東風谷早苗は守矢神社の巫女である。
祭神である八坂神奈子、洩矢諏訪子を信仰している。故に彼女らの意見を重んじている。
しかし同時に、自らの意見を持つことを忘れない。
筋の通った尊敬されるべき人間であることが、巫女としての品格を高めると考えているからだ。
だから、彼女は進言する。他に流されない、一本筋の入った人間として。
「諏訪子様――帽子がずれていますよ」
彼女の意匠ともいえる大きな眼球の付いた帽子は、彼女の頭部で前のめりになっていた。
つばから目が見えるか見えないかほどに傾いたそれは、阿弥陀被りの逆、俗にいう次元スタイルになっている。
「知らないの? これ流行ってるんだよ」
諏訪子は、そういって口の端に笑みを見せた。
それが諏訪子の意見である。進言したのは、早苗がそれに相対するような意見を持ったからである。
早苗はあまり格好がよくない、だらしないと思ったのだ。
気を遣わない言い方をすると、ダサい……!
そこまではっきりと物をいえる性質ではない早苗は、助けを求めて神奈子に目線を送る。だが彼女は「私には判らない」とでもいうように両手を肩まで上げただけだった。
□
東風谷早苗は真相を確かめるために山を降りた。
本当に帽子を深く被ることが流行っているのか確かめるのだ。
するとどうしたものか、すれ違う人妖は皆、帽子を目深に被っているではないか!
早苗はカルチャーショックに眩暈を起こした。
□
早苗は金髪、白黒の影を見つけたので、声をかけた。
「あの……魔理沙さん?」
疑問系だったのは、魔理沙の顔が見えなかったからである。
魔理沙は頭ではなく顔で帽子を被っていた。
「ああ、私だぜ。どうしたんだ早苗、あんまり楽しそうじゃないな」
楽しそうじゃない、というより、早苗は気分が悪かった。帽子と話しているような気分だった。
早苗はその行儀の悪い次元みたいなスタイルを好きになれなかった。
「そうだ、早苗も次元スタイルにすればいい」
本当に次元スタイルと呼ばれているのか、ということよりも、帽子を被っていない自分は関係ないだろう、と早苗。
逃げた。
しばらくして、当然のように早苗は捕まった。
魔理沙は早苗のカエルの付いたカチューシャをひったくると、彼女の目元にあてがった。
「これで早苗も流行の最先端だな」
そういって魔理沙はどこかへ飛び去っていった。
早苗はその場に立ち尽くしていた。外の世界から幻想郷にやってきたからというもの、古ぼったい生活は彼女の首を真綿で締めつけているようだった。流行の最先端という響きは、彼女にとって甘美なものだった。彼女は目隠しとなったカチューシャを元に戻すことは出来なかった。
早苗は目の前が見えなくなっていた。
□
早苗は別の金髪の姿を見つけた。
線の細い、水色のワンピースに身を包んでいる後姿。
「あの、アリスさん……」
声をかけると、彼女は振り返った。目が合った、ような気がした。
「……」
アリスは目元をカチューシャで覆っていた。早苗と同じだった。
カチューシャで目隠しされたふたりは、視界の僅かな隙間から互いの姿を確認した。
「……」
ふたりの間に沈黙が流れる。早苗はとても気まずかった。
それから、何も言わず、どちらからともなくふたりは別れた。
相手の姿――他人から見た自分の姿を見て、胸の底にある違和感を拭いきれなかったが、それでもカチューシャを元に戻すことができなかった。そこで元に戻せば、自らが流行に鈍であると認めるようなものだった。そんなことはできなかった。一種の強迫観念のようなものだった。
もしもあそこで、これはおかしい、ということが出来たならよかったのかもしれない。ただ、相手がおかしいと思っていなかった場合のリスクを考えると、申し訳ないがこれでよかったのかもしれない。
早苗はアリスの姿が見えなくなったことを確認すると、カチューシャを元に戻した。
□
カチューシャを本来あるべき場所に戻した早苗は、まだ自分は正気を保っている、と思った。
正気を保ち続けなければいけない、とも思った。
流行は悪質だ。思考を強制しているようなものだ。
普段から帽子を被っているものはまだいい。割を食っているのは帽子を愛用していないものだ。流行に踊らされ、珍妙な姿を世に晒すことを余儀なくされている。
そこまで考えて、早苗はある人物の安否を確かめたくなった。
□
それは博麗神社の巫女、博麗霊夢である。
