Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

それは、海をわたった少女のものがたり 〇日目

2009/03/12 23:05:24
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 こんなもの印刷するくらいなら数学のテストのときに計算用紙をください。で、これはミスプリの裏に印刷する。これならどうかな、ムダにならないでしょう?

『Let's Go To America !』

 これは、ホームルームの時間に担任の英語教師が配ったA4用紙の一番上にかかれている英文だ。
「どれだけ目が悪い人を対象にしてるんですか」とつっこみたくなるほど、一文字一文字が大きい。しかし、それだけでは満足していないらしい。

 なぜって、黒文字じゃないのだ。
 星条旗だ。無理やり形をかえられた星条旗で英文は書かれ(描かれ?)ている。どれだけ自己主張が激しいんだ。

 文字に注目しすぎたけど、書いてあることは当然それだけではない。それだけだったら意味がわからないよね。ちゃんと、その下に用件が詳しく書いてある。

『アメリカへの五日間だけのホームステイに参加しませんか?(ただし飛行時間を入れれば六日間になります)』

 どっちかというと、こっちのほうがオマケや飾りのような扱いだ。キミはもっと自己主張していいんだよ?

 その下には、アメリカのいいところが熱がこもった文で書かれており、アメリカ好きな誰かが書いたことがかんたんに想像できる。担任だな。

 アメリカというか、英語が好きすぎる人だから無理もない。言葉にときどき――つねに英語がまざっているほどだ。

 この先生に英語を話すのを禁止したらストレスで死ぬ。
 このようなことを言った生徒がいた。わたしは「それウソだよね」と割りきれなかった。
 そのくらい英語が好きなのだ。理系――いや、英語が苦手なわたしたちにとってはけむたい人だ。

 この担任教師は気づけばいた。こんなにインパクトのある教師なのに、気づけばアメリカ好きという設定といっしょに、私の頭の中にすみついていた。でていってください。
 ……とにかく、何もかもがよくわからない変な教師だ。そんな教師が主催するイベントなのだから、きっとロクなことじゃない。

 かんたんに予想できる。だれも参加しないうえに翌日――はやければ今日の放課後にもこのプリントがゴミ箱にうもれている様子が。または古新聞といっしょにリサイクルかな。

「オーマイガー、このプリントはドント スロウ アウェー!」

 おそらくクラス全員の心を読んだ先生はすばやく決まりをつくり、生徒全員に突きつけた。
 プライバシーの侵害だというのに担任は「してやったり」という表情でニヤニヤしている。

 わたしと同じく心を読まれただろうクラス男子たちの間から、「ちっ」という声があがる。聞こえているのかいないのか、先生はそれを無視する。

「アメェリカはワンダフルですよー!」

 なぜかわたしのほうをみる先生の視線をゴミ箱に投げ捨てる。それだけじゃ物足りない。かさばるゴミを袋に押し込むときのように上から足で踏みつけた。

 視線はそれでいいとしても、この紙をポイはダメだ。さすがにかわいそう。
 だから「行く気はないよ、ごめんなさい」という意味で紙を中身がみえないように折り、かばんの中の、それも教科書の下にしまいこんだ。二度と開くことはないだろう。

 だいたい、外国へ行って何の得になるんだ。
 外国へいくというのはとても勇気のいること。すくなくともわたしにはない勇気。
 だってわたし、英語のテストは勉強してもしなくても常に四十点という奇跡の学生だから。
 ちなみに赤点は四十点未満。ついこの間ギリギリマスターの称号をもらった。うれしくない。

 そんなわたしに英語圏の国に行けなど、どうかしていると思う。だからといって中国語圏の国にいくのならいい訳じゃないけど、やはり英語圏の国になど考えられない。
 ぜったいに、考えられない。

「希望者はミーに言ってください」

 先生はわたしにとって退屈なはなしを終わらせると、手のひらを天井にむけ、ひらひらと手を上下にふった。この教師オリジナルの、「起立」だ。
 それにしたがってみんな立つ。そして礼をし、クラブなり家に帰るなり、自分の道をすすみはじめた。

 当然わたしも例外じゃない。
 家に帰ろうとしたそのとき、

「エクスキューズミー、ミス宇佐見」
「……なんでしょう」

 男性にしては高い声で呼びかけられた。ちなみに礼をしてからおよそ十秒後の出来事だ。ほかの生徒には興味がないのか、寄り道なしでこっちにくる。

 なるほど、二兎を追うもの一兎も得ずってやつですね。でも追われるほうの身にもなってください。そして「いまこそチャンス」といった顔で逃げたクラスメートのみなさん、帰ってきてください。

『必死にSOSサインを出そうが、決して逃がすまい』

 放課後の太陽の光を浴びた先生の金髪がそう言ったような気がする。ハーフなんだろうか。女性のようにととのった顔が、ずいずい近づいてくる。
 ……はいはい、わかりました。聞きますよ。だから顔をよせないでください。

