Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

奇跡的契約

2009/03/06 20:22:15
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※おひさしぶりです。



























------はじめに-------------------------------------------------------------------

悪魔召喚魔法は、全魔法の中でも1位2位を争うほどデリケートな魔法である。
魔法を発動させた場所の土地柄や温度、湿度、風速、時間帯、日のあたりの良し悪し、駅までの距離、
さらには術者の性格や属性、服装や年齢、血液型や血糖値、爪の長さから今朝食べた朝食のメニューまで、
ありとあらゆるステータスが絡み合って、一定の周波数として誰かを呼び出すことになる。
そのため、明確な契約でもしていない限り、同じ者を意図的に召喚することはほぼ不可能と言っても過言ではない。
ある意味、運である。

悪魔召喚のたちの悪さはそれだけではない。
召喚に必要な魔力は、術者持ち。帰りの魔力も、術者持ち。キャンセル料まで存在。
気に入らない悪魔を呼び出した場合、超高額の魔力を請求される。
断ると居座って、さらに延滞料も請求する。
このため、性格の悪い悪魔を呼び出したために、ひどい目にあった魔法使いは星の数。

このデメリットのため、手を出すのを躊躇う者も多いが、メリットが大きいのもまた事実。
そのため、鉱山を掘って金を当てるような感覚で、今日も多くの者が悪魔召喚魔法に手を出している。

( 「ビギナーのための悪魔召喚魔法」より、抜粋 )

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それは、今からけっこう前のこと。場所は、魔界。
1人の小悪魔が、晴れて召喚悪魔としての資格を獲得した。
(意外と簡単な試験なので、彼女ほど手こずる者も珍しい、と言われていた)
小悪魔には、まだ名前はなかった。(よって、無名ちゃんと呼ぶことにする)
名前は、召喚先で主からもらうのが、召喚悪魔の間での流行りだったのだ。
「見てろー!今は小悪魔だけど、絶対すっごい悪魔になってやるー!」
無名ちゃんの決意は固かったが、反比例して、全体的に能力は低かった。
努力が実りにくいタイプ、要約すれば、ドジ娘であったからである。
そんな彼女に、ついにある日、召喚魔法がかかった(面倒なときは、ここでパスすることも可なのだが)
「よーし、ついにこの私が、あっちで活躍する時が来たようね!」
周りが“なぜおまえはそんなに張り切っているんだ”といわんばかりの目で見ているが、
今の彼女に、そんなのは関係なかった。新人はいつもやる気に燃えている。



召喚先は安土城だった。
「これ、猿。そこのちっこいのはなんじゃ?」
「殿、これから戦国の世を生き残るためには、並の手立てでは不可能と思いまして、
この猿、悪魔を召喚してまいりました」
2人の人間のおじさんが目の前で会話しているが、今の無名ちゃんには、緊張で何も聞こえていなかった。
「猿、わしにはそこのちっこいのは悪魔には見えんぞ」
「いえいえ、殿、そこらへんはご愛嬌でございます」
「まあ、よい。これ、そこのちっこいの」
「わ、私でございますか!?」
思わず丁寧口調になる無名ちゃん、いや、ちっこいの。
「そうじゃ。おまえは何ができる?」
「と、とと、特技は封筒貼りと肩たたきでございます!」
「そんなのは猿でもできる」
ちっこいのは、焦っていた。今、自分の特技を光速で探していたが、見つからない。
「ほ、他には、ピーマンの炒めものが作れます!」
「わしの嫌いなものじゃ」
「ラップを綺麗に切り取れます!」
「わしだってそのくらい、手を使わんでもできるわい」
「ブログはじめました!」
「わしもじゃ」
ちっこいのは固まった。自分の特技は、もう見つからなかった。
「これ、猿、なぜこのようなちっこいのを召喚したのじゃ」
「殿、面目ございません。なにとぞ、この猿、えむぴーが低いものでして」
「なんでもよい。返して来い」
「ははぁ」
「ちょ、ちょっと待ってー」
ちっこいのは必死だった。
このまま帰るのは、彼女のプライドにかかわる。
「お願いします、せめて何か1つくらいお仕事やらせてください!ただ働きでもいいですから!」
おそらく、悪魔がただ働きとは前代未聞である。
「わしは忙しいのじゃ。明日は長篠で戦があるのじゃからな」
「戦?って言うと、弾幕?」
「弾幕とは何じゃ」
このとき、ちっこいのは思った。この雇用勝負、勝てる。
「弾幕とは文字通り、弾丸の幕でございます。何か、飛び道具をいっせいに相手めがけて放つのです。
これにより、敵は接近することもできないまま、ピチューンでございます」
「なるほど、それはよい。これ、猿。鉄砲じゃ。今すぐ準備にかかれぃ」
「ははっ」
こうして、古くから一騎打ちだった日本の戦場に、弾幕という新たな文化がうまれたのであった。