□
東風谷早苗は博麗神社の境内に降り立った。
足元の感覚はあまりはっきりとしなかった。不自然に息が切れていた。
霊夢の姿を探そうと辺りを見回すと、不意に視界の中に切れ目が生まれた。早苗は皆がそれをスキマと呼ぶのを知っていた。
「……あらあら、山の巫女さん。面と向かって話すのは久しぶりかしら?」
幻想と現実を隔てる結界の妖、八雲紫が、空間の裂け目から姿を現した。半身だけ乗り出し、目線は早苗と同じ高さになっている。
早苗は幻想郷の大妖怪のことなどどうでもよかったが、とりあえず頭を下げる。
「お久しぶりです。霊夢さんの姿を見ませんでしたか?」
「そんなことより――ねぇ、どうして流行に乗らないのかしら」
はあ? と早苗は怪訝な顔を見せた。すると紫は、帽子を下に大きく引いた。彼女の目が隠れてしまうほどに。
そして、いうのだ。
「ねぇ、どうしてカチューシャをいつもと変わらない位置に付けてるの?」
「いいじゃないですか、別に」
「ねぇ、それじゃあ……外の世界にいた頃と変わってないじゃない」
早苗は言葉に詰まった。確かに紫の言うとおりだった。
「何が、いいたいんですか」
「ねぇ……あなたは未だに『常識に囚われている』んじゃないかしら」
違う――その言葉が、出ない。
早苗は帽子を深く被ったスキマ妖怪を睨んだ。しかし彼女は妖しく口の端に笑みを作っただけだ。
「あなたにいいこと教えてあげるわ。――あれを見なさい」
紫は手にした扇で指し示した。
その先には、横になっている博麗霊夢の姿があった。
「……っ!!」
早苗は見た。
霊夢の顔が、彼女愛用のリボンで覆われているのを。
信じられなかった。
霊夢だけは、流行など気にしないものだと考えていた。それが自分の心の拠り所になると考えていた。
しかし実際は。
「霊夢は常識に囚われない。あなたは常識に囚われていないといいながら、まだ外の常識に囚われているのよ!」
「ち、ちが……」
身体は拒否反応を示すが、頭は混乱していた。
この場にいてはいけない、早苗の身体は危機感で不規則に震える。
「流行を、認めなさい」
早苗は、続きを聞きたくなかった。
早苗は、逃げ出した。
□
「……ん、って何よこれ」
「あら、おはよう霊夢」
「あー? 紫? ひとの髪で遊ばないでよ、もう」
「いいじゃない、居眠りしている巫女にはお似合いよ。……そういえば霊夢、帽子を目深に被るのが流行ってるらしいわよ」
「ああ、あれね。魔理沙がやってたけど、――不格好だわ」
□
早苗は守矢神社に戻った。
カチューシャで目を覆う。鏡で自分の姿を確かめる。
流行の最先端。
――かっこいい! まるで破壊光線オプティック・ブラストでも出せそうじゃないか!
鏡の前で一回転する。これは他のひとにも薦めるべきだろう。
「あ、早苗さんお邪魔してます」
不意に聞こえた声に、早苗は振り返る。そこには、古明地さとりがいた。
「うちのこいしが来ていると思ったんですが……どこにいったんでしょうか」
彼女もカチューシャを頭に付けている。
しかし、カチューシャは目を覆うものなのだ。
「いや、違うと思います」
地底に住んでいるから、幻想郷の流行を知らないのだ。
「私が教えてあげなくては……!」
「いやそんな流行知りたくも――っ!!」
早苗はおもむろにさとりを押し倒す。
そして、カチューシャを取り、目元にあてがう。
すると、早苗はさとりの胸にある第三の目につながるコードが気になった。
「このコードも最先端にしないといけませんねぇ」
そういって、コードのうち一本を開いたさとりの口にくわえさせる。そこを始点に、余ったコードをさとりの身体を巻きつける。
「服についている部分が邪魔ですから、取ってしまいますね」
「ン゛ーっ!」
勢いよく引っ張ると、袖の布を破りながらハート型の止め具が取れた。
そうして自由になったコードをまたさとりの身体に巻きつける。緩まないように、ほどけないように手首で結ぶ。
「へへぇ、どうですかぁ? これでさとりさんも流行の最先端ですよ!」
さとりは必死に身体を動かしているので、早苗は、そんなに嬉しかったのか、と驚いた。
早苗自身も嬉しかった。
そして、もっと流行に乗せてあげようと思った。
そんな早苗の目に服の、コードの止め具と同じハート型のボタンが目に留まった。
これを取ることで流行の最先端を手に出来るに違いない!
