自立人形。
それは誰に支配されることなく、自分で物を考えて動く人形。端的に言えば「心を持った人形」と言うことになる。その点だけを見れば、
「顔がやつれてるわよ。ようやく毒が回った?」
今自分の目の前にいるメディスン・メランコリーも自立人形と言うことになる。
「心配しなくても毒なんて回ってないから」
「な~んだ」
つまらなそうにメディスンが言う。
人形解放戦線を謳い、毎日毒を振り撒きにくるこんな奴でもきちんと意思を持った人形、ということになるのだろう。
しかし私は彼女を人形とは見ていない。
こいつの生まれた過程からしてあくまで鈴蘭の毒の化身、妖怪だ。
花畑に打ち捨てられた人形を入れ物として妖怪化しただけ。他の入れ物だったとしても、姿形は違えど彼女は生まれたに違いない。
「まだ自立人形を作ろうとしているの?」
暗殺もとい毒殺と言う名目で私の家に来てはクッキーをつまんで帰るだけのこの妖怪は、時折こう聞いてくる。
「えぇ」
「いいこと教えてあげる。スーさんのお花畑においておけば手っ取り早くできるわよ」
「あんたの2号3号を生産してどうする」
「私の野望の為の尖兵になるの」
現実味のない作戦をメディスンはぺらぺらと話す。
自分で考える。自分で行動する。自分の意思でしゃべる。
これを人形とするなら間違いなく自立人形。自分の思い描く夢の形。
これが夢の第一歩だとするなら、研究用に1・2体やってみてもいいかもしれない。
「どうしたのアリス?」
メディスンが驚いたように聞いてくる。どうやら考えていたことをそのまま口に出していたらしい。
弁解するような話ではない。私は開き直って話を続ける。
「数体人形を渡すからそれを研究用に使う、そういうのも悪くはないと思ってね。正直手詰まりの状態だし」
自分の研究には終わりが見えない。
自立人形自体はメディスン以外にも見たことはある。見たことがあるだけで作成過程の資料やらなにやらは何一つ持たないので、手探りで探すより他はなかった。
どれが正解なのかわからぬまま数十通りの手法を考え付き、そのうちのいくつかは既に失敗している。
「ありがとう!じゃあ早速100体くらい頂戴」
「あげても2・3体よ。それと、あんたに渡す為の人形を新しく作るからそれまで待ってて」
伸ばしてきたメディスンの手をやんわりと払い、私は裁縫箱を取り出した。
メディスンができた過程や状況などから、新たな道が開けるかもしれない。
「人形作りに集中するから、今日のところは帰ってもらってもいいかしら?」
「しょ~がないなぁ。でもアリス、今のと同じ名目で貰った人形があるんだけど」
「そうだったかしら?」
他人には簡単に人形を渡さないが、そう言われてみるとメディスンには渡した気がする。
どれ一つとして手を抜いて作った人形などない。大切に扱っていてくれればいいのだが。
「気にかけてると思って連れて来たわ」
「連れて来た?持ってきたじゃなくて?」
疑問に思う私に、メディスンは鞄から人形を取り出して見せてくれた。
メディスンに渡した、2体の人形。
「ほら、こいつがアリスよ」
「どうして捨てたの?」
「わたしはあなたの実験材料だったの?」
「わたしを愛してはくれなかったの?」
「わたしを捨てたあなたが憎い」
「わたしを愛してくれなかったあなたが憎い」
「アリス」
「アリス」
「アリス」
「っ!!?」
気づいてみれば、私は汗だくで椅子に座っていた。
目の前にはメディスンがいる。さきほどの人形はいない。
さっきまでのは、夢。
一体どこからが夢だった?
「あなた、毒されているわ」
メディスンが静かに言う。
「鈴蘭の毒の塊が毎日のように訪問してくれば当然でしょう」
「あなたの心から生まれた毒に、よ」
メディスンの目を、私は直視できずに目をそらした。
「あなたの人形は最高よ。だからスーさんの毒に当てればきちんと妖怪ができるはず。何故かわかる?」
「・・・・さぁね」
「あなたが丹精込めて作ったから、あなたがその人形のことを思って作ったからよ。
そうして作られた人形は創造主を愛すわ。そして人形は愛した主に研究物として捨てられると、人形はあなたを憎む」
違う。
「どれだけ愛されていても、一回捨てられれば何の意味も持たない。憎悪や怨恨という感情はすばらしい原動力となり、無限大に蓄積される。私が生まれたのもそれがあるからよ。
あなた、私を捨てた人間と同じになるつもり?」
違う!