後日
「これ、ちっこいの。ご苦労であった。褒美をやろうぞ」
「で、では、長期契約していただいてよろしいでしょうか!?」
「うーん、しかし、ちっこいの。他には何が出来る」
「テレビにチョップして映りのよさを改善できます!」
「やはりそんなに役に立たんのう。長期契約はなしじゃ」
「そんなぁ」
ちっこいのは、絶望した。
弾幕の一件については『ただ働きでもいいですから』と言ってしまったため、何も請求できない。
向こうの機嫌がいいうちに、できるだけ得しなければならないのだ。
「で、では、私に名前をください!」
「名前?」
「我ら召喚悪魔は、主から名前をもらうのが流行なのです」
「そうか、そうじゃのう」
殿は、ひげをなでながらしばらく考え、
「これ、猿、昨晩のおまえの夕飯は何じゃ?」
「海老ピラフとサバの味噌煮です」
「よし、決めた。そこのちっこいの、おまえの名前はサバの味噌煮じゃ」
ちっこいの、いや、サバの味噌煮は絶望した。


魔界に帰ってから、サバの味噌煮は約300年、毎夜、枕をぬらした。
周りにこの話をすれば、唖然とされるだけであった。
ただ働きなので報酬はなし。もらった名前は上から下までカオス満天。
ここまで失敗した小悪魔も珍しい。まして悪魔全体で見てもかなり稀。ある意味の天才。
「ふえぇぇぇん」
「ほら、元気だしなよ、サバちゃん」
「その名前で呼ばないで」
「じゃあ、みそにん」
「グスッ」
「とにかく元気だしてよ。そのうち、きっとまた召喚がかかるからさぁ」
「そしたら私は向こうで
『“サバの味噌煮”で~す。みそにんって呼んでね』って言わなくちゃいけないんだぁ」
気に入ってるじゃないか、みそにん。
「そんな卑屈にならなくても」
「駄目だ。私はもう駄目なんだぁ」
そんな、一般的に言う5月病まっさかりなちょうどその時、
再び、可哀想なサバの味噌煮に召喚魔法がかかった。
「むむっ、新しい職場が私を呼んでいる!」
何かのフラグが立ったな、と友人は直感したのであった。