「リッスン、ケアフリー!」

 最初から答えが決まっている人を誘惑することほどむなしいことは、そうないと思う。

 本人はわたしの気を変えようと魅力を強調しているつもりだろうけど、興味がないわたしにとっては、おそろしくグダグダとした説明を十分にわたって聞かされただけのこと。苦しいだけだ。

「――というわけなのです。アメェリカへゴーしませんか?」
「わたしは、いろいろと忙しいので」

 かばんの取っ手を掴む。このまま先生をさけて教室から出ていくつもりだ。先生に「さようなら」と言って横からすり抜けた。

 背を向けたころ、また声がかかった。

「オー……。バット、グッドな経験にはなりますよ? テレビジョンでウォッチするようなピストルなんて、アフレイドする必要はありません」

「モンスターに追いかけられるほうがまだおそろしいですよ」と、先生はつけたした。何ですか、アメリカってモンスターが追いかけてくる国なんですか?
 なおさら行きたくないですよ。

「わたしは日本人です。それに外国へいくつもりはないので、それを活かせる気がしません」

 さすがに背中ごしに話すのは失礼だと思ったので、先生のほうに顔を向けた。先生はちょっとさびしそうだ。
 それでも諦めていないらしい、「ハウエバー、」とすこし声を大きくして話をつなごうとする。

「イングリッシュは受験においても、かなりインポータント。
 外国にゴーすることによって、ユーの成績もすこしは伸びるかもしれませんよ?
 ユーはまだドントノゥかもしれませんが、外国ではあんがい、イングリッシュというのはスピークできるのです。イエス、ウィー、キャン!」

 鼻の穴を大きくして背中をのけぞらせる。真っ赤な顔は天井をむいており、つばが数滴落ちる。
 落ちるつばを辿っていく。ビチャッと音をたてて汗を握りつぶした二つの拳にたどりついた。
 全身からは汗がどっとあふれていて、白い湯気が蒸気機関車のようにのぼっているのがみえる。
 映画でもないのに、先生のうしろから炎の壁が立ち上がり、大きくなっていくようだ。
 うん、とりあえずいまのあなたは気持ち悪かった。

 思わずひいたものの、そこはひとつ、目をつぶる。
 先生の言っていることは正しいと思うのだ。

 だって、紙にジェスチャーは通じないけど、相手が人間なら話はべつだから。ジェスチャーというのはけっこう得意だ。
 まてよ、それならわたしにも――いや、だめだだめだ。はじをかいて終わるに決まっている。

「はじをかいて、せっかくの外国旅行が楽しくなくなりますよ」
「本当にそうでしょうか」
「え?」

 思わず気をとられた。いつもの先生なら「リアリィ?」とうっとうしく聞いてくるはず。だというのに、その言葉にはバカにした様子がなく――そう、真面目そのものだったのだ。

「あなたは部活動にも参加していませんし、生徒会にも参加していないでしょう?
 何か打ち込むことはありますか? 体育祭、文化祭、修学旅行――そのくらいでしょうか。
 本当に、それだけでいいのですか?」

 やはり、いつものようなふざけた喋りかたをしない。さっきまでいた先生はどこに行ったのか。
 先生と同時にちょっと腹のたつあの話しかたも消えた。代わりにここにいるのは、言うことすべてが真理のように感じられるような、ふしぎな力を持った言葉だ。

「『おもしろき こともなき世を おもしろく』ですよ。
 学校生活というものは、人生をううんと縮めたものだと私は思います」

 先生はいったん言葉を切る。すでに誰もいなくなった教室の中で、先生の話はやけに大きくひびいた。
 わたしを正しい道に追いやるように、先生の言葉がこっちにくる。強制的だとか脅迫的な言葉じゃなくて、やわらかくて、わたしの考えを尊重しつつも説得するような言葉だった。

「この経験は、あなたの将来を大きくかえる経験になるでしょう。もちろん、いい意味でね」

「でしょう」と聞くと、「たぶん」とか「おそらく」のようなものだと感じる。
 でもいまの先生の「でしょう」はいいかげんな予想なんかじゃなくて、そうなることがわかっている――「なります」と断定したかのようだった。頭に「まちがいなく」が付いてもおかしくない。

「私が言いたかったのは以上です。さあ、答えを聞きましょう」

 そう言ってまとめる先生。これで断れば、しつこい質問は終わる。でもそれはある意味、大切なチャンスをのがす瞬間でもある。

 なんでだろう。どうしてもこのチャンスだけは、逃してはいけないような気がした。根拠なんてない。ただ、そうすることが当たり前のように感じられただけ。
 たとえ目の前が怒り狂う川でも、そのチャンスを求めて飛びこまないといけないような気がした。

 心の中で行くか行かないか、議論が広がる。先生は傍聴人。わたしの答えを待つ。

 ――行く、行かない、行く、行かない。

 たった数秒なのに、わたしの頭の中では光を超えるんじゃないかと思うようなはやさで交互に結論が下る。ルーレットのようだ。すごく激しい。
 どうなるのか、わたしにもわからない。
 一進一退。行くほうに進めば、行かないほうに戻る。

 長い、長い――それこそ現実の時間をこえたように感じた。でも時計をみると、数分しか経っていない。おそろしいほどのズレだった。

 長くて短い時間の終わり。一枚の紙を頭の中で渡された。こちらからみると裏だ。ペラッとめくれば、わたしが決めたことがみえる。
 つばをゴクリ、と飲みこんだ。覚悟を決める。紙に手をかけ、はしっこを掴む。
 さあ、めくれ――!

