が聞こえるようになった。大地の叫びのようだ。
 さらには、前から押しつけられるかのような圧力を感じた。窓の外は、遠くの景色しかはっきりとみえない。間隔が等しく立てられたポールが来ては去っていく。

 そしてそのポールが横の線にみえるほど飛行機がはやくなったとき、座席のゆれがなくなった。その代わりに、足にふわふわした違和感がある。

 初めてだったので怖かった。しかも痛かった。飛び上がった瞬間に、座席に押しつけられて頭を打ったせいだ。すごい音がしたけど、大丈夫だろうか。



 数分経つと『シートベルトを外してはいけません』というランプが消えたので、やっと立ち歩けるようになった。

『エコノミークラス症候群になるといけないので、てきどに歩いたり足の運動をする必要がある』

 その話にしたがって、とくに意味もないけど歩きまわってみた。

 時計を見ると、八時すこしまわったくらいだった。空港についたのが大体六時、出発したのが七時ごろだから一時間くらい飛んだことになる。
 地理で習った時差。わたしたちが行こうとしているところと日本の時差は大体十七時間らしい。つまり、今は……いや、ここがどこかわからないか。

 ちなみにアメリカまでは十三時間ほどかかるらしい、まだまだ長い。
 

 席に戻り、小さいかばんの中をさぐる。つかめたのは、探したいたそれそのものだった。まず時計。時差を直さないといけない。

「ミス宇佐見、デイライトタイムをドント フォーゲット」

 いつの間にかわたしの時計をのぞきこんでいた先生につっこむよりも先に、デイライトタイムのほうを気にした。何だろう、それ?

「サマータイム、と言ったほうがイージー トゥ アンダースタンド?」

 そうか、アメリカは通常の時間より一時間はやいんですね。

「イエース」
「ありがとうございます」

 ああ、何もかもが新しい。


 つぎに必要なのは文庫本ほどの大きさの本。中はまっしろ。この旅行のために持ってきた日記帳だ。めずらしい経験なのだから、記憶が消える前にすこしでも字としてのこしておきたかった。黒のボールペンでしっかりと書きのこす。


 ◆ アメリカ旅行日記


 今日からアメリカへの旅行。まだ飛行機の中で、半分も旅行をしたわけじゃないのに、もう疲れてきた。
 アメリカはどんなところだろう。楽しめるといいな。
 そういえば、そろそろ食事がはこばれるらしい。先生はけっこう美味しいって言っていた。美味しいんだろうな、楽しみだ。そういえば機内食ってどんなんだろう?


 ◆


 書いている途中に、食事が運ばれてきた。「ビーフオアフィッシュ?」って聞いてくるよ! って言われてたのに、なぜかそんな質問なしにカレーを渡された。
 あとから聞いたんだけど、わたしたちは後ろのほうだったから選ぶことができなかったらしい。

 それはともかく、「センキュー」と言って、その人がいなくなってから渡されたカレーをあけた。
 白かった。あれ、カレーって茶色かったはずじゃ? うん、当たり前だよね。でもなんでこれは白いの?

 そうか、アメリカンカレーだ。あるいは機内限定のスペシャルカレーとか! うわぁ、うれしいな。

 期待に身をまかせ、ビニールにつつまれたプラスチックのスプーンをとりだす。うれしくて視界がせまくなることを感じながら、一口食べた。

 舌が狂ったのかと思った。


 ◆ アメリカ旅行日記


 今日からアメリカへの旅行。まだ飛行機の中で、半分も旅行をしたわけじゃないのに、もう疲れてきた。
 アメリカはどんなところだろう。楽しめるといいな。
 そういえば、そろそろ食事がはこばれるらしい。先生はけっこう美味しいって言っていた。美味しいんだろうな、楽しみだ。そういえば機内食ってどんなんだろう?→犯罪


 <つづく>
 機内食は慎重にえらんだほうがいいです。すさまじいのは本当にすさまじいので。とりあえずカレーはさけるべきです。
 運悪くカレーがあたったなら……祈りましょう。もしかするとおいしいかもしれません。
 ただ、入れ物を開けてみてカレーが白い場合は……残念ながらかなしい目にあいます。
 お食事の前にカレーの情報を手にいれて白い、と言われていた場合は……「ノー センキュー」で下げてもらうのがエライでしょう。

 さて、まだしばらくつづくと思いますが……お付き合いをよろしくお願いします。
 お読みいただきありがとうございました。

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 ブログで返信しときましたー
ほたるゆき
[email protected]
http://kusuri.iza-yoi.net/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
>白カレー
どういう物か知らないけど驚きました。気をつけよっと。
それはともかくまだアメリカに着かないとは中々の焦らし…!とても良い話なので続きが気になります。
2.名前が無い程度の能力削除
砕かれた期待はそんなに大きかったのか蓮子
3.名前が無い程度の能力削除
先生大体英語になってきてるw
相変わらずいいキャラだわ
さっくり読めてfor meにはlikeデス!
…感染しちゃうぜ