約300年ぶりの召喚先は、大きな図書館だった。
「来たわね、使い魔」
新しい主は魔女であった。
サバの味噌煮は、緊張と不安と期待と食欲に満たされた。
相手がどれほどの魔女かは知らないが、魔女ではある。
人間よりは上手ではあるだろうが、成功すれば報酬もたんまり期待できる。
魔女の魂は悪魔の間ではかなり好評だからだ。
「ど、どうも、この度は召喚していただいてありがとうございます」
「挨拶はいいからそこに掛けなさい、ちっこいの」
「ちっこいのッ!?」
サバの味噌煮、いや、ちっこいのは驚嘆した。
身長が自分より小さい者にちっこいのと呼ばれるのはいささか抵抗があった。
「どうしたの?早く契約したいのがあなたの望みなんでしょ?」
「え、あ、はいはい」
ちっこいのとて、この300年、怠けていたわけではなかった。
有利に契約を結ぶ練習を繰り返し、仲間相手に擬似契約も行った。
「えーと、紙とペンは私が準備してきましたので──」
「待った」
魔女は即座にちっこいのの言葉を遮った。
「紙とペンは私が用意するわ。下級悪魔はこういうところにブービートラップをしかけるらしいから」
ジッと睨まれて、ちっこいのは震え上がった。
魔女の読みどおり、紙にもペンにも魔法をかけておいたのだ。
「は、はい、では、お言葉に甘えて」
「はい、ペンと紙。ここに要望を書いて。それと、紙は1枚しか無いから」
と、ペンと紙を渡された。ちっこいのは、迷った。
あまりも大きなことを書けば、せっかくの機会を棒に振ることになる。
紙が1枚しかない、という言葉は、『チャンスはこれ1回』ということを意味する。
つい、手が震えた。
『魂の半分』
ちょっと欲張りすぎたかなぁ、と思って顔を上げれば、魔女がじと目でこっちを見ている。
「やだなぁ、冗談ですよ。こんなに欲張っても食べ切れませんよ」
あわてて書き足す。
『魂の半分の半分』
「…………………………………………………」
沈黙。
「やだなぁ、冗談ですよ。私何書いてるんでしょ、えへへ」
あわてて書き足す。
『魂の半分の半分の半分の半分の半分の半分』
「………………………………………」
さらに沈黙。
「こ、これが最後ですよ!これ以上は引き下がりませんからね!」
棒線で消して、余白にさらに書き始めた。
『魂、0.1%』
書き終わるころには、ちっこいのは汗だくだった。
「ねえ、ちっこいの」
「は、はい!」
「私が言いたいこと、分かるかしら」
「も、申し訳ございません!調子こきました!」
紙をあわてて引き戻すと、線で消して、書き加えた。
『本1冊』
「本持っていかれるのは困るんだけど」
『紅茶1杯』
「本当にそれでいいの?」
「え、ええ、大満足です。大満足でございます、ぐすん」
ちっこいのは、ふがいない自分に泣きたくなった。
「契約期間は?どのくらいがご希望?」
「あなた様の気が済むまでいつまでもこき使ってください」
魔界に帰ってまた馬鹿にされるくらいなら、と思ったのだった。
「じゃあ、これで契約成立ね」
魔女は右下の隅に、契約調印のしるしに、自分の名前を書いた。
『パチュリー・ノーレッジ』
「の、のの、の、ノーレッジ!?」
「ええ、そう。知ってるの?」
「それはもう、魔界でも名は轟いてございます!
魔女の家系の中でも最高峰の家柄、ノーレッジ家!ああ、そうと知っていたなら。
今までのご無礼、申し訳ございません!あなたのためならただ働きでも結構です、ノーレッジ様!」
「そう。じゃあ、報酬は今のままでいいから、新しく1個お願いをするわ」
「なんなりとどうぞ。今まで憧れていたんです、いつかノーレッジ様のような立派な方のもとで働きたいと」
「あら、そう。じゃあ、頼みごとを言うから、肝に銘じておいてよ」
「はい!」
「私を、2度とノーレッジの名で呼ばないで」
「は、はい?なぜです?」
「他に名乗る苗字がないからノーレッジを甘んじているけど、私はもうあの家から独立したの」
「はぁ、もったいない」
「とりあえず、ここで働きたいのなら肝に銘じておくことね。分かった?」
「は、はい………」
「分かったら仕事。書庫の整理から」
「書庫って?」
「目にはいらないの?私たちは書庫に囲まれて話をしているのに」
「こ、これ全部?いやいやマジで?」
「いやいやマジで」
「わ、分かりました………」
ちっこいのはしぶしぶ立ち上がって書庫に出かけていった。



