日が赤に染まり始める頃、私の一日が始まる。
お嬢様が起きられる日の入りまで数時間。館内を見回るのが私の最初の日課。手を抜いてはいけない。起きぬけのお嬢様に不愉快な思いをさせるようなことがあっては、”完全で瀟洒”を名乗る私の沽券に関わってしまう。
洗面所で身だしなみを整えいつものメイド服に身を包む。
さあ、今より私は”完全で瀟洒なメイド”十六夜咲夜。常に完全、欠かさず瀟洒、それを忘れず、今日も見回りを開始しよう。
門に行ってみる。美鈴はいつも通りに立っていた。感心感心。メイドの中には「門番なんて立ってるだけで楽でいいわね」とか言う輩もいるが、それは思慮の足りない者の発言だ。ただ立っていることが想像以上の苦痛であることを、決して忘れてはいけない。
「お疲れ様、美――」
足が止まる。美鈴は立っていた。それはいい。しかし門番が目を瞑ってどうするのだろう。瞑想? いやいやそんなわけがない。美鈴に顔を近づければ、規則的な呼吸の音が聞こえてくる。
そう、眠っているのね、美鈴。立ったまま寝るなんて、どこの中国拳法の教え? のどかな光景に微笑ましくなってくるわ。ほんと、あまりに微笑ましくていらっとするぐらい。
いけない、その先は危険よ十六夜咲夜。落ち着いてイメージするの。ごめんなさいと泣いて逃げ惑う美鈴を容赦なく追い詰めナイフを突き刺す自分をイメージして。――ほら、気分がよくなってきた。もう大丈夫、寝ている美鈴の額を的にしてやろうなんて瀟洒とは程遠い衝動は収まったでしょう? うん。
「美鈴、起きなさい」
「ん……あ、咲夜さん?」
「いくら平和だからといって、居眠りとは感心しないわね」
お仕置きに怯える美鈴に微笑んで注意だけして、次へ行こう。
私は”完全で瀟洒”なメイド。この程度で声を荒らげたりはしないのだ。
図書館に着いた。いつもはわりとすぐに出てくる小悪魔が今日は来ない。まあ初めてのことではないし、ここの管理で忙しいのだから文句を言うのは間違っているのも分かってる。
「ん?」
目の前に、無造作に床に捨てられた本が一冊。パチュリー様が見たらさぞや嘆かれることだろう。捨てておくのもなんだし、とその本を拾い上げ、興味本位でぱらりと開いてみた。
瞬間、開いたページから高速で発射された弾丸が、私の頬をかすめて天井に穴を開けた。
あはは、なにこれ? そりゃあ確かにここが普通の図書館じゃないのは分かってるけど、だからってこんな危険な本を床に捨てておくのはちょっと悪戯として性質が悪いんじゃないかしら? ちょっと性質が悪すぎて笑っちゃうぐらい。
いけない、その先は立ち入り禁止よ十六夜咲夜。落ち着いてイメージして。小悪魔の頭の羽を脚代わりに掴んでジャイアントスイングした挙句、パチュリー様目掛けて放り投げる自分をイメージするの。――ほら、気分がすかっとしてきた。もう大丈夫。お嬢様の友人だろうと容赦しないなんてメイドとしてあるまじき発想は消え去ったでしょう? OK。
「さ、咲夜さん、大丈夫ですか?」
「ああ、小悪魔。管理はきちんとしてなきゃダメよ?」
自分の失態を悔いる小悪魔に優しく忠告だけして、次へいこう。
私は”完全で瀟洒”なメイド。この程度で怒ったりはしないのだ。
廊下を歩いていると、妹様がやってきた。妹様が起きているということは、お嬢様の目覚めも近いということ。残りを早めに切り上げてお嬢様の部屋に向かわなければ。
「ねえ、咲夜」
立ち止まり声をかけてくる妹様にあわせて立ち止まり、「何ですか?」と首をかしげる。
「咲夜って、イヌなの?」
「…………は? あの、おっしゃる意味がよく分かりませんわ」
「魔理沙が『咲夜はいぬにくって言われて違う違う言ってるが、悪魔の狗なんだからその通りじゃないか』って言ってた」
え? ちょっとまってちょっとまって。確かに陰でそう言われているのは知ってるし、別に否定もしてないけれど、それってあくまで渾名(あだな)であって、揚げ足取ったら高く揚げすぎなんじゃない? さすがに高すぎてぴしりと空気が固まるぐらい。