 それは、はっきりと――書かれていた。

 結論をゆっくり、ゆっくりと理解する。「本当にいいんだね?」という声は、もう聞こえない。

 ――はあ、わたし絶対詐欺とかにかかるんだろうなあ……。

 まだしぶる気持ちをのりこえて、口を開いた。

「……わかりました、行きます」
「オーケー、ユーならそういってくれると思ってました。センキューです!」

 いつもの先生にもどった。殴りたくなるくらいうっとうしい、いつもの先生だった。

「では、ミーはティーチャーズルームへとバックします、グッバーイ!」

 今ごろ後悔がわいてきて、「ああ、待って……」と言いたくなったけど、先生はすごいはやさで教室を出て行ってしまった。途中机にぶつかってこけそうになったのを笑わなければ、追いつけたのに。

「あ……」

 そういえばひとつ、気づいたことがある。

「先生……死ななかった」

 当たり前か。



 それからしばらく――もうすこし細かく言うと数週間たった。

「ミス宇佐見、ユーのホストファミリーがディサイド!」

「決まりましたよ」と言いたいのね。
 先生に「この方々です」という言葉といっしょに渡された紙には、三人の名前が書かれていて、三人家族ということが一目でわかった。
 名前がアルファベットで書かれているのが本格的だ。
 ……ううん、さっそく困った。読めない。

「よかったですね、ユーと同じ年のガールがいるようですよ」

 どれどれーと思い「age」と書かれた項目をたどっていく。あ、ホントだ。わたしと同じ年の子がいる。
 今気づいたけど、その子の苗字(ファミリーネームって言うのかな?)には『Hearn』と書かれている。
 ただ、読みかたがわからない。とりあえずローマ字読みしてみる。

「ヘルンさん?」
「ノーノー、それは『ハーン』と読むのです。
 ユーと同じ年のガールは――リトル言いにくいですが、マエリベリーさんというそうですね」
「うわ……言いにくそう……。マベリエリー、マエベリー、えぇ、どうしよう……」
「むこうで発音できないと ユー アー イン トラブル ですねえ」

 そろそろ意味がわからない。

「なんとかなるでしょう。ニックネームで呼ばせてもらうとか。ま、レッツ トライ!」

 意味がわからないと同時にそろそろ本格的に腹がたつ。グッと親指を立てる先生。彼の顔には、この前の真面目さなどどこにもない。

 こうして、わたしのホストファミリーは決まった。でも、名前ではどんな人かわからない。
 まだ顔もしらないハーンさん。彼らにほんのすこしの期待――プラスおおきな不安を抱えるわたしだった。


 <つづく>
 一度やってみたかった連載モノ。
 いろんなプレッシャーに潰されそうになりながらも、やってみました。修学旅行の思い出をたよりに。

 この作品を書きはじめたのがフェブラリーの――いやいや、2月の19日からでした。続かなくなるとイヤなので、軽くですが、全部書いてから1話投稿させてもらってます。
 でもあれです、いっきにドドンと投稿するのは……ちょっとあれですので、時期をみて投稿させてもらうつもりです。
 あ、連載中にこれとは関係ない短編を投稿するかもしれませんが、それは許してくださいね。かならず終わらせることを約束しますので。

 さて、お読みいただきありがとうございました。
 これからも付き合ってもらえるとうれしいです。

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 すいません、本当にすこしの違いなのですが、直す前のやつを上げてたようです。
 というわけですこし文章を直しておきました。

 あと、感想レスです >>7さままでレスしました
ほたるゆき
[email protected]
http://kusuri.iza-yoi.net/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
高校時代ですか。続きが楽しみです。
2.GUNモドキ削除
実際、彼女の現時点での住所は京都ですが、それは実家なのか、それとも一人暮らしなのか、謎な所ですよね。
あと、この担任の先生はとてもイイ性格していましたwww
3.名前が無い程度の能力削除
これは続き期待
4.GUNモドキ削除
↑ですけど、メリーの事ですよ?
5.名前が無い程度の能力削除
おもしろいw続き楽しみにしてます!
6.名前が無い程度の能力削除
ああこの先生みたいな人いますねぇたまにしかもみんな日本人なんですよねぇ
7.奇声を発する程度の能力削除
たぁのしみだぁぁぁ!!!!