それからしばらくは、苦難の日々だった。

「パチュリー様~、迷いました、助けて~」
「知らない」

「パチュリー様~、本に埋まっちゃいました、助けて~」
「知らない」

「ちょっと、頼んだ本はまだ?」
「見つからないんですよ~」

「紅茶が熱すぎるわ」
「はい、いれなおしてきます~」

「ちょっと、この図書館で走らないで。ホコリが舞い上がるわ」
「すみません………」
「ほら、歩いて急いで本をとってくる」
「そんなの無茶だ~」

「パチュリー様~、この本、噛み付いてくるんですけど~」
「愛でなさい」
「絶対無理だ~」

ちょっと調子こくこともあった。

「パチュリー様、実はこの私、戦国大名に弾幕の美しさを吹き込んだ実績があるんですよ」
「ああ、あなた、あの天下のうつけ者の下で働いていたのね」




おおよそ半年、そろそろ仕事に慣れてきた頃合。
「どう?仕事に慣れてきた?」
「ええ、まあ、おかげさまで」
「まあ、紅茶の入れ方もだんだんうまくなってるんじゃない?」
「えへへへ、ありがとうございます」
名前は、ちっこいののままだった。
今更どうでもいいやと、2人とも思っていたので、変わらなかった。
「パチュリー様、そのカップで紅茶を飲むのが好きですよね」
「ええ。いつしか、父さんから貰ったものよ」
「初めて聞きましたよ。パチュリー様のご家族のこと」
「あら、ノーレッジのことは魔界で有名なんじゃないの?」
「それは、そうなんですけど」
でも詳しくは知らなかった。まあ、それはそうだろうが。
「そう言えば、なんでパチュリー様は家を追い出されたんですか?」
「知りたい?」
「お気持ちに差し支えなければ」
「じゃあ、また今度ね。今はティータイム、差し支えるわ」
「そうですか…………」
とは言ったものの、ちっこいのには、それがおおいに気になった。
「じゃあ、このカップ、片付けてきて」
「はい」
とは言われたものの、まだ頭の中では、つまらん仮説がいくつか渦巻いていた。
だから、手がお留守になっていたのかもしれない。
洗ってから棚にしまおうとしたとき、カップは手の間からすべり落ち、無機質な音と共に砕け散った。
「あッ!」
気がついたときには、カップは既に破片だった。
「あ……」
拾ってみても破片は破片。今更直らない。
『ちょっと、そろそろ次の本持ってきてよ』
向こうではパチュリーが呼んでいる。
とりあえず、今夜直すために、破片を一箇所に集めると、急いで本を持ちに行った。
でも、その日1日は、ずっとパチュリーに顔向けできなかった。

その日の夜。
パチュリーが休眠ととっている間。
「駄目だ。やっぱり完璧には直らない」
ちっこいのは頭を抱えた。
接着剤で破片をくっつけてみたが、一目でばれる。
水をいれてみても、あちらこちらから漏れていく。
ちっこいのは頭を抱えた。
主の大切な思い出を壊してしまったのだ。
罪悪感で、彼女はすっかり押しつぶされてしまっていた。
謝るにも、どの面下げで行けばいいのかも分からない。
その恐ろしさから、逃げることしか思いつかなかった。

翌朝には、図書館からちっこいのの姿は消えていた。



契約破棄には変わりはない。
ちっこいのは、魔界に勝手に帰ってきたため、自宅謹慎処分となった。
「ちこちゃん、元気だしなよ」
「パチュリー様、まだ怒ってるかなぁ、ふえぇぇぇぇん」
「もう忘れちゃいなよ。悪魔召喚魔法で、術者が2度も同じ悪魔を呼び出すことなんてあり得ないんだから」
「だから、せめて謝ってくればよかったかなぁ」
「過ぎたことにくよくよしたって仕方ないよ。謹慎とけたらいい人探せばいいじゃない?ね?」
「それも、そうなんだけど…………」
そしてまたちっこいのは枕を濡らすのだった。