いけない、その先は富士の樹海よ十六夜咲夜。落ち着いてイメージ、イメージよ。魔理沙に「テクマクマヤコン」言わせて変身させた挙句箒に乗せて魔法の国へ強制送還させる自分をイメージよ。――ほら、心が晴れやかになってきた。もう大丈夫。魔理沙と妹様を密閉空間に三日ほど閉じ込めて弾幕ごっこさせようなんて人として誤った計画は消滅したでしょう? はい。
「妹様、私は正真正銘人間ですわ。悪魔の狗というのは私を良く思わない輩が陰口を叩いているだけですよ」
「ふーん、そうなんだ」
「今度本物のイヌを見せて差し上げますから」
なにも知らない妹様に簡単に教授だけして、次へいこう。
私は”完全で瀟洒”なメイド。この程度で動揺したりはしないのだ。
お嬢様の部屋の前で、ノックをする。すでに起床済みらしく「入りなさい」と眠気のない凛とした声がする。失礼しますと中に入ると、すでに着替え終わったお嬢様が椅子に座っていた。
「遅くなりました、お嬢様」
構わないわ、とお嬢様は答える。椅子を立ち、外へ出るお嬢様を頭を下げて見送り、ドアを閉めて数歩後ろをついていく。途中、「そういえば」とお嬢様が口を開いた。
「あなた二つ名があったわね。完全で瀟洒なメイド、だったかしら」
「それがなにか?」
「それ、今後使用禁止ね。従者が完全を名乗るなんておこがましいわ。完全を名乗っていいのは私だけよ。分かった?」
ええと、よく分かりませんわお嬢様。そもそも私の”完全”はメイドについているわけで、元々従者のための冠なわけですし、それはあまりにも理屈が曲がっているのではないでしょうか? 想像以上に曲がりすぎてて私の時間が止まってしまうぐらい。
いけない、その先は幽々子の口の中よ十六夜咲夜。落ち着いてイメージなのよイメージ。お嬢様に――――って、お嬢様に何をイメージしようとしているの自分。そんなのせずとも落ち着くの。――ほら、思考がクリアになってきた。もう大丈夫。お嬢様にってだからお嬢様に何かしようとしてはいけないことをまず理解しましょう? ええ。
「分かりました。以後”完全で瀟洒なメイド”と名乗ることはいたしません」
「そう、ならいいわ」
「はい。今後は”ただの瀟洒なメイド”と名乗ることにいたします」
満足げなお嬢様に今後のことを確認だけして、ついていこう。
私は元”完全で瀟洒”なメイド。この程度で混乱したりはしなかったのだ。
「さ、咲夜さん、痛いです! 痛いですからナイフ投げないでください!」
「うるさいわね! 貴方が居眠りしているのが悪いんでしょう!」
「それは申し訳ないですけど! ここまでお仕置きすることないじゃないですかぁ!」
「私はただのメイドだから自分の衝動をうまく抑えられないのよ! ごめんなさいねぇ!」
「あ、あぁ、咲夜さん、すみません、謝ります、土下座でもします、ですからもう勘弁してくださいよお!」
「お黙りなさい! さあ次はどのページにしようかしら!? このページなんていい弾幕見れそうじゃないかしら!」
「煩いわね。ちょっと咲夜、これ以上するならレミィを呼んで引き取ってもらうわよ」
「ああパチュリー様、今の私はただのメイドなのでそんなこと言われると口封じにパチュリー様も狙ってしまおうと思ってしまいますわ。――撃てぇ!」
「おい咲夜! いきなり私を閉じ込めてどうしようっていうんだ? ――ん? フランもいるのか?」
「聞く耳持たず! 妹様の無知ゆえの純真につけ込んで滅茶苦茶なことを吹き込んだ罰よ! さあ、妹様。目の前のが『ああ? フラン? 調子に乗ってるなあの餓鬼』とか言ってた張本人ですわ」
「まてまてまてまて! いつ私がそんなこと言った!? おいフラン! お前もそんな戯言を――って、もう臨戦態勢かよ!」
「あははは! 私ってただのメイドだから根に持って陰湿な復讐なんてやっちゃうのよ! すまないわね!」
「あら? 咲夜、この紅茶、血が入ってないようだけど」
「申し訳ございませんお嬢様。私はただのメイドゆえ、間違いを犯すこともありますのでご容赦を」
「出掛けるわよ。……って、咲夜、傘はどうしたの?」
「申し訳ございませんお嬢様。私はただのメイドゆえ、物忘れをすることもありますのでご容赦を」
数日後、周囲の嘆願はあったがそんなの関係なしに、レミリアは咲夜に”完全”を名乗ることを許したのだった。