「違う、違う・・・・・・・・」
そんなつもりではなかった。
憎悪を人形の中に封じて自立人形を作る。
メディスンのような悲しい人形を作るつもりなどなかったと言うのに。
夢の中とはいえ、人形に悲しい思いをさせてしまった。
「今日のアリスはとてもおかしいわ。いつも答えられているような質問の答えを見失っているもの。
あんまりに変だったから今回だけ、少しだけその毒を吸い出してあげた。でも毒が全身に回る前に気づかないと、あんたはきっととんでもないことをしでかす」
おかしな夢から覚めたのは、メディスンが『毒』を吸い出してくれたからのようだ。
ふぅ、と私は息をつく。
私はどうしてしまったのだろう。
そういえば。
「あんたに渡した人形って、メディに人形渡した覚えがないんだけど」
「はぁ?私が貰ったのは人形用の髪飾りよ。アリス、さっきの妄想話とごっちゃにしないの。もしかしてまだ毒が抜けきってない?」
メディスンは自分の頭に付けている髪飾りを指差した。そこには彼女の髪に咲く、小さな鈴蘭の髪飾りが二つ。
その髪飾りは確かに、以前に渡した覚えがある。受け取る時は散々に言ってくれたものだが、どうやら大切にしてくれているらしい。
「この髪飾りも、私のことを恨んでいるのかしらね・・・・・・」
先ほどの妄想ででてきた人形は、この髪飾りの化身だったのかもしれないと思い、私は落ち込みそうになるが、
「あなたが私の為にと心を込めて作って、貰った私も大切にしている。この子はこんなにも愛されているのだから、恨む要素なんてないわ」
そう言ってメディスンは髪飾りを指で弄ぶ。
少々、気弱になりすぎたらしい。
「大丈夫。毒は抜けたわ」
「そう。でも今のあんたの人形は要らない」
「今作っても到底渡せるものじゃないわね。ていうか、あんたに渡す人形は持ち合わせてない」
「助けるのはこれっきりよ」
人形師が人形に助けられるなんてね。
これっきりにしないと、彼女に申し訳ない。
ありがとうメディ。
もう、あなたのような人形は増やさせない。
部屋にいる人形たちは、そんなアリスを見つめ続けた。
それは誰に支配されることなく、自分で物を考えて動く人形。端的に言えば「心を持った人形」と言うことになる。その点だけを見れば、
「顔がやつれてるわよ。ようやく毒が回った?」
今自分の目の前にいるメディスン・メランコリーも自立人形と言うことになる。
「心配しなくても毒なんて回ってないから」
「な~んだ」
つまらなそうにメディスンが言う。
人形解放戦線を謳い、毎日毒を振り撒きにくるこんな奴でもきちんと意思を持った人形、ということになるのだろう。
しかし私は彼女を人形とは見ていない。
こいつの生まれた過程からしてあくまで鈴蘭の毒の化身、妖怪だ。
花畑に打ち捨てられた人形を入れ物として妖怪化しただけ。他の入れ物だったとしても、姿形は違えど彼女は生まれたに違いない。
「まだ自立人形を作ろうとしているの?」
暗殺もとい毒殺と言う名目で私の家に来てはクッキーをつまんで帰るだけのこの妖怪は、時折こう聞いてくる。
「えぇ」
「いいこと教えてあげる。スーさんのお花畑においておけば手っ取り早くできるわよ」
「あんたの2号3号を生産してどうする」
「私の野望の為の尖兵になるの」
現実味のない作戦をメディスンはぺらぺらと話す。
自分で考える。自分で行動する。自分の意思でしゃべる。
これを人形とするなら間違いなく自立人形。自分の思い描く夢の形。
これが夢の第一歩だとするなら、研究用に1・2体やってみてもいいかもしれない。
「どうしたのアリス?」
メディスンが驚いたように聞いてくる。どうやら考えていたことをそのまま口に出していたらしい。
弁解するような話ではない。私は開き直って話を続ける。
「数体人形を渡すからそれを研究用に使う、そういうのも悪くはないと思ってね。正直手詰まりの状態だし」
自分の研究には終わりが見えない。
自立人形自体はメディスン以外にも見たことはある。見たことがあるだけで作成過程の資料やらなにやらは何一つ持たないので、手探りで探すより他はなかった。
どれが正解なのかわからぬまま数十通りの手法を考え付き、そのうちのいくつかは既に失敗している。
「ありがとう!じゃあ早速100体くらい頂戴」