一方、魔界召喚悪魔協会にて。
「まさかノーレッジ家の方がこんなところまで来るとは思いませんでしたよ」
突然の来客に、大悪魔は困惑していた。
「挨拶は結構。それより、契約途中で逃げ出した、うちのちっこいのを返してくれないかしら」
「しかし、ノーレッジ様」
「パチュリーって呼んで」
「はい、パチュリー様。我々もお詫びの気持ちはございます。なので、彼女よりも上級の悪魔をお送りいたしましょうか?」
「聞いていなかったの?あの子を呼んでっていうのが私のリクエストよ」
「残念ながら、その依頼は不可能でございます。術者が悪魔を指定することはできないのでございます」
「ふーん、そう。帰るわ」
「あの、契約の件は?」
「ああ、そうね。あの子との契約は、もう無効。新規契約は一切なし。これでいいわよね」
「よろしいのですか?後から気が変わったと言っても対応できませんよ」
大悪魔の言うことに、パチュリーはこれ以上耳を傾けるつもりはなかった。
すぐに魔方陣を引くと、自分の図書館に返っていってしまった。



それからさらに3年間。
ちっこいのの謹慎はとっくに解けていた。
しかし、かかってきた召喚魔法は片っ端からパスしてきた。
(召喚がかかる間の期間は、本当にバラバラで、長ければ500年、短ければ1ヵ月くらいである)
「ちこちゃん、そろそろどこかに行かないの?もう3年よ?」
「…………………」
ちっこいのはすっかり塞がっていた。
そこへ、新たに彼女の友人が部屋に飛び込んできた。
「ちこちゃん、大変!この新聞!」
友人が持ってきた新聞を、ちっこいのは黙って手に取った。
『新記録!?前代未聞、1ヶ月に200の悪魔を召喚した術者!』
見出しの大きな文字には、寸分の興味も湧かなかったが、
段々と記事を読むうちに、その速さがあがってきた。握る力も強くなる。
『1ヵ月のうちに200の悪魔を召喚───もちろん、これは前代未聞の数値──』
『契約は一切行わず、呼び出しても少しの会話だけで追い返す───』
『この術者は先日、協会まで足を運んだノーレッジ家の魔女と見られ───』
『協会側としては、この件に関してトラブルは起きていないと────』
(パチュリー様だ!)
ちっこいのはそう直感した。
そして、この行為があまりにも危険であることを知っていた。
悪魔は呼び出し、送り返しにも魔力がかかる。キャンセル料も請求する。
これらを滞りなく払えば、いくら悪魔を召喚しても、ルール上何も問題はない。
だが、1人の悪魔を呼び出して送り返す、それだけでも術者の負担は計り知れない。
(パチュリー様が危ない)
ちっこいのは飛び起きた。
しかし、飛び起きたが、何も出来ない。
全ては偶然に身を任せるしかない。それは、奇跡とおも思われるほど低い確率だった。