お嬢様が起きられる日の入りまで数時間。館内を見回るのが私の最初の日課。手を抜いてはいけない。起きぬけのお嬢様に不愉快な思いをさせるようなことがあっては、”完全で瀟洒”を名乗る私の沽券に関わってしまう。
洗面所で身だしなみを整えいつものメイド服に身を包む。
さあ、今より私は”完全で瀟洒なメイド”十六夜咲夜。常に完全、欠かさず瀟洒、それを忘れず、今日も見回りを開始しよう。
門に行ってみる。美鈴はいつも通りに立っていた。感心感心。メイドの中には「門番なんて立ってるだけで楽でいいわね」とか言う輩もいるが、それは思慮の足りない者の発言だ。ただ立っていることが想像以上の苦痛であることを、決して忘れてはいけない。
「お疲れ様、美――」
足が止まる。美鈴は立っていた。それはいい。しかし門番が目を瞑ってどうするのだろう。瞑想? いやいやそんなわけがない。美鈴に顔を近づければ、規則的な呼吸の音が聞こえてくる。
そう、眠っているのね、美鈴。立ったまま寝るなんて、どこの中国拳法の教え? のどかな光景に微笑ましくなってくるわ。ほんと、あまりに微笑ましくていらっとするぐらい。
いけない、その先は危険よ十六夜咲夜。落ち着いてイメージするの。ごめんなさいと泣いて逃げ惑う美鈴を容赦なく追い詰めナイフを突き刺す自分をイメージして。――ほら、気分がよくなってきた。もう大丈夫、寝ている美鈴の額を的にしてやろうなんて瀟洒とは程遠い衝動は収まったでしょう? うん。
「美鈴、起きなさい」
「ん……あ、咲夜さん?」
「いくら平和だからといって、居眠りとは感心しないわね」
お仕置きに怯える美鈴に微笑んで注意だけして、次へ行こう。
私は”完全で瀟洒”なメイド。この程度で声を荒らげたりはしないのだ。
図書館に着いた。いつもはわりとすぐに出てくる小悪魔が今日は来ない。まあ初めてのことではないし、ここの管理で忙しいのだから文句を言うのは間違っているのも分かってる。
「ん?」
目の前に、無造作に床に捨てられた本が一冊。パチュリー様が見たらさぞや嘆かれることだろう。捨てておくのもなんだし、とその本を拾い上げ、興味本位でぱらりと開いてみた。
瞬間、開いたページから高速で発射された弾丸が、私の頬をかすめて天井に穴を開けた。
あはは、なにこれ? そりゃあ確かにここが普通の図書館じゃないのは分かってるけど、だからってこんな危険な本を床に捨てておくのはちょっと悪戯として性質が悪いんじゃないかしら? ちょっと性質が悪すぎて笑っちゃうぐらい。
いけない、その先は立ち入り禁止よ十六夜咲夜。落ち着いてイメージして。小悪魔の頭の羽を脚代わりに掴んでジャイアントスイングした挙句、パチュリー様目掛けて放り投げる自分をイメージするの。――ほら、気分がすかっとしてきた。もう大丈夫。お嬢様の友人だろうと容赦しないなんてメイドとしてあるまじき発想は消え去ったでしょう? OK。
「さ、咲夜さん、大丈夫ですか?」
「ああ、小悪魔。管理はきちんとしてなきゃダメよ?」
自分の失態を悔いる小悪魔に優しく忠告だけして、次へいこう。
私は”完全で瀟洒”なメイド。この程度で怒ったりはしないのだ。
廊下を歩いていると、妹様がやってきた。妹様が起きているということは、お嬢様の目覚めも近いということ。残りを早めに切り上げてお嬢様の部屋に向かわなければ。
「ねえ、咲夜」
立ち止まり声をかけてくる妹様にあわせて立ち止まり、「何ですか?」と首をかしげる。
「咲夜って、イヌなの?」
「…………は? あの、おっしゃる意味がよく分かりませんわ」
「魔理沙が『咲夜はいぬにくって言われて違う違う言ってるが、悪魔の狗なんだからその通りじゃないか』って言ってた」
え? ちょっとまってちょっとまって。確かに陰でそう言われているのは知ってるし、別に否定もしてないけれど、それってあくまで渾名(あだな)であって、揚げ足取ったら高く揚げすぎなんじゃない? さすがに高すぎてぴしりと空気が固まるぐらい。
いけない、その先は富士の樹海よ十六夜咲夜。落ち着いてイメージ、イメージよ。魔理沙に「テクマクマヤコン」言わせて変身させた挙句箒に乗せて魔法の国へ強制送還させる自分をイメージよ。――ほら、心が晴れやかになってきた。もう大丈夫。魔理沙と妹様を密閉空間に三日ほど閉じ込めて弾幕ごっこさせようなんて人として誤った計画は消滅したでしょう? はい。