「ン゛ーっ、ン゛ーっ!」
さとりは何かを伝えようとしていた。早苗にはGOサインに思えた。
早苗は服の一番上のボタンを手にかけ、引きちぎる。胸元の白い肌が露になる。
そして、次のボタンに手を掛ける。
唸り声が、悲鳴めいたものになっても早苗の手は止まらなかった。
祭神である八坂神奈子、洩矢諏訪子を信仰している。故に彼女らの意見を重んじている。
しかし同時に、自らの意見を持つことを忘れない。
筋の通った尊敬されるべき人間であることが、巫女としての品格を高めると考えているからだ。
だから、彼女は進言する。他に流されない、一本筋の入った人間として。
「諏訪子様――帽子がずれていますよ」
彼女の意匠ともいえる大きな眼球の付いた帽子は、彼女の頭部で前のめりになっていた。
つばから目が見えるか見えないかほどに傾いたそれは、阿弥陀被りの逆、俗にいう次元スタイルになっている。
「知らないの? これ流行ってるんだよ」
諏訪子は、そういって口の端に笑みを見せた。
それが諏訪子の意見である。進言したのは、早苗がそれに相対するような意見を持ったからである。
早苗はあまり格好がよくない、だらしないと思ったのだ。
気を遣わない言い方をすると、ダサい……!
そこまではっきりと物をいえる性質ではない早苗は、助けを求めて神奈子に目線を送る。だが彼女は「私には判らない」とでもいうように両手を肩まで上げただけだった。
□
東風谷早苗は真相を確かめるために山を降りた。
本当に帽子を深く被ることが流行っているのか確かめるのだ。
するとどうしたものか、すれ違う人妖は皆、帽子を目深に被っているではないか!
早苗はカルチャーショックに眩暈を起こした。
□
早苗は金髪、白黒の影を見つけたので、声をかけた。
「あの……魔理沙さん?」
疑問系だったのは、魔理沙の顔が見えなかったからである。
魔理沙は頭ではなく顔で帽子を被っていた。
「ああ、私だぜ。どうしたんだ早苗、あんまり楽しそうじゃないな」
楽しそうじゃない、というより、早苗は気分が悪かった。帽子と話しているような気分だった。
早苗はその行儀の悪い次元みたいなスタイルを好きになれなかった。
「そうだ、早苗も次元スタイルにすればいい」
本当に次元スタイルと呼ばれているのか、ということよりも、帽子を被っていない自分は関係ないだろう、と早苗。
逃げた。
しばらくして、当然のように早苗は捕まった。
魔理沙は早苗のカエルの付いたカチューシャをひったくると、彼女の目元にあてがった。
「これで早苗も流行の最先端だな」
そういって魔理沙はどこかへ飛び去っていった。
早苗はその場に立ち尽くしていた。外の世界から幻想郷にやってきたからというもの、古ぼったい生活は彼女の首を真綿で締めつけているようだった。流行の最先端という響きは、彼女にとって甘美なものだった。彼女は目隠しとなったカチューシャを元に戻すことは出来なかった。
早苗は目の前が見えなくなっていた。
□
早苗は別の金髪の姿を見つけた。
線の細い、水色のワンピースに身を包んでいる後姿。
「あの、アリスさん……」
声をかけると、彼女は振り返った。目が合った、ような気がした。
「……」
アリスは目元をカチューシャで覆っていた。早苗と同じだった。
カチューシャで目隠しされたふたりは、視界の僅かな隙間から互いの姿を確認した。
「……」
ふたりの間に沈黙が流れる。早苗はとても気まずかった。
それから、何も言わず、どちらからともなくふたりは別れた。
相手の姿――他人から見た自分の姿を見て、胸の底にある違和感を拭いきれなかったが、それでもカチューシャを元に戻すことができなかった。そこで元に戻せば、自らが流行に鈍であると認めるようなものだった。そんなことはできなかった。一種の強迫観念のようなものだった。
もしもあそこで、これはおかしい、ということが出来たならよかったのかもしれない。ただ、相手がおかしいと思っていなかった場合のリスクを考えると、申し訳ないがこれでよかったのかもしれない。
早苗はアリスの姿が見えなくなったことを確認すると、カチューシャを元に戻した。
□
カチューシャを本来あるべき場所に戻した早苗は、まだ自分は正気を保っている、と思った。
正気を保ち続けなければいけない、とも思った。
流行は悪質だ。思考を強制しているようなものだ。
普段から帽子を被っているものはまだいい。割を食っているのは帽子を愛用していないものだ。流行に踊らされ、珍妙な姿を世に晒すことを余儀なくされている。
そこまで考えて、早苗はある人物の安否を確かめたくなった。
□
それは博麗神社の巫女、博麗霊夢である。
□
東風谷早苗は博麗神社の境内に降り立った。
足元の感覚はあまりはっきりとしなかった。不自然に息が切れていた。