1ヶ月がすぎた。
召喚魔法はかからなかった。

2ヶ月がすぎた。
召喚魔法がかかったが、別人だった。何ももらわず、すぐ帰ってきた。

3ヶ月が過ぎた。
だんだんと、パチュリーからの召喚の頻度が落ちてきた、と新聞は語った。

4ヶ月が過ぎた。
召喚魔法がかかった。やはり別人だった。

5ヶ月が過ぎた。
召喚魔法すらかからなかった。

半年が過ぎようとしていた。
召喚魔法がかかった。祈るような気持ちで、召喚先に赴いた。



「ここは、あの時の───」
あの図書館だった。そして
「あら、重役出勤?いつからそんなに偉くなったの?」
あのパチュリーがいた。
「パチュリー様………!?」
「探したわよ。本棚から希望の本を探すのにもこんな苦労はしないわ」
「パチュリー様ぁぁッ」
ちっこいのは駆け寄って、ギュッとパチュリーを抱きしめた。
その時、分かった。パチュリーはずいぶん痩せていた。
「さあ、いつまでも挨拶に時間を割いても仕方ないわ。あなたも話したいことがあるでしょう」
「は、い」
図書館の中は、あの時とはなにも変わっていなかった。
パチュリーは、まったくあのときと同じ顔で、同じ席に腰掛けた。
「勝手にいなくなるから、後続探しは難航したわ」
「ゴメンなさい………」
「謝ることでもないわ。さて──」
「あ、あの」
ちっこいのが言葉を遮った。
「カップ、申し訳ございません、でした、」
「カップ?ああ、これのこと?」
パチュリーは机の下から、あの時のカップを取り出した。
あの時から何も変わっていない、ヒビだらけのカップだった。
「あ、それ……」
「確かに、これは父さんとの思い出の結晶みたいなものよ」
パチュリーはそれを高く掲げて見せた。
「でも」
つぎの刹那、カップは、パチュリーの手からすべり落ちた。そして、机の上で粉々になる。
「こんなつまらないことであなたを失うことになるのなら、いらないわ」
パチュリーは、粉々の破片を床に払いのけた。
「パチュリー様、そんな、…………」
「いいのよ。私はノーレッジの家を追い出された魔女。あんなもの、なぜ大切にしていたのかしら」
パチュリーの口元の端っこが笑っていた。
「さあ、あなたの紅茶が飲みたいわ。いれてきてくれる?」
「はい」
ちっこいのは席を立って、あの頃と同じように紅茶をいれた。
まるで全てが昨日の出来事のように、浮かんでは消えていく。
やっぱり、あの時、出て行ったのは間違いだったんだ、と思った。
「パチュリー様、紅茶がはいりまし────」
給湯室から出てきたちっこいのは足を止めた。
机の上にかぶさるように倒れていたパチュリー。
「パチュリー様!」
駆け寄って起こしてみると、パチュリーはうっすらと目をあけた。
「たいしたことはないわ。ただ、ちょっと無理しすぎちゃったかしら…………」
「パチュリー様、そこまでして、どうして……?」
「寂しかったのよ、この図書館は私1人には広すぎるわ…」
「だからって、だからって…………」
今まで耐えてきた涙が少しずつこぼれ始めた。
「パチュリー様は大馬鹿です。私の前の主人よりも大馬鹿ですッ
こんな私のためなんかに、自らの命をそこまで削るんですかッ」
「いいのよ。私の我侭。私の我侭なんだから………
賢者の石の研究は、ノーレッジ家の中では禁じられていたわ。でも、私は規則を破った…
私は我侭で家族を失った。だから、また我侭してでも、大切な存在が欲しかったのよ……」
「パチュリー様、ありがとうございます。でも、これ以上の我侭はやめてください。
私だって、あなたをかけがえのない存在だと思っているのですから」
「ええ、もう何も、失い、たくない、ものね………ありがとう……………」





1週間、パチュリーは眠り続けた。





「さあ、もう1度、あの時と同じことをしましょうか」
「パチュリー様、もう体調の方は?」
「おかげでよくなったわ。これは持病だから完治はしないのよ」
「それならいいんですが」
「さあ、始めましょう?今度は紙もたくさんあるわよ」
2人の間には、紙とペン。再び契約が始まろうとしていた。
「さあ、あなたは何を望む?また魂の分割会議?」
「いえいえ、第一、最初のとき、パチュリー様、嫌だと言われたじゃないですか」
「言ってないわ。グレーゾーン風にぼかしただけ」
「なんだ、あれははったりだったんですか」
「まあ、そういうことね。さあ、何を書くか決まった?」
「勿論。きっとパチュリー様と同じことです」
「ありがとう、あなたならそう言うと思ったわ」
そう言って、2人はそれぞれの紙の両端に、それを書き始めた。