「妹様、私は正真正銘人間ですわ。悪魔の狗というのは私を良く思わない輩が陰口を叩いているだけですよ」
「ふーん、そうなんだ」
「今度本物のイヌを見せて差し上げますから」
なにも知らない妹様に簡単に教授だけして、次へいこう。
私は”完全で瀟洒”なメイド。この程度で動揺したりはしないのだ。
お嬢様の部屋の前で、ノックをする。すでに起床済みらしく「入りなさい」と眠気のない凛とした声がする。失礼しますと中に入ると、すでに着替え終わったお嬢様が椅子に座っていた。
「遅くなりました、お嬢様」
構わないわ、とお嬢様は答える。椅子を立ち、外へ出るお嬢様を頭を下げて見送り、ドアを閉めて数歩後ろをついていく。途中、「そういえば」とお嬢様が口を開いた。
「あなた二つ名があったわね。完全で瀟洒なメイド、だったかしら」
「それがなにか?」
「それ、今後使用禁止ね。従者が完全を名乗るなんておこがましいわ。完全を名乗っていいのは私だけよ。分かった?」
ええと、よく分かりませんわお嬢様。そもそも私の”完全”はメイドについているわけで、元々従者のための冠なわけですし、それはあまりにも理屈が曲がっているのではないでしょうか? 想像以上に曲がりすぎてて私の時間が止まってしまうぐらい。
いけない、その先は幽々子の口の中よ十六夜咲夜。落ち着いてイメージなのよイメージ。お嬢様に――――って、お嬢様に何をイメージしようとしているの自分。そんなのせずとも落ち着くの。――ほら、思考がクリアになってきた。もう大丈夫。お嬢様にってだからお嬢様に何かしようとしてはいけないことをまず理解しましょう? ええ。
「分かりました。以後”完全で瀟洒なメイド”と名乗ることはいたしません」
「そう、ならいいわ」
「はい。今後は”ただの瀟洒なメイド”と名乗ることにいたします」
満足げなお嬢様に今後のことを確認だけして、ついていこう。
私は元”完全で瀟洒”なメイド。この程度で混乱したりはしなかったのだ。
「さ、咲夜さん、痛いです! 痛いですからナイフ投げないでください!」
「うるさいわね! 貴方が居眠りしているのが悪いんでしょう!」
「それは申し訳ないですけど! ここまでお仕置きすることないじゃないですかぁ!」
「私はただのメイドだから自分の衝動をうまく抑えられないのよ! ごめんなさいねぇ!」
「あ、あぁ、咲夜さん、すみません、謝ります、土下座でもします、ですからもう勘弁してくださいよお!」
「お黙りなさい! さあ次はどのページにしようかしら!? このページなんていい弾幕見れそうじゃないかしら!」
「煩いわね。ちょっと咲夜、これ以上するならレミィを呼んで引き取ってもらうわよ」
「ああパチュリー様、今の私はただのメイドなのでそんなこと言われると口封じにパチュリー様も狙ってしまおうと思ってしまいますわ。――撃てぇ!」
「おい咲夜! いきなり私を閉じ込めてどうしようっていうんだ? ――ん? フランもいるのか?」
「聞く耳持たず! 妹様の無知ゆえの純真につけ込んで滅茶苦茶なことを吹き込んだ罰よ! さあ、妹様。目の前のが『ああ? フラン? 調子に乗ってるなあの餓鬼』とか言ってた張本人ですわ」
「まてまてまてまて! いつ私がそんなこと言った!? おいフラン! お前もそんな戯言を――って、もう臨戦態勢かよ!」
「あははは! 私ってただのメイドだから根に持って陰湿な復讐なんてやっちゃうのよ! すまないわね!」
「あら? 咲夜、この紅茶、血が入ってないようだけど」
「申し訳ございませんお嬢様。私はただのメイドゆえ、間違いを犯すこともありますのでご容赦を」
「出掛けるわよ。……って、咲夜、傘はどうしたの?」
「申し訳ございませんお嬢様。私はただのメイドゆえ、物忘れをすることもありますのでご容赦を」
数日後、周囲の嘆願はあったがそんなの関係なしに、レミリアは咲夜に”完全”を名乗ることを許したのだった。
あっさりと撃墜されました。お見事!
ってそんな難しい話じゃないですね。
時間が時間だけに笑いを抑えるのに必死でしたw
つけて遊べるんじゃないかな、コレ。