「あげても2・3体よ。それと、あんたに渡す為の人形を新しく作るからそれまで待ってて」
伸ばしてきたメディスンの手をやんわりと払い、私は裁縫箱を取り出した。
メディスンができた過程や状況などから、新たな道が開けるかもしれない。
「人形作りに集中するから、今日のところは帰ってもらってもいいかしら?」
「しょ~がないなぁ。でもアリス、今のと同じ名目で貰った人形があるんだけど」
「そうだったかしら?」
他人には簡単に人形を渡さないが、そう言われてみるとメディスンには渡した気がする。
どれ一つとして手を抜いて作った人形などない。大切に扱っていてくれればいいのだが。
「気にかけてると思って連れて来たわ」
「連れて来た?持ってきたじゃなくて?」
疑問に思う私に、メディスンは鞄から人形を取り出して見せてくれた。
メディスンに渡した、2体の人形。
「ほら、こいつがアリスよ」
「どうして捨てたの?」
「わたしはあなたの実験材料だったの?」
「わたしを愛してはくれなかったの?」
「わたしを捨てたあなたが憎い」
「わたしを愛してくれなかったあなたが憎い」
「アリス」
「アリス」
「アリス」
「っ!!?」
気づいてみれば、私は汗だくで椅子に座っていた。
目の前にはメディスンがいる。さきほどの人形はいない。
さっきまでのは、夢。
一体どこからが夢だった?
「あなた、毒されているわ」
メディスンが静かに言う。
「鈴蘭の毒の塊が毎日のように訪問してくれば当然でしょう」
「あなたの心から生まれた毒に、よ」
メディスンの目を、私は直視できずに目をそらした。
「あなたの人形は最高よ。だからスーさんの毒に当てればきちんと妖怪ができるはず。何故かわかる?」
「・・・・さぁね」
「あなたが丹精込めて作ったから、あなたがその人形のことを思って作ったからよ。
そうして作られた人形は創造主を愛すわ。そして人形は愛した主に研究物として捨てられると、人形はあなたを憎む」
違う。
「どれだけ愛されていても、一回捨てられれば何の意味も持たない。憎悪や怨恨という感情はすばらしい原動力となり、無限大に蓄積される。私が生まれたのもそれがあるからよ。
あなた、私を捨てた人間と同じになるつもり?」
違う!
「違う、違う・・・・・・・・」
そんなつもりではなかった。
憎悪を人形の中に封じて自立人形を作る。
メディスンのような悲しい人形を作るつもりなどなかったと言うのに。
夢の中とはいえ、人形に悲しい思いをさせてしまった。
「今日のアリスはとてもおかしいわ。いつも答えられているような質問の答えを見失っているもの。
あんまりに変だったから今回だけ、少しだけその毒を吸い出してあげた。でも毒が全身に回る前に気づかないと、あんたはきっととんでもないことをしでかす」
おかしな夢から覚めたのは、メディスンが『毒』を吸い出してくれたからのようだ。
ふぅ、と私は息をつく。
私はどうしてしまったのだろう。
そういえば。
「あんたに渡した人形って、メディに人形渡した覚えがないんだけど」
「はぁ?私が貰ったのは人形用の髪飾りよ。アリス、さっきの妄想話とごっちゃにしないの。もしかしてまだ毒が抜けきってない?」
メディスンは自分の頭に付けている髪飾りを指差した。そこには彼女の髪に咲く、小さな鈴蘭の髪飾りが二つ。
その髪飾りは確かに、以前に渡した覚えがある。受け取る時は散々に言ってくれたものだが、どうやら大切にしてくれているらしい。
「この髪飾りも、私のことを恨んでいるのかしらね・・・・・・」
先ほどの妄想ででてきた人形は、この髪飾りの化身だったのかもしれないと思い、私は落ち込みそうになるが、
「あなたが私の為にと心を込めて作って、貰った私も大切にしている。この子はこんなにも愛されているのだから、恨む要素なんてないわ」
そう言ってメディスンは髪飾りを指で弄ぶ。
少々、気弱になりすぎたらしい。
「大丈夫。毒は抜けたわ」
「そう。でも今のあんたの人形は要らない」
「今作っても到底渡せるものじゃないわね。ていうか、あんたに渡す人形は持ち合わせてない」
「助けるのはこれっきりよ」
人形師が人形に助けられるなんてね。
これっきりにしないと、彼女に申し訳ない。
ありがとうメディ。
もう、あなたのような人形は増やさせない。
部屋にいる人形たちは、そんなアリスを見つめ続けた。