『あなたと一緒に、いつまでも』

 
「契約完了ね」
「これからも、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。そうだ、あなたの名前、決めなくちゃね」
「名前?」
「そう。いつまでも“ちっこいの”っていうのも芸がないわねぇ」
パチュリーはしばらく考えたが、
「そうね。こんなのはどう?小悪魔」
「小悪魔?」
「そう。勿論、仮の名前よ。ここでしばらく働けば、成長するでしょう。
今のあなたは、ひよこみたいなものだから、立派な悪魔になったらいい名前を考えてあげるわ」
「私の成長は長くかかりますよ?」
「そうでもないわ。あなたの紅茶、日に日に上手になっていくのが分かったわよ。まるで、1つの物語を読んでいるような気分になれるもの」
「ありがとうございます」
「さあ、今日の1ページをいれてきてちょうだい。それが終わったら書庫の整理ね」
「はいッ」
小悪魔は給湯室に行って、新しいカップに紅茶をいれた。
この2人の出会いと契約を記念した、新しいカップに。






 
地球人撲滅組合
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
良いお話でした… 
こあ可愛いよこあ

友人が何気に好い味出してる
2.名前が無い程度の能力削除
これはいい話
そっか…小悪魔さんにはこんな過去が…
3.名前が無い程度の能力削除
久々に氏の作品が読めたんだぜ。
でも背景紫は割と見難いんだぜ。
4.sirokuma削除
ブログで吹いて
さばの味噌煮で吹いて
いつものギャグかと思いきや、なんつういい話。
5.名前が無い程度の能力削除
なんというバカップル。
本当にありがとうございました。
6.GUNモドキ削除
みそにん可愛いよみそにん、最高だよみそに・・・ん?誰か来たようだ・・・。
7.名前を表示しない程度の能力削除
「久々の撲滅組合氏きた!これで勝つる!」とか「みそにんで腹筋が!」とか思ってたらこれだよ!!
いいパチェこあをありがとうございました。

もうパチュリーと小悪魔はいつまでもいちゃいちゃしていればいいと思う。異論はそれなりにしか認めない。
8.名前が無い程度の能力削除
しばらく見ないうちに、随分良いお話を書かれるようになりましたなぁ…。
9.白徒削除
温かい…図書館の二人はこのくらいが良いですよねっ。いや何故か涙が…。
でも前半は大爆笑。こぁかぁいいよぉー。
10.地球人撲滅組合削除
レスを返すのも久しぶり。

>1
このブランクの間に、こあに魅せられましたよ。
>2
このジャンルに手を出すのは初めてだから、少々緊張してました。
ありがとうございます。
>3
覚えて置いてくださって光栄です。
背景のパチェカラーを少し緩和しました。配慮が足りずゴメンなさい。
(今までもそうでしたが、紅魔館なら赤、白玉楼なら淡い水色、などと背景を決めていたのですが、
今回はパチュリーさんなので、パッチェカラーを採用してこうなりました)
>4
2ヶ月も懐でネタを温めた結果です。喜んでいただけて何より。
>5
満足していただいてこちらも嬉しいですよ。
>6
それはきっと、味噌煮の革命児、安土の殿でございます。目を合わせてはなりませぬ。
>7
書いている途中で
「馬鹿めッ、これをただのギャグで終わらせるなッ」って脳内着信が来たんですよ。
>もうパチュリーと小悪魔はいつまでもいちゃいちゃしていればいいと思う。
>“いつまでも”
言ったな?(何やら活動を開始したようです)
>8
ありがとうございます。
今後も色々馬鹿やらかすかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
>9
いや本当に適正値を求めるのに苦労しました。
何をやろうとしてもどこかですっ転ぶ、それが小悪魔の美徳だと思うのでした。