霊夢の姿を探そうと辺りを見回すと、不意に視界の中に切れ目が生まれた。早苗は皆がそれをスキマと呼ぶのを知っていた。
「……あらあら、山の巫女さん。面と向かって話すのは久しぶりかしら?」
幻想と現実を隔てる結界の妖、八雲紫が、空間の裂け目から姿を現した。半身だけ乗り出し、目線は早苗と同じ高さになっている。
早苗は幻想郷の大妖怪のことなどどうでもよかったが、とりあえず頭を下げる。
「お久しぶりです。霊夢さんの姿を見ませんでしたか?」
「そんなことより――ねぇ、どうして流行に乗らないのかしら」
はあ? と早苗は怪訝な顔を見せた。すると紫は、帽子を下に大きく引いた。彼女の目が隠れてしまうほどに。
そして、いうのだ。
「ねぇ、どうしてカチューシャをいつもと変わらない位置に付けてるの?」
「いいじゃないですか、別に」
「ねぇ、それじゃあ……外の世界にいた頃と変わってないじゃない」
早苗は言葉に詰まった。確かに紫の言うとおりだった。
「何が、いいたいんですか」
「ねぇ……あなたは未だに『常識に囚われている』んじゃないかしら」
違う――その言葉が、出ない。
早苗は帽子を深く被ったスキマ妖怪を睨んだ。しかし彼女は妖しく口の端に笑みを作っただけだ。
「あなたにいいこと教えてあげるわ。――あれを見なさい」
紫は手にした扇で指し示した。
その先には、横になっている博麗霊夢の姿があった。
「……っ!!」
早苗は見た。
霊夢の顔が、彼女愛用のリボンで覆われているのを。
信じられなかった。
霊夢だけは、流行など気にしないものだと考えていた。それが自分の心の拠り所になると考えていた。
しかし実際は。
「霊夢は常識に囚われない。あなたは常識に囚われていないといいながら、まだ外の常識に囚われているのよ!」
「ち、ちが……」
身体は拒否反応を示すが、頭は混乱していた。
この場にいてはいけない、早苗の身体は危機感で不規則に震える。
「流行を、認めなさい」
早苗は、続きを聞きたくなかった。
早苗は、逃げ出した。
□
「……ん、って何よこれ」
「あら、おはよう霊夢」
「あー? 紫? ひとの髪で遊ばないでよ、もう」
「いいじゃない、居眠りしている巫女にはお似合いよ。……そういえば霊夢、帽子を目深に被るのが流行ってるらしいわよ」
「ああ、あれね。魔理沙がやってたけど、――不格好だわ」
□
早苗は守矢神社に戻った。
カチューシャで目を覆う。鏡で自分の姿を確かめる。
流行の最先端。
――かっこいい! まるで破壊光線オプティック・ブラストでも出せそうじゃないか!
鏡の前で一回転する。これは他のひとにも薦めるべきだろう。
「あ、早苗さんお邪魔してます」
不意に聞こえた声に、早苗は振り返る。そこには、古明地さとりがいた。
「うちのこいしが来ていると思ったんですが……どこにいったんでしょうか」
彼女もカチューシャを頭に付けている。
しかし、カチューシャは目を覆うものなのだ。
「いや、違うと思います」
地底に住んでいるから、幻想郷の流行を知らないのだ。
「私が教えてあげなくては……!」
「いやそんな流行知りたくも――っ!!」
早苗はおもむろにさとりを押し倒す。
そして、カチューシャを取り、目元にあてがう。
すると、早苗はさとりの胸にある第三の目につながるコードが気になった。
「このコードも最先端にしないといけませんねぇ」
そういって、コードのうち一本を開いたさとりの口にくわえさせる。そこを始点に、余ったコードをさとりの身体を巻きつける。
「服についている部分が邪魔ですから、取ってしまいますね」
「ン゛ーっ!」
勢いよく引っ張ると、袖の布を破りながらハート型の止め具が取れた。
そうして自由になったコードをまたさとりの身体に巻きつける。緩まないように、ほどけないように手首で結ぶ。
「へへぇ、どうですかぁ? これでさとりさんも流行の最先端ですよ!」
さとりは必死に身体を動かしているので、早苗は、そんなに嬉しかったのか、と驚いた。
早苗自身も嬉しかった。
そして、もっと流行に乗せてあげようと思った。
そんな早苗の目に服の、コードの止め具と同じハート型のボタンが目に留まった。
これを取ることで流行の最先端を手に出来るに違いない!
「ン゛ーっ、ン゛ーっ!」
さとりは何かを伝えようとしていた。早苗にはGOサインに思えた。
早苗は服の一番上のボタンを手にかけ、引きちぎる。胸元の白い肌が露になる。
そして、次のボタンに手を掛ける。
唸り声が、悲鳴めいたものになっても早苗の手は止まらなかった。
さぁ、続きはねt(ry
早苗さんてんぱりすぎだw
それにしても早苗さんはすっかり弄られキャラになってしまっていいぞもっとやれw
目隠しされた状態で、あんなことこんなことが分かってしまう…いいな